目が覚めた少女
「………」
目を覚ました少女は見覚えのある天井に状況が掴めずにいた。
取り敢えず両手と両足を軽く動かして、動ける事を確認する。
右膝と左の手のひらが鈍い痛みを訴え、意識を失う前まで起きていた事が現実であった事を実感した。
それからのっそりと緩慢な動きで起き上がり周りを確認する。
時間は日がすっかり登りきったお昼前。
ベッドサイドのデジタル時計を見ると意識を失ってから一日経過していることが分かった。
自分の部屋、自分のベッド、着ていたはずの服は寝巻きに変わっていて、雨で汚れた体は綺麗にされていて、髪も乾いている。
ベッドから降りて窓の外を見る。別に変わった所のない閑静な住宅街。
いつも通りの景色。ここまで、あのクロードとか言う男が運んでくれて世話もされたのだろうか?自分の知らない所で裸体を見られたと思うとかなりの羞恥心に顔が熱を持つ。
取り敢えず下の階で人が動く気配がするので行ってみることにした。
階段を降りてリビングのドアを開ける。
目の前に見えるソファの上でふんぞり返って座っているのは自分が倒れるまで近くに居た男。その両脇には見覚えのない女性が3人。異国の服のようなものを着ているがよく見るとこの世ならざる雰囲気を纏っている。魔術師だから使い魔か何かだろうと検討を付けていると、男が顔をこちらに向けるた。
「ああ、気づいたか」
「あ、あの…これ…」
服を掴みお礼を言おうとした所、男が手をあげて少女の言葉を制した。
「女型の使い魔にやらせた、一応は異性だから配慮はしたつもりだが、何か至らない点でもあったか?」
「いえ、ありがとうございます」
なら良いと男、クロードはからからと笑った。
クロードは立ちあがり、少女の目の前へと歩を進めた。
「腹が減っただろう?使い魔の些末な飯だが食え、病み上がりだから、スープを作らせた上手くできているかは保証はできないがな」
「スープ…」
「さ、レディお手をどうぞ?」
クロードにスマートなエスコートをされキッチンへと向かい、テーブルに座らせられた。
キッチンにはこれもまた違った風貌の使い魔が料理をしている。
向かいにクロードが座り、どこから取り出したのか先程見た使い魔がフルーツの盛られた籠を持ってきて、その中から1つフルーツを取ると豪快に食べ始めた。
それを見ていると粛々と食事の準備を整えられた我が家のテーブルの上。
あまりにも流れるように置かれるナイフとフォーク等にあっけに取られていると、目の前に綺麗に盛り付けされた野菜スープが出された。
「さあ、召し上がれ」
さも自分が作ったと言わんばかりの声音でクロードはフルーツを食べながら言った。
少女はおずおずとスプーンを取り合掌した。
「いただきます」
控えめに口に出した少女は湯気の立っているスープをスプーンで掬い口に運ぶ。
味が薄い。その上煮込みが甘いのか野菜がまだ硬い
「どうだ?口に合わんだろう?」
「少し…」
さも当然のように言うクロードに彼女はおずおずと頷く。
少しの間少女が思案したのちおもむろに立ち上がる。
「これに、手を加えてもいいですか?」
「構わない、使い魔は人間の味覚が分からないからな、手伝いとして使ってやってくれ」
その言葉を聞いてから冷蔵庫の戸を開けて買い置きしておいた食パンを出しトーストにに入れ、
スープに入っていた野菜を全て耐熱容器に取り出し、ラップをかけ、電子レンジに放り込む。野菜をレンジで加熱している間に、スープの味見をしてから塩、醤油、コンソメの粉末を追加する、加減を調節していたら電子レンジの加熱終了の合図が鳴った。
加熱した野菜を先程の鍋に放り込み、乾燥パセリの粉末を軽く入れたら完成。
「ほう、なかなか手際がいいな」
「っ!?」
いつの間にか隣で見ていたクロードに驚いていると、彼の視線が鍋に入ったスープへと注がれていた。
「一緒に食べますか?」
そう聞くとクロードはまるで子供のように瞳を輝かせてこちらを見てきた。
それと同時にトーストが焼き上がる音が横から聞こえた。
「待っててください、今盛り付けます」
「ああ、分かった」
戸棚から器を出して、スープとトーストを盛り付ける。見栄えのいい盛り方が分からないのでどうしたらいいか考えていると背後から声が聞こえた。
「見栄えは気にするな、俺は早くそれが食べたい」
「あ、はい分かりました」
気を使われたと感じなるべく早くかつ綺麗になるように盛り付け、彼の目の前へと持っていく。
彼女が席に着くのを待っていたクロードが
「この時はイタダキマスと言うんだったな?」
「はい、そうです。」
「確か食材に感謝するんだったな、では作って貰ったお前に感謝の意を込めて言おう」
何故か誇らしげな彼に使い魔も顔を見合わせる。
手を合わせてお互いにいただきますと言うとクロードはスプーンを取り芸術のような動作でスープを1口くすい口へ運ぶ。
少女は口に合うかどうかハラハラしながらじっと見つめた。
「ん!美味い!!」
クロードが目を輝かせて言うと、少女はその無邪気な表情に意表を突かれたと同時にホッと息を吐いた。
「それは良かったです。」
そう言って少女もスプーンを取り、食べ始める。
暫く無言で静かに食事をする緩やかな時間が流れると、スプーンを置いたクロードが口を開いた。
「美味かった、礼を言う。」
「ありがとうございます、片付けますね」
「いや、それは使い魔に任せる。その前にお前に聞きたいことがある。」
「なんでしょうか?」
「名を聞いてなかっただろう?」
「ああ…」
優雅な笑みで言う彼に少女が忘れていたと頭を抱えた。
相手の名前を聞いておいて自分は名乗らずにいた事。倒れて看病して貰っていたのに…。
「すみません…」
「構わない、それに敬語も要らない」
「ですが…」
「気にするな、俺が許す」
「はい、あ、うん」
敬語で返事したら睨まれたので慌てて訂正する。
「篠原 那音…です」
「また敬語で言ったな?」
「で、あ、だって…」
那音と名乗った少女は、語尾が分からずに敬語で答えたらまた注意された。
クロードは軽く息を吐いて言葉を続けた。
「まぁいい、ナオト、漢字はどう書く?」
「刹那の「那」に音楽の「音」。男に使う名前で私はあまり好きではないんだけど…クロードさんは漢字が分かるの?」
テーブルの上に指でなぞって文字を書く。一通り説明が終わってから那音は、見た目が明らかな外国人のクロードに、至極真っ当な質問をする。
クロードはニヤリを笑ってから人差し指を自身の目の前へと出した。
「それだけの情報があればだいたい分かるさ」
そう言ってクロードは指を空中で動かし、字を書き始める。
指先から空間を割いたように、光の文字がなぞられて行く。
『那音』と空中に書かれた光の文字に素直に驚く。
「この土地の一般情報は使い魔を通して得ることが出来るからな、その時に応じて使い魔に情報を集めさせる。ある種の降霊術だな」
「へぇ…すごい…」
心からの感嘆の声を出すとクロードは満足気にふんと鼻を鳴らした。
その後クロードは思い出したように、そうだ、と言って空中に書き出した文字を手のひらで消した。
「那音、お前の能力についてなのだが」
「あ、うん…」
何か悪いことにでも利用されるのか?そう思い身構える。介抱してくれたし、少なからずとも悪い人ではないけどちょっと不安になる。
「お前はあまり能力を制御出来ていない様子だな」
「え?ああ、そうだね…」
「その原因は自分では理解出来ているのか?」
「あまり…」
自分自身がこの力に見合う技術を持っていないことは自覚している。だが、どうやって制御出来るようになるのか、教えてもらうにも調べるにもどうしたらいいのかてんで分からない。
クロードの質問に首を横に振った那音の反応を見てクロードはだろうな、と息を吐いた。
「お前の能力は今、諸刃の剣の状態だ。いずれ道端で倒れて魔物に襲われて終わるだろう。」
「う、それは…」
「そこで、提案がある」
改めて事の重大さを突きつけられた那音にクロードが優しい声音で話しかける。
「提案?」
「ああ、お前にも俺にも利がある提案だ」
テーブルに頬杖を付いて自信ありと言う風に人差し指を那音に指した。
「俺と婚約しろ」
「…………は?」
読んでくださりありがとうございました!
またゆっくり投稿させていただきます( 人˘ω˘ )