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満ちゆく月

「と、とりあえずさ!!もうすぐ朝のホームルーム始まるからこの辺にしとかない!?」


 ついさっきまでオロオロと私と黒葉を見ていた誠二が、場の空気に耐えられなくなったようにそう言い出した。

 私と黒葉の魔女はその言葉に視線を一瞬合わせ、すぐに逸らす。

 

「・・・そうだね」

『ふん。まあ、聞くべき事は聞いたか』


 癪なことだが、意見が一致した。

 私としては、最大の目標である誠二との契約の⑥の破棄を達成した以上、もう黒葉に用はない。

 むしろ、顔も見たくないくらいなので用事が済んだならさっさと帰って欲しいくらいだ。

 まあ、黒葉の方はまだ聞きたいことがあるのか、あるいは誠二の傍から離れるのが嫌なのか、渋々と言った様子だが。

 しかし、時間が押しているのは事実である。


「それじゃあ、また昼休みにね。誠二くん」

「うん」

『・・・・・』


 つくづく性格の悪い女だ。

 『自分はお前と違って昼休みも放課後も誠二に会えるんだぞ』と言いふらすかのように、意味深にこちらに視線を向けながら黒葉は踵を返す。

 その直前だった。


「・・・そういえば、ツキコさん。最後に一ついいですか?」

『・・・何だ?』

「黒葉さん?」


 私の張った結界の縁で立ち止まり、思い出したかのようにそう言ってきた。

 私は反射的に固い声を出しながら聞き返す。

 誠二は情けないことに、またも不安げな顔をしている。

 そんな凶悪な顔で女2人の間で優柔不断な顔をするな。

 さっさと私の味方に付いていればこんな女にでかい顔はさせないのに。


「ワタシたちは昨日、塔を倒しました。でも、カードが見つからなかったんです。塔のカードのこと、知りませんか?」

『何?』

「あ、そういえばそうだったな」


 振り向いた黒葉の魔女の眼は、疑念に染まっていた。

 『お前の嘘などすべてお見通しだ』と牽制をかけてきているようだ。

 私は、黒葉の魔女が持っている『眼』のことを知っている。

 だから、今の黒葉に嘘を付いても通じないことも知っている。

 塔を倒したのは、誠二と黒葉の戦果だ。

 『仮に』、私が塔のカードをかすめ取っていた上でここで嘘をつき、それがバレれば誠二からの印象はよくないだろう。

 去り際の気の抜けるタイミングでそれを聞いてくる辺り、狙ってやっているのだろうが。

 しかし、それに引っかかる心配はない。


「知らんな」


 なにしろ、『本当に知らないのだから』。


「・・・本当に?」


 私の回答が信じられないのに、己の『眼』が『ツキコは嘘を付いていない』と述べていることが意外だったのだろう。

 若干目を見開いて驚きつつも、もう一度聞き返してきた。


『ああ、知らんな・・・というより、お前たち、塔を倒せていなかったのか?』


 私としても、それは困った事態だ。

 なにせ、昨日見た塔はレベル9。

 同じレベル9の誠二とレベル8の黒葉が手を組んでやっと倒したのだ。

 私1人で遭遇すればまず勝てない。


「いや、倒しはしたはずなんだよ。オレの魔法を喰らったなら、破綻の象徴の塔がただで済むはずない。でも、カードが見つからなかったんだ」

『ふむ?それは妙な話だな。大アルカナは一度顕現すれば、プレイヤーに勝つか結界の時間切れ以外で撤退することは許されないのだが・・・』

「昨日の結界、だいぶ持ったぞ」


 この儀式は始まりの魔女がルールを制定しようとして失敗している。

 しかし、長い時間をかけることで不完全ながらその目論見は果たされてもいるのだ。

 それによって、『プレイヤーに試練を与える』、『試練以外でプレイヤーに手出しできない』、『試練は試練を課す側も逃げられない』という点は保証されている。

 誠二の言うとおり、あのときの怪異の結界は塔が暴れることを見越してか、かなり頑丈にできていたので中々消えなかった。

 ルールに則るのなら塔は誠二に倒された後も逃げることはできなかったはずなのだが。


『まあ、塔が真正面から負けるなど、私も聞いたことのない事態だ。誠二というイレギュラープレイヤーがいる以上、特例として引っ込めた可能性も0ではあるまい』

「特例ねぇ・・・それ言ったら何でもありって感じがするんだが」

『私に言われても知らんな。まあ、儀式にとっての骨格であるルールを曲げてでも逃がしたのなら、それ相応の代償は払っているだろうよ。例えば、儀式が大量にため込んでいる魔力をすべて吐き出さなければならなかったとかな』


 儀式に定められているルールがどのように作用するのかは、私にも完全に把握はできていないが、契約魔法のように『ルールを破ることそのものができない』といったものではないのかもしれない。

 それか、『ただし、大量のコストを払うことで特別に無視できる』といった特殊なルールがある可能性もある。

 そもそも、ルールの設定も不完全なのだから、強制力も落ちていたとて不思議ではない。

 無論、何の代償もなくできるものではないだろうが。

 

「・・・じゃあ、本当にあなたは塔については何も知らないんですか?」

「そうそう。本当に何か知らないのか?オレとしては、お前がトドメ刺してくれてた方がまだマシなんだけど。もう一度アレと戦うのはゴメンだぜ」

『くどいぞ・・・黒葉の魔女。お前なら、私が嘘を付いていないことはわかっているだろうが』

「それは、そうですが・・・」

『昨日の私は、この結界を張って隠れながらお前たちの戦いを見ていた。塔は私にとっても消えてくれた方がありがたい障害だ。隙があれば、私がトドメをかっさらうつもりで見ていたが、攻撃が激しすぎてそれどころではなかった・・・これが昨日の私の行動だ。嘘は付いていないぞ』

「お前、横取りするつもりだったのかよ・・・まあ、最後の方が相当ヤバい攻撃ばっかだったから、オレの馬みたいな足がなきゃ近づけなかったのはマジだろうけどさ」

「・・・嘘は付いていない。なら、本当に?」

『だからそうだと言っているだろう・・・というより、時間はいいのか?』

「あ、本当だ!!黒葉さん、さすがにそろそろG組に行った方がいいよ」

「・・・そうですね。疑って申し訳ありませんでした」

『ふん。まあ、私としても塔が生きていることがわかったのは収穫だ。不問にしてやる』


 一方的に疑われたのは腹立たしいが、塔を倒せていなかったのなら当然の疑問ではあるし、誠二の前で疑いを晴らせたのはプラスだ。

 情報を手に入れることができたのも含め、私にも得るモノがあった以上、誠二がいる場所で責めることに意味はない。

 ならば、さっさと帰ってくれた方が何倍もマシである。

 私がしっしと犬を追い払うように手を振ると、黒葉は一瞬不快そうに眉をしかめたが、誠二に顔を向けて一声かけるときには元に戻っており、今度こそ背を向けてD組から出て行った。



-----



「ふぅ・・朝から疲れたぜ」


 黒葉が去り、それまでの緊迫した空気が消えたのを感じ取ったのか、誠二がため息をつきながら疲れたようにそう言った。


『ふん。なんだ情けない。魔法使いどうしが話すときなど、同盟でも結んでいなければあんなものだ。というか、それなりに交友があったとしても完全に気を許すなどあり得ん』


 生前の記憶はおぼろげだが、私が取り憑いてきた魔法使いのプレイヤーたちも皆そうだった。

 己の一族以外は基本的に信用しない。

 それは、自分たちの有する魔法の知識や技術を知られることで戦力的に下に回るのを回避するための措置だったりするのだが。


「あのなぁ・・・黒葉さんはオレにとっては味方なんだよ。んで、お前もまあ、契約結んでるし味方といえば味方だろ。そんな2人があんなにバチバチしてたらどうしていいかわかんなくなるっての」

『・・・ふん。お前がどう思っているか知らんが、黒葉の魔女を信じるのは止めておけ。あの一族は魔法薬の調合に長けている。アイツから渡されたモノは口にしない方がいいぞ』


 私は誠二の顔から視線を逸らし、黒葉が出て行った教室の出口を見ながら忠告する。

 教室にいるクラスメイトどもは今までの光景を結界に遮られて見れなかったからか、突然去って行った黒葉の魔女についてあーだこーだと理由を推測しているようだったが、それはどうでもいい。

 ただ、知らず知らずのうちに釣りが上がりそうだった唇を誠二に見られるのはなんとなく嫌だったのだ。


(味方と言えば味方か・・・本当に甘い男だ)


 黒葉の魔女と誠二に信頼関係があることは知っている。

 その一方で、白上羽衣の身体を乗っ取っているこのツキコが信用されることはないとも。

 だが、この甘すぎる男はいつの間にか私のことも一応は味方とみなしていたようだ。

 そのような甘さはこの儀式において邪魔にしかならないものではあるが、それを他ならぬ自分に向けられるのは悪くない。

 そう思ってしまっている時点で、私も誠二に毒されてしまっているのかもしれないが。


「黒葉さんがそんなことするワケねーだろ。っていうか、黒葉さんの作った料理とかほぼ毎日食ってるけどどこもおかしくなってねぇっての」

『・・・は?』


 しかし、誠二のその言葉で茹ったような気分が一瞬で氷点下になる。


『おい・・・それはどういうことだ?毎日だと?』

「お、おう・・・なんだよ急に怒って」

『怒っていない。いいから続きを話せ』

「別に大したことじゃねーよ。オカ研で弁当食べるときにオカズ交換したりするだけだっての・・・ああ、いや。そういえばGWの勉強会だと飯作ってもらったな。美味しかったけど」

『・・・・・』


 知りたかったが知りたくなかった事実がわかり、思わず誠二を睨む。

 睨みつつ、観察する。


(こいつ、あの毒虫に操られてはいないよな?)


 黒葉の魔女、いや黒葉の一族は魔法薬調合のスペシャリストだ。

 どこで手に入れた知識かは覚えていないが、その記憶が確かにある。

 そしてそれによれば、極まった作り手ならば魔法使いであろうと中毒にできる麻薬すら調合できる。

 既に誠二はあの女が作った食事を取り込んでしまっているとのことだが・・・


『お前、黒葉の魔女が命令すれば全裸で町内一周できるか?』

「は?」


 私がそう聞くと、誠二は唖然とした顔になった。

 しかし、もしもあの女が既に十分な量の薬を盛っていれば、私が言ったことくらいは可能なのだ。

 確認のため、もう一度聞く。


『お前はあの女が命令すれば全裸で・・・』

「いやさすがにそれはできねーよ!!・・・いや、黒葉さんがそうしなければ死ぬとかならまだしも、そうじゃないなら黒葉さんからの頼みでも断るわ!!」

『・・・ふむ、どうやら盛られてはいない。あるいは盛られていても微量のようだな』


 誠二の反応からして、私が恐れている事態には至っていないようだ。

 もともと、誠二は肉体からして魔法使いだとしてもあり得ないレベルで頑強だ。

 そして、精神系の魔法と同じく、魔法薬を用いた場合でも格上に悪影響を与えるのは難しい。

 そもそも、あの毒虫は私という敵の存在を昨日まで知らず、ヌルい思考のままでいた。

 ならば、昨日まではそこまでやるほど追い詰められてもいなかっただろう。

 だが、これからもそうとは限らない。むしろ、これからの方が危険だ。


『いいか、誠二。あの女から出されたモノにこれからは口を付けるな。最低でも、食ったら報告しろ。私も魔法薬の調合にはそれなりに精通している。なにかあれば解毒薬を飲ませるからな』

「はぁ?なんでそんな面倒くさいことを・・・」

『い・い・な?きちんと報告しなければ、クラスメイトの前で私が白上羽衣の演技をしながら解毒薬入りのジュースを渡すことになるぞ』

「お、おい、それは白上さんに迷惑がかかるだろうが。白上さん自身でそうしてくれるならありがたいけど、お前が無理矢理やらせるのはダメだろ」

『それが嫌ならちゃんと話せ・・・言っておくが、私としてはこれは儀式を勝ち抜くための正当防衛だと認識している。お前が操られでもすればすべてのカードを集め終えた瞬間に私は終わりなのだからな』

「わかったよ・・・っていうか、お前なんでそこまで黒葉さんを敵視してるんだよ?いくら魔法使いのプレイヤーで最後には戦うことになるっていっても、お前のは行き過ぎているように見えるぞ。いや、それは黒葉さんもか?」

『・・・・・鈍いと世の中が楽そうに見えていて羨ましいよ』

「あ?どういう意味だコラ?」

『そのままだ』


 疑問符を浮かべる誠二を見て、私はため息をついた。

 私が私があの女と敵対する理由については語っていないことが多いために仕方がないが、あの毒虫が私を敵視する理由を察せないのは鈍いと言わざるを得まい。


(まあ、それであの毒虫の気色悪い執着に気が付かないのならそれはそれでいいがな)


 あちらと違い、私の側があの女を敵だと思う理由は正当なモノだ。

 まず、あの女が私の悲願を妨げる障害であるということが一つ。

 あの女の母か祖母かあるいはその上が前回の儀式で邪魔をしてくれたことの恨みがあるというのが一つ。

 なにより、誠二の記憶が消えたのをいいことに、白上羽衣と過ごすはずだった後夜祭を横取りされたことだ。

 あれさえなければ、今頃この儀式を勝ち抜く策は成っていたというのに。

 誠二とあの毒虫が楽し気に踊る光景は、思い出すだけでも胸の奥が軋むように痛み、骨の髄から焼き尽くすような怒りが湧いてくる。

 ここまでが、儀式にまつわることであの毒虫を敵と見做す歴とした理由である。

 これだけでも十分すぎるくらいだが、儀式のことを除いても、まだ因縁は残っている。

 

(儀式のこともそうだが・・・誠二は私が管理し、私に守られることでしか幸せなれない。あの毒虫のような連中の魔の手から。その点でも、あの女は許されざる敵だ)


 昨日になって自覚したことであるが、私は存外誠二に対して恩義のようなものを感じているらしい。

 己を表わす名前がないということは、この世に存在していないのも同じ。

 今の私の命とともにツキコという名前が失われると思ったときにそれを悟った。

 そしてその名をくれた誠二が死ぬかもしれないと思ったときに、誠二だけは死なせたくないと私自身が死ぬリスクを知りながらも飛び出そうとした。

 結局は黒葉の魔女のことがあったせいで動けなかったが、それでもその気持ちに偽りはない。

 だからこそ、私は伊坂誠二という人外を私自身が管理することこそが、誠二にとっての唯一の救いの道であり、私が進むべき道だと確信している。

 その上で、誠二の記憶喪失につけ込んで好き放題した前科のあるあの毒虫は最優先で排除すべき敵だと見なすのは当然であり、人道的ですらある。

 ・・・このように、私にはあの女を敵と判断するだけの立派な理由があるのだ。

 あの毒虫の醜い横恋慕とはまるで違う。


(つくづく惜しい。誠二に出会う前にあの毒虫のことに気付いていれば簡単に始末できたものを・・・いや、そういえば?)


 そのとき、私は気付いた。

 誠二に問いただしておくべきことがあったことを。


『そういえば・・・お前、私と出会ったときにはもう黒葉の魔女のことを知っていただろう。どうして黙っていた?』

「へ?」


 昨日のオカ研での会話で、誠二がかなり前から黒葉の魔女と行動を共にしていたことは分かっている。

 魔女としての姿と、オカルト研究部の部長としての姿は結びついていないようだったが、正式な魔法使いのプレイヤーのことを知っていたにも関わらず報告をしていなかったことは腹に据えかねていた。

 

「そりゃあ・・・お前、オレが黒葉さんのこと教えてたら絶対にちょっかいかけに行ったろ?っていうか、オレも黒葉さんが魔法使いのプレイヤーだって初めてわかったし」

『・・・ついさっき、味方だと言った癖に。そもそも、黒葉鶫と魔法使いのプレイヤーが同一人物と気付いていなくても、魔法使いのプレイヤーを知っていたのには変わらんだろうが。味方には情報を共有すべきだと思うがな。男に二言はないのではないか?』

「そりゃ、今はそうだけど、お前と契約を結んだときは結構殺伐としてただろ。魔力操作も教えてもらってなかったし。というより、さっきまでのこと考えたら今でもお前にはバレて欲しくなかったっての。オレとしたらどっちとも敵対はしたくはないんだから、黙っておくしかないだろ。結果論だけど、黒葉さんだって白上さんが人間のプレイヤーだったってことは昨日まで気付いてなかったんだぞ」

『チッ・・・誠二のくせに女2人を手玉にとって遊び人気取りか。身の程知らずめ』

「なっ!?ひ、人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ!?」

『ふんっ!!言われたくなければ今後は隠し事などせんことだな』


 予想通りの返答に、イライラと舌打ちする。

 結局は、あの毒虫を守ろうとしたが故に黙っていたのだ。

 実に気に入らないが、予想はできていたために苛立ちも抑えることはできるレベルだ。

 誠二が何やら喚いているが、この程度の口撃くらいは甘んじて受け入れて欲しいモノである。


「このこと以外で隠し事なんざねーよ・・・はぁ、わかったわかった。もう黒葉さんのこともバレちまったし、これからは隠し事なしで行くから落ち着けよ」

『・・・黒葉の魔女から渡されたモノを食ったときも、絶対に報告しろよ?契約更新するからな?』

「わかったっての。でも、契約は黒葉さんに一応言ってからな」

『・・・落とし所か。まあいい、それなら今日はこの程度にしてやる』


 降参しましたと言うように両手を挙げる誠二。

 隠し事がもうないというのは嘘ではないらしい。

 ついでに、黒葉の魔女に何か盛られる場合に備えて契約に新たな条文も加えることを約束させる。

 本当ならもっとドぎつい台詞を続けてやっても良かったが、その殊勝な態度に免じて私から矛を引いてやるとしよう。

 

「はぁ・・・まったく。お前、もう少し仲良くとまでは言わないから黒葉さんと派手にやり合うのだけはマジで勘弁してくれよ?」


 一段落ついて、心なしかさっきよりも疲れたような顔をした誠二がそんなことを言い出した。


『それはあちらの態度次第だな。あの女が私の邪魔をせず、大人しくお前から手を引くようなら見逃してやるさ』


 まあ、そんなことはまず起こらないだろうが。

 間違いなく、誠二がすべてのカードを集める上であの毒虫はなにかをしでかすに違いない。

 一応、万が一、億が一にも舞台から自分で降りると言うのなら私も穏便に済ませることを考えないでもないが。

 いずれにせよ、私も早く強くならなければいけない。

 事態がどう動いてもいいように。

 

「見逃してやるって、黒葉さんも言ってたけど、お前黒葉さんより弱いだろ?」

『・・・今だけの話だ。あの女はレベル8だろう?私のレベルも6に上がっているのだから、属性を加味すればあと一つ上がるだけでもイーブンになる』


 そんな私の内心に気付くはずもなく脳天気に続ける誠二は、今私が気にしていることにもズカズカと踏み込んでくる。

 ・・・まあ、誠二の言うとおり、今はあの毒虫の方が私より強い。

 だが、私だって成長していないワケではない。

 レベルが一つ上がり、黒葉の魔女との差は狭まっているのもまた事実なのだから。

 そのことを懇切丁寧に説明してやる私だったが。


「ん?お前、レベル6に上がったのか?正義と戦ったときに(ブースト)使ってたからレベル5より上だとは思ってたけど」

『・・・何?』


 それは突然のことだった。

 誠二に言われて、私はその違和感に気付く。


(そうだ・・・私はいつレベル6に上がった?)


 塔と戦う前、私はレベル5だった。

 そして、私はあの塔と戦っておらず、ましてや『倒してもいない』。

 私がレベルアップする機会などなかったはずなのだ。

 なのに、なぜ私のレベルが上がって・・・


『っ!?』


 その瞬間、私は忘れていたことを『思い出した』。


「お、おい?どうした?」

『・・・なんでもない。少々忘れていたことを思い出しただけだ・・・そうそう、私のレベルだが、お前のおかげで大アルカナと戦う機会が増えただろう?そのおかげで上がったのだ。自分と相性のいい大アルカナカードを獲得するのがレベルアップの最短コースだからな』

「え~と、お前とオレで戦ったのは正義と恋人か。確か、両方ともお前と相性いいんだっけ?」

『ああ。手に入れた大アルカナすべてに適性があったのだ』

「ふ~ん・・・えっと、一応、おめでとうって言っといた方がいいか?」

『疑問形で聞くくらいなら最初から聞くな。まあ、言うというなら受け取ってやるが』

「あ~、それじゃあ・・・レベルアップおめでとう」

『うむ。苦しゅうない』


 魔女として、私は腹芸には自信がある。

 誠二と出会ったときのような極めて希な状況でもなければ、咄嗟に感情と行動を分けることだってできる。

 そのおかげで、私が『仕込んでいた』魔法が発動しても動揺は最小限に抑えられた。

 誠二が訝しんでいたのもほんの少しの間だけで、すぐに私の話すペースに乗せられている。


(一応、嘘は付いていないからな。誠二に関わることで大アルカナと遭遇し、その結果でレベルが上がったのは事実だ・・・しかし)


 そうして私を祝う誠二の相手をしつつ、私は『封印していた記憶』と今の記憶を統合し、思考を回す。


(・・・少し精度が甘かったか。あの女が近くにいるときだけ、塔を倒したことを忘れるようにしたが、レベルのところまでは調整しきれなかったせいでボロがでかけた。あの毒虫相手なら怪しまれていたな。次は気をつけねば)


 どういうわけか、私はあの毒虫が持つ『心映しの宝玉』について詳細な知識を持っており、それ故にあの眼への対処法も心得ている。

 あの女と話していたときに実践していた、己の感情を制御するための自分自身へのマインドコントロールである『閉心術』もその一つ。

 そして、誠二と契約の破棄をした直後に私は己自身の記憶操作を行い、塔のことを一時的に忘れたのだ。


(あの眼は悪意を見切ることはできるが、正確な思考を読めるワケではない。そして、相手が『真実であると思い込んでいること』の真偽を確かめることもできない)


 黒葉の魔女と話していたとき、私は本気で塔が逃げおおせたと思い込んでいた。

 誠二の前ということもあり、私はあの場で黒葉の魔女を騙そうとなど一切考えていなかった。

 故に、あの女も私の言葉を信じたのだ。

 

(普段からあの眼で感情を読んでいるのならば、確実に引っかかる・・・おかげで、塔のカードを私が持っていることを知るのは私だけだ)


 塔のカードは、その記憶を消し去る権能は、私にとっての切り札。

 同時に、誠二を救う唯一の方法でもある。

 この存在だけは、誰にも知られてはいけない。

 そう。例え誠二であっても。


『ところで、そろそろ結界を解くぞ。担任も来たしな』

「へ?」


 誠二が気付くことなどあり得ないが、私が塔のことを思い出したと知られれば隠し通した意味がない。

 万が一を考えて、ここいらでお開きにすることにした。

 ちなみに、私の結界は内と外を隔てるが、術者である私以外は外界のことを認識することが難しくなる。

 すなわち。


「それじゃあ、今日もHR始めるぞ~・・・っておい伊坂。今日も白上の方向いてんのか」


 担任が教室に入ってきたことに気が付かなかいまま、白上羽衣の机に身を乗り出していた誠二。

 周囲からすれば、いつのまにか白上に迫っていた誠二がいきなり現われたように見えているだろう。

 これから朝のHRを始めようというところで、その光景はひどく目を引いた。


「伊坂お前、ストーキングとかするのはマジで止めろよ?今のご時世色々面倒くさいから」

「え!?あ、その・・・す、すみませんでした」

『ククッ・・・』

「て、テメェ・・・覚えてろよ」

『フッ!!無様だな』


 凶悪な顔面とガタイを縮こまらせて謝る誠二。

 担任も既に何度も同じ注意をしているだけあって対応も慣れたものだ。

 教師として問題のある発言をしているような気がしなくもないが。

 小声で私に恨み言を呟く誠二だが、HRが始まって何も言えなくなる。

 その無様な姿は愉快だったが、ふと思った。


(そういえば、過去の私はこんな下らないことで笑っていただろうか?)


 私は始まりの魔女の残滓。

 始まりの魔女の願いである儀式の完成のために、永い時の中で暗躍を続けてきた。

 その中で多くのプレイヤーに取り憑いてきたが、今のように誰かを見て笑うことがあっただろうか。

 誠二と出会い、名を与えられてからは何度かこんなことはあったが、ソレより前はどうだっただろうか。

 

(記憶は曖昧だが・・・そんなことはなかったように思う。なのに、今の私がそうできているのは・・・)


 私は、改めて誠二の後ろ姿を見る。

 今度は、笑うのではなく真剣にじっくりと。

 同時に、己の中に起きた明確な変化を思い返す。

 それは、昨日までの私にはあり得ない思考。

 昨日からいよいよ本体との繋がりが薄くなり、もはや私しか知らない胸の内。


(・・・これまでの私は、儀式を完成させるために存在していた。いや、儀式を完成させたいという気持ちは未だにある。だが、私の命を天秤にかけるほどのモノであるのか・・・それがわからなくなった)


 私は誠二に恩があると自覚した。

 そのとき同時に、疑念も持ったのだ。

 それまでの私の芯であった、儀式を完成させるという悲願に。

 その疑念があるために、私は自分が死ぬかもしれない状況に立たされたときに動けなくなった。


(だが、私はその恐怖に立ち向かうことができた・・・誠二のおかげで)

 

 そしてさらに己自身に驚いた。

 儀式のためだと思っても動けなくなるほどの死の恐怖を乗り越えさせた『何か』に。

 そう、儀式のためだけでなく、『誠二には生きていて欲しい』と思わせるほどの『何か』が誠二にはあるのだ。

 そして、その何かが私に訴えかけている。



--黒葉の魔女に、誠二を渡すな!!



『ふん・・・言われるまでもない』


 正体の分からない衝動に頼るまでもない。

 私が誠二をあの毒虫から守ろうとするのは、誠二への恩義と黒葉への意趣返しという確たる理由がある。

 始まりの魔女の願いに疑念こそあるが、可能な限り叶えたいということにも変わりはなく、そのために誠二が必要なのも事実。

 いずれにせよ、黒葉の魔女にみすみす取られるような真似など許すつもりは毛頭ない。

 だが。


(まあ、悪くはないがな)


 己の中に生まれた、名前の分からない感情、あるいは衝動。

 正体はわからなくとも、それが誠二を守るための後押しをしているのは間違いないのだから。

 ならば、そんな何かが己の中にあることも、そしてそれを好ましく思えるようになった自分も、嫌ではない。

 そんなことを思いながら、私は誠二を見つめる。

 ・・・そんな自分の瞳が驚くほどに優しげだったことには、鏡のない教室では気付くことはなかったのであった。



-----


おまけ



TIPS ツキコの好感度


儀式の完成は、私の命を、ツキコという名を棄ててでも叶えるべきモノなのか? +?%


あの毒虫にだけは絶対に渡すわけにはいかん!! +?%


名を持たないのは、存在しないも同じ・・・それに気付かせてくれたことには礼を言う。私はお前に救われていたのだな +10%



現在 60%+?%(?は伊坂誠二への好意ではないが、伊坂誠二への執着度に加算される)

伊坂誠二への執着度→100%



始まりの魔女の欠片だった存在は死神に名を与えられ、かつてとは異なる存在になりつつあった。

そして、彼女を縛る枷に綻びが生まれだした。

自身の根幹への疑問と探求こそが枷を解く鍵であるが、彼女はまだそれに気付いていない。


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