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 デスデスの最後は、学園に封印されていた呪いとのバトルである。

 アリスたんは愛を誓った男どもの力を借りながら、ダンジョンを攻略(もちろんリアルプレイヤーの操作の腕も関係してくる)し、諸悪の根源を愛の力で封印する。


 だが誰も落とすことの出来なかった『ノーマルルート』の場合、アリスたんは誰の助けを借りることも出来ないまま、単身ラスボスに挑むことになる。

 もちろんダンジョン自体は、プレイヤーの腕があればクリアできるが、問題はその先――ラスボスと対峙した時だ。


(……必要なパラメーターが足りていれば、『一応』封印は出来る……でも……)


 アリスたんの能力が高い場合、ラスボスを倒すことは出来る。ただし今まで学園で得た記憶をすべて失ってしまうという、『記憶喪失エンド』になってしまうのだ。記憶を失うだけならまだいい。最悪なのは、パラメーターが足りない場合だ。


(万一パラメーターが足りなければ……アリスたんは……)


 自分の命を使って呪いを封じる。

 つまり、死んでしまう。


「――ッ」


 俺は思わず足を止め、アリスたんの方を振り返った。突然のことに目を丸くする彼女を見て、俺は強く唇を噛んだ。

 もしかしたら能力が足りているかもしれない、と淡い期待もしたが、俺はすぐにその思考を振り払った。

 無茶だ。彼女はまだ一年だ。

 どうしてこんなに早く呪い解放イベントが起きたのか分からないが、どう考えたって育成が間に合うタイミングじゃない。


「……ヴィルヘルム様?」

(どうすればいい? どうすれば俺は、……君を救える?)


 あどけない表情のアリスティアを前にした俺は、再び足元に視線を落とした。エンディング回収に二度だけ進んだノーマルルート。

 アリスたんが死んでしまうエンディングなんて、と俺はそれから一度もやらなかったが、今はそれよりも強い気持ちで断言できる。



(――させない)


 愛がなんだ。記憶がなんだ。パラメーターがなんだ。


(俺がいる。俺がいる限り、アリスたんは守る。絶対に死なせたりなんかしない)






 ダンジョンの中は、ゲームと同様に複雑な罠が張り巡らされていた。


「次、そこの足場を踏んだらしゃがんで、半歩戻って」

「は、はい!」


 俺の細かすぎる指示に従うアリスたんを背後に、俺は腰ほどの高さに張られている不可視のセンサーを断ち切った。最後のダンジョンは非常に高い難易度を誇る。素人が入れば、まず無傷では済まされない。


(だが俺は、このダンジョンを既に何百回とクリアしている……!)


 一時は夢にまで出てきたほど。

 コントローラーであれば、目を瞑っても攻略できる自信がある。だが今は生身の体で、後ろにはこれもまた現実のアリスたんを従えている。万に一つ、億に一つも失敗することは許さない。

 と言っている傍から、少々面倒なトラップエリアが来てしまった。


「アリスティア、ちょっとこっちに」

「はい?」


 呼ばれたアリスたんが何事かと顔をのぞかせる。俺は彼女を抱き上げると、腰を落として弾丸のように駆けだした。肉食獣のような俊敏さに、俺は心の中だけで嘆息を漏らす。


(こいつの体、マジですごいな。息切れどころか加速が落ちる様子もないぞ)


 すると走る俺を射止めようと、左右の壁から矢が降り注ぐ。当然予測していた俺は軽々と躱し、今度は高く飛び上がった。

 同時に床すれすれの位置を、死神の鎌のような刃物がすらりと通り過ぎる。


「……!」


 腕の中にいるアリスたんは、間一髪で次々と襲い掛かってくる恐怖に、たまらず息を吞んでいた。俺の集中を害しないようにと、必死に悲鳴を堪えている。か弱く震える肩を見ながら、俺は少しだけ抱きしめる力を強くした。

 やがてすべての罠を乗り越えた後、通路の奥にぼんやりとした光が浮かんでいた。アリスたんを下ろし、俺は前衛となって先へ向かう。


「ここは……」


 通路の先にあったのは巨大な洞穴だった。

 荒々しい岩肌の壁面――ではなく、水晶のような艶々とした結晶で覆いつくされている。随所に設置された照明の光を反射して黒々と輝いており、肌寒く感じる気温が、まるで氷の宮殿に迷い込んだような錯覚を起こさせた。

 中央には、礼拝堂に置かれていた聖櫃に、よく似た石棺が捧げられている。間違いない。呪いが封印されている棺だ。


(ついに来てしまった……どう動く……⁉)


 やがて俺たちの気配を察したのか、ずり、と重々しい音を立てて棺の蓋がひとりでに動き始めた。わずかに開いた隙間から、黒い霧が漏れ出す。足元に冷気が走り、俺は背中を走る汗を敏感に感じ取った。


 ゲームでは何度も見た登場シーン。

 だがこれは、現実だ。


 半分ほどずれた棺の蓋が、バランスを失ってごとり、と床に転がり落ちた。黒い霧は中空に不自然に滞留しており、俺は次の展開を思い出す。その時棺の中から、白く細い腕が天井に向けて伸びた。


「――ッ」


 違う。ゲームでは、黒い霧が獣の形をとっていたはずだ。

 白い腕はがしりと棺の縁を掴むと、続いて肩と頭をのぞかせた。どんな化け物が、と息を吞む俺だったが、現れたその姿に言葉を失った。


「……マルガレーテ……?」


 茶色の豊かな髪は黒い霧に撒かれ朧げな輪郭となっており、こちらを見つめる虹彩は暗がりの中でもはっきり分かるほど、爛々と赤く輝いている。俺の姿を視認すると、嬉しそうににっこりと口角を上げた。

 その顔は紛れもなくマルガレーテのものだ。


『ヴィルヘルム、さま……』

「マルガレーテ? どうして、こんなところに……」

『ずっと、待っていましたの……』


 そう言うとマルガレーテは悲しそうに眉尻を下げた。恍惚とした表情は恋をする少女そのものだったが、彼女の纏う空気は明らかに只者ではない。


『ヴィルヘルムさまを一番愛しているのは、わたくしですわ……元婚約者だか何だか知りませんけど、奪うことは許されませんの……』


 するとマルガレーテの背後から、黒い帯のような影が舞った。俺が身構える間に地面と壁を這いずり回り、背後にいたアリスティアを捕らえる。


「――きゃあ⁉」

「アリスティア!」


 振り返った俺は急いでその影を追い払おうとする。だがどうしても掴むことが出来ない。黒い影に絡めとられたアリスティアは、そのままマルガレーテの元へと運ばれた。影を操るマルガレーテは、昏倒したアリスティアと向き合うと、嬉しそうに目を眇める。


『やっと捕まえましたわ』

「やめろ! マルガレーテ!」

『どうして止めますの? この子さえいなくなれば、わたくしたちは永遠に結ばれますのに……』


 マルガレーテの手が、アリスティアの頬に伸びる。その指先は鋭く尖っており、やはり黒い煙のようなものがぶわりと漂っていた。まずい。どうしたら。


「たのむ……お願いだから……」

『そんなに、この子が大切ですの?』

「……そうだ。だから、その子を離してくれ。俺が代わりになるから……」


 俺の懇願に、マルガレーテは少しだけ考えているようだった。

 頼む。

 俺の命ならあげるから。

 アリスたんを殺さないでくれ。


『……わかりましたわ』

「! あ、ありが……」

『だったらなおのこと、消しておかないといけませんわね』



 

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