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 翌日、俺は再び中庭に来ていた。

 手には一通の手紙が握られている。


(言葉がだめなら、手紙ならどうだ!)


 昨日のような悲劇を防ぐにはどうしたらよいか、と考えた結果、俺はアリスたんに向けて手紙を書くことにした。


 一昨日の婚約破棄は気の迷いであること。あんな場で恥ずかしい思いをさせて、本当に申し訳ないと思っていること。

 出来るならば、また元通り婚約者として傍にいさせてほしいことなどをしたため、祈るような気持ちで封をする。


(直接言うのがだめなら、これを読んで分かって貰うしかない……!)


 幸いなことにアリスたんは、今日も昨日と同じ中庭の一角に腰を下ろしていた。ヴィルヘルムの暴走があったため、てっきりここに来なくなるのではと心配していた俺は、ふうと胸を撫で下ろす。

 アリスたんはお弁当を広げているらしく、今から行くか、食べ終えた頃を見計らっていくべきか、と俺は逡巡する。

 すると何故か、二年の女子軍団が群れを成してこちらに近づいてくるではないか。


(なんだあいつら。いつもはカフェにいるだろうに……)


 おまけに先頭を歩くのは件のマルガレーテだ。

 俺がここにいると分かると、またアリスたんに被害が及ぶかも知れない、と俺は急いで彼女たちから見えない位置に隠れた。

 だが彼女たちは、そのままアリスたんの前で見下ろすように立ち止まった。困惑するアリスたんに向けて、マルガレーテが勝ち誇ったように吐き捨てる。


「ああら、庶民さんはこんなところでランチ? カフェテラスには行かれませんの?」

「あ、はい。外で食べると気持ちがいいので」

「まあ! もしかしてそれ、ご自分でお作りになられたの⁉ すごいですわ~わたくし達は、料理なんてする必要がないものですから」

「そうなんですね。自分で作るのも結構楽しいですよ」


 マルガレーテからの嫌味に難なく返していくアリスたん。どうやらかなり天然気味の選択肢を選んでいるようだ。そんな君も可愛い。

 一方で、まったくへこむ様子のないアリスティアに苛立ったのか、マルガレーテはさらに彼女への当たりを強めた。


「まったく、こんなみすぼらしいことをしているから、ヴィルヘルム様から婚約を破棄されるのだと、お分かりになりませんこと?」


 ふふん、と得意げにマルガレーテは続ける。


「勘違いなさらないでくださいませ。元より貴方とヴィルヘルム様の婚約など、釣り合うはずがなかったのですわ! ヴィルヘルム様は他でもない、わたくしをお選びになったのです。もはや貴女が割り入る隙などございません!」


 おおーい! 俺昨日ちゃんと君に別れたいって言ったよね⁉ 選んでないよね⁉ 隙間いっぱいあるよね⁉

 だが俺の悲痛な叫びをよそに、さすがのアリスたんも少しだけ表情を陰らせた。今すぐ飛び出していきたいが、事態が悪化する未来しか見えず、俺はぐっと息を吞むことしかできない。


「そ、そうです……よね」


 ああーッ! ダメだー!


 この時メッセージ枠には、

(確かに、わたしとヴィルヘルム様では、身分が違いすぎるもの……親同士仲がいいから結ばれた婚約だったとはいえ、そう思われるのも無理はないわ……)

 と、完全にヴィルヘルムとの決別を意識するテキストが流れているはずだ。


 やめろ! せっかく復縁しようとしているのに周りがとどめを刺すな!


 しおらしくなったアリスたんにはらはらしていると、取り巻きの女たちの一人が突然アリスたんの弁当を取り上げた。

 あ、と困ったように立ち上がるアリスたんを、他の女たちが冷やかす。


「あらあ、これなんですの?」

「そ、それは、……」

「やだあ、貧乏人の食べるものなんて触ったら、病気になりますわよ?」


 あはは、と無邪気な笑い声を浮かべながら、女たちは手にしていたアリスの弁当をぽろりと手放した。広げていたシートの上に落ちたそれは、無残にもばらばらになっている。


「あら、ごめんなさい? うふふ」

「――ッ」


 さすがにこれは許せない、と俺は急いで立ち上がった。だがそれよりも先に、アリスが背にしていた一階校舎の窓から、一人の男が顔をのぞかせる。

 途端に女性陣からきゃあ、と黄色い声が上がった。


「――アリス? どうしたのこんなところで」

「ディートリヒ、様……」

「同級生だから様は無しで、って言っただろ? それより先輩方、……彼女に何か御用ですか?」


 現れたのは二面性腹黒王子のディートリヒだ。

 相変わらずキラキラしい美貌を、マルガレーテ以下二年の女子たちに向けている。

 学年が違うとはいえ、ディートリヒの持つ並々ならぬ高貴さ、他の追随を許さない成績や武芸などは学園内でも既に有名になっており、そんな話題の張本人が現れたことで、女性陣たちは一気に色めきだった。


「ディ、ディートリヒ様だわ……!」

「ど、どうしてこんな所に」


 途端にしおらしくなった彼女たちを一瞥し、ディートリヒはひょいと窓枠を乗り越えて中庭へと降り立った。

 茫然とするアリスティアを庇うように、マルガレーテと対峙する。


「失礼ですが、あまりレディとしてはふさわしくない行いなのでは?」

「なッ、……」

「おっしゃる通り、彼女は既に婚約を破棄されている。であれば、必要以上に冷たく当たる必要はないでしょう。貴方はヴィルヘルムの『正式』な、『新しい婚約者』として、胸を張っていればいいのですから」

「そ、それは……」


 ディートリヒのその言葉に、俺は息を吞んだ。


 俺のせいだ。

 俺が別れを持ちかけたから、アリスティアとよりを戻すのではないかと先に釘を刺しに来たのだろう。自らの浅慮さに動けなくなった俺をよそに、ディートリヒは至極冷静にマルガレーテと向き合っていた。

 やがて反論を失ったマルガレーテは、鼻息荒くその場を離れていき、彼女の取り巻きたちは、ちらちらと振り返りつつも彼女を追いかけて行く。



「災難だったね。大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます、ディートリヒ様」

「だから、様はいらないよ」


 ディートリヒはふふ、と微笑むと、先ほどまでの冷酷さを一瞬でかき消した。代わりに慈しむような眼差しになったと思うと、可哀そうなお弁当に目を向ける。


「これ、残念だったね」

「あ、いえ! 半分くらいは無事だったので」

「そう? なら良かった」


 すると弁当箱に残っていたおかずを、ディートリヒがじっと興味深げに眺めていた。それを見たアリスたんは恐る恐る問いかける。


「あの、ディートリヒ、様……?」

「あ、ごめん。美味しそうだなあと思って」


 その言葉にわずかに頬を赤らめたアリスたんは、そろそろとお弁当箱を差し出す。


「よ、良ければおひとつ食べますか?」

「え、いいのかい? ありがとう」


 そう言うとディートリヒは嬉しそうに破顔した後、ミートボールを一つ口に運んだ。しばらく味わった後、驚いたように呟く。


「びっくりした。これ、君が作ったの?」

「は、はい……あ、でも、お口に合うかどうか」

「――すごく美味しい。なんていうか、懐かしい味がする」


 するとディートリヒは、心の底から幸せそうにはにかんだ。その姿は色づいた薔薇が花開く瞬間のようで、ここに肖像画絵師がいたら「お給料いらないから一枚描かせて!」と泣いてすがりそうなレベルだ。

 一方、そんな二人の様子を陰から見つめることしか出来なかった俺は、血の涙を流している。


(あ、あれは……ディートリヒの『たまにはお弁当を』のスチル……ッ!)


 前述した通り、好感度が上がった秋辺りに発生するイベントで、アリスたんが自作したお弁当を食べようとしていたところ、たまたま居合わせたディートリヒが相伴に預かる、というものだ。

 ゲームの中とは少し状況は違っていたが、交わされていた最後の会話を聞く限り、当該のイベントとぴったり合致する。


(ど、どういうことだ⁉ まだあのイベントが起きるには、好感度がどうやっても足りないはず……)



 

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