涙の訳
前回の投稿から一カ月経ってしまった。
あのおとぎ話のようなプロポーズの後、結局のところ魔術の基礎知識は知っておいたほうがいいとのことで、魔術を教えてもらい代わりに観光案内をすることになった。
それから昨日の今日なのでシャワーを浴びたり、客間の準備をするなどして、一通り終わってから傷の具合を聞かれ漸く自身が怪我をしている事に気づいた。
那音が忘れてたことを言うと、クロードはついでだと苦笑しながら言いお互いの事を知るためにも、雑談や身の上話をしながら治療を受けた。
クロードは五大元素と第六、第七元素を扱える稀代の天才、神童と謳われている事。
シルヴェストル家は魔術界で伝えられている伝説の六英雄「キング」の末裔である事。
学校はいま春休み中で、占星術に「日本で観光するべし」と結果が出てあまりにも突飛な結果が面白かったから来たとの事。昨日は偶然魔物に追いかけられている那音を見かけて助けた事。
那音を介抱するために使い魔を使って痕跡を辿り家まで転移した事。
那音はアメリカと日本のクォーターである事。
両親はおらず生活費は両親が残してくれた貯金と、アメリカに住んでいる祖母が後見人となり少しながらバイトをさせてもらっている事。
いつもは1キロ先に神社があるのでそこで買ったお守りと数珠を持っていつも行動している事。
昨日はバイト帰りに持っていたお守りと数珠が壊れてしまって魔物に襲われた事を一通り話した。
クロードが治療を終わらせ、傷がないことを確認してから那音の隣に座った。
いつの間にか居た女型の使い魔が2人に紅茶を差し出す。
クロードは普通のことのように受け取りそれに口をつける。
那音は戸惑いながらそれを受け取り、彼に倣った。
ゆったりとした時間が流れる中、クロードがカップを使い魔に預けると口を開いた。
「お前の魔物を引き寄せる体質。これは普通に考えて魔術教会が迅速に対処すべき案件だ」
「そう、なんだね…」
教会のことも魔術の事も何も知らなかった那音は曖昧な返事しか出来ない。
クロードの次の言葉をしっかり聞きながら、使い魔から出された紅茶の香りに少し癒される気がしていた。
「日本にも魔術師は多くいるし、教会だってちゃんとある。なのに放置してお前が魔物に飲み込まれそうになっても何もコンタクトがない。今朝方、近くの教会に聞いてみたが、お前のことは一切知らないなどと言い、対処は本部に属する俺に一任するなどいう始末」
午前中から動いてもらっていることに本当に申し訳なくなる。
空になったカップを使い魔に渡してから那音はクロードに謝った。
「なんか無駄足にしちゃってごめん」
「気にするな、無駄足ではなかったからな」
「どういうこと?」
したり顔のクロードに那音が首を傾げる。
「本部所属の俺に一任するということは、俺の保護下で自由にしていいということだ。つまりお前が何しようと関知しないしないんだから魔術を自由に学んでもいいだろう?」
「えっ、そんなクロードに迷惑が…」
「俺は一切気にするな、自分の心配をしろ」
「でも…」
魔術教会にわざわざ足を運んでもらってこんな面倒事も押し付けられて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「教会の件は後で解決しよう、あともう1つの懸念は今まで前例がなかったどこの属性も持っていない…今は無元素と言おう。その無元素も教会が対処する案件なんだが…まあこれは基本を教えてからにしよう」
「私は、魔術教会があるだなんて知らなかった…両親も何も言ってくれなかったし,
知ってたかどうかさえ…」
「失礼だとは思うが、お前の両親は?」
「えっと…5年前に母が、3年前には父が、魔物に…」
「そうか…辛かったな」
そう言って膝の上で握りしめた那音の手をクロードは優しく包み込んだ。
少しでも状況を分かってくれる人物がいるだけでこんなにも心が安らぐなんて想像してなかった。溢れそうな涙をグッとこらえて顔を横に振った。
「ううん、これも全部私のせいだから」
「自分を責めるのはよせ、望んでこうなって周りを巻き込んでしまった訳ではないんだろ?」
クロードの言葉に、はっと気づかされた。
何かしらの方法で近所に住んでいた人たちも魔物に襲われたか何かでいなくなってしまった事に気付いていることや、自分がここに住んでいることを知っている人物はほとんどいない事。交友関係がほとんどない事もクロードは知っているんだと。
「もう独りで苦しまなくていい、俺が一緒だ」
人を恨めしく思うことも、世の中を呪うことも今までなかった。ただその日を生きていくことに精一杯で呪う余裕すらなかった。何度もあきらめかけ、何度両親と同じ所に逝こうとしたことか。その度に怖くなって逃げだして、心にぽっかりと空いたものを誤魔化すように目を背けた。
そうだ、寂しかったんだ。
助けてほしいのに、誰にも助けを求めることができなくて怖くて、孤独で。
隠していた気持ちの名前が分かった瞬間、クロードを見つめていた那音の瞳から大粒の涙が溢れた。
一度流した涙は堰を切ったように次々と溢れ、嗚咽交じりにクロードに問いかける。
「もう…ひとりじゃ、ない?」
「ああ」
「安心して、寝れる?」
「そうだ」
「もう、怖くない?」
「俺がいる、絶対に独りにさせない」
「ぅ…ぁ…」
溢れだした涙を止めることができずに顔を覆う。震える那音の体をクロードは優しく抱きしめた。
額を彼の肩に預けると頭を撫でる優しく温かい手にさらに涙が溢れしばらくの間、那音のすすり泣く声が部屋を満たした。
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