表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の魔術師と騎士の嫁  作者: ネオンアホウドリ
1/4

雨と星座

 ああ、またか。

 少女は心の中で悪態をつきながら、初夏のどしゃ降りの薄暗い商店街を駆け抜ける。

 さしていた傘など、とうの昔にどこかに放ってしまった。


「(安物だけど気に入ってたんだよなぁ)」


 心のどこかで冷静に放り捨ててきた星座がプリントされている300円のビニール傘を思い浮かべながら、人気のない場所を目指し走る。

 背後からは黒いドロドロとした不気味なものが、これもまた不気味な声音で何かを言いながら追いかけてくる。

 周りの人間達にはこの不気味な物が見えていない様子で、ただひたすら雨の中、びしょ濡れになりながら走っている少女を不審な目で見ているだけだった。

 少女は追いかけてくる黒いドロドロに捕まえられまいと懸命に逃げていたが、長いこと走り続けていたため段々と足運びが重くなって、息も上がってきた。


「(追いつかれる!やばい)」


 咄嗟に少女は繁華街から1つ角を右に曲がった路地裏へと入り込む。2つ先の角を左に曲がり、真っ直ぐ進むと突き当たりに鉄格子の門が口を開けて待っていた。

 石畳の両脇に植えられている季節外の紫陽花はとうに散り、青々とした葉だけが迎えている。

 石畳を飛び越えるように渡り、右に曲がると石灯篭の奥にこれもまた石で出来た鳥居が見えた。

 あともう少し、神社の神域に入れば大丈夫。安心したのも束の間。大きな石畳の上に転がっていた小さな砂利に足を取られ派手に転ぶ。

 膝を擦りむいて血が滲む。手のひらも同様に擦りむいたようで外気に晒されたそこがじんじんと痛み出す。

 だがそんなことに構っているヒマなんかない。再び走り出そうとしたが、何かに足を引っ張られ再び地面へと突っ伏す。

 追いつかれたと思いながら振り返るとやはり黒いドロドロはそこに居て、自分の足を掴んでいた。


『マリョク…マリョク』『タスケテ』

『フシギナマリョク』『イタイヨ』

『フシギナ、チカラデ』『イヤダ』

『ボクタチヲ』『ヤメテ』『タスケテ』


 黒いドロドロの中からいくつもの声が同時に聞こえる。

 ダメだ、耳を貸すな、同情したら取り込まれる。

 少女は震える手を胸に当て、荒くなった息をととのえつつ静かに、けどしっかりとした声音で紡いだ。


「ごめんなさい。私はあなた達を助ける術を知らない。」

『ナ…ンデ』『タスケテ』『ドウシテ』


 そう言い放つと黒いドロドロは一瞬掴んでいる手を緩めた。すかさず振り払い、距離を取る。

 全力疾走した後の疲労感が全身に重くのしかかる。

 この状態だと、逃げても神社の神域に入る前に捕まってしまう。

 ならば奥の手でしかない、少女は両手を胸に当て呟いた。


『オカシイ』『カエリタィ』

「数多の神々よ、幾多の英雄よ、魔を祓う力を現出せよ、」


 少女の胸元が光を放つ。


『タスケテ』『イタイヨ』

「天啓をここに」


 少女が光を前に掲げる。


「主よ彼らに黎明の理を」

『タスケテエエアアアアアアア!!!』


 黒いドロドロが叫び声をあげて少女に襲いかかる。

 少女の両手にあった光が1つの弓矢の形と成す

 彼女はそれを掴み矢をつがえた。


「アルテミス様お借りします。銀月(ルナ)〈パァン!〉


 その弓矢の真名を解放しようとした瞬間。目の前まで迫っていた黒いドロドロが破裂音と共に風船のように弾けた。

 足元には最早形も保てなくなった黒いドロドロだったものが黒い煙のような物をあげて崩れて行っている。

 突然の事に少女がぽかんといていると、背後からいきなり声が聞こえた。


「まったく…その距離では自分自身も怪我は免れないと言うのに捨て身にも程があるな」


 振り返るとそこには1人の人物が立っていた。

 外国人の風貌。金色の髪に同じく金色の瞳。容姿端麗な見た目。道行く人皆が振り返るような美貌を持った男がそこには立っていた。


「ん?どうした?俺の美貌に惚れたか?」


 英語で話しかけてきた、ナルシストらしい男は誇らしげに笑顔を浮かべる。状況を見る限りこの人がこの黒いドロドロに何かしたのは間違いない。ではいつから?どうやって?男の手には少し前に自分が放り捨てた、星座がプリントされている300円のビニール傘が握られている。

 初めから見ていたのか?なんの為に?どうして?どうやって黒いドロドロをやっつけた?

 訳が分からずぐるぐる考えてようやくたどり着いた答えは1つだけしか少女の脳内には無かった。


「もしかして、祓魔師(エクソシスト)…?」

「ん?」


 彼と同じく英語で投げかけた問いに、目の前の男が少し首を傾げて、はっはっは、と豪快に笑った。


「残念ながら、俺は祓魔師ではない」

「え…じゃあ…何?」

「俺は魔術師だ」

「まじゅつし…?」


 状況が飲み込めずにいると男は理解して貰えてない事を察し、どう説明しようか考えあぐねいた。

 その刹那、男の背後で先程の黒いドロドロが再び姿を表した。

 どうやら飛び散った破片の生き残りのようだ。

 両者共に気付き少女は持っていた矢を再びつがえた。


「左へ!」

「分かっている!」

銀月の矢(ルナ・アロー)!!」


 渾身の力を込めて矢を引き放つ。

 光を纏った矢は黒いドロドロの中心へと向かい、弾けて消滅した。

 ふぅっ、と少女が息を吐くと、緩慢な拍手が突如として横から聞こえた。


「素晴らしい!ギリシャ神話の女神アルテミスの弓か!」

「貴方は一体…?」

「おお、名乗って居なかったな失敬。」


 男は、豪快に笑った後、優雅にお辞儀をした。

 それはまるでどこかの上流階級の貴族のようなお辞儀で、その所作だけでも見惚れる程だ。


「俺の名は、クロード・ウィルフリード・シルヴェストル。シルヴェストル家の次期当主であり魔術教会も一目置く、神童と謳われし最強の魔術師だ。」

「魔術師って魔法使いとか魔女とか言われてる…?」

「ああ、だが、魔女は女のみを指す言葉だ今は男も女も含めて魔術師か魔法使いと呼ばれている。男女差別になってしまうからな」


 そう言ってクロードと名乗った男は再び豪快笑った。

 魔術師の上流階級とか魔術教会とかそういうのは全く知識が無いので何とも言えないが、本人が誇らしげに言っているのだから、本当に強い魔術師なのだろう。

 取り敢えず、彼のおかげで大事に至らなかった上に助けてくれた事には変わりない。お礼を言わないと…


「シルヴェストルさん」

「ん?クロードで良いぞ」

「ではクロードさん…助けていただき、ありがとうございます」


 深々とお辞儀をする。降っていた雨はいつの間にか止み、雨上がりのしん…とした空気が暫く2人を包んだ。

 目の前の人物の反応が何もないのを不思議に思い、顔を上げるとギリギリまで近づいていたクロードの顔が視界を埋めた。

 驚いて固まっていると、クロードは少女の持っている弓矢をジロジロと見つめていた。


「何か?」

「お前は神々の武器を召喚する召喚士(サモナー)か?」

「サモナー?すみません、よく分からなくて…」

「いや、召喚士でもどこかの元素に属する者が多いな、だかこの者にはどこの元素にも属していない…」

「なにを…言って?」


 意外と聞こえる独り言にどういう事か質問しようとした瞬間、視界がくらっと斜めに傾いた。

 あ、限界が…

 心のどこかで冷静に考えながらアルテミスの弓の現界を解くと糸の切れた人形のようにその場に崩れた。

 また、膝を擦りむくなぁ…と思っていたがいつまで立っても体に衝撃は走らない。寧ろ暖かい何かに包まれている感覚になっていた。


「おっと、無事か?」


 ゆっくりと見上げるとクロードに抱きとめられていた。

 雨で完全に冷えた体に彼の体温は酷く心地よく、疲労と激しい脱力感により瞼が段々と閉じてゆく。


「ありがと…ございま、す」

「気にする事はない、魔力が枯渇しているな…」


 彼の体温と心地の良い低い声により睡魔が襲う。


「俺の魔力で良ければ少し分けてやれる、」


 クロードの言葉と共に少女の意識は深い微睡みへと誘われた。

お初にお目にかかります。ネオンアホウドリです。

読んでいただきありがとうございました。

いろいろと悩んだ結果、初作品が連載物になってしまいました。ゆっくりと更新していきますので長い目で見ていただけると幸いです。

そして、よかったらブックマークなどしていただけると嬉しいです。


[ネオンアホウドリ]

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ