世界樹
お久しぶりです。よろしくお願いします!
「ぜんっぜん!できないんだけども!?」
特訓開始からある程度の時間が経過し、ハトの口から悲鳴と嘆き、そして不満などの様々な感情を孕んだ叫び声が漏れる。結局、ショウのスパルタな特訓は断行され、痛い目にあったにも関わらず収穫は得られなかった。
「おかしいのだ……細かな調整はできるのに、なんで抑え込むくらいのことができないのだ!?」
予想外の惨状に頭を悩ませているのはハトだけではなかった。ショウは自身の予想に対してかなりの自信があった。現存している資料や伝聞では不死鳥が痛みを感じている様子は見られたことがなく、どんな攻撃を受けても何もなかったかのようにしていたとされており、故に火の鳥以外の異名として不死鳥という呼び名が周知されていたからだ。性質が変わったとしても仮にも神獣、その本質は似たものであると予想していたのだ。逆に、本質が変わってしまえば他の神獣との釣り合いが取れなくなってしまうだろうからと。
「どーしよう!?どーしたらいい!?あんなに離れてたのに、もう世界樹は目の前だよ!!?それなのに、なんっも進展してないよ!?」
得てして。自分よりも慌てている人を見ると、冷静さを取り戻すものであり、ショウも例外なくそれに該当した。よく考えてみれば、別にそこまで慌てる時間ではないのだ。ただ、絶望的に進展しなかっただけである。
ショウはそう考えを改めて、自分のことを棚に上げてハトに苦言を呈す。
「むぅ……落ち着くのだ。何をそんなに慌てているのだ。仮に木の龍と会えても戦闘になるとは限らないし、それに世界樹の周辺に魔獣や妖魔は近寄らないのだ」
「それは別に心配……え、世界樹の周りって敵いないの?てっきり霊脈ってところは霊力に満ちてて魔獣とか妖魔がいっぱいなのかと思ってたんだけど」
ハトはショウの言葉によって自らの思い違いに気づかされた。言葉通り、木の龍と戦うなどこれっぽっちも考えていなかったし、戦えるとも思っていなかった。一抹の不安はあったが、ショウからも心配はいらないとのことでハトは少し安心していた。
しかし、あくまで戦闘にならないのは木の龍であり、霊脈と呼ばれる場所に敵がいないはずないと考えていたのだ。
「うむ。その考えは最もで、霊脈を見たことないと普通はそう思うのだ。なにせ、呼び方は違えど魔獣や妖魔は霊力によって生まれているというのは誰もが知っているのだ。しかし、実際は霊力に満ちすぎていることから霊脈には近寄ることすらできないのだ。ハトが今、霊力を垂れ流していて魔獣や妖魔が近づいてこないのと一緒なのだ」
長々とした説明にハトはいまいちピンときていなかったが、最後の例えでなんとなく理解することができたようだ。だが、それでも一部、理解の及ばない点があった。
「へぁ〜なるほど……けど、魔獣や妖魔って霊力が多いところで発生するんじゃなかったっけ?」
それは、魔獣や妖魔の発生源である。魔獣や妖魔は霊力によって生まれてくる。しかし、魔獣や妖魔はその場には近づいてこない。それでは、話が矛盾しているのである。
「うむ。それに関しては間違っていないのだ」
「じゃあ、なんで霊力の多いところを嫌うの?」
ハトはまた自分の思い違いかと考えてショウに問いかけるも肯定されてしまった。これによって、ハトの頭の中では矛盾することのどちらもが正しいことになってしまい、ますます訳がわからなくなっていた。
その様子を見ていたショウはどう説明したものかと少し考え込んで、少しして口を開いた。
「むぅ……少し考えてみるのだ。霊力の多いところで発生するものたちが霊力の多いところに集まるとしたらどうなると思うのだ?」
ショウは具体例を提示し、ハトに考えさせた。これによってハトはその例の場合を想像して答えに辿り着く。
「?……あっ」
「想像ついたみたいなのだな」
ハトが答えにたどり着いたことを察し、ショウは満足気に頷く。その答えとは、
「ずっとその場に留まっちゃうからってこと?」
と、いうものだ。
「うむ。人は……世界は、ハトと同じようにそう推測して結論づけているのだ。実際に、人類の住む区域にはこれを利用した魔除けがなされているのだ」
「推測……?もしかして、実際には分かってないの?」
推測であると、そう答えるショウに、ハトは疑問と不安を突きつける。あくまでも推測だと言うのにそれを結論として大丈夫なものか、信頼をおけるのかと。その滲み出る不安感を察し、ショウはさらに説明を続けた。
「むぅ……残念ながらその通りなのだ。その仕組みだったり、理由だったりははっきりとは明らかになっていないのだ。ただ、それでも魔物や妖魔発生初期から積み重ねた時間と事実から世界における認識となっているのだ」
その推測はショウの言葉通り、事実と積み重ねられた長い時間によって裏付けられたものだ。そこに今更ながら疑問を差し込む余地など存在しないのである。むしろ、疑問を差し込んでしまえば、人類の最後の砦にすら疑問を持つという結果に陥ってしまうのだ。最早、この推測に疑問を叩きつけるには時間を積み重ね過ぎたのだ。
だから、この世界の異端な存在であるハトだからこそ、この疑問を持ったのだ。そして、そんなハトは、目の前のショウが疑問に思わないはずがないと、どこか不可思議な確信を持っていた。
「ショウもそう思うの?」
ハトの真に迫ったかのような表情による質問を受けて。ショウは顔色一つ変えずにこう答えた。
「うむ。こればかりは魔物らの発生初期からこの事実を発見した者たちに賞賛を贈りたいほどなのだ。まぁ……それでも遅過ぎたし、それほどに切羽詰まった状況だったのだろうな」
その答えはハトの予想した、求めたものとは異なっていた。ハトはショウの目をじっと見つめる。しかし、ショウはなぜそんなに見つめるのか不思議であるかの様子を見せた。これを受けて、ハトは自身の勘違いだったのだろうかと疑問を残したままではあったが、ひとまずショウの態度、そして言葉通り受け取ることにした。
「そっか……理由までを求める余裕がなかったんだね」
「概ね間違ってはないのだがな……っと、そろそろこのあたりでいいのだ。ちょっと降ろしてほしいのだ」
ボソリと、ショウは何かを呟くがハトの耳に届くことはなかった。そして、ショウは近づいたことで先ほどよりも遥かに大きく見える世界樹を見て、頃合いだと発した。
「え、あ、ほんとだ……遠くから見てても大きいのはわかってたつもりだけど、近くで見ると圧巻だね」
話に夢中になっていたハトはショウの言葉によって世界樹の大きさに驚き、感嘆の声を漏らす。そして、ゆっくりと下降して森の中へと入っていった。
周囲を警戒しながらも二人の会話は続く。
「うむ。登るのにも苦労したのだ」
「取っ掛かりもほとんどないのに、ほんとよく登ったね……」
首が痛くなるほどに上を見上げながらハトはそう言ってショウはその小さな体でこの木を登りきったことに今更ながら驚愕を隠しきれないでいた。
「必要なことだったのだ。これくらいはするのだ。それよりもハトよ」
ショウはそれを必要なことであり、そうであるならばこれくらいは当然だと述べる。それが如何に狂気に近いものなのか、本人は気づいていないようで、ハトは最早呆れてすらいた。ただ、本人は本当に気にした様子は見せず、さらっと話を流してしまったため、ハトはこれ以上この事について訊ねる機会を逸してしまった。そして、名前を呼ばれては反応しないわけにはいかなかった。
「うん?なに?」
「どこか調子が悪かったり、ふらついたりはしていないのだ?酔っ払うような感覚が少しでもあったら言って欲しいのだ」
「え、どしたの急に」
ショウの心配はまさに藪から棒であり、いきなり体調を心配され始めたことでハトは先程までの考えが吹っ飛んでしまった。なぜなら、空を飛んで少し疲れたくらいで全く心配される心当たりがないのである。
「いいから答えるのだ」
しかし、ショウは有無を言わさずに解答を差し迫る。何をそんなに急を要するのかと思いつつも、その迫力に押されてハトは答える。
「えぇ……?別になんともないよ?」
ハトの答えを受けてショウは数秒、黙り込んで何かを考えていた。
「……そうなのだ?我でもここでは少しふらつくのだが……その体はやはり神獣なのだな。心配はいらなかったのだ」
「え!?大丈夫なの!?」
ハトは突然にショウの体調が悪いことを知らされ、咄嗟にその体に自身の羽を当てた。効くかはわからないが、考えなるよりも先に体が動いたのだから仕方ない。
ショウはそのハトの行動に一瞬、驚いた。自分で言ったものの、ハトにとって気になるであろう発言をしたとは自覚していたからだ。しかし、ハトはそれよりもショウ自身の体調を心配したのだ。ショウは少し笑いながらハトの羽を押し退けて、次のように告げた。
「うむ、少しと言ったのだ。気にするほどじゃないのだ。それよりも、ハト。何ともないのなら捜索はお主に任せてもいいのだ?世界樹の周りをぐるっと一周するだけでいいのだ」
ショウは大丈夫だと言いつつ、ハトの優しさを無碍にしない提案をする。
「それくらい別にいいけど……無理はしないでよ?少し離れてた方がいいんじゃない?」
それでもハトはショウを心配そうな目で見つめながら、自身よりもショウを気にかけ続けた。
「むぅ……それは送り出すこっちの台詞なのだが」
これには思わずショウも困った表情をしていた。ハトに対して比較的、危険な役目を押し付けてしまったはずの自分が逆に心配されてしまっているのだから当然とも言える。
「ほら、早く行くのだ!我はここで少し休んでいるから心配いらないのだ!」
「もう、わかったよ。それじゃあちょっとぐるっと行ってくるね!すぐに戻るから!」
「うむ!気をつけるのだ!」
こうして、ショウは半ば無理矢理ではあるもののハトを納得させて世界樹の周囲の調査に出向かわせた。
背中を押されてショウのいる場所から離されたハトは、飛び上がって世界樹に近づいてその周辺を注意深く観察していた。
「ふわぁ〜……やっぱりすごいなぁ。さっきまでこれの上にいたことが信じられないよ」
ただ、あまりにも圧倒的なオーラを感じるほどの存在感に感嘆の声が再び出てくる。そのハトの様子はさながら神社などにある木を見ている観光客のようだ。
「これ、一周でどれくらいあるんだろう……そういえば木の龍ってどんなのだろ?一緒に来てもらった方が良かったかな……」
一周が終わり、ショウの元へ向かうハト。今更ながらに木の龍の姿形を知らない事に気づき、今の行動は無意味だったんじゃないかと不安になる。そして、その不安を滲ませた表情のままショウの側へと降り立った。
「どうだったのだ?」
「ううん、特にこれといったものは見当たらなかったよ。ツルとかも注意深く見たつもりだけど……」
ショウの問いかけにドキッと心臓を少し跳ねさせながら、バツが悪そうにしてハトは答える。
「いや、一見して分からなければおそらく違うから大丈夫なのだ。やっぱりここにはいなかったみたいなのだ」
だがしかし、そんなハトをよそにショウはあっけらかんとした態度で答える。そもそも、ここにはいないと予想していたのだから不安になる必要などなかったのだが、任されたという気負いから精神的に負荷がかかっていたのだ。期待されていなかったことがわかり、ハトの不安はあっさりと解消された。
「……そっか。他にあてはあるの?」
ハトは気持ちを切り替えて今後の展望について問いかける。ハトは具体的な旅路の内容に関してはショウに任せっきりであり、そうしたくなくとも記憶がないのだから任せるしかなかった。
「むぅ……霊力の多いところをしらみ潰しになってしまうのだ。神獣であっても魔物は面倒なのだろうな」
「それは……前途多難だね」
しかし、ハトが聞かされたものは長い目で見なければならないほど気が遠くなるものであり、霊地の数は知らずともしらみ潰しがどれだけ大変かは想像に難くない。
「まぁ、今は嘆いていても仕方ないのだ。とりあえず、世界樹を目印にしてこの辺りからまわるのだ。ハトは何かやり残したこととかないのだ?」
ショウはそのハトの心情を察してか、何も急ぐことはないと言わんばかりにのんびりとした提案をした。ハトはやらなきゃいけない、やるべきな事に縛られており、知らず知らずのうちに自分の欲求を抑えつけていた。ショウは、急がなければならない事情があるとはいえ、ゆっくりできるうちにハトの気晴らしくらいはすべきと考えていた。
いきなり何かやりたいことはないかと問われても咄嗟に案が出てくることはなく、数秒、ハトは悩み答えを出した。
「特には……あ。世界樹に触ってみてもいい?こういうのってパワースポットみたいでご利益ありそう」
それは、本当に捻り出したかのような案だった。
「さっきまでこの上にいたのに何を言っているのだ?まぁ、好きにするといいのだ」
「やった!」
自分から提案しておいてなんだがそんなことでいいのかとは思いながらも、断る理由もないため、ショウは許可を出す。ウキウキとした足取りで世界樹に近づいて行くハトを眺めながら、ショウは直近の危険について考えを巡らし始めた。
「……あてが外れた以上、奴らとの遭遇は避けられそうにないのだ。それまでにハトを戦えるようにしないといけないのだ。気づかれるのも最早、時間の問題……けど、今くらいゆっくりしても……」
ほんの少し、目を離した時だった。
ハトが木に羽を触れさせた瞬間、周囲の木がざわめき、空気が急激に重苦しいものへと変化した。
「え、な、なに?」
「……!?これは……?」
呑気な気分だったハトもさすがにこれには気づき、その場から後ずさる。
一方、思考に耽っていたショウは事態の変化に気づくのが少し遅れたうえに、先程までの思考が邪魔をして判断が遅れた。
「……まずい!?ハト、我を乗せてここから離れ……」
そのことに気づいた時にはすでに手遅れだった。
「どこへ行こうと言うのだね?不埒者どもよ」
世界樹の近くの木の陰から一人の人物が姿を現し、二人に対して声をかけてきた。
「……だれ!?」
「会っていきなり誰とは随分な挨拶だね。ただ、それも、炎の身を持ちながら世界樹に近づく愚か者に求めるのも酷というものかね?」
「……ちっ」
ハトが正体を問いただすも、その相手は嫌味を返してくるだけ。その一方で、ショウは相手の正体に心当たりがあるらしく、珍しく舌打ちをした。
その相手はゆっくりと歩きながら二人の正面に立ち、
「まあいい。知らないと言うのならば教えてあげよう。私の名はウツワ。世界樹を守る者だよ」
と、自身の正体を明かしたのだった。
ありがとうございました!
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