転生したらてるてる坊主だった件
そこは真っ白な空間だった。
そんなただただ真っ白な空間に、虫の列が並んでいた。
様々な虫がいる。
世界中にいる、人間が把握すらしていないものも中にはいるだろう。
そんな虫の列に、何故かポツンとてるてる坊主が混じっていた。
紙で作られ、紐で括られ、マジックで顔を書いたてるてる坊主だ。
黒い毛糸で手足が作られているのが、特徴と言えば特徴かもしれない。
そんな、毛糸で作られた足でしっかりと立ち、てるてる坊主が虫の列に並んでゆっくりと歩みを進めていた。
彼は自分が何故ここにいるのかわかっていなかった。
恐らく、ここにいる虫の誰もが、何故ここにいるのかわかってはいないだろう。
てるてる坊主の前にいるダンゴムシも、その前にいるアリも、てるてる坊主の後ろにいたバッタも、何故自分がここにいるのか知らなかったのだから。
ゆっくりと歩を進める間、てるてる坊主は近くの虫達と囁き合うように会話をして暇を潰した。
他の虫も同じように会話しているようで、この列の先頭に何があるのかは、伝言ゲームのように伝わってきた。
いわく、この先には次の虫に転生するための門があるらしい。
何故そんなことがわかるのかと言えば、門をくぐった虫は別の姿に変わり、そして直後に消え去るから、だそうだ。
さざ波のように伝わって来た、嘘かホントかわからぬ話は、虫達が話題に花を咲かせるのに役立った。
アリは、働きアリだったらしい。
転生するなら、次は自分のために気ままに生きてみたいと言っていた。
ダンゴムシは、ミミズになりたいと言っている。
生前に見た、自由に地面を動き回る姿がカッコよかったのだと力説していた。
食べるものも似たようなものなので、他の虫になって変なものを食べなくて済むから、と、ダンゴムシは笑いながらアリを見ていた。
アリはそんなダンゴムシの態度が少し癇に障ったのか、いろんな美味しい物もあるんだ、ミミズもダンゴムシも美味しかったぞ、と意地悪なことを言っていた。
バッタは、特に希望は無いそうだ。
強いて言うならば、人間になりたい、と言っていた。
その理由は、教えてくれなかったが。
てるてる坊主も、特に希望は無かった。
それより、自分は転生とやらができるのだろうか、と疑問に思ってすらいた。
前後に居並ぶ彼ら虫達は、立派な生を全うしてここにいる。
それなのに、何も成してこなかった自分が何故ここにいるのか、よくわからなかった。
ただそうは思えど、てるてる坊主はそれを口にすることはなかった。
この列の先へ行けば転生できるというのも、ただの噂話である。
それを例え、自分だけのことのつもりとはいえ、転生できないのではないか、などと言ってしまえば、後ろに並ぶ虫達に不穏な噂話が伝言ゲームされるかもしれないからだ。
てるてる坊主は、そんな疑問を胸に押し込めて、アリ、ダンゴムシ、バッタとお喋りをしていた。
カラカラに乾いた酷く暑い日の話、叩きつけるような大雨の話、全てを空に吸い上げるような強い風の日の思い出を話せば、意外と話題は尽きることはなかった。
そうして話をしているうちに、先頭の終点が視界に入って来た。
そこでは噂話の通り、飾り気の一切無い真っ白な門を虫がくぐると、次の瞬間には別の虫になり、そして搔き消えるようにフッと姿を消していくのだった。
あれが願った通りの姿になれているのか、それとも完全なランダムで決められているのかは、よくわからない。
本当に転生できるのだ、という、興奮のさざめきが前から伝わってはくるが、前の虫が願った通りの姿だったのか、願っていない姿だったのかは、まちまちであるようだ、と噂話が流れて来た。
つまりは、よくわからないわけだ。
よくわからないことは、あまり噂話にもならないようで、てるてる坊主の後ろには、この先に行けば転生できるらしい、というものだけが、やはりさざ波のように流れていった。
様々に虫の姿を変える門を目にし、興奮からか不安からか口数が少なくなっているうちに、段々とてるてる坊主達の順番は近付いてきた。
まず最初に、アリが門をくぐった。
アリはアリから、カタツムリになっていた。
次にダンゴムシが門をくぐる。
ダンゴムシは、大きなミミズになった。
これはアリもダンゴムシも、願い通りの姿になれたと言うべきなのか。
てるてる坊主には、よくわからなかった。
ダンゴムシは間違いなく望みの姿になったのだろう。
しかしアリはどうだろうか。
カタツムリは、彼が望んでいたように、自分のために気ままに生きられるのだろうか。
なるほど、確かにこれは、よくわからない。
そして自分もその後のバッタも、希望は特にないと話していたから、後ろにいる虫達も、願い通りの転生になるのかどうかは、よくわからないだろうな、とてるてる坊主は思った。
よくわからないままに、なるほどなるほど、とよくわかることができたてるてる坊主は、前に誰もいなくなった列を進み、飾り気の一切無い真っ白な門をくぐろうとした。
ビーッ
てるてる坊主が門をくぐろうとしたら、そんな音が鳴った。
てるてる坊主の目の前には、大きく真っ赤なバツマークがある。
「ここは虫専用。あなたは通れません」
ああ、まあ、そうだろうな、と、てるてる坊主はストンとそう思うことができた。
何かの間違いで、自分はここに混じってしまったのだろう。
てるてる坊主が後ろを振り向くと、バッタが心配そうにこちらを見ていた。
そんなバッタに、てるてる坊主は無言のまま笑顔で道を譲る。
バッタは、何も言わなかった。
ただ、てるてる坊主を追い越して前に出たあと、門をくぐる前に振り向いて、大きく手を振ってくれた。
バッタが、門をくぐろうとする。
だが、バッタは納得がいかなかった。
バッタは、生前からてるてる坊主のことを知っていたから。
カラカラに乾いた酷く暑い日も、叩きつけるような大雨も、全てを空に吸い上げるような強い風も、てるてる坊主はバッタの足では届かぬ遥か高みにその身を晒し、ずっと何事かを成してきたのだ。
それにどんな意味があるのかは知らないが、バッタには真似ることなど到底叶わぬ所業であった。
そんな苦行を成してきたてるてる坊主が、何故転生できないのか。
バッタが最期息絶える時、てるてる坊主は地に落ちて泥にまみれながらも、バッタの傍にいてくれた。
そんな彼が人間の家で生まれたのだと聞いて、だから、もし転生できるなら人間になりたいと強く願ったのに。
ここで彼が転生しないのならば、この先にどんな世界が広がっていようとも、そこに彼はいないではないか。
「あっ、コラ!」
どこからか、焦った声が響いた。
バッタは、飾り気の一切無い真っ白な門をくぐった。
てるてる坊主の首根っこを、その手で引きながら。
バッタの姿が、人間の少女に変わる。
少女は振り返ると、一緒に転生したであろうてるてる坊主を見た。
しかしそこには、何も変わっていないてるてる坊主がいた。
呆然と見つめ返してくるてるてる坊主を見ながら、少女はくしゃりと顔を歪めた。
そして、少女は消える。
てるてる坊主を残して。
門を越えた位置で地面に倒れ込んだてるてる坊主は、いったいどうしたことだろうかと疑問に思った。
そして疑問に答えが出る間もなく、てるてる坊主も消えた。
「え、ちょ、あんたそんなものどこで拾ったの?」
若い女性の慌てた声が、穏やかな春の日差しが差し込む病室に響いた。
自分が生んだばかりの娘が、いつのまにか見覚えの無い小さなてるてる坊主を握っていたのだから、慌てるのは当たり前であろう。
誰かが渡したのか、置いてあったのを拾ったのか、それとも風に乗って窓から舞い込んだのか、女性は病室内をぐるりと見渡した。
「もう……あら? あなた、てるてる坊主はどうしちゃったの?」
とりあえず口に入れられては大変だと考え、娘の手からてるてる坊主を取り上げようと視線を戻すと、赤ん坊の手の中には既にてるてる坊主の姿は無かった。




