未知の体
よろしくお願いします!
とある場所にとある者がいた。
その者は自分が誰なのか、ここがどこなのかもわからない、いわゆる記憶喪失に陥っていた。
その者が意識して思い出せることは直近の二つくらいのことであるうえにそれすらもぼんやりとしか覚えていないために対してあてにならず、もっと古い記憶を探ろうとしても全てが不明瞭であり、特に自身に関することはそのほとんどを思い出すことができなかった。
記憶に靄がかかってしまっており、自力では思い出せないといった状態だ。
その中でその者がはっきりとわかったのは自分の名前だけであった。
その者の名はハトといった。
……えぇ……?本当に?ハト?名前が?
ハトは真っ先に自分の記憶を疑った。
自身では、僕、人間だった気がする……くらいの感覚があるのだが、それと同時にハトとはその辺にいる鳥の名前であることを思い出していた。ハトは、もしや自分はそのハトなのではないかと疑ってしまうほどに自分のことを思い出すことができない。さすがにそんなことはないとわかっているが、それほどに自分を信用するための記憶がないのだ。
ひとまずハトは自身の名前を仮称として受け入れることにして、現状を確認しようと目を開いて起き上がった。
両腕を広げて上下にパタパタと動かし、両足の爪を足下に食い込ませてしっかりと立つ。
「え?」
違和感なく今の一連の行動をしたことに、逆に違和感を覚えてしまった。それはまるでこの体が自分の体ではないような感覚であり、意識とは別に体が勝手に動いていたのだ。
まさか……本当にハトなのだろうか。ハトは自分の今の動きが翼のある動物のようで、そう不安になりながら恐る恐る自身の目の前に手をかざした。
そこに見えた手はおよそ人のものではなかった。では、翼か、と言われるとすぐに何であるかの判断を下すことはできなかった。
なぜなら、目の前には白く発光しながらユラユラと揺れるものがあったからだ。
それが何なのかわからないままハトは固まっていた。そうしていると、ハトはふと自身の視界の端にも手のものと同じような、白く発光しながらユラユラと揺れるものがうつっていることに気づく。
(え、もしかして顔も光ってる……?)
ハトがそのことに思い至ると同時に、その光が揺れる理由にも気づく。
(光ってるというより……白いけど、これ燃えてない?燃えてるよね?)
自身の腕にある白く光りゆらゆらと揺れるものがまるで火のようだと考え、もしその考えが正しければ少なくとも手と顔が燃えていることになると気づいたハトは、自身の体が鳥であるか否かを調べていることも忘れて、顔が青ざめて血の気が引いていく感覚を覚えながら慌てて周囲を見回した。
ハトのいる場所は木の上であり、眼下には大自然が広がっていた。
ハトはその景色に感動する暇も、臆する暇もなく、こんな大自然なら当然のように湖や川などの水も存在するはずだと祈るように決めつけて、血眼になりながら自分の体の火を消すための水を探す。
ハトは焦りながら何度もぐるぐると周囲を見回し、ハトのいる木から離れた位置にようやく湖を見つけて一目散にそちらへと駆け、飛び降りた。
そして、まるで慣れているかのような動きで翼を広げて羽ばたきながら滑空し、着水寸前に翼を体に寄せて嘴から勢いよく湖へとダイブした。
それは側からみれば、さながら水鳥が魚を獲るために水に入るかのようだった。
さて、ここまでくれば、もう明らかに鳥であるハトだが、本人……本鳥は未だに自身が鳥であることの確信に至っていない。
それよりも当の本人はそのことなどすっかり忘れて、水の中に入っても消えない火に困惑していた。
周囲の水は水蒸気となり、モクモクと煙のように天へと昇る。
しかし、火は一向に弱まる気配をみせずに水の中でさえユラユラと揺れていた。
ハトはここまでくると、さすがにこの火に違和感を持っていた。
慌てていたために気づいていなかったが、冷静に考えてみるとハト自身はこの火を一度も熱いと感じていないのである。
水の中でユラユラと漂いながらハトは自身の現状を見つめ直していた。
そういえばさっきは空中を落下するんじゃなくて滑空したような、水に入る時は口の先から入ったような、と自身の行動の一つ一つを振り返る。
そして、今更ながら一つの結論に至る。
(もしかして、僕って鳥なんじゃ……?それも、あの伝説の……)
ハトは段々と浮いていき、やがて水面へ浮かび、自身の起こした波により湖岸へと漂着した。
そして、立ち上がり水面にうつる自身の姿を見て確信した。
全身がメラメラ、ユラユラと白い火で燃えている。唯一の例外は水色の瞳だけだった。
その火が形作っているのは、大きな翼、鋭い爪、先端の尖った嘴。
最早、ハトが鳥であることは言うまでもない。
それよりなにより、熱くないこと、そして白いことに違和感はあれど、その特徴である全身を覆うものが火であることに間違いなく。
誰がどう見てもハトは、鳥は鳥でも伝説に登場するような幻想の動物、フェニックスであった。
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