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悪い魔女の手始め

(誠二くんを倒す方法か・・・)


 D組を出て、G組に入ったとき、もうHRが始まる寸前であった。

 ワタシは誰とも話すことなく急いで自分の席に付き、やる気を感じられない担任からの伝達事項を頭の片隅に置きながら考え事にふけっていた。

 その内容は、ワタシにとってある種の禁忌と言っていい。


(もしものとき・・・万が一のときだけ。本当にあり得ない、あって欲しくないけど、考えておかなきゃ)


 ワタシの、生まれて初めて抱いた本気の『願い』。

 もしも、その願いをワタシ自身の手で叶えることができなかったのならば。

 もしも、この『儀式』に縋らなければならないときがきたのならば。

 そのときには、これまでワタシを何度も助けてくれた誠二くんを、ワタシの願いそのものとも言える誠二くんを倒さなければならなくなる。

 だが、誠二くんは強い。

 行き当たりばったりでどうにかなるような相手ではない。

 だから、今のうちに作戦を考えておく必要があるのだ。

 ワタシの自分勝手な欲望のために、大恩人であり、大好きな異性であると胸を張って言えるほどの誠二くんの心を踏みにじることが分かっていても。


(ワタシは、もう悪い魔女なんだから)


 もうとうに決意は固めてある。

 後は突き進むだけだ。

 もしも躊躇ってしまえば、そのときはこの世で一番欲しいモノが二度と手に入らなくなってしまう。

 それだけは、それだけは受け入れられなかった。

 

(・・・まず、正面からの戦闘は絶対無理)


 頭を回す。

 誠二くんに出会う前には自覚がなかったが、ワタシは頭がいいらしい。

 誠二くんが褒めてくれたワタシの特技を活用し、一つ一つ案を出してみるが、真っ先に直接的な戦闘は除外した。


(相性が悪すぎる・・・ううん、この場合は良すぎるって言うべきかな?ワタシの攻撃魔法は、誠二くんにはエネルギー補給にしかならない)


 塔での戦いで、ワタシの魔法が誠二くんの魔法を大幅に強化したように、ワタシの持つ自然界に満ちる六属性を内包する魔力は誠二くんの闇属性と非常に親和性が高い。

 もともと、闇属性は光属性以外の属性を吸収する性質があるが、それを踏まえても異常なレベルだった。

 真正面から堂々と挑もうが、奇襲で不意を突こうが、魔法を武器にする限り誠二くんには通用しない。

 防御魔法を使う必要すらなく、ワタシの魔法を無力化してしまうだろう。

 

(多分、あのときのワタシが、『誠二くんの力になりたい』って強く願ったからかな?・・・そのことに後悔はない。っていうか、むしろ誇らしいくらいだけど、痛手かも・・・いや、あんまり変わらないかな?)


 塔との戦いで、誠二くんがワタシを呪いから庇って倒れたとき。

 ワタシは、祈ることしかできなかった。

 正直、あのときの記憶は曖昧だが・・・それでも、誠二くんを助けたいと思っていたのは確かだ。

 魔力とは、生命力と精神力が魂というその人物の本質に触れることで変質したエネルギー。

 もしかしたら、その想いがワタシの魔力の性質に影響したのかもしれない。

 しかし考えてみれば、誠二くんは前々から物理的にも魔法的にもとんでもない強さなので、そもそも直接戦闘を仕掛けたところで魔法のことあってもなくても変わらないと言えばその通りだ。


(そうなると、搦め手を使うしかない・・・一番希望があるのは、やっぱり薬かな?)


 ワタシが前々から胸を張って自慢できる特技である、魔法薬の調合。

 怪異である大アルカナに毒が効くかわからなかったことや、そもそも薬を作ったとしてどうやって呑ませるのか?といった問題があり、戦闘に応用するのは難しかったが、搦め手を思う存分使えるのなら役に立ってくれるだろう。

 問題は、誠二くんが薬物に対しても耐性を持っているかもしれないことか。


(・・・それは、こっそり試してみるしかないね。お菓子とか、お弁当のおかずに混ぜて、反応を見てみるか・・・)


 その疑問は、これからじっくり調べていくしかないだろう。

 幸い、これまでもお弁当のおかず交換は何度もやっているし、ワタシ自身には薬物は効かない。

 食事に薬を混ぜても、ノーリスクで誠二くんの様子を調べることができる。

 しかし、これだけでは手札が心許ない。


(他の方法も考えなきゃ・・・薬以外だと、罠、とか?)


 己より格上の相手を正面から戦わずに倒す方法というのは歴史を紐解けば多々あるが、罠や策を用意した上での待ち伏せはメジャーだろう。

 人間は、自分たちより遥かに高い運動能力を持つ野獣を知恵と道具を使って狩ってみせた。

 ワタシもそれに倣えばいい。

 魔法を使った罠では解除されてしまうから物理的な拘束手段になるが・・・


(並大抵の罠じゃ壊されちゃう・・・いや、でも、壊したら周りの被害が大きくなるようにすれば)


 誠二くんは強い。

 しかし、弱点がないわけでもない。

 特に致命的なのは、その人の良さと少しおバカなところだ。

 そこを突けば・・・


(うん。パッと思いついただけだけど、方法としては悪くないかも・・・とりあえず、誠二くんに薬が効くかどうかの実験だけはこっそりやろう。っていうか、そもそもこんなことやりたくないし、使わないで済むならそれが一番いいんだけど)


 ひとまずの目処は立った。

 まだまだ詰めなければならないし、他のプランも考える必要はあるだろうが、できることから進めていくことにしよう。

 ワタシがそう決めたのと、HRが終わったのは同時だった。

 担任が教室を出て行くのを見ながら、ワタシは一限の準備をしようとする。

 そのときだった。


「やあ、黒葉さん!!」

「・・・?」


 誰かがワタシに向かって話しかけてきた。

 これまで、教室でワタシを名指しで呼ぶなどほとんどないことだったので、驚いて少し反応が遅れてしまった。

 しかし、この耳障りな声は聞き覚えがある。


「今日はずいぶん来るのが遅かったね!!あまりそういうのはよくないと思うけど、黒葉さんのことだからどうしようもない用事があったんだろう?なら仕方ないね!!」

「はぁ・・・えっと、鳴瀬君、でしたっけ?ワタシに何か用事があるんですか?」


 ワタシが顔を向けた先にいたのは、昨日D組でメイド喫茶の手伝いをしていたときに来ていた男子だった。

 あのときはワタシの身体に触ろうとして、誠二くんが助けてくれたのだ。

 その際、誠二くんを始めとしたD組の人たちに冷静に言い負かされ、逃げるように出て行ったが・・・今の様子を見るにあのときのことはもう気にしていないようだ。

 ワタシの眼に映る灯りの色は明るいオレンジ色と・・・そこまで目立ってはいないが毒々しいピンク色も見える。

 その時点で、ワタシはどうしてこの人がここに来たのか察しが付いたが、敢えて用件を聞いてみる。

 それで帰ってくれるならそれが一番楽だからだ。

 しかし、そうは上手くってくれないらしい。


「おいおいおいおい!!僕たちは同じクラスの仲間じゃないか。用がなかったら話しかけちゃいけないのかい?」

「・・・・・」


 信じがたいことに、ワタシの眼に嘘や誤魔化しを企む色は映っていない。

 どうやら本気でこの人はそう言っているようだ。


(今まで、ワタシに話しかけようとしたことなんてなかったくせに・・・いや、話しかけられても困るだけだけど)


 自分で言うのも何だが、今までのワタシのクラスでの扱いは、お世辞にも良いとは言えないものだったと思う。

 良くて空気扱い。悪くて誠二くんが来る前のオカ研のときのようにいじめられることもあった。

 ワタシが人外で瘴気を纏っていたこと、心映しの宝玉のせいで他人の感情が見えることでワタシから関わりを持とうとしなかったことが主な原因であり、ワタシの自業自得と言えばそれまでなのだが・・・それでもここまで何の恥じらいもなく掌返しをしてくると、もういっそのこと清々しい。


(まあ、こうなることは分かっていたと言えばそうだけどね・・・)


 とはいえ、こうなることは前もって予想は付いていた。

 何せ、今のワタシはごく微量のチャームを発動しているからだ。


(D組の人たちと仲良くしておきたいとは思っていたけど、昨日の夜に試したらできるようになってたんだよね。便利と言えば便利だけど、こういう人が寄ってくるのは嫌だなぁ)


 人外は、常に瘴気という人間が恐れや嫌悪を抱く魔力を纏っている。

 それによる人間からの迫害を抑制するために、魔法使いは瘴気をコントロールすることで真逆の効果を持つチャームを編み出した。

 ワタシはうまれつき魔臓を持っていたせいか、魔力のコントロールに癖があり、しかもそれを矯正してくれる魔法使いもいなかったせいでチャームが使えなかった。

 それによって、今までワタシは周りから白い目で見られていたワケだが、どういう理由かわからないが、いつの間にかチャームが使えるようになっていたのである。

 ワタシが対誠二くん用にイメチェンしたのも大きいかもしれないが、今のワタシはこれまでのワタシよりも遙かに周囲の人間に好かれやすくなっている。

 誠二くんに同調圧力をかける上でD組の人たちの助けは必要不可欠だから助かっていたのだが、こういう人にまで好意を抱かれるのははっきり言って迷惑だ。

 ワタシは、チラリと周りを見回してみる。


「鳴瀬君の言うとおりだよ!!俺たちクラスメイトなんだからさ!!」

「うんうん!!『前々から』実は黒葉さんと話してみたかったんだよ!!」

「あ、私も!!黒葉さん、あんまり他のみんなと喋らなかったから、心配してたんだよ」

「ほら!!みんなもこう言っている。そういうわけだから、黒葉さんも僕たちと仲良くしようじゃないか!!いや、元々僕とキミは仲が良かったけどさ!!」

「・・・・・」


 鳴瀬君、いや、君付けすら嫌だ・・・鳴瀬の言うことに同調するように、周りのクラスメイトたちもワタシに話しかけてくる。

 男子も女子もいるが、内訳は男子の方が多く、彼らには皆毒々しい桃色の灯りが見えている。

 とはいえ、彼らからは悪意を感じない。

 彼らは、心から、正直な言葉を口に出しているとワタシにはわかった。

 分かった上で、ワタシが思うことはただ一つ。


(・・・嘘つきしかいないね。ううん、嘘つきよりタチが悪い)


 ワタシは、この瞬間にG組の全員を軽蔑した。


(前々から心配してた?・・・どの口が言ってるの)


 このG組の面々には後悔や罪悪感の色は見えない。

 ワタシのことを以前から心配していたと本気で言っているのだ。

 このワタシの眼の前で。


(この人たち全員、自分たちがしてきたことを忘れてる。それか、悪いことをしたなんて思ってない)


 ワタシの眼は嘘を付かない。

 そして、ワタシの眼がこの教室でワタシに味方してくれる人を映したことはない。

 そりゃあ、この教室で表立って暴力を振るわれたことはない。

 でも、ワタシがオカ研の部室でお金をせびられていることを知っている人はいたし、そうでなくともみんなワタシを腫れ物のように扱ったことはこの眼で見たから間違いない。

 なのに、ワタシの見た目がまともになったらこうやってすり寄ってきて、しかもそのことを何とも思っていないのだ。

 これなら自覚がある分、嘘つきの方がまだいくらかマシである。


「ほら、何をいつまで黙っているんだい?みんなが黒葉さんを待ってるよ?」

「・・・・・」


 少しの間、G組の醜悪さに閉口してしまったワタシを訝しんだのか、鳴瀬がワタシにも喋るように促してくる。

 ・・・正直、こんな連中と関わりを持つなどゴメンだ。

 だが。


「そうですね、ごめんなさい。少しびっくりしてしまって」


 ワタシは、表情筋を全力で動かしてどうにか笑顔を作ると、クラスメイトに向き直った。


「ワタシ、これまであまり皆さんと話したことがなかったので、どうすればいいのか戸惑ってしまって・・・」

「そうだったのか。それなら仕方がない!!これからゆっくり慣れていけばいいさ!みんなもそう思うだろ?」

「ああ、当たり前だな!」

「無理をすることなんてないよ!!私たちもじっくり付き合うからさ!」

「皆さん・・・ありがとうございます」


 もっともらしい理由を、いかにもおっかなびっくりといったように言ってみれば、クラスメイトたちはすっかり信じたようで、みんなが温かい言葉をかけてくる。

 ・・・はっきり言って、気持ちが悪くて仕方がないが。

 でも、ここでこの人たちを拒絶するのは、これからのことを思えば悪手だ。


(・・・こんな人たちでも、『使い道』あるからね)


 ワタシの現時点での最大の敵はツキコだが、ツキコは白上羽衣の身体を乗っ取っている。

 そして、白上羽衣は校内でも随一の人気者であり、彼女を慕う生徒は多い。

 白上羽衣本人の気質はわからないが、さきほど見たツキコならば間違いなく白上羽衣の味方をする人間を使ってくるという確信があった。

 なにせ、自分以外の他人の中に潜り込み、周囲に疑問を抱かせないくらいに人心を理解して擬態できているくらいなのだから。

 やり方はなんでもいい。

 例えば、ワタシについて悪い噂を流して誠二くんからの信用を落すとか、ワタシのアカバではないが、ワタシの動向を噂程度でも探ってもらうとか、それこそ、ワタシが考えているようにD組の人たちを利用して同調圧力を以て外堀を埋めてくることもありえる。

 ともかく、周りの人間を駒として見れば、無駄に隔意を以て遠ざけるのは勿体ない。

 白上への対抗手段を増やす意味でも、G組の人たちには利用価値があるのだ。

 ワタシの見た目に好意を持って釣られている間に取り込んでおくのがベストである。

 幸い、D組の人と違って心底軽蔑しているG組ならばそうやって利用することに罪悪感を欠片も感じない。

 しかし。


(とは言っても、ワタシのことが気に入らない人もいるみたいだけど)


「「・・・・・」」


 ワタシの周りを取り囲む人たちを愛想笑いをしながら相手にしつつ、輪の外にいる人間にも視線を向ける。

 すると、ワタシのことを疎ましそうに見てくる者たちが目に入った。

 あの人たちには、よく見覚えがある。


(オカ研でワタシをいじめた上に、ショッピングモールで誠二くんのことを悪く言った人たち・・・)


 忘れるワケがない。

 G組の人たちの中でも、はっきり『イジメ』と言えるレベルのことをしでかしてきた2人だ。

 誠二くんと出会うきっかけを作ってくれたことには感謝しないでもないが、誠二くんの悪口を本気で吐き捨てていたことや、ワタシと誠二くんの間に入ろうとしたことは到底許すつもりはない。

 件の2人は、今もワタシの方を見ながら何事かを小声で囁いているようだが・・・


『・・・アイツ、伊坂の性奴隷のくせにお高くとまりやがって』

『周りのヤツラもバカだよね。伊坂のペットに尻尾振るなんて、ペットより格下・・・』

『だよね。あんなブサイクの奴隷なんかチヤホヤして、バカじゃね?』

(っ!!!・・・ふぅ~・・・さすがにこの教室で人が死ぬのはマズいよね)


 一瞬、魔力を全力で解放して、カマイタチで頭を落すことを本気で考えたが、寸前で拳を握りしめることで衝動を押し殺す。

 この教室で普通じゃない死に方で人が死ねば、一般人相手なら騙せるが、魔法使い相手ならば下手人はワタシだと言っているようなものだ。

 いくら誠二くんでも、殺人を犯したワタシに今まで通り接してくれるかはわからない。

 だが、ワタシの中であの2人だけは味方として使わないことが確定した。


(誠二くんは、女の子に無理矢理そんなことする人なんかじゃない!!ブサイクでもないし!!大体、誠二くんの性ど・・・んんっ!!そういうのならワタシ断らないもん!!)


 誠二くんに二度も見逃されたにも関わらず、なおも誠二くんを悪く言うなど、度しがたい愚か者だ。

 周りの人間を駒として扱うにしても、あんなのは願い下げである。

 今も聞くに堪えない低俗な悪口を垂れ流す2人をどうやって社会的に殺そうか考えようとして・・・


(待って?確かに味方としては使いたくないけど、そうじゃないなら・・・)


 ふと思いついた。

 あの2人は、腹立たしいがむしろ放っておいた方が有益なのではないかと。


(ワタシと誠二くんの仲がいいのは、もうそれなりの数の人に知れ渡っていると思うけど、それでも誠二くんが怖がられているのはあまり変わってないはず・・・今のG組の人たちの反応や、あの2人を見れば、そこで上手い具合に噂が広まれば・・・)


 自分で言うのはおこがましいが、今のワタシはこの学校でも容姿が整っている方・・・らしい。

 チャームの効果が大きいのだろうが、それによって、ワタシには人気が集まりつつあるというワケだが、そこであの2人が話す内容が広まれば・・・


(ワタシと仲がいい誠二くんに嫉妬して、噂を本当のことだと思う人たちが出てくるかもしれない。そうなったら、誠二くんが悪者になっちゃうけど、そこをすぐにワタシがカバーすれば・・・)


 ワタシが無理矢理誠二くんのモノにされたという噂が広まったら、誠二くんが槍玉に挙げられてしまうだろう。  

 だがそうなったら、その噂の『一部』を本物にしてしまえばいい。


(『噂をなんとかするため』ってことで、ワタシと誠二くんが堂々と恋人として付き合ってるって言ってしまえばいい。そこで外堀を完全に埋めてしまえばワタシの勝ち・・・そこの2人、しばらくは放っておいてあげる。命拾いしたね


 下劣極まりない連中だが、もしかしたら利用できるかもしれない。

 そう思ったワタシは、2人を放っておくことにした。


(あっちは放っておくとして、まずはこっちかな。とりあえず、普通に受け答えするだけでも喜んでるみたいだけど・・・単純な人たち)


 ひとまず向こうは成果が出るまで時間がかかりそうなので、意識を改めて周りの人間に切り替える。

 チャームの影響もあるのだろうが、ワタシが少し笑うだけで喜んでいるようで、大変扱いやすくて結構なことだ。

 さきほど思いついた作戦を展開するには、ワタシに好意を持ち、嫉妬で誠二くんを攻撃する人が必要になる。

 誠二くんの敵を増やしてしまうのは腹を切って詫びたいくらい申し訳ないが、それは結ばれた後で償うとしよう。

 今は、この人たちを味方に変えなければ。


「ところで黒葉さん」

「は、はい?」


 だが、そこで鳴瀬がワタシとの距離を急に詰めてきた。

 昨日のメイド喫茶の手伝いのときのことを思い出し、反射的に少し後ずさる。

 鳴瀬は、そんなワタシの反応が見えていないかのように続けた。


「昨日、演劇部での僕の活躍は見てくれたよね?どうだった?良かっただろう?確かに、演劇部は今年の舞札祭では準優秀賞だったが・・・それはあくまで僕以外の演劇部のレベルが低かったからであってね?まあ要するに何が言いたいかと言えば、演劇部に入らないかい?」

「え?」

「ん?わからなかったかな?キミくらい可愛い子が演劇部に入ってくれれば、舞札祭は勿論、県のコンクールにも出場できると思ってね」

「おお!!黒葉さんが演劇部に!?」

「確かに黒葉さんならヒロイン役似合いそう!!」

「あ、あの?」


 鳴瀬から演劇部に入ることを勧められたかと思えば、ワタシが何も言っていないのにいつの間にか私が演劇部に入ることが確定したかのような空気になっていた。

 周りが勝手に盛り上がり、ワタシが演劇部に入った後の活躍まで話し始めている。

 これは早く止めないと面倒なことになりそうだ。

 あとどうでもいいが、鳴瀬に可愛いと言われたところで嬉しくもなんともない。むしろ気持ち悪い。

 そう思いつつ、声を上げようとして・・・


「おお、やっぱりみんなもそう思うだろ?黒葉さんみたいな女の子はヒロイン役がふさわしい。無論、僕が『王子』役でね」

「・・・は?」


 ピタリとワタシの動きが止まる。

 鳴瀬の言ったことを頭の中に通して理解するのを無意識に拒んだのだ。


(今、鳴瀬(コイツ)は何て言った?)


 その言葉は、その『役』にふさわしいのは、ワタシにとって1人しかいないのに。

 断じて、お前のような人間が収まっていい場所じゃない。

 だが、ワタシのように心映しの宝玉を持たない連中がワタシの内心などわかるはずもない。


「うんうん!!鳴瀬君、昨日も王子様役すっごい似合ってたし、黒葉さんとのツーショットとか絵になると思う!!」

「王子役の鳴瀬とお姫様役の黒葉さんってすごい組み合わせだな。県大会優勝行けるだろ」


 無神経に、無遠慮に、周りの有象無象どもがはやし立てる。

 うるさい静かにしろ耳が腐る。

 

「ははっ、いやぁ困ったな。そんなことになったら他の出場校に恨まれてしまうよ・・・でも、それが当然と言えば当然だよね。昨日の開会式だって、実に勿体なかったと思ってるんだ」


 騒ぐ外野の声に困ったような顔をしつつも、濁ったオレンジ色の光はワタシには隠せない。

 己に称賛を送る周りの人間に対し、鳴瀬は優越感を抱いているらしい。

 思考が止まったワタシの脳は、眼に映る光景から勝手に鳴瀬の内心を分析していた。

 ・・・極めてどうでもいいとしか言い様がないが。

 だが、そんな鳴瀬の胸に灯る炎の色に、深いビリジアンが混じる。

 同時に、嫌なことを思い出したかのように若干顔をしかめて、鳴瀬は。


「あのオカ研の発表で、舞台にいたのがあの野蛮な醜男、んんっ、失礼。少しばかり見栄えの悪い男じゃなくて僕だったのなら、もっと素晴らしいものになっていただろうにってさ」

「・・・・・」

 

 濃い緑は『嫉妬』の色。

 鳴瀬は、今何かに嫉妬している。

 舞札祭最優秀賞を取ったD組か、優秀賞を取ったオカ研か、あるいは特定の『誰か』か。

 もしかしたらそのすべてなのかもしれないが・・・コイツの内心がどうなろうが、やはりワタシにはどうでもいいことだ。

 重要なのはただ一つ。



(ああ、もういいや)



 ワタシにとって、コイツらの価値が0を通り越してマイナスになったことだけだった。



--ピリッ!!



「・・・・・」


 ワタシの中で何かが切り替わるのがわかった。

 ワタシが纏う魔力の質が急速に変質する。

 しかし、変化が急すぎてまだコイツらは気付いていない。

 自分たちのすぐ傍に、瞬く間に己の命を奪い去ることができる存在がいるなどカケラも想像できていない。

 だから。


「どうだい黒葉さん?みんなもこう言ってるし、僕たちお似合いみたいじゃないか?それなら、今日からでも僕と付き合って・・・」


 理解できない妄言を垂れ流しながら、昨日のように、まるで自分は何をしても許されると思っているかのように傲然と鳴瀬がワタシに手を伸ばしてきて。


「触るな」

「「「「っ!!!?」」」」


 身に纏う魔力を濃密な瘴気の風に変え、その手を強かにはね除けた。

 大きく身体を仰け反らせた鳴瀬は、無様に床に倒れ込む。

 直接手で触れるなど想像するだけでも吐き気がするので風を使ったから、傍目には鳴瀬が勝手に転んだようにしか見えないだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 ワタシはさっきまで考えていたプランをすぐさま放棄する。

 そう、ワタシは悟ったのだ。


(コイツらを味方にする価値なんてない。絶対にワタシの邪魔にしかならない・・・こんなの、いらない)


 G組を味方として扱うのは、ワタシの心が耐えられない。

 ワタシが欲しいのは、ワタシと誠二くんが結ばれるために役に立つ味方だ。

 こんな気持ちの悪いナルシストに縛り付けようとする連中など不要。

 コイツらもさっきの2人と同じだ。

 使うのなら、味方としての使い方ではない。


「鳴瀬君でしたっけ?あんまり大言壮語は言わない方がいいと思います。昨日のD組のときみたいに恥をかくことにしかならないですよ?」

「なっ!?」

「え?え?黒葉、さん?」

「D組・・・?」


 今、ワタシの魔力はチャームから本来の瘴気に戻っている。

 人外が纏う瘴気は人間に有害。

 それ故、瘴気は本能的に人間に嫌悪と恐怖を抱かせる。

 突然のワタシの豹変と、瘴気による精神汚染によって周りの人間たちが激しく混乱し、恐怖しているのがわかった。

 だが、この程度では足りない。

 折角だ。G組の人たちに今床に倒れている男が昨日どんな目にあったのか教えてあげよう。


「実は昨日、ワタシはD組の人に頼まれてメイド喫茶のピンチヒッターに入ったんですけど、そのときに鳴瀬君が来ていきなりワタシの身体を触ろうとしてきたんです。それを誠二くんが・・・ああ、開会式でワタシと一緒に舞台に上がってくれた男の子が止めてくれたんですよ。クラスメイトとはいえ、よそのクラスの出し物の最中にナンパとかセクハラをしてくるなんて非常識ですよね?他のお客さんもそう思ったみたいで、鳴瀬君、D組の人たちと周りのお客さんに睨まれてすぐに逃げちゃったんです。そのときの鳴瀬君・・・」


 そこで、ワタシは一旦言葉を切った。

 そして、心からの嘲笑(えがお)を浮かべて。


「申し訳ないですけど、情けないって思っちゃいました。少なくとも、ワタシがお姫様役だったら鳴瀬君が王子様役なのだけは、絶対に嫌です」

「っ!?」


 至って正直に、自分の気持ちを鳴瀬に教えてあげた。

 鳴瀬は、最初は『何を言われたのかわからない』かのように唖然とした顔をしていたが、見る見るうちに造りだけは整っていた顔が醜く歪み、胸の灯が血のような濃い赤に染まっていく。


「お前っ!!」


 立ち上がった鳴瀬が、ワタシに掴みかかろうとしてくる。

 さっきまで紳士的に振る舞おうとしていたはずなのに、ちょっと煽っただけで自分よりも背の低い女の子に暴力を振るおうとするとは。

 誠二くんとは大違いだ。

 いや・・・


(こんなヤツと誠二くんを比べるなんて、誠二くんに失礼だよね)


 ワタシは、瘴気の風を教室中にばらまきながら備える。

 ごく至近距離まで近づかなければ気が付かないであろうが、今のワタシの周りには圧縮した空気の塊を配置してある。

 圧縮と言っても大した圧縮率ではないから攻撃力はないが、弾ければさっきのようにワタシに触れる前に跳ね返すくらいはできる。

 そうして、ワタシが鳴瀬の攻撃を待ち構えていると。


「おいお前ら!!もう授業始まるぞ!!さっさと席着け!!」

「「「「っ!?」」」」」

(・・・まあ、いいタイミングか)


 ちょうどそこに、一限授業科目の先生が来た。

 先生に怒鳴られて、周りの人たちは何か言いたげだったが、すごすごと自分の席に戻っていく。


「・・・っ!!」

(・・・言いたいことがあるなら言えばいいのに。聞く価値もないことだろうけど)


 去り際に、鳴瀬がワタシを睨み付けて何事かを言おうとしていたようだが、何も言わずに踵を返した。

 まあ、ワタシとしても、加減を間違えてやり過ぎると面倒なことになるのでちょうどいいと言えばちょうどよかった。

 あの先生にまで嫌われると少し困るので、すぐに瘴気を霧散させ、ごく微量を放出させる程度にとどめる。

 だが、その前にまき散らしていた分だけでも、このクラスにとっては十分だったようだ。


「「「「「・・・・・」」」」」


 鳴瀬以外にも、クラス中からワタシに対して大なり小なり敵意を感じる。

 これまでのワタシなら憂鬱な気分になりつつ恐怖を抱いただろうが、今のワタシは違った。


(これで、このクラスの全員はワタシの敵になった・・・まあ、昨日までとあんまり変わらないと言えばそうだけど、でも)


 今のワタシには、余計な感情はない。

 あるのは、己の新しい策を進めていくための冷徹な思考と。


(『待っててね』。ワタシの王子様)


 さきほどまでの聞くに堪えない妄言を焼き尽くしてくれるような、愛しい王子様への熱い想いだけであった。



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TIPS1  THE MAGICIAN 魔術師




大アルカナの1番目。


杖を持った男が腕を振り上げる絵。


カードの中には、杖(火)、杯(水)、剣(風)、硬貨(土)の四元素を象徴する道具が描かれている。


男の頭上には『∞』の印が描かれており、また男の腰帯は尾を噛む蛇ウロボロスを象徴しているとされ、どちらも無限性、永続性、潜在能力を意味する。



正位置では、創造、天賦の才、深い知識、始まり、カリスマ性、コミュニケーション能力。


逆位置では、想像力の枯渇、優柔不断、意気消沈、空回り。




作中では、黒葉鶫の初期カード。


彼女が魔女であったことからこのカードがあてがわれた。


 

初期レベルは4。本来、魔術師は四元素を扱える存在だが、黒葉鶫の性格が大きな力や戦闘に向いていないため、杖の火属性のみが解放されている状態。


絵柄も逆位置である。



↓(反転)



塔との戦いの最中、黒葉鶫が伊坂誠二を助けるために心の底から力を望んだことで逆位置から正位置へと反転。

さらに、伊坂誠二の逆位置の死神による『覚醒』によって優れた大魔法使いの血と才能による潜在能力が解放され、レベルが8まで上昇。さらに、眠っていた炎以外の水、土、風、雷、氷属性への適性も目覚めた。


魔術師のカードには四元素を象徴する道具がすべて描かれており、それらの属性との接触、交信があることを意味しているが、中でも『技術』と『知恵』を意味する『剣』が司る風属性が主な属性であるとされる。

黒葉鶫も同様に風属性への適性が最も高く、次いで『黒葉』と縁の深い土属性、もともと使っていた火属性も得意となった。

水、ならびに派生である氷と雷は横並びだがこれらも不得意ではない。


黒葉の家系は黒葉鶫の祖母である黒葉アカネがペナルティーを伴う方法で儀式を抜けたために才能が涸れており、そのままただの人間の一族へと落ちぶれるはずだったが、黒葉鶫は伊坂誠二と同様に突然変異的に先祖返りをしており、元々高い能力を秘めていたが故の急成長である。

なお、逆位置から正位置へと反転したのはあくまで黒葉鶫の強い意志によるものであり、伊坂誠二の権能は関係ない。


権能は『創造』。

この場合の創造とは無から有を創ることではなく、既存の概念から新しい概念を創り出すという意味。

その身に宿る六属性の魔力を扱う『天賦の才』を以て周囲から対応する属性の魔力を無尽蔵に集め、集めた魔力を用いてカードに組み込まれていた『弾』、『壁』、『閃』、『砲』、『纏』、『大砲』、『穿』に縛られることなく、六属性を組み合わせた多様な魔法を創り出すことができる。



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使用した魔法について



風の剣(ソード・オブ・スート)


レベル8の魔法、『魔喚(マギア・コーリング)』でカードから喚び出した剣。

展開中は風属性魔法に補正がかかる。



風よ(ウェントゥス)


風属性の特徴である『速さ』をもたらす強化魔法。



火の杖(ワンド・オブ・スート)


レベル8の魔法、『魔喚(マギア・コーリング)』でカードから喚び出した杖。

吊された男のカードから火属性を引き出すことで展開中は火属性魔法に補正がかかる。



火よ(イグニス)


火属性の特徴である『剛力』をもたらす強化魔法。



雷の槍スピア・オブ・ユニオン


風の剣と火の杖から黒葉鶫が創造した魔法の槍。

皇帝のカードから雷属性を引き出すことで展開中は雷属性魔法に補正がかかる。



雷よ(トニトゥルス)


雷属性の特徴である『迅さ』をもたらす強化魔法。



水の杯(カップ・オブ・スート)


レベル8の魔法、『魔喚(マギア・コーリング)』でカードから喚び出した杯。

吊された男のカードから水属性を引き出すことで展開中は水属性魔法に補正がかかる。



水よ(アクア)


水属性の特徴である『治癒』をもたらす強化魔法。



土の硬貨(コイン・オブ・スート)


レベル8の魔法、『魔喚(マギア・コーリング)』でカードから喚び出した硬貨。

女帝のカードから土属性を引き出すことで展開中は土属性魔法に補正がかかる。



土よ(テラ)


土属性の特徴である『守護』をもたらす強化魔法。



氷の槌ハンマー・オブ・ユニオン


水の杯と土の硬貨黒葉鶫が創造した魔法の槌。

女教皇のカードから氷属性を引き出すことで展開中は氷属性魔法に補正がかかる。



氷よ(グラキエス)


氷属性の特徴である『不変』をもたらす強化魔法。



魔よ(マギア)


自然界に満ちる六属性を過不足なく調和させることで、より高い相乗効果をもたらす強化魔法。

すべての属性が持つ強化効果がアップしている。



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黒葉鶫の装備について



服装


魔女のとんがり帽子やローブの外観はあまり変わっていない。

しかし、逆位置ではくたびれてボロい印象のあったものが新品同様になっている。

見た目だけでなく、魔法を使用する際の補助や防御効果もある。




以前までは古めかしい身の丈ほどの杖だったが、腕の長さほどの白い短杖に変わった。

前よりも魔力の収束や魔法への変換が早くなっている。

逆位置で火属性だけが使えていたのは、この杖という道具が強調されていたため。




帽子の髑髏


???の血脈の象徴。


元々闇属性は光以外の属性を吸収する特性を持つが、今の黒葉鶫の魔力は伊坂誠二の闇属性に対して異常なまでに高い親和性を有する。

黒葉鶫は伊坂誠二に対し、魔法による直接攻撃手段の一切を放棄したに等しいレベル。

塔との戦いが本格化する前に伊坂誠二の権能で治療されていたこと、黒葉鶫が伊坂誠二を救うために力を求めたことがその要因と思われるが、詳細は不明。


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黒葉鶫の所持スキル



黒葉の血脈


植物を操る黒葉の魔女の血脈。

もともと育てた植物から魔法の薬を調合することができたが、今の黒葉鶫ならば植物を直接操ることもできる。

薬とともにあり続けたことで、毒、麻痺、昏睡、石化のような身体的な状態異常を無効化する。

また、森林地形で戦闘を行う場合には補正がかかり、光や闇属性相手でもある程度有利に戦える。



心映しの宝玉


黒葉鶫が生まれつき持っていた魔臓。

他人の感情を色として見ることができる。

この眼を持つ者は、常に真実を直視しなければならない定めにある。

幻覚、催眠、魅了、暴走、恐怖、発狂のような精神系の状態異常を完全に無効化できるが、それは現実からの逃避を許さないことを意味する。

ただし、伊坂誠二に対して勝手に押しつけていた理想がただの幻想だったことに気付き、さらにそれを乗り越えたことで、この魔臓が持つデメリットは既に克服している。



魔術師のカリスマ


魔術師は正位置ではカリスマ、コミュニケーション能力の高さを意味する。

現在の黒葉鶫は以前までとは打って変わって、その気になれば魔術師にふさわしい話術やリーダーシップを発揮することができる・・・が、黒葉鶫は伊坂誠二を手中に収める以外の目的でそれらを振るうつもりは一切ない。

正位置に変わったとしても、ごく一部を除いて根本的に人間が嫌いなままである。



???の血脈


闇属性に対して高い親和性を持つ。

特に、伊坂誠二の闇属性魔力との親和性は極めて高い。


※六属性のいずれかを持つ普通の魔法使いが普通の闇属性に対して持つ親和性をA+++~E-で評価した場合、Cとなる。

(普通の光属性の魔法使いの場合、闇属性親和性はE)。


黒葉鶫の闇属性への親和性は闇属性親和性(C+)。

伊坂誠二の闇属性に対しては、闇属性親和性(A+++)。


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