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 ふふ、と蠱惑的に笑うマルガレーテを見て、俺は絶望した。間違えた。これを言ってはいけなかった。俺のミスだ。

 マルガレーテは再び、そっとアリスティアの頬に触れた。アリスティアの肌をじわりと黒い霧が侵食し、俺はたまらず棺をめがけて走り出す――その時だった。


(――アリスティア……!)


 急に体が軽くなるのが分かった。

 先ほどまでの不格好さはどこに行ったのかという勢いで、次々と影を躱した俺は、マルガレーテとの距離を詰める。

 どうやらヴィルヘルムに体の主導権が移ったらしい。奴の長い脚がマルガレーテを守る影を蹴り飛ばすと、苦悶の声をあげて歪に歪んだ。さらにもう一蹴。


 マルガレーテがバランスを崩し、捕らわれているアリスティアの体が揺らいだ。だがマルガレーテの背後に潜んでいた黒い触手が、刃のように研ぎ澄まされて、俺の鼻先に伸びてくる。


「――ッ!」


 同時に、背後からとてつもない殺気を感じた。

 俺――というか、ヴィルヘルムは反射的に身をかがめる。すると頭上数センチのところに大剣が飛翔してきた。大砲から射出されたような速度を保ったまま、それは俺の命を刈り取り損ねたかと思うと、襲い掛かって来ていた影にそのまま直撃する。

 ぎゃああ、と獣のような悲鳴が洞窟内にこだました。


「な、なんだ、一体……」

「――チッ、仕留めそこなったか」


 恐る恐る背後を振り返る。するとそこには、アリスたんにふられ、魂を手放していたはずのディートリヒが、不遜な表情を浮かべて立っていた。


「お前も一緒に消してやるつもりだったんだがな」

「こ、こいつ……!」

『な、なんなんだこいつは……』


 だがこれは好機だ。

 俺とヴィルヘルムはすぐに立ち上がると、拘束が解かれ、棺に横たわっていたアリスティアを抱え上げた。悲痛なマルガレーテの嘆きが、俺の背後に零れ落ちる。


『――どうして、ですの』

「マルガレーテ、……」


 ごめん、と呟きながら、俺はアリスティアと共に、転がり落ちるように棺から逃げ出した。ディートリヒの元に戻ると、事前に用意していたらしい回復アイテムをアリスティアに与えてくれる。


「す、すまん、助かる……」

「ラスボス戦に全く準備しないなんてありえないだろうが」


 へ? と目を丸くする俺に苛立ったのか、ディートリヒは吐き出すように告げた。


「いい加減に気づけ。僕はお前と同じ――ゲーム外の人間だ」

「同じ……って、じゃあお前も……」

「アリスたんを愛している一人だよ」


 頭が痛くなってきた。

 俺と同じ。つまりデスデスの世界を『ゲーム』だと知っている人間。


『ちょっと待て……お前たち、何を言っているんだ……』

「悪い、ヴィルヘルム。どう説明したらいいか分からないんだけど、……俺は、この世界の人間じゃないんだ」

『この世界では、ない……?』

「そう。んで、目の前にいるこいつもそう。ディートリヒの格好はしているけど、中身は俺のいる世界の人間なんだ」


 絶世の美貌の王子様が、中身は俺と同じ向こうの世界の人で。しかもアリスティア過激派ときた。そこで俺はようやくこの世界の奇妙さに納得する。


(そうか、こいつがプレイヤーとして行動していたから……)


 一年時点ではありえない好感度の上がり方は、課金によるドーピングが影響していたわけだ。しかし一体どこで、俺がゲーム外の人間だと気づいたのだろうか。尋ねるとディートリヒは「はあ?」と顔を顰めた。


「逆にどうして分からないと思ったのか聞きたいね。お前の行動は、ゲームでのヴィルヘルムとは違いすぎる」

「そ、それは……」

「そのせいで、こんなことになっているんだろうが」

「……?」


 全然理解出来ていない俺に向けて、ディートリヒは深いため息をついた。


「――本来であれば三年のクリスマスまで、学園の呪いは目覚めないはずだった。だがお前が本来のヴィルヘルムと異なる行動をとったせいで、呪いの覚醒が早まってしまったんだよ」

「ま、待ってくれ! 俺の……せいで?」

「そうだ。お前がうつつを抜かしていたマルガレーテとかいう女が、呪いに力を与える土壌となったんだ。核となった人間の鬱憤、怨念、邪気を糧に呪いは孵化した。ゲームでの予定より明らかに早くだ」


 その言葉に、俺は愕然とした。

 俺がマルガレーテに別れを切り出したから――ゲームではありえない負の感情を抱えてしまった彼女は、虎視眈々と復活を狙っていた呪いから目をつけられた。

 その結果、アリスたんの能力が育ち切る前に、ラスボス戦が発生してしまったのだ。


 絶望する俺をよそに、アリスたんがようやく目を覚ました。ほっとしたのもつかの間、背後で呻いていた呪い――マルガレーテもまた、分断された腕を復活させている。先ほどより取り巻く霧の濃度が高く、彼女の表情すらはっきりと読み取れない。


「こうなれば終わりだ。始末するしかない」


 言うなりディートリヒは剣を構えた。だが俺はだめだ、と首を振る。


「……まだ、マルガレーテが取り込まれてる」

「何を甘いことを言っている。あれは所詮ゲームのキャラだ。ただのデータだぞ」


 違う、と俺は憤慨した。


「確かにデータかもしれないけど……でも、生きてるんだよ。あの子はただヴィルヘルムが好きで、ちょっと色々突っ走ったりしたけど、……普通の女の子なんだよ!」


 俺たちから見たら、アリスたんもヴィルヘルムも、プログラムの一つにしかすぎないのかも知れない。でも俺はここで一年を過ごして、彼らにも感情があることを知った。


 ヴィルヘルムは単なる悪役じゃなくて、好きな女の子を守りたいがために、自ら嫌われ役を買って出た不器用な男だった。

 嫌味なマルガレーテは、本当にヴィルヘルムのことが大好きだった。彼らの感情が、行動が、ただのプログラムでしかないとするならば――どこに人間との違いがあるというのだろう。


 やがてマルガレーテを核とした呪いが、俺たちの方を振り返った。シュル、と黒い蛇のような影が伸縮し、いつ捕食しようかと見定めているようだ。あまり時間がない、とディートリヒの言葉も自然と早口になる。


「ではどうする気だ?」

「そ、れは……」


 ゲームのノーマルルートをなぞるとすれば、呪いはアリスティアの命か、記憶をもちいた祈りによって封印される。だが今のアリスたんでは、記憶での封印は能力的に不可能だ。つまり最悪のバッドエンド――その命をもって終わりを迎えることとなる。


(それだけは阻止しないとだめだ……でも俺のせいで、核となっているマルガレーテを殺すのも嫌だ……)


 記憶。命。

 そこで俺は、何かを思い出したかのように目を見開いた。


「……ヴィルヘルム」

『どうした』

「頼みがある。俺をマルガレーテの近くまで連れて行ってくれないか」

『……』

「近づけたら主導権を戻してほしい。あとは俺がやるから」


 すると俺の言葉を聞いていたディートリヒが、急に眉間に皺を寄せた。


「何をするつもりだ」

「一か八かだけど……試してみたいことがあるんだ」



 

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