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白夏ー僕が殺した彼の話ー  作者: リョウ
1/10

1・四人だけの寮生活

僕は人を殺しました。

それはこの夏のことで、僕はきっと生涯この夏を忘れる事はないでしょう。後悔をしているわけではないのです。満足というのともちょっと違う、そう、安堵したっていうのが多分正しいのです。

彼は、今も花と一緒に眠っているのです。



綾人は夜中に目を覚ました。静かな夜だった。見ると時刻はまだ午前2時。目を瞑って再び寝ようと思った。

けれどなかなか寝付けなかった。暫くベッドの上でゴロゴロとしたあと、諦めたように立ち上がった。

部屋には小さな備え付けの机が置いてある。

綾人はカーテンのしまった窓の前を歩いて、机に向かう。


ここは綾人が通う学校の寮の部屋だった。

綾人は机の引き出しの中から、一冊のノートを取り出した。電気スタンドをつけてノートをパラパラとめくる。

手のひらサイズの、小さな水色の表紙のノートだ。

ノートには横書きの罫線が入っていたが、おかしなことに文字は数ページおきに、なんの統一性もなく書かれていた。綾人は目的のページを探し出すと、その文章を読み始めた。


僕は人を殺しました。それはこの夏のことで……。


綾人はそのページを読み終えると深く息をついた。立ち上がり窓に近づくと、少しだけ開けてみた。

季節は夏だというのに、風は涼しく気持ちが良かった。綾人は暗い夜を見つめた。そして明るければ見えたであろう、夏の田舎の景色を想像しながら呟いた。

「今年も夏がやってきたんだ……」




翌朝、斉藤綾人は寮の廊下を歩くと、共有の洗面所へ向かった。そこで友人の島崎一意に会った。

「おはよう、イチイ」

声をかけると一意は歯を磨きながら答える。

「おはよ、綾ちゃん」

一意は綾人と同じ高校2年だったが、顔は童顔だし、体格も標準以下だった。


女の子位の身長しかない一意の横に並んで、綾人も歯磨きを始める。

綾人は鏡に映った自分たちの姿を見る。一意の隣にいると、標準しか身長がないのに、自分の背がずいぶんと高く見えると思った。

先に歯を磨き終わった一意は、退屈なのか綾人に話しかける。


「今年も綾ちゃんが居てくれて嬉しいよ」

綾人は歯を磨きながら簡潔に答える。

「うん」

「今年は夜彦も残るんだって。知ってた?」

「いや……」

「で、清春が今年も残るって言うから今年も四人だな」

「……ああ」

一意は壁に寄りかかり、嬉しそうに話す。


「今年も楽しくなると良いな。俺、けっこうみんなと残って、寮ですごすの好きなんだ」

「うん、わかるよ」

「だよね、楽しいよな。今年はミモリがいないから、寂しいなって思ってたけど、夜彦がかわりに残ってくれるし、良かったよ」

その言葉に綾人の動きが一瞬止まった。


ミモリ。望森。大崎望森。


綾人は頭の中に望森の顔を思い浮かべたが、一瞬で消した。彼のことを思い出すと、切なさで胸が締め付けられる。だから綾人は望森の事は、なるべくみんなの前では考えないようにしていた。沈んだ顔を友人達に気取られるのは嫌だった。

綾人は歯磨き後に顔を洗うと、一意と共に歩き出した。



綾人が通う学校は名門として知られる男子校だった。かつては成績優秀、あるいは名家の子息が通っている事で有名だった。けれど現在は名門とは名ばかりの、ただの古いだけの学校となっていた。立地場所が山の中で閉鎖的で、現代の若者に好まれるような環境ではなかった。そしてこの学園に通う生徒の中には、家庭環境のせいで「ワケアリ」と言われる生徒が何人かいた。それは事実の他に噂話、あるいは都市伝説に近いものまであった。生徒達は退屈な学校生活を、そうやってホラ話を作り、自分達で努力して楽しんでいた。



学園には寮があった。かつては全寮制だったが、今は縮小されている。

現在の生徒は半分が寮生、半分が地元の生徒といった感じだった。学校と寮は山の奥にあり、街からはバスで20分という距離だった。寮は学校からは数分の距離にあった。



山の中の緑に囲まれた寮。そこで綾人はすごしていた。

高校入学と共に寮生活を始めた綾人は、高校2年になる現在、すっかり寮生活と、そこでの友人に馴染んでいた。


夏季休暇の間、本来生徒は自宅に帰省する。けれど家庭の事情など、理由のある生徒は帰らなくてもいい事になっている。そのため、寮には毎回何人かの生徒が残る事になる。

そして今年の夏、綾人はその中の一人として休暇を寮で過ごしていた。

夏休みはまだ始まったばかりだった。


「もし、これが社会人ならさ、お金があるから旅行なんか行っちゃうんだろうね」

そう言う一意に綾人は頷く。

「そうだな、どうせ家に帰らないなら、海外とか行ってみたかったかもな」

綾人は南の島と透き通るブルーの海を想像した。そしてお約束すぎて想像力が貧弱だなと一人で自嘲する。


「お金がなくて旅行にも行けず、実家にも帰れなくてって、本来悲しくなってもいいとこだけど、ここに居ると友達と騒げるから、それなりに楽しいんだよな」

「そうだね」

そう、ここには友達がいる。それはなんて有り難い事だろう。長い退屈な休みもここに居れば退屈しないですむ。

「そういえば今回も川瀬先生が来るってさ」

「ああ、メインの監視か?」

「そう」


川瀬裕也は数学教師だ。学園の卒業生で、寮生活を送っていた先輩でもある。

大学卒業後に教師として学校に戻り、今は学校の近くに住んでいる。そのため生徒の残る寮に、休みの間、監視として頻繁に訪れていた。普段は寮には管理人がいるが、長期休暇の時には管理人も給食婦も休んでしまっている。


「俺、川瀬ちゃん好きなんだよな」

そう言う一意に綾人も頷く。


「ああ、彼は年も近いし話しやすいよね」

「そうそう、なんかすごい俺らの味方って感じじゃん。たいていの事は大目にみてくれるし」

「そうだね、でもその分、先生に迷惑がかかんないようにしないとね」

「お、なんか優等生っぽいセリフ」

綾人は笑う。


「だって僕は優等生だもん」

「えー!」

二人はそんな会話をしながら廊下を歩いていた。

「とりあえず清春のとこにでも遊びに行く?」

「そうだね、夜彦も呼んで、みんなで今後の打ち合わせでもしようか?」

「賛成!」

二人はそのまま廊下の奥の、梶野清春の部屋へと向かった。



ドアをノックするとすぐに清春は出てきた。

「二人ともずいぶん早いな……」

休みの日に、朝早くから起きているようには見えない二人が、揃って現れたので清春はそう言った。

「俺ら、優等生だからね!」

「はあ?」

一意の発言に清春が怪訝な顔をする。

清春はいかにも優等生という感じの生徒だった。見た目も背が高くスマートなので、女の子にもてた。二人が冗談で優等生と口にするだけなのとは違い、勉強も出来るし、行動力もある、本物の優等生だ。

「とりあえず入るか?」

そう聞く清春に綾人が言う。


「夜彦の所に行かない? 今年はこの三人と夜彦が寮に残ってるんだ。だから四人で何か計画しようよ」

清春は柱に手をついた姿勢で言った。

「ああ、なるほどね。んじゃ、行きましょうか?」

三人は廊下の一番奥にある、相良夜彦の部屋へと向かった。



清春がノックをしたが中からの反応はなかった。

「まだ寝てる?」

綾人が呟く。その横で一意が声をかける。

「おーい、夜ちゃん、寝てんのー?」

無反応だった。清春はドアノブに手をかけると回した。鍵は閉まっていなかった。

「無用心だな……」

呟きながら清春はドアを開けて中を覗き込んだ。ベッドの上に夜彦が寝ているのが見えた。


三人は中に入るとベッドの脇に立つ。部屋は三人が入れるギリギリの広さだった。寮の部屋はどれも同じ作りをしている。備え付けの机とベッド、それに小さな収納があるだけだ。


先に行った清春の部屋の整理整頓された様子とは違い、夜彦の部屋は適度に散らかっていた。

「汚い部屋だな」

呟く清春に一意は笑顔で言う。

「そう? 俺の部屋よりはキレイなんだけど」

「……俺、お前の部屋には行きたくないよ」

言いながら清春は夜彦の肩を揺する。

「おい、夜彦、話があるんだけど」

「別に起こさなくても良いんじゃない?」

気遣うように綾人は言う。

「でもせっかく来たんだから」

一意は乱暴にベッドの上に乗る。

「夜ちゃん遊んでよ!」

ベッドの上で一意が跳ねる。それを見て清春は肩をすくめる。

「すごい攻撃だな」

「だね……」

二人があきれていると、夜彦がガバリと起き上がった。

「あーー、もう何なんだよ!」

寝癖をつけたまま叫ぶ夜彦の様子を見て三人は笑った。



一階の談話室に四人は移動した。個人の部屋は四人も入ると窮屈だったからだ。


「それでこの俺様をたたき起こしてまでの話って何だよ?」

不機嫌そうに腕を組みながら夜彦が言う。談話室には四つのテーブルと、それを囲むソファが置かれている。その一つに四人は別れて向かいあって座っていた。夜彦の向かいにいた清春が、先ほどの問いに答える。


「今年はこの四人が居残り組らしいからさ、四人でなんかして過ごさないか?」

考えるように夜彦は清春を見つめる。

「なんか高校生にもなって、仲良しグループごっこって、ちょっとどうかと思うけど?」

予想外の言葉に、三人は個人差はあるが、顔を曇らせた。

「良いじゃん、仲良しでも別に」

口を尖らせながら、清春の隣にいた一意が言う。綾人もその後に続ける。


「別に毎日くっついて過ごそうってワケじゃないよ。長い休みの時間に、せっかくだから四人でイベント考えて楽しもうってそう言うことだよ」

夜彦は自分の隣で話す綾人を見つめた。


「去年もそうやって過ごしたのか?」

「うん、去年も四人でいろいろ遊んだんだ。バーベキューや花火や肝試し、大げさな準備のいらないのではDVD鑑賞とか」

「池にも行ったよ!」

一意がつけ加えた言葉に、綾人はビクリとした。血の気が引いた事に自分で気づく。



池。池。蓮池。泥が足に絡まり沈む。伸ばされた手を振り払い、逆に掴んで沈める。黒い水が揺蕩う。


気持ちが悪い。そう思いながら綾人は額を押さえる。

「そう言えば、去年は大崎望森がいたんだっけ?」

「……途中までだよ」

清春が夜彦の問いに答えた。


「ミモリは夏休み終了前に突然転校したんだよ。俺達には一言も何も言わずにね」

その言葉に暗く重い沈黙が降りる。

綾人は息苦しさを堪えながら考えた。違う。誰にも何も言わなかったわけではない。僕は……。


「だからさ」

発せられた言葉に全員が清春を見る。


「ミモリの事を俺達は後悔したんだよ。なんで気づけなかったんだろうって。友達なのに何も聞いてやれなかった。きっと寂しい思いもしたんだろうが気づけなかった。さよならの言葉一つ言えなかった。だから今年はそんな後悔がないようにしたいんだ」

夜彦は真剣に語る清春を見つめていた。


「後悔って言うのは、お前らの勝手な感情だよな」

「え?」

言われた言葉が意外で、三人は夜彦を見つめた。夜彦は全員の視線を受け止めながら、足を組んでソファに深く座る。

「お前らは最後まで一緒に居たのに、ミモリに何も知らされてなかった事にショックを受けたわけだ。けどさ、そういうのって、何も言わずに去るっていうのは、アリなんだと思うよ。必ず誰かに言わなきゃいけない事でもないだろう?」

三人は黙り込んだ。けれど頭の回転の速い清春が口を開く。


「確かに夜彦の言いたい事は分かる。けれど本当にそれが正しい形だったのか納得がいかなかった。一緒にすごしていたのに、肝心な事は何も聞いていなかった。それで本当に友達と言えるのかってさ」

夜彦は清春に答えずに、隣に座っていた綾人を見た。


「お前も何も聞いてなかったのか?」

「え?」

急に振られて綾人は驚いた。

「な、なんで僕が?」

綾人は緊張していた。なぜここで自分に夜彦は話を振るのだろう。何か意味があるのか? そう考えているとサラリと夜彦は言った。


「何でって、綾人が一番仲が良かっただろう? 同じクラスだったし」

「え……ああ……」

変な意味ではないと知り、ほっとしながら綾人は言う。


「確かに同じクラスだったけど、でも一番だったかなんてわかんないよ。僕よりむしろ優等生同士の清春の方が仲が良かったんじゃない?」

「……そうなのか?」

夜彦に聞かれて、清春は首をかしげる。

「一番かって聞かれると困るけどね。確かにミモリとは親しかったけど、でも、あいつは俺にも転校の事は黙ってたんだ。それを思うと、とても一番仲が良かったなんて言えない気がするよ」

綾人は自分から話がそれた事に安堵していた。


ミモリ。大崎望森。

綾人は彼と話したあの日のことを思い出す。夏の盛り。蝉の声。咲き誇る花。幻想的な光景と悲しい言葉。激しい怒り。恐怖。後悔。安堵。


「アヤト?」

呼ばれて綾人は顔をあげた。

「どうした?」

清春が心配そうに綾人の顔を覗きこんでいた。

「あ、なんでもない……」

浮かんでいた冷や汗を綾人は手で拭った。ふと気づくとそんな綾人を、夜彦がじっと見つめていた。


気づかれてはいけない。気づかれては……。

綾人は夜彦の視線をさけるように俯いた。

「……話は戻るけどさ」

夜彦は視線を正面に戻すと話しだす。


「俺、ちょっとやる事があるから団体行動には基本的に不参加ね。別にまったく参加しないとかじゃなくてさ。その時々が暇だったら参加するよ。それでどう?」

「了解だよ」

清春が頷いた。この中では彼が自然とリーダー的存在となっていたので、それで全員の意見が一致という事になった。

それぞれがバラバラに立ち上がり、歩きだす。その中で一意が振り返る。


「ねー夜ちゃん、俺と個人的に二人でいっぱい遊んでくれない?」

夜彦は笑みを向ける。

「良いけど、宿題は写させてやんないよ」

「ええー!」

「やっぱりな。それに俺はやる事があるの!」

「なんだよ、夜ちゃんのケチ!」

じゃれあう二人を、綾人はじっと見つめていた。


夜彦は夏休みに寮に残って何をするというのだろう? 

考えると不安でたまらなかった。

頭の中に去年の記憶が甦る。白い花。背丈ほどに伸びた茎。人を隠すほどの大きな葉。空中で揺れる花びら。

夜彦の言葉が綾人の心に波紋を広げていた。



部屋に戻ると綾人は大きく深呼吸した。先ほどまでの息苦しさから開放され、やっと息が出来た気がした。

ガチャリと音を立て、しっかりと部屋の鍵を閉めると机に向かった。

引き出しの中からノートを取り出す。パラパラとそれをめくって文章を読んでいく。   


殺した。殺した。殺した。その文字に不思議な安堵感を覚える。


綾人はペン立ての中からペンと定規を取ると、新しいページを開く。真っ白なページ。ノートに向かい慎重にペンを近づける。

間違わないように書かないと……。綾人はそう思いながらゆっくりと文字を書く。


「僕は……」

僕はあの時、混乱していたのです。現実を受け止めきれずに暴れた。彼を傷つけた。そして、彼はもう戻ってこないんです。どうか、どうかもう放っておいて下さい。彼の名前を出さないで下さい。僕はもう十分罰を受けているのだと思うのです。

あの花の咲く場所で、もうすべては終わっているのです。




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