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「マルガレーテ様、大丈夫ですか」

「きっと、何かの気の迷いですわ」

「それにしても、まさかあのヴィルヘルム様が、許しを請うなんて……」


 廊下の片隅では、先ほどの衝撃にあてられた女子生徒たちが、口々に感想を言い合っていた。その一方で、必死にマルガレーテを慰める声もある。


「突然どうなさったのでしょう、ヴィルヘルム様……」

「気にしてはいけませんわ、マルガレーテ様。きっと何か事情がおありになるのかと」


 やがて一番奥で、ぐすぐすと泣き濡れていたマルガレーテが顔を上げた。はっきりとした目鼻立ちの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたが、やがて唇を噛んで憎々し気に目を細める。


「許しませんわ……」

「マルガレーテ様……?」

「あの女……アリスティア……」


 するとマルガレーテは、急に泣くのをやめて、静かに微笑んだ。その変貌の早さに、取り巻きたちは一瞬、ぞくりと背を震わせる。


「絶対に……ヴィルヘルム様は、わたくしのもの……」


 囁くような声色で、マルガレーテは呟く。そして再び、赤い唇を妖艶に歪めた。







 翌日の早朝、俺は一年の教室にいた。

 誰もいないことを十分確認してから、俺は一つ一つ生徒の机を見回っていく。


(や、やっぱり……)


 俺の心配ごとはすぐに発見された。

 上級学校らしい立派な机が並んでいる中、一つだけ酷く汚れたものがある。近づいて見てみると、案の定『貧乏貴族は出ていけ』『調子に乗るなブス』といった目も当てられない悪言が乱暴に書かれていた。


(初期の頃、ランダムで発生する『机に落書き』イベント……これ起きると、アリスたんのストレス値が一気に50上がって、調整ミスると病気になったりするんだよな……)


 事前に気づけてよかった、と俺はあらかじめ用意していた布切れで、せっせとアリスたんの机を磨き始めた。

 幸い書かれてからあまり時間が経っていなかったらしく、真っ黒なインクで書かれていたそれらは、綺麗に跡形もなくなった。


(これでよし、っと……)


 顔が映り込むまでに仕上がった天板を、俺は満足げに眺める。すると艶々とした光を遮るように、さっと誰かの人影が写り込んだ。慌てて顔を上げる。どうやらまだ廊下にいるようだ。


「――待て!」


 反射的に教室を飛び出した俺は、逃げた人影を追う。

 日本にいた頃の俺は足が速い方ではなかったが、どうやらヴィルヘルムの足の長さのせいだろう。驚くほど一気に加速したかと思うと、あっという間に目的の人物に追い付いてしまった。


「だから、待てって」

「ひいいッ!」


 肩を掴まれたそいつは、観念したのかようやく足を止めた。振り返る途中、足をもつれさせてしまったのか、どさりと俺の前にしりもちをつく。


「すみません! 殺さないでください!」

「さすがに殺しはしないよ……。でも、どうしてこんな時間に教室にいるんだ?」


 よくよく考えれば、こんな時間に一年の教室にいる二年の俺も、大概おかしい特大ブーメラン直撃なのだが、その男子生徒はふるふると必死に首を振っていた。


「その、頼まれたんです。あの、……」

「もしかして、アリスた……アリスティアの机は、お前がしたのか」

「すみません! でもやらないと、実家に圧力をかけるって言われて……!」

(やっぱり、昨日のくらいじゃダメか……)


 俺は思わず眉間にしわを寄せた。

 俺とマルガレーテが破局することで、恋愛関係のいじめが少しでも収まればと期待していたが、やはりゲームの世界である以上、そう簡単に物事は変わらないようだ。

 となると、アリスたんが受けるであろう嫌がらせは、これからも変わらず起きることになる。


「……分かったよ。でも、もう二度としないでくれないか? もしまた脅されるようなことがあれば、俺に教えてくれ。何とかするから」

「ヴィ、ヴィルヘルム様に……?」

「ああ。その代わり、もし今日みたいに机が汚れていたりしたら、お前がこっそり片付けてやってくれないか? 俺も出来るだけ見回る予定だけど、学年が違うから気づけない時もあるだろうし」

「み、見回りだなんてそんな! お、俺がやります! 朝一番に来て見張ります!」


 急に元気になった男子生徒を前に、俺は「お、おう」とちょっとだけ驚いていた。だが俺の目が届かないところまでフォローしてもらえるのは、正直大変ありがたい。


「あ、あと悪いけど、今日俺がここにいたことは、誰にも言わないでもらえると助かるんだけど……」

「? 分かりました!」


 素直な犯人で良かった。

 せっかくアリスたんに被害が及ばないよう動いているというのに、結局アリスたんを俺が陰から守っているなんてばれたら、焚火に栗を入れるようなものだ。

 いじめから守るという目標は変わらないが、アリスたんにも、周囲にも気取られてはならない。


 すると廊下奥の階段から、誰かの足音が聞こえてきた。その瞬間、俺は男子生徒に向けて片手をびしりと上げる。


「悪い、俺は行く。さっきの忘れるなよ!」

「はいッ!」


 姿を見られてはならぬ、と反対側の階段を滑るように下りていく。ともあれ、これで少しはアリスたんが傷つく機会は減るだろう。

 俺は少しだけ気持ちを浮上させると、そのまま二年の教室へと向かった。



 

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