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新たな日常

 オレこと伊坂誠二の朝はそこそこ早い。


「行ってきま~す」

「はい行ってらっしゃい。これお弁当ね」

「うん。ありがとう・・・一応聞いておくけど」

「大丈夫よ。ちゃんと走っても問題ない組み合わせにしてあるから」

「ありがとう・・・できれば、前からそうして欲しかったけど」


 朝の6時半に、母さんから弁当をもらって家を出る。

 オレの家は舞札市の東の方にあり、学校は市の中央付近にあるのだが、オレが最初に向かうのはオレの家の北側だ。

 舞札市の北東部は山があり、あまり手入れのされていない杉林や耕作放棄地がそこら中にある。

 郊外と言うべきエリアであり、住宅もまばらだ。

 車もあまり通らない道路を、オレは軽めの速度で走って行く。

 まあ、オレにとって軽めであり、そこそこスピードは出ているのだが。


「ふっ、はっ・・・変身すりゃ五分で着くけど、まあトレーニングだしな」


 最近のオレの日課と化しているこのランニングは、鈍り気味だった身体を鍛え直すためのものだ。

 無論、目的地に着いてからのことがメインではあるから、ただ早く着くだけなら簡単な方法を取ってもいいのだが、オレの、いやオレたちの事情を考えてみれば、少しでも身体を鍛えておくことは蔑ろにしていいものではない。

 もともとのオレは早起きなどするタチではなかったが、なんとかサボらずに続いているのもそういう事情のおかげである。

 この件に関してはオレに原因があるようなものだから絶対に手は抜けないし、抜きたくもないのだ。

 と、そんなことを考えながら走っていると、目的地が見えてきた。


「お、見えてきたな・・・って、今日はもう玄関で待ってくれてるのか」


 蔓が絡みついた、古めかしい洋館。

 まるでおとぎ話に出てくる不気味な魔女の館のようであるが、住人の気質なのか、庭木はしっかりと手入れがされていて、近くで見てみると中々壮観だ。

 まあ、魔女の館というのも間違ってはいないのだけど。

 オレが来るのに気が付いたのか、その魔女の館の主がパッと花が咲いたような笑顔を浮かべて手を振ってくれた。


「あ!!誠二くん!!」

「はっ、ふっ・・・ふぅ~・・・おはよう黒葉さん」

「うん!!おはよう」


 オレが来るタイミングがわかっていたのか、いや、かなり前から待っていてくれたのだろう。

 名実ともに魔女の館の主たる、オレと同じ魔法使いだとわかったばかりの黒葉さんは今日も変わらない嬉しそうな笑顔でオレを迎えてくれた。

 違うのは、普段かけている眼鏡を外し、前髪も綺麗に整えられていること。

 そして昨日よりもずっと砕けた口調。

 だが外見は魔女っ子で見慣れていて、黒葉さん=魔女っ子とわかった今ではその方がむしろデフォルトという感じだし、口調はあまりにも自然なせいでほとんど気にならない。

 ただ・・・


(黒葉さん、なんで急に口調がフレンドリーになったんだろ?)


 そのきっかけはわからなかったが。

 昨日の戦い、まさしく死闘と呼ぶべきであった『塔』との決戦の最中、空高く打ち上げられていた黒葉さんを助けたときから今の口調だ。

 その前は・・・


(オレの記憶だと、『特別なこと』は何もなかったと思うけど)


 オレが覚えてる限りでは、大盛況だったオカ件の店じまいを終えた後、閉会式に行こうとしたところで塔が出現。

 先行していた黒葉さんが塔に襲われるという流れだが。


(ん?なんで黒葉さんが先に行ってたんだ?それに、いつ黒葉さんが魔女っ子だって教えてもらったんだっけ?)


 いくつか気になるところが出てきたが、記憶が曖昧でよく思い出せない。

 とくに黒葉さんが魔女っ子だったということのカミングアウトなど、絶対に忘れないと思うのだが。


「んん~?」

「誠二くん?どうしたの?」

「いや、オレ、なんか昨日の記憶が曖昧でさ。まあ色んな事があったからしょうがないとは思うんだけど、黒葉さんが魔女・・・魔法使いって教えてもらったのはどんなときだっけ?って」

「・・・嫌だなぁ、忘れちゃったの?ワタシが正体を教えたのは、オカ研を閉めるほんの少し前だよ。舞札祭が始まる前の日にも言ったよね?2日経ったら正体を教えるって。閉会式とか後夜祭だと他の人もいるから、あそこでしか言えなかったんだ」

「あ~、確かに舞札祭が始まる前の日にはそう言ってたね。あれ?でも、昨日のオカ研閉めるときにそんなことあったっけ?」

「・・・その本当にすぐ後に塔が出てきたからね。記憶が曖昧なのもしょうがないかも。でも、あのときはごめんね?ワタシ、いきなりですごくショックで、ついオカ研を飛び出しちゃったんだ」

「そ、そうだったのか、それはこっちこそごめん。オレもすぐに追いかければ良かったんだけど、黒葉さんに正体を教えてもらったのと、塔が出てきたのが重なってフリーズしたのかな?」

「そうなんじゃないかな?でも、謝らなくても大丈夫だよ。あのときのことで誠二くんが気にするべき事なんて、『何もなかった』んだから」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。ワタシ、こんなことで嘘なんかつかないってば。本当に『ワタシからすれば』、誠二くんが覚える価値があるようなことはなかったんだもの」


 思い悩むオレに対してそう言う黒葉さんは、いつも通りにっこりと笑う。

 まあ、黒葉さんがオレに嘘を付くなんてありえないことだし、黒葉さんがそう言うのならばそうなんだろう。


「それより、はい。これ。あんまりここでお喋りしてると、学校遅刻しちゃうよ?ワタシは別にそれでもいいけど」

「あ、ありがとう」


 まだ少し気に掛かったが、黒葉さんがはちみつレモンとタオルを差し出してくれたので、受け取って飲みながら軽く汗が滲んだところを拭く。

 季節は初夏で気温は高めだが、早くに家を出て軽くしか走っておらず、オレとしてはそこまで疲れていないので汗はそんなにかいていない。前のように着替えるほどでもない。

 でも、この先夏になったらこの朝の時間でも汗だくになるだろう。


「ふぅ、じゃあこのタオルはオレの家で洗濯してから返・・・」

「ちょうだい」

「え?」

「それ、ちょうだい」

「い、いやでも汚いし」

「ワタシはぜんっぜん気にしないから大丈夫だよ。はちみつレモンのコップも家に戻さないといけないし、そのついでに洗濯機に入れた方が効率的でしょ?それなら、万一誠二くんが忘れてきちゃうなんてこともないし」

「ま、まあ、黒葉さんがそこまで言うのなら・・・はい」

「うん!!ありがとう!!」


 オレの汗が染みこんだタオルなど汚物と大差ないと思うのだが、どうしてか一歩も引く気配のない黒葉さんに気圧され、オレはタオルを渡す。

 すると、黒葉さんは満面の笑みを浮かべ、いったん家に戻るのだった。



-----



『・・・ワ、ワタシは悪い魔女になるって決めたんだから。しゅ、手段は選ばない!!これだって、ワタシのやる気をハイレベルでキープするっていうイシューを解決するためのソリューションなんだから!!」


『ふぅ~、すぅ~・・・はぁ~・・・』


『・・・ふぅ、学校行かなきゃ。これは今日一日中枕の上に置いておこう』



-----



「黒葉さん、なんか時間かかってるな。間に合うか?」

「誠二くん、お待たせ!!」

「あ、来た」


 待つこと5分ほど。

 早めに家を出たからまだまだ大丈夫だろうが、『なんか時間かかってるな』と思っていると、黒葉さんが早足で近づいてきた。


「じゃあ、行こうか」

「うん!!」


 そうして、オレと黒葉さんは学校に向かって歩き出す。

 やっぱり、時間帯もあってか人気は少ない。

 そうなれば、晴れて黒葉さんがオレと同じ魔法使いだとわかったことだし、話題は当然そのことになる。


「それにしても、黒葉さんが魔法使いだったなんてなぁ。いや、昨日コスプレしてたのを見たときにはそう思ったんだけどさ、でもやっぱり決め手がなかったから断定できなかったよ。黒葉さんが魔法使いなら、もっと早くに言い出してたんじゃないかって」

「あはは・・・黙っててごめんね。誠二くんも、初めて会った頃には正体のこと隠したがってたみたいだったから。なら、ワタシのことに気付いていないならそれでいいのかなって」

「あ~、確かに最初の頃はそうだったな。オレ、『(ブースト)』使わないと完全に野良モンスターって感じだし、あの全身鎧=オレって気づかれたくなかったんだよ・・・黒葉さんがオレの正体に気付いたのはいつ頃だったの?」

「ワタシが気付いたのは、オカ研でワタシが脅されてるときに助けてくれた後、眼鏡を拾ってくれたときだよ。ほら、初めて会ったときに、出会った人が敵か味方かわかるチカラがあるって言ったでしょ?実はワタシの眼が『そういう感情』を読み取れる魔眼なの。このことを教えちゃうと、今のワタシと魔法使いとしてのワタシが結びついちゃうかもしれないから黙ってたけど」

「ま、魔眼!?何ソレカッコいい・・・っていうか、かなり最初からわかってたんだね」

「うん・・・本当にごめんね?それに、眼のことも黙ってたし」

「え?ああ、いや、別にいいよ。オレが正体バレたくないのを汲んでくれたんだから。眼のことだって、そういう事情があったならしょうがないさ。オレに伝えなくても、索敵するときには使ってくれてたんだよね?だったら全然大丈夫」

「そっか・・・よかった。ありがとう。誠二くん」

「いやいや」

「・・・・・」


 黒葉さんが謝ってくるが、何も気にすることなどないだろう。

 オレの事情を考えてくれた結果なのだから。

 『敵意や悪意のような感情を読み取る眼』のことだって、それで全身を禍々しい鎧に包んでいたときや不良のフリをしてビビらせる気満々だったオレのことを誤解しないでくれたのだから、感謝しかない。

 一番親しい友人と言っても過言ではない黒葉さんが、こうして普段から異能塗れの非日常について話せる相手だとわかったことによる気楽さを思えば、そんな心配は無用である。

 あ、いや、心配事と言えば気になっていることはあった。

 他ならぬオレ自身が手応えを感じたことだから大丈夫だとは思うが・・・


「そういえば黒葉さん、身体は大丈夫?大怪我してたし・・・一応、黒葉さんの生命力の流れはしっかり整えたとは思うけど」

「うん。大丈夫だよ。誠二くんの権能で、怪我は全部ちゃんと治ってたし、昨日はよく眠れ・・・う~ん、ちょっと頭が痛いかな」

「えっ!?頭!?あ、頭はやばいでしょ!!」


 オレの権能による治療など、100%オレの勘によるものである。

 きちんとした医者や、魔法に詳しい魔法使いによるきちんとした理論があるものではない。

 頭の怪我は内臓のダメージと同じかそれ以上にヤバいのだ。

 昔、オレに襲いかかってきた北校の『狂犬・千和輪太郎マッドドッグ・チワ・りんたろう』と呼ばれる凶暴な不良を返り討ちにした際、頭にパンチを打ってしまったのだが、それ以来まさしく人が変わったように犬や猫を愛して止まない穏やかな人柄に変わってしまったのだ。

 今ではペットショップでアルバイトを勤め、その実直な働きぶりから卒業後は正社員への雇用は確実と噂されているからいいものの、必ずしもそんなプラスの影響ばかりが出るとは限らない。


「あ、そんなに慌てなくてもいいよ。ただ単に、その、ちょっと寝ぼけてベッドに頭をぶつけただけで、塔との戦いとは何の関係もないから・・・いや、ちょっとは関係あるのかな」

「そ、そうなのか、でもなぁ・・・」


 う~ん、と頭を軽くさする黒葉さん。

 塔との戦いが関係があるのかはわからないが、どうやら頭が痛いのは本当みたいだ。

 昨日だったら権能で治してあげることもできるだろうが、人気がないとはいえ往来で『(ブースト)』を使うのはさすがにマズいだろう。

 いや、でも、開会式で変身せずに魔法が使えたのだし、もしかしたら今のままでもいけたりするのだろうか?


「ねぇ黒葉さん。ちょっと試したいことがあるんだけどいい?この姿のままでも権能が使えるかどうかなんだけど」

「え?・・・うん!!全然大丈夫!!痛みを消せるかどうか確かめるんだよね?バッチコイだよ!!」

「そ、そう?」


 きょとんとしていた黒葉さんだが、オレがなにをしようとしているのか察したのか、屈んで頭がちょうどいい高さになるように合わせてくれた。

 なんだか乗り気なようなので、オレも黒葉さんの艶やかな髪に手が触れるギリギリまで手を近づけて魔力を放出してみる。

 ・・・いつ覚えたのか忘れてしまったが、オレは魔力操作をしっかり会得していたようで、昨日『(ブースト)』を使えたように今も魔力を制御できていた。


「どう?痛いのは引いた?」

「う、う~ん。ぜ、全然引いてないかな!!その、直接頭に触ってくれた方が効き目があるんじゃないかな?昨日だって、ワタシを治してくれたときはお腹に触ってくれてたよね?だったら、今も触ってくれていいよ!!」

「え?」


 オレの脳裏に蘇るのは、血の気の引いた黒葉さんのお腹に手を当てたときのこと。

 あのときは必死だったし、触ったと言っても服ごしだった。

 しかし、今やるとしたら黒葉さんの綺麗な髪にオレの汗がついたような手で触れるということだ。


「い、いや、それはなんというか、オレの手汚いかもだし」

「あ、あいたたたたた!!きゅ、急に頭が痛くなってきたかも!!だ、誰か治してくれたらな~!!」


 オレが躊躇っていると、黒葉さんが心なしか棒読みでそんなことを言い出した。

 本当に、頭痛がキツイ・・・のだろうか?

 しかし、もしも本当だったらなんとかしてあげたい。


「ええ~・・・じゃ、じゃあやるよ?効果があるかわからないけど」

「う、うん!!来て!!」


 オレは、何とはなしに周囲を見回して通行人がいないことを確認すると、おずおずと手を伸ばす。

 

「ん・・・」

「うぉぉ・・・」


 伝わるのはサラサラとして、それでいて柔らかく暖かな感触。

 手で撫でたからか、フワリと一瞬だけ漂った柑橘系の良い香り。

 オレはなんとも言えない感動で言葉がなかったが、すぐに慌てて魔力を流した。


「ど、どうかな?痛いの治まった?」

「ま、まだかな?も、もうちょっとそのままで」

「わ、わかった」


 そうして、オレたちは『も、もうちょっとって言いたいけど、これ以上は遅刻しちゃうよね』と黒葉さんが言い出すまで、しばらくそうしていたのだった。

 人気のない道路で、あと早めに家を出てて本当に良かった。


-----


「♪~♪~」

「な、なんかすごく機嫌良さそうだね、黒葉さん」

「うん!!頭が痛いのが治ったからね!!」


 今日は朝からいい日だ。新しい門出にふさわしい朝である。

 ワタシは心からそう思った。

 思わず鼻歌が出てしまうが、聞かれるのが誠二くんなら別に何の問題もない。


(朝から誠二くんの使用済みタオルは手に入るし、頭は撫でてもらえるし・・・今日は本当にラッキーだなぁ。でも、ただラッキーじゃダメだよね。これからは運に頼らないで誠二くんを手に入れなきゃいけないんだから)


 心は羽根が生えたかのように軽い。

 でも、頭の中のどこかは冷静なままだった。

 ワタシは、家の前での『ブラフ』が気付かれていないことに安堵する。


(・・・・・ワタシの眼のこと、誤解してくれたままみたいだね)


 ワタシは、敢えてこの心映しの宝玉のことをぼかした。

 嘘は言っていないが、すべてを話したわけじゃない。

 敵意や悪意に気づけることは本当だし、敵か味方かわかるのも本当。

 索敵に役に立つのだって真実だ。

 でも、『感情を色として見ることができる』とは言っていない。


(多分、ううん、絶対に、誠二くんはこの眼のことでワタシから離れるなんてことはしない。今まで通りに接してくれるはず。でも、だからこそ、ワタシに気を遣いすぎることはあるかもしれない)


 誠二くんは好きな女の子がいる高校生の男の子。

 これまでワタシがこの眼で見た限りでは、男子高校生と言えば大抵は『そういうこと』を考えていた。

 ならば、誠二くんだってそういうことを考えるときがあるかもしれない。

 そして誠二くんはデリカシーがあるとは言えないが、気を遣いすぎるときはあるし、ワタシがそういう感情を読み取れると知ったら、離れることだってあるかもしれない。

 そこまで行かなくても、自然体の誠二くんと会える機会が減ることは考えられる。


(い、今までワタシといるときにそういうことを考えてなかったってことで、それはそれで紳士的だって思うけど、こ、これからは見逃さないから!!)


 ワタシは悪い魔女になると決めた。

 手段を選ぶつもりはない。

 この忌まわしい眼だって、使えるモノはなんでも使う。

 ・・・もちろん、女としての武器だって。

 ワタシは、ひっそりと自分の胸に手を当てた。


(じ、自慢じゃないけど、む、胸は結構ある方だと思うし、男の子は大きい方が好きだって言うし・・・誠二くんの好みが白上みたいなスレンダーなタイプだったとしても、ノーダメージとまではいかない、よね?)


 誠二くんにはすでに好きな人がいる。

 ワタシは、そんな誠二くんを振り向かせなければならないワケだが、真っ先に思いついたのが色仕掛けであった。

 なにせ、その作戦は一回かすっただけでゴールだ。


(せ、誠二くんの性格なら、ワタシのは、裸を見ただけでも責任取ってくれるだろうし・・・)


 誠二くんはとても真面目で義理堅い。

 例え偶然でも、一回でも既成事実を作ってしまえば記憶を消されでもしない限りは責任を取ってくれるという確信がある。

 ただ、これは一応は最後の手段である。


(誠二くんに軽い子だとかビッチだとか思われたくないしね・・・まあ、白上に取られるくらいならやるけど)


 責任は取ってくれるだろうが、それを誠二くんがどう思うかは別の話。

 ワタシとしては、やはり誠二くんと両想いになりたい。

 無理矢理責任を取らせるようなのは、ワタシだって本意じゃない。

 もっとも、出し惜しみしてる内にかっさらわれそうになるなら別だが。


(せ、責任を取ってもらうとかは別として、ボディタッチとかは異性に効果があるって昨日ネットで見たし・・・それにそろそろ)


 そこそこ歩いてきたので、周りが林や畑から民家へと移り変わり、人通りが増え始めた。

 いつもならこの辺りで・・・


「よし、じゃあこの辺でオレは離れるよ。少し後を着いてくから、黒葉さんだけ先に行ってね」

(・・・来た)


 予想通りのタイミングで、誠二くんがワタシから離れようとする。


「待って」

「おわっ!?」


 ワタシは、すかさずゆっくりと後ろを向こうとする誠二くんの手をギュッと掴んだ。

 

「く、黒葉さん!?」

「も、もう前みたいに、ここで別れる必要はないんじゃないかな?一緒に行った方がいいと思うよ?」

「えっ!?」

「ほ、ほら!!ワタシだって魔法使いだし、昨日なんか一気にレベル8まで上がったんだから!!人間の不良が襲いかかってきても返り討ちにできるんだからね!!」


 シュッ!!シュッ!!と虚空にパンチを放ちながらファイティングポーズを取る。

 ここで別行動しようとするのは、ボディーガードをしつつも何かと因縁を付けられやすかったという誠二くんとの関係を、前にショッピングモールで絡んできた不良みたいなのから気取られないようにするためだ。

 だが、今のワタシはこれまでのいい子ちゃんだったワタシとは違う。

 はっきり言って、普通の人ならともかくあのときの不良を相手に手心を加える気は毛頭ない。

 火や雷だと大事になるだろうが、一番適性が高くなった風属性を使えば事故に見せかけて処理するのは簡単だ。


(・・・周りの空気を奪って酸欠にしてもいいし、魔法薬を気化させて吸わせてもいい、カマイタチを起こして腱を切っても、それでワタシがやったなんて警察にはバレないしね)


 パッと思いつくだけでも何通りかの効率的な方法を思いついたし、頭の中でソレを躊躇いなく実行できるイメージもできた。多分、ソレで人を殺しても今のワタシならそんなに気にならないと思う。

 当然、そんなことを考えているなどおくびにも出さず、誠二くんの前ではブンブンと拳を振り回してみせるだけだが。


「ええ?いや、確かに今の黒葉さんはオレから見ても強い魔法使いだとは思うけど・・・偉そうなこと言うようだけど、強い武器持ってるからって喧嘩で動けるかは別だよ?スタンガンとか改造エアガン持ってても、撃つ前に頭、それか手の骨砕かれたら意味ないからね?」

(・・・多分、誠二くんの実体験なんだろうな。誠二くんが武器を持った相手を倒す側で)


 なんというか、面構えが違う。

 前々から思っていたけど、相当な場数を踏んできたからこその重みがある。

 けど、場数を踏んできたのはワタシだって同じだ。


「それはそうだけど・・・でも、怪異と戦うよりは簡単でしょ?」

「まあ、それはね・・・」

「今までのワタシは頼りなかっただろうけど、これからは違うよ。誠二くんの後ろじゃなくて、隣で戦える。昨日の塔のときみたいに・・・それは、信じてもらえない?」

「う・・・」


 誠二くんが一歩後ずさる。

 その顔はどこか後ろめたそうだ。

 ・・・今の言葉はワタシの本心。

 いつまでも守られているだけでいたくないというのは、ワタシなりの決意表明だ。

 昨日の塔との戦いで、それが嘘でも上っ面でもないことは一緒に戦った誠二くんだからこそ理解できるはず。


「・・・今のワタシでも、誠二くんにとっては守ってあげなきゃいけないくらい弱いって思われてたら、ちょっとショックだな」

「うう・・・」


 誠二くんの目が泳ぐ。

 少しの間う~う~と唸っていたが・・・


「はぁ、わかったよ」

「本当!?」

「うん・・・確かに、昨日の黒葉さんを見てたら、オレがいつまでもお守りをしなきゃいけないだなんて失礼過ぎる」


 ふぅ、とため息をつきつつも、柔らかく微笑む誠二くん。

 ・・・武人気質というのだろうか、そういう戦うことに一家言持っていそうな誠二くんならそう言ってくれると思っていた。


「じゃあ、一緒に行こ!!」

「おわわっ!?・・・べ、別に手を繋ぐ必要はなくない?さ、さすがに恥ずかしいんだけど!!」

「む~・・・しょうがないなぁ」


 眼に映るのは赤と桃色の激しい点滅。焦りと羞恥。それもかなりの度合いだ。

 あわよくば手を繋いだまま学校まで行ければと思ったけど、さすがにまだそこまでは心の準備ができていないか。

 ワタシは渋々と手を離す。

 だが、ワタシの目的はこれでも十分達成できる。


(・・・既成事実はなにも直接、その、し、シなくたって、そう思わせるだけでもいいからね)


 あまり自覚はないが昨日の舞札祭の開会式を始め、オカ研の出し物は他の部と比べても好評だったらしい。

 つまりは、かなりの人目に触れたと言うこと。

 そして、昨日のオカ研ではワタシと誠二くんは一日中ほぼつきっきりだった。

 それすなわち、ワタシと誠二くんの仲がいいということも知れ渡ったということ。

 ここでさらに、舞札祭のイベントという非日常以外でも距離が近いと不特定多数に思わせることは、後々効いてくるはずだ。

 というよりもそれ以前の問題として。


(・・・好きな人がいるのに別の女の子と仲が良いって思われるってこと、わかってないとは思えないんだけどな・・・そこはやっぱり誠二くんだからかな。まあ・・・)


「? 黒葉さん?」

「ううん。なんでもない。行こう?」

「あ、うん」


 誠二くんは善人だ。

 困っている人がいたら助けてしまう。

 今、ワタシといるのだって友達としてというのもあるだろうが、善意だってあるだろう。

 好きな子がいるのに、『浮気した!!』と思われかねないということを知ってか知らずか。

 少なくとも、一途に想っている女の子がいるのに、別の子を毎朝迎えに行くというのが客観的に見てどう思われるのかわからないというのはさすがにないと思いたい。

 好意的に捉えるのなら、それは白上への想いがその程度だということでもあり・・・


(まあ、そういうところが隙だらけで好都合だけどね・・・ワタシが彼女になったら、まずはそこから矯正しなきゃ)


 そう思いつつ、誠二くんと横並びになって学校まで歩いて行くのだった。


「・・・あれ?でも、黒葉さんが強くなったってことは、オレが毎朝迎えに行く必要ってなくなったのか?むしろさっきの理屈で言うと失礼・・・」

「怪異がいつ襲ってくるかわからないんだよ?魔法使いのプレイヤーどうしでいつも固まってた方が絶対いいって思わない?そう思うよね?ね?」

「は、はい・・・」


 絶対に来ると予想していた懸念を、用意していた理屈で全力で叩きのめしながら。



-----


(な、なんか視線を感じる・・・!!)


 時折すさまじいプレッシャーを放つ黒葉さんにビビりながらも、なんだかんだ話すことには事欠かないので和気あいあいとお喋りしながら歩いてきたオレたち。

 だが、学校のすぐ傍まで来て、舞札高生が目に付くようになると、普段は感じないような視線が飛んでくるのがわかった。

 その視線は2種類。


「く、黒葉さん。自然すぎて気付かなかったんだけど、今日は眼鏡してないんだね。前髪もかかってないし、後ろもストレートだし・・・その、大丈夫?なんか見られてるっぽいけど」


 一つは、隣を歩く黒葉さんに向けられる視線。

 さすがは昨日の開会式で万雷の拍手をもらい、オカ研の部室にゴキブリホイホイの如く男子生徒を呼び寄せた黒葉さんの素の状態。

 道を行く男子たちが、『あの可愛い子誰!?』とばかりに驚きながらも見蕩れたような顔をしている。


「ううん。平気だよ。誠二くんが隣にいるし・・・その、せっかく昨日勇気を出したんだから、これを機にイメチェンしようと思って・・・に、似合ってないかな?」

「いやいや!!そんなことない!!オレは『いつも見慣れてるけど』、それでも可愛いと思う!!」

「っ!?・・・そ、そっか。うん、ありがとう・・・」

(ま、まったく!!誠二くんは本当にズルいというか不意打ちしてくるっていうか、いや嬉しいけどぉ・・・)


 恥ずかしそうにしながらも、笑顔でオレに向かって応える黒葉さん。

 その顔は口に出したとおりとても可愛らしいのだが・・・


「「「っ!!!!」」」


 もう一種類の、オレに向けられる視線はなんだかピリピリしていた。

 普段のオレに視線を向けてくるヤツなどほとんどいない。

 いたとしても、恐怖とか忌避といった感じのが100%を占めていたのだが、今日は男子からの嫉妬をヒシヒシと感じる。

 とくに、さっき黒葉さんと話した後には段違いの圧があった。

 度胸のあるヤツラだと思わなくもないが、原因が原因だけになんとも言いがたい。

 

(お、恐るべし黒葉さんの可愛さ・・・けど)


 しかし、だからと言って黒葉さんから離れる気はない。

 そんな下らない理由で離れるなど黒葉さんに悪いし、オレ自身情けない。

 なにより、昨日のオカ研でもいたが、調子に乗った馬鹿な男子がちょっかいをかけてこないとも限らない。

 今の黒葉さんなら、本人の言うとおり軽くあしらえるだろうけど、人の眼があるところで魔法を使うというわけにもいくまい。

 ならば、やはりオレが防波堤になるべきだろう。

 せっかく黒葉さんが勇気を出してイメチェンしたのだ。

 これは黒葉さんの学園デビューにおける舞札祭の次の二歩目。

 友達を作る絶好の機会であり、その決意を無駄にはさせない。

 単純な腕っ節があるとか黒葉さんの実力を疑うとかそういう話ではなく、オレが黒葉さんを守る理由はやはりまだあるのだ。

 


--ギロっ!!



「「「っ!!!!???」」」


 決意を新たにしたオレが、改めて気合いを入れてガンを飛ばすと、周りにいた男子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 オレたちの近くから生徒がいなくなり、気分はモーセの十戒だ。


(よし・・・いや待てよ?これ、男子だけじゃなくて黒葉さんの友達になってくれそうな女子も追い払っちゃったんじゃ?や、やらかしたかっ!?)


 男子はいなくなったが、女子も逃げてしまった。

 これでは本末転倒じゃないのと思うが後の祭りである。


「やべ・・・やっちまった」

「ありがとう、誠二くん・・・男子を追い払ってくれたんだよね?」

「え?あ、そうだけど・・・ど、どういたしまして?・・・気にしてないの?」

「? 何が?」

「い、いや、なんでもない」

 

 どうしようと黒葉さんを見るも、黒葉さんは変わらない笑顔でお礼を言ってきた。

 どうやら気にしていないようだが、あんまり深く聞くのもやぶ蛇だろうか。

 そうしてちょっと悩んでいるうちに、ゴールが見えてきた。


「よし、じゃあ朝はここまでだね」


 階段を登った先にある、北校舎の三階。

 オレのD組は階段の右側で、黒葉さんのG組は左側だ。

 さすがにここまで来ればちょっかいをかけてくるヤツもいないだろう・・・G組の連中は結構不安だが。


「次は昼休みだね。でも、G組のヤツらがまたなんかやらかしそうだったらいつでも・・・」

「待って、誠二くん」

「オレに・・・ん?」


 また昼休みに会う約束をしてD組に行こうとしたが、黒葉さんが離れる気配がない。

 今も、D組に向かおうとするオレの隣に並んでいる。

 不思議に思うオレが聞こうとしたとき、それを遮るように、笑顔のままの黒葉さんは口を開いた。


「昨日、D組の人にはお世話になったから、お礼を言いに行きたいの・・・ダメかな?」

「・・・いや、いいと、思うよ?」


 何気ない、別に何もおかしくない、むしろ丁寧な黒葉さんらしい理由。

 だと言うのに、ここでも妙な圧力を感じて、なぜか疑問形になってしまうオレであった。


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