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白夏ー僕が殺した彼の話ー  作者: リョウ
6/10

6・怪談あるいは都市伝説

残酷なシーン、いじめ、グロい内容などが都市伝説として出てくるので苦手な方はご注意ください。

6


死体は地面に埋めた。

埋めるという作業は重労働だった。殺すという作業の簡単さとは大違いだ。

人は何故人を殺さないのか? それはそう、処分がたいへんだからだ。

殺すだけならとっても簡単。

だけど僕はついていた。今は夏休み。それにここは誰も来ない雑木林。時刻も早朝。

だから僕は誰にも見つかる事もなく、作業が出来た。汗をたくさんかいて気持ちが悪い。

でもそれも今だけの話だ。寮に帰ってしまえばそれですむ。それだけで完了だ。


僕は彼を埋めた場所に座ってみた。空を見上げる。

青い空と白い花が見えた。ここなら良いだろうと思った。

夏の間にキレイで可憐な姿を花が見せてくれる。


僕は彼の事を殺してしまったが、でも好きでもあった。今まではずっと尊敬して憧れていた人だ。だから殺してしまったけれど、それでもキレイな風景を見せてあげたいと考えていた。


僕は彼を埋めた土の上で空を見上げる。青い空と白い花だけが見える。世界が眩しい。人を殺す前も殺した後も、世界は変わらずに美しい。


僕は夏という季節は白い色だと感じた。夏の世界はどこか四隅が白く輝いている。

ああ、けれど思い出す。

夏は赤だと彼が言っていた。古来中国では季節も色であらわした。春は青、夏は赤、秋は白、冬は黒と。彼は本当に教師のように物知りだった。

紛れもない優等生。生きていればどんな夢も叶うはずの……。


僕はその時初めて涙を流した。彼の未来はもうないのだと。






綾人は10時5分前に談話室に向かった。談話室に入ると一番右奥のソファに、清春と一意の姿が見えた。綾人は通路側に居た清春の隣に座った。暫くすると夜彦がペットボトルを片手に現れた。

「遅いよ、夜ちゃん」

「なんだよ、イチイ、珍しく遅刻しなかったからって責めんなよ」

「珍しくないよ。俺は時間に正確な男なんだよ」

そう言う一意の額を清春が指で押す。


「嘘つくなよ。お前が遅刻しないのは、遠足とか体育祭だけだろう。授業や友達との約束には遅刻するくせに」

「そ、そんなことないよー」

一意の隣に夜彦は座った。綾人とは向かいあう形になる。綾人は一瞬ドキリとしたが、昨日までの恐怖や緊張は消えていた。

それは今朝話をしたせいだった。夜彦は肝心な事は知らない。気付かれていない。そう思うと綾人の心は夜彦への警戒を緩くしていた。


夜彦は何も知らない。ノートの存在も知らない。ならば問題なのはノートを持っている人間だけだ。綾人はそう思いながら隣に居る清春を見る。整ったクールな清春の横顔。


一意の部屋にはノートはなかった。夜彦も持っていない。ならば残るは清春だけだと、綾人は思っていた。他の誰か関係ない人間が拾ったとは思わなかった。それは予感というより確信だった。ノートはきっと清春が持っている……。


「じゃー全員揃ったし、始めようか?」

清春が三人の顔を確認しながら言った。

ペットボトルに口をつけながら夜彦が聞く。


「怪談って言っても何するの? どんなルール?」

清春はテーブルに乗り出して両肘をつく。

「せっかくだから一人一つの話を披露してもらおうよ。公平にさ」

その案に綾人は戸惑った。自分は聞き役で良いと思っていたからだ。

夜彦はソファに片足を乗せながら聞く。


「じゃあさ、都市伝説とか、ちょっと不気味って位の話でも良いか? 幽霊話だけじゃネタ切れしそうじゃん?」

「それは構わないんじゃないか? ようは怖い話って事だろうから。それで良いか、イチイ」

清春に聞かれて一意は元気に手を上げる。

「はーい、良いでーす」

それで話は決まった。綾人は何を話すか困ったが、他の人間が話している間に適当に考えようと思った。


「じゃーさ、俺から話しちゃっても良い?」

「へー、夜彦乗り気だな」

清春が言うと夜彦は笑う。

「まーな、最近聞いたネタがあるんだよ」

「ふーん、じゃあ聞かせてもらおうか」

清春がそう言った時、一意が手を上げた。


「じゃあ電気消そうよ!」

全員が一意を見る。

「その方が盛り上がって楽しくなりそうじゃん?」

綾人は内心気がすすまなかった。

怪談に暗闇は確かに合うが、実際誰も居ない寮でやるには、ちょっとやり過ぎな気がした。

すると清春が口を開いた。


「電気は点けておこう。万が一の時に困るからな」

「えー、何だよ、もしかして清春怖いとか?」

「そうじゃないよ。あんまり怖くてイチイが失神した時に、真っ暗だと介抱する俺達が大変だからだよ」

「なんで俺が失神する前提なんだよ!?」

「しそうじゃん」

その会話に綾人と夜彦は笑った。



結局電気は点けたままで始める事になった。

「じゃあ、俺から早速いかせて頂きますか」

夜彦はペットボトルを手にしたまま、前かがみの姿勢で話し出した。


「この学園はさ、由緒あるって言うか、古い学校だけにいろんな伝説があるんだよ。有名なのはピアニスト志望の生徒がコンクールに落選して自殺したってヤツ」

「それ、聞いた事がある!」

一意が知っているのが嬉しいという様子で手を上げた。


「けど他にもまだまだあるんだよ。10年位前に行方不明になった生徒っていうのがいてさ、これがマジで本当の行方不明らしいんだ」

「なんか、僕もそんな噂聞いたかも」

綾人が言うと夜彦は黙って頷いた。


「ああ、それでさ、俺も気になったから、ここの食堂に勤めて15年のオバちゃんに聞いてみたんだよ。それがどんな話かっていうとさ、行方不明の生徒はそこの林の中にある井戸に落ちて死んだって話なんだよ」

一意が首を傾げて呟く。

「あそこの林に井戸なんかあったっけ?」

「ないんじゃない」

そう言う一意と清春を牽制して、夜彦は話し続ける。


「まあ、話は最後まで聞けって。井戸はあるんだよ。だけど林の草が生えすぎて、井戸を隠すようになってしまっている。だから誰も井戸の存在に気付かない。そしてその生徒も気付かずに井戸に落ちたんだ。しかも運が悪い事に、その少年が落ちたのは夏休みが始まったばかりの日の事だったんだ。だから誰も少年が居なくなった事に気付かなかった。寮から家に帰省しただけだと思ってさ」

夜彦は手にしたペットボトルに口をつける事もなく話し続ける。


「更に運が悪かったって言うか、良かったっていうか、その少年は井戸に落ちても生きていたんだ。だけど落ちた時に足を折っていたし、頭も打って血だって出ていた。助けを呼んだが、もちろん誰にも聞こえない。近くを通りかかる人間すらいない。しかも井戸の水はすごく汚い水だったんだ。それにつかっているだけで病気になりそうなさ。それに見た事もない不気味な生き物がいっぱいいた。虫なのか爬虫類なのか判別できない、見るからに気持ち悪い生き物ばかりだ。少年は恐ろしくて、一刻も早く自力で出ようと考える。でも井戸は登れる高さではなかった。しかもケガだってしている。そして時間だけがすぎていく」


綾人は眉を顰めてその話を聞いていた。すると同じように渋い顔をした一意が目に入った。

綾人は何も言わず再び夜彦の話に耳を傾ける。


「真夏の日差しが井戸の中にも降り注いだ。井戸の中は暑かった。喉も渇く。腹も減る。少年はそれに耐えていた。耐え続けていた。けれど喉は渇く。だから少年はあんなに汚いと思っていた井戸の水も飲んだ。そして気味が悪いと思っていた、その井戸の中の虫すらも食べたんだ。むしゃり、むしゃり、たくさんの足のある虫を、飢えのために……」

「う、うひー」

一意が小さく悲鳴をあげた。

綾人も叫びたかったが堪えた。さっきからリキんで、身体に力が入ってしまっていた。


「少年はそこまでして生きようとしたのに、誰も井戸には気付かなかった。一週間、十日、そしてやがて夏休みが終る。そこで初めてみんなは少年が行方不明な事に気付いた。少年をみんなが探した。なのに誰も井戸に気付く事はなかった。少年は結局その井戸から救い出される事はなかったんだ。誰も彼をみつけられなかった。だから彼は今も井戸の中に居るんだ。最初に死んだって言ったけど、もしかしたら死なないで生きているかもしれないな。今も井戸の水を飲み、不気味な虫を食べて……」

「う、うわー! もういいよ! やめろよ!」

一意が耳を押さえて叫んだ。

綾人もそれでようやく息をつく。話にのめりこんで、つい呼吸を忘れてしまっていたようだった。



夜彦がニコリと笑って、持っていたペットボトルに口をつけた。

「怖かった?」

「怖いよ、もう! 俺、幽霊は大丈夫だけど虫はヤバイよ、マズイよ」

そう言う一意に場の空気が和む。すると今まで黙って聞いていた清春が口を開いた。


「なんで見つかってない少年が、井戸に居るってわかるんだよ」

「え?」

夜彦の顔が引きつる。


「話を聞いたわけでも、解剖したわけでもないのに虫を食ったとか、なんかいろいろ矛盾だらけの話だな」

冷静な突っ込みに夜彦は苦笑する。


「おいおい、せっかくの話を台無しにすんなよ。それに都市伝説っていうのはそういうもんだろう? 噂っていうのはこういうもんなんだよ」

「食堂のオバさんの嘘?」

訊ねる一意に、夜彦は再びソファに片足を乗せながら言う。


「嘘じゃないよ。あくまでも噂。でも行方不明の少年を一緒に探したって言ってたから、そういう事件があったのは確かなんだよ。まあ、それが井戸かどうかは謎だけどさ」

清春はテーブルで頬杖をついて微笑む。


「まあ、面白かったよ。イチイに悲鳴を上げさせたんだからな。良い出来だったと思うよ」

「なんだよ、俺が判断基準?」

「だって怪談したいって言い出したのはお前だろう。お前を怖がらせたヤツが勝ちって感じじゃない?」

二人の会話に夜彦は突っ込む。

「おいおい、なんか勝負になってるぞ」

「あ、本当だ」

四人で笑った。



「次は誰?」

夜彦が言って全員を見まわす。夜彦の視線は綾人で止まった。仕方がないので綾人が口を開く。


「じゃあ次は僕が話そうかな」

「へー綾ちゃんか、どんな話か楽しみだな」

一意の言葉に綾人は苦笑する。

「たいした話じゃないよ。これもまあ、都市伝説かな?」


綾人は過去の映像を思い出すように、ゆっくりと話し出す。

「とある学校があったんだ。そこはここと同じように山奥にある学校だった。生徒達は全員、田舎のつまらない学校生活に退屈していた。毎日変化のない同じような日々。面白い事も起きないし刺激もない。そして彼らは気付いたんだ。刺激や面白い事は自分達で起こさないといけないって。そこで思いついたのがイジメだった。なんでイジメだったかって言うとね、簡単だったからだよ。スポーツや遊びをするには道具が必要だけど、イジメは道具を揃える必要もない。お金もかからない。イジメというのはとても便利で簡単なものだったんだ」


綾人の話に夜彦は眉根を寄せていた。綾人はそんな夜彦に気付きながら話を続ける。


「ターゲットになったのは内気だけれど、どこにでもいるような少年だった。別にターゲットは誰でも良かったんだ。その子が悪かったわけではない。あみだとか、くじでハズレを引くような、それ位の確立で選ばれた少年だった。イジメはイジメる側からするととても楽しいものだった。苛められる少年は、踊れと言えば踊る人形のようなものだ。イジメというネジを回しては、踊り苦しむ様を眺めるんだ。それは彼らにとってはとても愉快な事だった。何かをした時に目の前で結果が見える。それはものすごく快感なんだ」


綾人は去年の記憶を思い出しながら、けれど冷静に、淡々と話す。


「けれどイジメられる側は必死だ。どんなに上手く踊っても怒られる。やがて彼の身も心もボロボロになっていく。すると人間はその苦痛の排除を考える。自分か相手か、どちらかを排除する。彼は悩みに悩んで決めたんだ。相手を排除しようとね」


話を聞いている三人は口を挟まなかった。

夜彦は先程までとは違い青ざめていたが、何も口にはしなかった。


「ある日、彼はイジメっ子達にトイレに追い詰められた。水をかけられ、更に服を脱がされそうになった。その時彼は隠し持っていたナイフを出したんだ。トイレは狭い。だから上手く回り込んだ彼は、出口を塞いだ。そして一人づつ切りつけた。武器を持たない少年達は逃げ惑い切られるだけだった。彼はずっとこの事を考えていたし、武器のナイフも二本用意し、覚悟もしていた。けれどそんな覚悟は相手の少年達にはない。だから三対一だったのに彼の圧勝だった。彼は少年達を憎んでいたから容赦がなかったんだ。ナイフでただ刺しただけじゃない、傷口に手を入れて内臓を引きずり出した。トイレは血で溢れ、半分臓器を出して転がる少年達。その中で狂気に犯された彼だけが、一人笑い続けてたんだ」



綾人の話に一意も夜彦も真っ青になっていた。

清春だけが相変わらずクールな顔をして黙っている。

綾人は三人の顔を見た後で一意に視線を止めて言う。


「もしもイチイがトイレに入って水で滑ったら、よくよく床を確認するといいよ。きっとそこには水ではなく、血で溢れた内臓があるから」

「うわーーー!」

一意が叫んだ。その様子に夜彦はビクリと驚き、綾人はニッコリと笑った。


「やった! イチイが叫んだ! これで僕も勝ちだね」

「そうだな……」

面白くなさそうに清春が言う。

「だから俺を基準にするなってば」

自分の肩を抱きしめながら一意は文句を言っている。


「清春が話して、イチイが叫ばなかったら、清春は罰ゲームだからね」

綾人が言うと清春は長めの前髪をかき上げた。

「おいおい、いつ罰ゲームが追加されたんだよ? なんか俺不利じゃないか? それにイチイの話の時は誰が審判だ?」

「ああ、それはそっか……」

綾人は一意の方を向く。

「イチイもちゃんと話があるの?」

一意は困ったように頭をかく。

「えっと、あるにはあったんだけど……」

「んじゃ、話してみろよ」

夜彦の言葉に一意はボソボソと話す。

「でもつまんないよ?」

「良いから言ってみな」

夜彦に言われて一意は話し出した。


「えっと、ある学校にてけてけと言うお化けがいました。てけてけは上半身しかないので、腕だけでてけてけと歩くので、てけてけと言います」

「……」

誰も口を挟まない。


「えっと……てけてけは、放課後、一人で階段を歩いていると、後ろからてけてけって歩いてきます」

「……」

「てけてけてけ……!」

「……」

みんな黙っている。一意がこの後も何か話すのだと思って。所が。


「終わりだよ! てけてけの話だよ! だからつまんないって言ったじゃんかー!」

叫ぶ一意に清春が溜息をつく。


「もうちょっと話し方ってもんがあるだろうが……。なんて言うか料理ベタだな」

夜彦も頷く。そんな二人の態度に一意が落ち込んでいるのが分かるので、仕方なく綾人はフォローにまわる。

「でも一番怪談ぽかったんじゃない? ちゃんと幽霊話だし」

ヘコんでいた一意は顔を上げた。

「なんだよ、幽霊話でなくていいんなら、他にも怖い話はあるんだからな!」

言い放つ一意に、三人の視線が集まる。

「これはとっておきなんだぞ」

そう言うと一意は真剣な瞳で再び話し出した。



「……ある家があったんだ。それは普通の家庭だった。両親と子供が一人いた。そんな何でもない家庭だった。なのにある日、突然、父親が帰ってこなくなったんだ。いつまで待っても連絡はなく、何日も何日も過ぎた。その間、母親は何かいろいろしていた。たぶん父親を探してたんだと思う。子供はまだ小学校に入る前でさ、何が起こっているのか分からなかった。母親は働きに出たのか、家に帰らなくなった。たまにしか家に帰らないんだ。その間、子供はずっと狭い部屋の中にじっとしてるんだ。食べ物は母親が帰ってきた時だけ、口にする事が出来た。たいていパンかお菓子だった。そのうち母親があまり帰らなくなってきた。でも子供は家でじっと待ってる。母親をずっとね。でもやがて母親はまったく帰ってこなくなった。それでも子供はじっと部屋で待っていた。そしてある日、電気をつけてもつかなくなった。暗い部屋で子供はずっと母親を待っていた。探しに行こうにも、お腹が空いて動けなかった。暗いのも怖かった。暗いよ……怖いよ……」


一意の顔は真剣で、その目はどこか遠くを見つめていた。

そんな様子に綾人は恐怖を感じていた。


これは物語? それとも一意の過去の出来事なのだろうか? 


綾人はさっき自分の話した物語を思い出した。あれは架空の話だった。半分は本当だが半分は嘘だった。いや、嘘ではない。後半はいつも自分が描いていた空想の世界だった。実際に行動しなかっただけで、行動したかった事だった。


綾人は感情を表さずに話す一意が怖かった。この話も半分は真実? 

いつだったか一意の極端に小柄な体型は、子供の時に原因があると聞いた事があった気がした。

するとこれは全部真実? そう思うと寒気がした。


「……結局子供は近所の人に見つかって、助かったとさ。おしまい」


一意がやけに明るくそう締めくくった。暫く三人は何も言えなかった。

だが清春が口を開き、いつもと変わらない様子で言った。


「やっぱ、お前、最後がヘタだな。嘘でもそこは死んだって言えよ。死んで幽霊になってみんなを怖がらせていますって、それが物語りだろう?」

一意は大きな目を見開き、そして笑った。

「そっか、そうだよな! てへ、失敗。俺、丁度イイからちょっとトイレ!」

一意はトイレの方に向かって走っていった。


残された三人は無言でテーブルを見つめていた。すると清春が口を開いた。

「今の話、忘れてやってよ」


夜彦と綾人の二人はすべてを悟ったように頷く。すると清春は笑顔を見せた。


「でもあいつ、今は幸せだ、楽しいって言ってるよ。最初は施設で育ったらしいが、今は養子に入っていて幸せだってさ。それに施設で一緒だった彼女も居るっていうんだ。まあ、ちょっと気が引けて家には帰りづらいから、寮ですごしているみたいだけどな」


綾人は先日の話を思い出した。一意が彼女が居ると言っていた事を。

そしてふと気付いた。さっき電気を消して怪談をしようとしたのを止めたのは、清春なりに一意の過去を気遣っての事ではないのかと。電気の消えた部屋で過去がフラッシュバックする可能性は考えられる。そう思うと清春の気遣いがなんだか有難かった。


暫くすると一意が戻ってきた。テーブルにつくなり一意は清春に向かって言う。


「次は清春の番だよ。さーさー俺に悲鳴上げさせられなかったら罰ゲームだからな!」

楽しそうに言う一意に、清春は溜息をつく。


「なんで罰ゲームなんて話になったんだ? 大体お前が悲鳴上げたら全員に負けた事になるから、お前の罰ゲームだからな」

「ええ! 何それ? それってアリ?」

慌てる一意に向かって、夜彦と綾人の二人も頷いた。

「なんだよ、それー」

一意は頭の後ろで手を組んだ。そして暫く考えてからフフンと笑う。


「いーもんね、思いついちゃった。俺、悲鳴なんか上げないもん。黙ってるもんね」

一意はテーブルに肘をついて、自分の口を押さえた。けれど清春は冷静だった。


「こんな形で切り出すつもりはなかったんだけど……」


清春はシャツの胸ポケットに手を伸ばした。そして次の瞬間には、それを一意の目の前にかざした。

(え!?)


叫びたいと思ったのは綾人だった。それは見慣れた綾人のノートだった。

まさかこんな瞬間に探していたノートを出されるとは考えていなかったので、綾人は驚きに固まっていた。


「それが何?」

一意は口から手を外すと、ノートを睨みつけた。

清春はニコリと微笑んだ。


「これは殺人の告白ノートだよ」

「え?」

全員が息を呑んだ。


「殺人告白?」

首を傾げて聞く一意に、清春は余裕ある笑みで答える。


「ああ、この中に殺人を告白した内容が書かれている」

「ええ!?」

一意は大声で叫んでいた。そんな一意を指差して清春は笑う。

「はい。イチイの負けね」

「あ……」

一意は慌てて口を押さえたが、すぐに外すと身を乗り出した。


「なんなの殺人の告白ノートって、もしかして清春が書いたの?」

清春は首を振った。


「いや、拾ったんだ。で、中を読んでね、どうしようかみんなに相談しようと思って持ってたんだ。丁度良いから、今話してしまおうと思ってね」


清春の言葉は、綾人には遠くのものに聞こえた。ノートだけが目に入る。

そのノートを今すぐ奪い返したいと、そう思いながら綾人は堪えていた。



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