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「――おい」


 はひ、と裏返った声で子女は答えた。

 目は涙で潤み切っており、あと一突きするだけでぼろぼろと決壊してしまいそうだ。


「俺が誰か、分かってるのか?」

「ヴィ、ヴィルヘルム、様です……」

「そうだ。ならどうすべきか、理解しているよな?」


 フロア中の人間が、俺の一挙手一投足を見守っていた。伴奏を弾いていた楽団はおろか、誰一人として音を立てるものはいない。永遠に思える静謐の後、俺は傍でタオルを差し出していた主宰の一人に声をかけた。


「悪いが、抜けさせてもらう」

「それは構いませんが……」

「そこのお前も来い、行くぞ」


 指名された子女は、断頭台に上がる犯罪者のような足取りで、俺の後をついてきた。モーゼのように人の波が割れ、その中央を俺は堂々と進んでいく。

 途中、マルガレーテの姿を見た。

 動揺した様子を露わにしているが、口許で愉悦を浮かべているのは明らかだ。それを確認した俺は、すぐに視線を前へ戻し、舞踏会会場を後にした。



 ヴィルヘルムがいなくなった会場では、少しずつ空気が和らぎ始めていた。だが話題となるのは、先ほど起きた衝撃的な場面ばかりだ。


「見まして⁉ あれは相当お怒りですわよ……」

「あの子、もう学園にいられないかも」

「仕方ないわよ、あのヴィルヘルム様に恥をかかせたんだから」


 予定時刻を過ぎても再開されない舞踏会に、ユリウスがやれやれと肩をすくめる。


「おっかないねえ、公爵家というやつは」

「気持ちは分からなくもない。彼らはプライドで生きているようなものだからな」

「優等生は厳しいねえ」


 ヘルムートの冷静な返しに、ユリウスはへらりと笑った。レオンは興味がないのか、剣の腕が立ちそうな男子生徒を物色している。現場を間近で見ていたディートリヒは、複雑な表情を浮かべているアリスティアに話しかけた。


「……アリス、どうしたんだい?」

「いえ、……なんでもありません」

「なら良かった。……しかしあそこまで激昂するようなことではないと思うんだけど……やっぱり彼は恐ろしいね」


 そう言いながらディートリヒは窺うようにアリスを見つめる。それを聞いたアリスティアは何も言わず、自身の肩にそっと触れていた。







「……えーと、だから、もう大丈夫だって」


 会場を離れ中庭の東屋に着いた俺は、さっきから頭を下げたままの女の子に向けて、もう何度目かになる言葉をかけた。


「本当に、本当に申し訳ありません……わたくしはどんな罰でも受けますので、どうか家族には何もしないでくださいませ……!」

(こういうの聞くと、改めて俺悪役なんだなって思うわ……)


 咄嗟に怒っているふりをして連れ出したものの、当の女子が怯えきっていて話にならない。まあそれだけ俺の演技が堂に入っていたということだろう。俺はベンチに座ったまま、指で頬を掻く。


「頼むから顔上げてくれないかな……。俺本当に怒ってないからさ」

「でも……」

「それより話を聞きたいんだ。いいかな?」


 ようやくおずおずと顔を上げた彼女に、俺はマルガレーテから何か頼まれたのか、と尋ねた。どうやら図星だったらしく、しばらく押し黙っていたものの、やがて観念したように口を割る。


「……マルガレーテ様から、一年のアリスティアに飲み物をかけろ、と言われました……。ドレスを台無しにすれば、舞踏会から退場せざるを得ないだろう、と」

「なるほどな」

「わたくしの家はマルガレーテ様のご実家と深い関わりがあります。もし逆らえば分かっているだろうと言われ……ですがまさか、間に入ったヴィルヘルム様にかかってしまうだなんて……」


 まあ俺が自ら飛び込んだのだから、彼女に全く非はない。飛んで火にいるヴィルヘルムだ。まてよ、これだと俺は虫になるのか。


(やっぱりマルガレーテが指示していたか……)


 大方予想出来ていたことだが、実際にアリスたんが狙われたのだとわかると、やはり気分のいいものではない。俺が直接マルガレーテに言うのは簡単だが、今より嫌がらせが酷くなる想像しかつかない。


(何とかマルガレーテの気が収まるのを待つか、……あーもうこんなクズのことなんて、嫌いになってくれよ……)


 たまらずがしがしと頭を掻いた俺に、怯えきったミーアキャットは再びびくりと肩を震わせた。やがて思考を巡らせていた俺に向かって、恐る恐る嘆願する。


「あの、どうかこのことは、マルガレーテ様には言わないでいただけませんか⁉ 口外してはならないと言われていて……」

「ああ。安心して、誰にも言うつもりはないから」


 俺の答えに、彼女は目に見えてほっとしていた。公爵家という後ろ盾があり、誰も逆らうことの出来ない俺とは違い、彼女たちのような立場の苦しい貴族にとっては、まさに生死を分けるような事柄なのだろう。


(ゲームとはいえ、それってなんだかかわいそうだよな……)


 複雑な感情を抱きつつ立ち上がった俺は、顔を伏せたままの彼女の頭にぽんと手を当てた。突然のことに驚いたのか、慌てて顔を上げる彼女を見て、俺はびくりと手を離す。


「あ、悪い! 嫌だったか⁉」

「い、いえ……」

「言いにくいこと、話してくれてありがとな。俺のせいで申し訳ないけど、今日はもう舞踏会には戻らない方が良いと思う」

「そ、それはもちろん! 戻るつもりはありません!」

「せっかくおしゃれしたのにごめんな。ああそれから、明日クラスで何か聞かれたら『俺からとんでもなく怒られた』って言ってくれないか」

「そ、そんな⁉ ヴィルヘルム様は、優しくしてくださるばかりで何も……」

「『俺がちゃんと罰を与えたから、他の奴は余計なことするな』って根回ししとこうと思って。嘘をつかせるようで悪いけど、口裏を合わせてほしいんだ」

「でしたら、わたくしへの罰は……」

「だから俺が勝手にしたことなんだから、罰とかナシ。それでも何か言う奴がいれば教えてくれるかな。俺が直接話をつけに行くから」


 彼女は最初、俺の提案を上手く理解出来ていないようだった。だがおとがめなし、それどころか周りの攻撃から守ろうとしている意図が伝わったらしく、ついに大粒の涙を零しながら泣き出してしまった。


「す、ずみまぜん、わたし……わたし……」

「あーあーあーほんとに大丈夫だから! 頼むから泣かないでくれー!」


 しくしくと泣き濡れる女子を前に、俺はまるで小学生男子のように、ただ両手をわたわたと泳がせることしか出来なかった。




 

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