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「――すみません、レオンさん。これを預かったんですが……」


 男子生徒に呼ばれてレオンが振り返ると、一通のメモが差し出された。開封したレオンは、驚いたように目を見開いている。固まってしまった彼を気遣って、アリスティアは恐る恐る声をかけた。


「レオンさん?」

「……す、すまない……ちょっと大切な用事が出来た。また今度でもいいだろうか」


 首を傾げるアリスを残し、レオンは一目散にどこかへ行ってしまった。花瓶の前を通過したことを確認してから、俺はやれやれと這い出す。


『一体なんと書いたんだ?』

「えーと……武術指南をつけてやるから、準備をして一時間後に中庭に来い、と……」

『……オレは知らねえからな……』


 とりあえずアリスたんにプレゼントを渡してから考えよう。

 すまないレオン。風邪だけはひかないでくれ。


 二人目の邪魔者も排除した俺は、一刻も早くアリスたんを捕まえなければ、と再び駆けだした。だが二度あることは三度ある、と嫌な予感を覚えた俺は、近くの教室を窓ガラス越しに確認する。

 すると案の上、ヘルムートが椅子に座っていた。廊下にいるアリスに気づいたのか、ゆっくりと立ち上がっている。そうはさせない。


(ヘルムートのプレゼントは『世界の鳥図鑑』……!)


 初めて祖父からもらった贈り物で、ヘルムートはこれを見て世界に興味を持つようになった、というアイテムだ。

 誰にも見せたことのないそれを、アリスたんと一緒に眺めながら『いつか君と一緒に世界を旅出来たら――』『え? 何ですか?』『いや、ただの独り言だ。忘れてくれ』という、通称『あふれ出る思いが止まらなくてつい口にしてしまったが、ヒロインが難聴だから特に進展はしないぜ』系イベントである。

 詳しくはゲームを(以下略)。

 しかし乙女ゲームのヒロインは、どうして大切な部分だけ聞き逃すのだろうか。


 ヘルムートの持つ紙袋を目にした俺は、すまんと謝りながら教室の扉を締め切るよう、取っ手に掃除用のモップを通した。開かなくなった扉に手をかけ、ガタガタと揺さぶりながら、ヘルムートはしきりに首を傾げている。


(悪い……どうしても俺は、こいつのプレゼントを渡してやりたいんだ……!)


 すまないヘルムート。お前の鳥談義とニアミス告白は後で俺が聞いてやるから。







 いつの間にかアリスたんは反対側の渡り廊下まで移動しており、俺は今度こそとばかりに必死に足を動かす。あと少し、――あいつさえ、来なければ。


「――アリス、探したよ」

「ディートリヒさん……」

(あああーーー!)


 俺の切なる願いは見事に裏切られ、一番来てほしくなかったあいつ――ディートリヒが、アリスたんを呼び止めたところだった。

 まあ正直、こいつが来ないはずはないと思っていたが。


「ディータで良いっていうのに。結局呼んではくれなかったね」

「だ、だってディートリヒさん、ファンクラブまであるし、そんな呼び方したら他の子から怒られちゃいますよ……」

「うーんそうか……僕は君以外になら、どう思われても構わないんだけどな」


 身を隠すため、学園長室の前に飾られていた甲冑にぴったりと横付きながら、俺は静かに耳を澄ませた。さすが王子枠。クリスマス前と来れば、歯の浮くようなセリフも余裕で放ってくる。


(こいつのプレゼントは……一番やばいんだ……!)


 だが周囲には人影一つなく、ディートリヒを追い求める女子生徒の姿もない。完璧なシチュエーションづくりも王子キャラの特権だというのか! 悪役に人権なしである。

 どうしたものかと逡巡する俺をよそに、ディートリヒは何やら小さい箱を取り出した。赤い布張りのそれを見て、俺はいっそう顔を青くする。


「アリス。よければこれを受け取ってもらえないかな」

「これって……」

「我が家に代々伝わる指輪だ」

(あああやっぱり来たーーー!)


 ここからではよく見えないが、ゲーム画面ははっきりと思い出せる。金のリングに深紅の宝石がついた指輪。

 ディートリヒ――つまり王族に継承されている指輪で、皇太子が自分の妻と決めた相手に渡すという謂れのある代物だ。


 三年のクリスマス、ディートリヒは自らが王族であることを告白する。その上でこの指輪を出し、『自分といると、今よりつらいこともあるだろう。でも僕が必ず君を守る。だからこれからもずっと、一緒にいてもらえないか?』と跪くのだ。

 重さの度合いでは、ある意味ヴィルヘルムの靴を大いに凌駕するだろう。


 受け取れば実質、プロポーズの受諾を意味する贈り物を前に、アリスたんはしばらく悩んでいるようだった。俺は祈るような気持ちではらはらと見つめる。やがて静かに首を振りながら、アリスたんは苦笑した。


「こんな立派なもの、いただけないです」

「遠慮することはないよ。僕は君に渡したいんだ」

「それでも……やっぱり、ダメです」

(いよっしゃあああああーーー!)


 俺は甲冑の隣で、一人拳を握りしめた。

 すげなく断られたディートリヒは、最初本気で理解出来ていないようだった。だがアリスたんは「失礼します」と申し訳なさそうな笑顔を浮かべて立ち去っていく。

 魂が飛んで行ってしまったのではないか、と俺は少しだけディートリヒに同情した。

 だが恋は戦争。すまないディートリヒ。




 ようやくすべての障害を乗り越えた俺は、渡り廊下の先を進むアリスたんを追いかけた。どこかの建物に入っていく――どうやら礼拝堂のようだ。


「よし、行くぞ」

『ほ、本当に行く気か? また今度でも……』

「いや、こういうのは勢いだ!」


 急に日和り始めたヴィルヘルムを叱責し、俺は礼拝堂に入ったアリスたんに続いて、分厚い木製の扉を押し開いた。ギギ、と古めかしい音が響き渡り、俺は静かに足を踏み入れる。

 礼拝堂の中は静謐な空気に満たされていた。正面と左右には神話の一場面を描いたステンドグラスが並んでおり、天井は幾本もの梁が渡されたリヴ・ヴォールトが組まれている。赤い絨毯の敷かれた身廊には直角のベンチが並んでいたが、クリスマスだというのに誰の姿もない。


(うわ……すげえ……)


 ゲームでも訪れる場所だが、背景として見られるのはごく一部だ。まるで外国の大聖堂に迷い込んだような感動に、俺はしばらく目を輝かせていたが、すぐに気を引き締めると聖櫃の前に立つ彼女に声をかけた。



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