新たな日常2
ガラッとドアを開けて教室に入る。
「お~すっ」
「お?おはよう伊坂・・・って、おいおい」
「なんだよ伊坂か・・・おおっ!?」
オレの顔を見て、クラス替え当初は『ヤクザが襲撃してきた!?』と怯えていたクラスメイトたちも、今では『なんだ伊坂か』とどうでもよさそうな空気を醸し出している。
しかし、オレに続いて教室に入ってきた小柄な人影を見て、一様に驚いていた。
「あはは・・・お、おはようございます」
「黒葉さんじゃん!?」
「え!?どうしたの黒葉さん!?」
昨日、他クラスの生徒でありながらD組のメイド喫茶を盛り上げてくれた、D組にとっての勝利の女神。
昨日のようなコスプレはしていないが、何の変哲もない制服姿でもその可憐さに陰りはない。
そんな美少女が朝っぱらからやってきたのである。
入り口付近でワイワイやっていた連中だけでなく、窓際の方にいたヤツらや、机に突っ伏して寝ていたようなのも『なんだなんだ?』と集まってきた。
「えっと、昨日はD組の皆さんにお世話になったので、そのお礼にって」
「いやいや!!お礼を言うのはこっちだって!!」
「黒葉さん、昨日くれたお薬、すっごくよく効いたよ!!またもらってもいい?」
「そうそう!!ウチのクラスからあんなに脱落者でるとは思ってなかったし、黒葉さんがいなかったら最優秀賞もらえなかったよ」
「おい鈴木!!昨日の売り上げ黒葉さんの取り分は?」
「取っておいてあるに決まってんだろ?今持ってくるよ。ちょっと待っててもらっていい?」
「そんなに急いでないから大丈夫ですよ」
すぐにウチのクラスにもみくちゃにされる黒葉さん。
昨日はメイド喫茶を途中で抜けざるを得ない人が結構いて、腹痛でダウンした小澤さんを初めとして、みんな黒葉さんに感謝しているようだ。
なかなかの勢いで迫るから、昨日のオカ研で男子たちが来たときのように黒葉さんが怯えていないかと心配したが、そんな様子もなく落ち着いている。
それだけ、うちのクラスの連中がいい奴らということだろう。
しかし、それにしても・・・
「ウチのクラス、最優秀賞もらえてたんだな」
確かにウチのクラスには白上さんを筆頭にきれいどころが多い。
そこに黒葉さんが加わればさもありなんだが、本当にトップを取るとは。
「あれ?伊坂君いたの?」
「おい、俺らは今黒葉さんと話してるんだぞ。さっさと荷物でも置いてこいよ。それだと肩痛いだろ」
「お前らなぁ・・・」
黒葉さんと話している時のにこやかなお顔とは一変して、オレに話しかけるときはめんどくさそうな表情をする松崎と山田。
とくに山田、お前はオレを遠ざけたがってるのか気遣ってるのかどっちなんだ。
「っていうか、お前最後の方どこ行ってたんだよ?そのぶんだと、まさかオカ研が優秀賞とったのも知らないんじゃないだろうな?」
「そうそう!!まあ、表彰は最優秀賞の代表だけで鈴木が受け取ったからいいけど、オカ研が一位でもおかしくなかったんだぜ」
「お前副部長なんだから、そういう場にはいた方がいいだろ」
「あ、いや、それはな・・・」
オカ研が優秀賞を取ったことには驚きだが、それ以上にツッコまれたらマズいことを聞かれてしまった。
昨日、塔の結界から出たときには閉会式どころか後夜祭も終わっており、誰もいなかったのである。
後夜祭だけならともかく、閉会式にいなかったのは明らかにおかしい。
舞札祭でのオカ研の人気ぶりは相当なモノであり、なんらかの賞をもらえる可能性が高かった以上、副部長であるオレは最後まで残っているべきだったのだから。
マズいな。こんなことなら、黒葉さんと口裏を合わせておくんだった。
そう思いつつ、黒葉さんの方を見ると・・・
(大丈夫!任せて!!)
(黒葉さん!?)
どうしてか、オレを見ていたらしい黒葉さんと目が合った。
パチリとオレに目配せする姿は自信ありげで、どうやら秘策があるらしい。
(さすが黒葉さん。こんなことはお見通しか)
予想していたなら話してくれていても、と思わないではないが、登校中にいろいろな話を振ってしまったのはオレなのだし、どっちかと言えばオレが悪いだろう。
もともと、頭では黒葉さんに敵わないのだから、ここは黒葉さんに任せよう。
「み、みなさん!!昨日は閉会式の前に、ワタシが疲れて寝てしまって・・・起きれなかったみたいだったので『誠二くん』に付いていてもらったんです。ね?誠二くん?」
「あ、ああ。知ってるヤツもいるだろうけど、昨日のオカ研は人がすごい来て、オレでも疲れるくらいだったしな。閉会式の前に黒葉さんがバテちゃったんだよ。そのまま放っておくわけにもいかなかったから、部室にいたんだ」
なるほど。
確かに昨日の黒葉さんはだいぶハードワークだったし、オカ研の盛況ぶりはこのD組の面々の中に知っているヤツらがいる。
そんな中でD組の手伝いまでしたのだから、疲れるのは当たり前。
失礼な話だが、黒葉さんは見るからに体力がなさそうだし、かなり説得力のある話だ。
これなら、カバーストーリーとして申し分ないだろう。
オレは内心で黒葉さんの策に舌を巻きつつ、咄嗟に話を合わせた。
「ごめんね誠二くん。せっかくD組が最優秀賞だったのに、クラスのみんなとお祝いさせてあげられなくて」
「いやいや!!黒葉さんを置き去りになんかできないって!!ほら!!オカ研にいるときも変な男子とか来たし」
「そうだったね。でも、誠二くんがいたから、ワタシは全然大丈夫だったよ。本当にありがとう、誠二くん」
「気にしなくていい、っていうか、こっちこそありがとうというか。黒葉さんがいたからオレも今年の舞札祭は部活で思いっきり楽しめたんだから、おあいこだよ」
「・・・うん。じゃあ、お互いにありがとうだね」
「ああ、ありがとう、黒葉さん」
「うん!!誠二くん!!」
打ち合わせも何もなかったが、スラスラと軽快に会話が続いた。
最近、オレと最も会話をしているのは、両親を除けば間違いなく黒葉さんだ。
特に意識することなく、普段通りの会話の流れが生まれ、オレは自然と本心で思っていることを喋っていた。
一方の黒葉さんも、大勢に囲まれているというのに至って自然体であり、今も嬉しそうに笑っている。
これ以上ない最高の演技。否、黒葉さんが寝てしまったという事以外で、オレはすべて本当の気持ちしか言っていないのだから、演技ですらない。
これなら、まず問題ないと思うが・・・
「「「「・・・・・」」」」
「ん?どうしたんだよ、お前ら」
気が付けば、クラス中が静まりかえっていた。
全員が真顔でオレたちを見ている。
「おい?」
「「「「ちょっと待て」」」」
「お、おう・・・」
「・・・・・」
反応がないのでもう一度呼ぶと、みんなが同時にオレを制止する。
その一糸乱れぬ動きに驚いていると、クラスメイトたちが円陣を組んで何事かを囁きだした。
すごく気になるが、円陣に加わっていないのが遊撃役として残っており、オレたちが近づかないように牽制している。
「何やってんだろ、あいつら?」
「さぁ?・・・でも、別に悪口を言ってるわけじゃないと思うよ?」
「そうなの?」
「うん」
手持ち無沙汰になってしまい、黒葉さんに話しかけてみたが、こんなことでも見ていたら楽しいのか、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
まあ、黒葉さんが楽しそうならそれでいいと思い、もう一度円陣の方を見てみたが、まだ話し中のようだ。
「おいおいおいおい!!なんだ伊坂と黒葉さんの距離感!?」
「あれもう完全に恋人のヤツだろ!!」
「オカ研で寝てたとか言ってたけど・・・まさか」
「いやいや!!あの伊坂がそこまではしねーだろ!!」
「いや、わからないよ。昨日の様子を見る限り、黒葉さんの方はなんかもうヤバい感じだったから、黒葉さんの方からってことも・・・」
「た、確かに。黒葉さんに迫られたら、伊坂が抵抗できてるイメージが湧かねぇ・・・」
「で、でも黒葉さんは名前呼びなのに、伊坂君の方は相変わらず名字呼びだよ?」
「そうだな・・・いや、伊坂なら、名前で呼ぶのを恥ずかしがってる可能性も・・・」
「キモいな」
「キモいね」
「あの顔でそれはキモい」
いつまでやってるのだろう、あいつら。
「なんか盛り上がってるな・・・なんか勘なんだけど、悪口言われてる気がする」
「・・・ま、まあ、言われててもそんなひどいことじゃないと思うよ?多分」
黒葉さんの顔が微妙に引きつっているような気がする。
というか、黒葉さんにはもしかして話の内容が聞こえているのだろうか?
「と、とにかく・・・マジであいつら付き合ってると思う?」
「う~ん・・・黒葉さんの反応はマジでそんな感じだけど、伊坂君がね」
「だよなぁ・・・伊坂が付き合いだしたら、あんな自然体でいられないと思うんだよな」
「っていうか、伊坂君って羽衣が好きなのは変わってないでしょ?昨日も、羽衣のメイド服姿見られなくて残念がってたんでしょ?」
「ああ。黒葉さんが協力する条件で伊坂を指名してきたけど、白上さんの写真で快くOKもらえたぞ」
「うわ、最低」
「だよな。あんなに好かれてるのに別の女の子の写真でホイホイ釣られるとか」
「いや、伊坂君もだけど、鈴木君も大概でしょ。隠し撮りだよねそれ」
「いやいや!!ちゃんと許可もらったわ」
「許可もらってても、それを交渉の材料にするとか、マジ引くよ鈴木」
「サイテー」
「伊坂以下だな」
「え?俺、あいつより下なの?あのクソボケより?」
なんか鈴木がつるし上げを食らってる。
そういえば、鈴木から白上さんの写真をもらう約束をしてたけど、あいつ忘れてるんじゃないだろうな?
スマホじゃなくて、映研の古いカメラのテストも兼ねて撮ったらしく、あの場だとシワにならないように持っておけそうになかったから、まだもらっていないのに。
「・・・誠二くん、誠二くん」
「ん?どうしたの黒葉さん?」
クイクイと袖を引っ張られて何かと思ったら、黒葉さんがニコニコと笑いながらオレを見上げている。
・・・ただ、笑っているはずなのに、どういうわけか背筋がゾクゾクする。
なんでだろう?
「誠二くん、鈴木君からなにかもらったりした?」
「え?いや、まだもらってないけど・・・」
「ふぅん、まだ、ね・・・鈴木君とは、ちょっと交渉しないといけないかな」
「? 鈴木と?」
「うん。昨日D組をお手伝いしたときの報酬について。鈴木君は売り上げの一部をくれるって言ったけど、お金はちょっと面倒なことが多いと思うから、別のことでもらおうかなって」
「まあ、確かに舞札祭の売り上げを他のクラスの子に渡すのは、なんかグレーっぽいしなぁ」
「でしょ?だから、代わりに別なことをお願いしようかなって思ってるの」
「別のこと?それって?」
「・・・まだ考え中かな」
そう言いながら、黒葉さんはつるし上げられている鈴木をジッと見つめている。
・・・なんか、まるでこれから標本になるために台に固定された虫でも見ているような、温度の籠もっていない瞳で。
(鈴木、なんか黒葉さんを怒らせるようなことでもしたのか?D組を手伝わせちゃったのを根に持ってるとか?いや、黒葉さんの性格でそれはないか)
黒葉さんと鈴木の接点は昨日が初めてだし、オレもすぐ傍にいたが、そんな問題のあることをしていたようには思えないが。
まあ、黒葉さんならそこまでひどいことはお願いしないだろう。
というか、あいつらまだやってるのか。そろそろ黒葉さんもG組に行かないとまずいと思うのだけど。
「まあ、鈴木君のことはいい。問題は伊坂君だけど、写真のことを考えると、まだ白上さんが好きなんだよね?」
「間違いないだろ。なんで黒葉さんがあんなに距離近くなったのかはわからんけど」
「・・・っていうか、黒葉さんのことで忘れてたけど、昨日は羽衣も閉会式にいなかったよね?」
「そうじゃん!!後夜祭のあとの打ち上げのときにはいたけど、最初は伊坂とどっか行ってるかと思ってた!!」
「でも、打ち上げに伊坂君はいなかったし、羽衣に聞いても伊坂君とは特に何もなかったっぽいんだよね。いや、むしろ・・・」
「そういえば、昨日は羽衣もちょっと様子がおかしかったな・・・グラウンドのステージで発表見てたときに黒葉さんのことを聞かれたけど、いつもと雰囲気違ったっていうか」
「・・・!!」
ピクリと、黒葉さんの肩が動いた。
「? 黒葉さん?なにかあった?」
「・・・ううん。なんでもないよ」
「そう?」
一瞬揺れたような気がしたのだが、今は彫像のように静かにクラスメイトたちを見ているだけだ。
はて?気のせいだったのだろうか?
「それ、打ち上げのときもだよ。伊坂君のことを聞いたとき、ほんのちょっとの間だけど、すごい嫌そうっていうか、羽衣にしてはすごい珍しい感じだった」
「え?修羅場?修羅場なの?」
「いや、確か黒葉さんは昨日も伊坂が白上さんのことを好きなの知らなかったと思うぞ」
「・・・それを知ってしまったとか?」
「だとしたら、伊坂が刺されてるだろ。ピンピンしてんぞアイツ」
「伊坂ならナイフが刺さっててもノーダメっぽいじゃん。アイツ、そもそもナイフ刺さるの?」
「・・・断言できねぇな」
「まあ、伊坂君が頑丈なのはもうどうでもいいよ。問題は、昨日白上さん、伊坂君、黒葉さんの間でなにかあったかもしれないってことだ」
「でも正直、伊坂から白上さんへの好意はガチだけど、逆はないよなぁ」
「それな。白上さんは誰にでも分け隔てなく優しいから、特別伊坂にだけってのはないだろ」
「羽衣、そのへんは本当に罪作りだよね・・・でも、昨日閉会式にいなかったのは羽衣らしくないよ」
「誰か、白上さんが最後の方でどこ行ったか知ってる人いる?」
「う~ん・・・グラウンドで別れた後のことはわからないなぁ」
「も、もしかして・・・マジでオカ研に?」
「いや!!でも白上さんとなにかあったら伊坂があんなに平然としてるわけないだろ!!」
「で、でも。黒葉さんがあんな風なのって・・・」
「「「「ゴクリ・・・」」」
突然、クラスメイトたちがバッとオレの方を向いた。
「な、なあ伊坂」
「なんだよ?」
全員、いやに神妙な顔をしている。
まるで、時限爆弾を解体しようとするプロフェッショナルチームが、最後に残った2本のケーブルのどちらを切るか迷っているような。
下手したら爆発しそうな危険物に関わろうとしている感じというか。
いや、自分で言っててよくわからん例えだ。
「その、昨日の閉会式の前なんだけどさ・・・白上さんとなにかあったりしたか?」
「あ?閉会式の前に、白上さんと・・・?」
「・・・・・」
どういう意図で聞いてきているのかわからない質問だ。
だが、閉会式の前のことなら、ちょうどほんの少し前に黒葉さんと話したばかりだ。
「いや、実はオレも昨日は疲れててよく覚えてないことが多いんだけど、閉会式の前はオカ研にいて、黒葉さんと話してただけだぞ」
「そ、そうなのか?じゃ、じゃあ、白上さんには会ってないってことか?」
「ああ。昨日は一回も白上さんとは会ってないな」
閉会式の前の記憶は、塔の襲撃もあって曖昧だ。
だが、この伊坂誠二が白上さんのことを忘れるなど『あり得ない』。
舞札祭という特別な場所で白上さんと会っていたのなら、その思い出は心のファインダーの中に厳重に保存するに決まっている。
だというのに、オレに白上さんと話した記憶がないのだから、昨日オレと白上さんが会っていないのは間違いない。
「・・・おい、どう思う?」
「あの伊坂が白上さんと何かあったことを忘れるとか、あり得ないよな」
「だよなぁ・・・」
「?」
なんだこいつら。
まるで、オレと白上さんが昨日会っていないとおかしいと言うかのような反応だ。
まあ、なんと言われても、オレが白上さんと会った記憶はないのだが。
「・・・黒葉さん。黒葉さんの方はどう?」
「・・・ワタシですか?」
「あ、ああ。黒葉さんは、昨日白上さんに会ったりとか、してない?」
「・・・・・」
クラスの連中、今は鈴木が黒葉さんに質問してきた。
黒葉さんはオレに対しては砕けた口調だが、クラスメイトには昨日までのような丁寧な言葉遣いのままだ。
だが、どうしてか、そのしゃべり方にはなんとなく冷たい壁のようなものがある気がする。
昨日、いや、ついさっきまで、D組の連中とは普通に話していたはずなのだが。
っていうか、昨日はオレと黒葉さんはほぼ一緒にいたし、そもそも朝に・・・
--本当に『ワタシからすれば』、誠二くんが覚える価値があるようなことはなかったんだもの
と言ってくれている。
黒葉さんに白上さんが好きだと言ったことはないが、一昨日も昨日も白上さんのことは話題にあげているし、万が一黒葉さんが白上さんに会っていたら、それを必ずオレに教えてくれるはずだ。
だというのに、『覚える価値があるようなことはなかった』とまで言っているのだから、白上さんは本当にオカ研に来なかったということで確定だ。
わざわざ雰囲気を悪くしてまで聞くようなことなどない。
「あのなぁ。昨日、オレと黒葉さんはほぼずっと一緒にいたんだぞ。オレが会ってないなら、黒葉さんだって会ってないっての。でしょ?黒葉さん」
「・・・うん。誠二くんの言うとおり、昨日、ワタシはずっと誠二くんの傍にいたし、『誠二くんと白上さんは』一回も会ってないよ」
「ほら!!黒葉さんもこう言ってるじゃねぇか」
「う~ん・・・確かに黒葉さんまでそう言ってるとなるとな」
「そもそも、羽衣も何もなかったって言ってたし・・・」
「それじゃあ、羽衣の方は別件ってことか?」
「・・・なんだよ?白上さんに何かあったのか?」
「いや、お前も閉会式のときいなかったけど、白上さんもいなかったから、なにか関係あるのかなって」
「閉会式のとき?・・・あ」
「「「「・・・あ?」」」」
「い、いやなんでもない!!」
「「「「・・・・・」」」」
白上さんのこととあっては聞き捨てならないと聞いてみたが、やぶ蛇だったようだ。
確かに、白上さんとオレは昨日会っていない。
だが、どうして閉会式のときにいなかったのかは知っている。
しかし、その理由を言うわけにはいかないのだ。
言っても信じてくれるとは思えないけど。
「おい伊坂!!お前なんか知ってるだろ!!」
「吐け!!キリキリ吐け!!」
「いや、マジで会ってないって!!閉会式のときにいなかった理由は心当たりあるけど、昨日に一言も話してないのは本当だっての!!」
「誠二くん、それじゃ火に油だよ・・・」
「あ」
マズい。また口を滑らしてしまった。
会ってないのも本当。閉会式のときに来なかった理由を知っているのも本当だ。
けど、わざわざ口に出す必要などどこにもない。
黒葉さんがオレを見る眼にも、なんか呆れが混じってるような気がする。
「おら!!黒葉さんからも言われてるじゃねぇか、このバカが!!」
「おらっ!!吐け!!さっさとゲロったほうが楽になれるぞバカ!!」
「警察に捕まったら簡単に誘導尋問に引っかかりそうなバカだな」
「バカバカうるせーよ!!オレがバカなのなんて自分でわかってるっての!!無知の知だぞ!!」
「開き直ってんじゃねー!!ソクラテスに謝れ!!格が違いすぎるわ!!」
ギャーギャーと騒ぐオレたち。
朝からこんなことになるとは、なんともツイてない。
とりあえずここはこのガキのような罵倒を続けて時間切れを狙い、休み時間はトイレにでも逃げるとしよう。
騒ぎながらも頭の中で作戦を思いついたオレってマジで頭いいんじゃね?と思いつつ、オレはさらに言い争いを続けようとして。
--ガラっ
「みんな、おはよう・・・って伊坂君?それに」
突然、すぐ傍のドアが開いた。
入ってきたその女の子は、まずバカ騒ぎの中心にいたオレに目を向け、そしてオレのすぐ隣にいた女の子に気が付いた。
白上さんの目線は確かにオレの隣に向いていて、何かを言い出そうとしたそのとき。
「おはようございます。そして・・・『初めまして』、ですね?白上さん」
白上さんが口を開くのを遮るように。
そして、オレの一歩前に踏み出した黒葉さんは。
「ワタシは黒葉鶫って言うんです・・・これから、よろしくお願いしますね?」
そう言って、白上さんに向かってにこやかに微笑むのだった。
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「・・・うん。じゃあ、お互いにありがとうだね」
「ああ、ありがとう、黒葉さん」
「うん!!誠二くん!!」
「「「「・・・・・!!」」」」
ワタシと誠二くんが笑顔で話していると、周りの人たちの胸の灯りが大きく揺れだした。
見えるのは青と黄色の点滅。すなわち、驚きと好奇心。
(やっぱり、来て正解だったな)
すぐ近くでD組の人たちが話し合っているのを見ながら、ワタシは内心でほくそ笑んでいた。
(今日、ここにきた理由・・・まあ、昨日楽しく過ごせたし、ワタシのことを気にかけてくれたことのお礼を言いに来たっていうのは嘘じゃないけど、メインは情報収集と地盤固め)
ついさっきも考えていたことだが、白上を好きな誠二くんを振り向かせる上で、同調圧力はかなりの武器になる可能性は高い。
そして、ワタシと誠二くんの仲がいいことをよく知っているのは、昨日やってきたD組の人たちだ。
普段、誠二くんと同じクラスにいる彼らに仲の良さを見せつけるのは、特に有効だろう。
好都合なことに、ワタシと誠二くんがとても親しく見えるように話したらとても興味を持っているようで、しかも嫌悪の感情を持っている人がいない。
昨日のD組の男子たち、確か鈴木君、山田君、松崎君のオカ研での反応を見るに、白上と誠二くんが結ばれるのを応援しているのはないと思ったが、漏れ聞こえる会話を拾う限りでは中立のようだ。
ならば、彼らをワタシの味方として取り込んでしまうのが上策だ。
白上が人間とはいえプレイヤーである以上、魔法を使った情報収集はそれなりにリスクがある。
代わりに、彼らから情報をもらったり、白上と距離が近くなりそうなら邪魔をしてもらえるところまで行ければ理想的だ。
(誠二くんとは、『クラスメイトとして』仲がいいみたいだもんね。あんまり敵対するようなことをしたら、誠二くんからの印象も悪くなっちゃう・・・それに、まあ、悪い人たちじゃないみたいだし)
誠二くんと仲がいい人が増えるのは正直あまりいい気分はしないが、D組の人たちはワタシから見てもかなりいい人たちだし、誠二くんからわずかでも嫌われる可能性を削りたい身としては、険悪にならない道があるのならそちらを選びたい。
と、そこで。
「・・・グラウンドのステージで発表見てたときに黒葉さんのことを聞かれたけど、いつもと雰囲気違ったっていうか」
こっそりと使っている風属性魔法に、気になる台詞が引っかかった。
(・・・白上が、ワタシのことを探ってた?)
それはどういう意味なのか。
昨日、開会式でワタシと誠二くんはかなり目立っていたらしいし、それで単に気になったのか。
(そういえば、白上はワタシがプレイヤーだって誠二くんに言ったときもあまり驚いてなかった・・・そもそも、誠二くんはイレギュラープレイヤー。誠二くんが魔法使いのプレイヤーだと思い込んでいるのならまだわかるけど、そこでワタシが出てきても大して反応がなかったってことは、ワタシのことを最初から知ってた?)
ワタシと白上の間に、つい昨日まで接点はなかった。
白上が人間のプレイヤーだと確信したのも、直接会った上で奇妙な灯りを持っていたこと、誠二くんが前々から人間のプレイヤーを知っているようなことを言っていたからだ。
誠二くんからの情報と、心映しの宝玉という魔臓があってたどり着けた真実。
誠二くんが白上に正体を黙っていたのは確かなようだし、人間に魔臓はないのだから、白上が得られるヒントはワタシよりも圧倒的に少ない。
かと言って、前々から使い魔か何かで探られていた、というのはさすがにないだろう。
ワタシは逃げ隠れることなら自信があるし、人間のプレイヤーは必然的に魔法に関する知識に乏しいから、使い魔をつくることそのものが難しいはず。
いや、待て。
(そうだ、ここに来たのは、誠二くんにかけられてる魔法のことを調べることだってある。でも、誠二くんにそんな魔法をかけるなんて、ただの人間のプレイヤーにはまずできない)
誠二くんにかかっている、何らかの精神か記憶に関わる魔法。
精神系の魔法というのは複雑で、相当な条件を整えなければ格上にはまず通用しない。
そして、誠二くんほどの魔力を持つ相手の記憶に干渉するなど、素人には絶対に不可能だ。
つまりは、ただの人間のプレイヤーである白上には無理。
白上も誠二くんにかかっている魔法については否定していたが・・・
(もともと、白上には不審な点がたくさんある)
そんな否定もまったくアテにならない。
なにせ、白上の心の灯りからして不気味なのだ。
心の動きを誤魔化せる術を使えるのなら、それを格上にかける方法も知っているのかもしれない。
あるいは・・・
(白上も、誰かに操られている可能性・・・D組の人たちの話だと、白上は誠二くんのことをワタシと同じ意味で好きだと思ってない。だけど、昨日の白上は、灯りは見えなかったけど、誠二くんにすごく親しくしてた。とても演技には見えなかったけど、あれも誰かにやらされていたって線もある)
喜ばしいことに、白上側が誠二くんに向ける感情は大したものではないらしい。
だが、昨日のオカ研での白上は誠二くんに含むモノがありそうだった。
それが、周りにうまく本心を隠していたのか、それとも誰かの意志なのか。
客観的に見れば、人間のプレイヤーである白上本人が特殊な魔法に詳しいという説よりも、別の人物が白上に入れ知恵した、あるいは白上を操っているという方が説得力はある。
もっとも、そんなことができる存在がいるのならワタシが魔法使いのプレイヤーに選ばれることはなかっただろうけど。
(つまりは、まだどれも確定はしてない。決めつけるのは危険ってこと・・・もう少し情報を集めるか、きちんと整理しないと)
正体不明の第四のプレイヤーがいる可能性もあるが、白上本人が危険な可能性も否定しきれない。
そんな状況で安易な決めつけは危険すぎる。
もっと情報を集めなければ、方針を決めることもできない。
そう。
(情報を集めるなら、最高の情報源があるよね・・・朝は陸上部の練習に行ってることは知ってる。だからこの時間に来たんだけど、もう少しのはず)
どういうわけかクラスメイトから詰問されだした誠二くんを横目に、ワタシにも飛んできた質問にはすぐに正直に答えるなどせず曖昧に誤魔化すにとどめる。
そんなことをしながらも、思考はずっと別の方向に向いていた。
そして、そのときは来た。
(あはっ!!・・・待ってたよ)
開いた扉から現われた、美しい銀髪に、均整の取れたしなやかな身体、整った外国の血が混ざった顔立ち。
大多数の人間から見れば美しく、称賛されるような要素は、ワタシにとってはただただ忌々しい。
だが、そんな毒は表には出さない。
ワタシは、ワタシにできる最大の努力を以て笑顔の仮面を被り直してから、用意していた台詞を言ってのける。
(昨日とは、逆だね)
「おはようございます。そして・・・『初めまして』、ですね?白上さん」
昨日は、余裕を持って仕掛けてきたのはそっちだった。
でも、今日は逆。
今度は、ワタシが待ち構える側だ。
「ワタシは黒葉鶫って言うんです・・・よろしくお願いしますね?」




