表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/36

18


(あれ……なんだろう……天使がいる……)


 見覚えのある濃青のドレス。

 だが買い物画面のマネキンよりも、遥かに細い腰と豊かなラインが強調されており、まったく別の衣装にすら思える。シャンデリアの灯りを受けてスカートの裾の星空が煌めき、髪やデコルテを飾り立てていた宝石も光を弾いた。

 長い金髪は綺麗に結い上げられており、留め具にはドレスと同じ色のタンザナイトが、しっかりとした存在感をアピールしている。まるで月の女神か、星の妖精が地上に迷い込んでしまったかのようだ。

 アリスティアは少し戸惑った表情で、恐々とホールへと足を踏み入れていた。


(あ、違うアリスたんだった……びっくりした……)


 我ながらやばい幻覚を見た、と一度目を閉じて頭を振る。改めてじっくり拝見させていただこう、と俺が気合を入れて瞼を開いた瞬間、ぐ、と喉の奥で変な音が漏れた。

 目を離した一瞬の隙に、アリスたんの隣でエスコートする奴が現れたのだ。他でもない――ディートリヒである。


(あ、あの野郎……)


 ディートリヒは蘇芳色の礼装を身に纏い、白の飾緒を肩と襟に渡すように掛けていた。赤を基調としたデザインはゲームの通りだが、一点だけ違う部分があった。中指に輝く指輪である。

 指輪なんて、今までしていなかったはずなのだが、どうしたことかこの舞踏会にだけわざわざ着けてきたようだ。訝しむ俺がよくよく観察すると、どうやら小さくではあるが、青い貴石がはめ込まれている。


(あいつ……もしかして、『アリスたんとお揃い』のつもりか……⁉)


 俺の偏った知識によると、既に婚約や結婚が決まっている、またはこっそりとお付き合いをしているカップルは、舞踏会やパーティーなどで、互いに同じ色を身に着けることがあるらしい。

 一方の髪色に合わせたり、瞳の色に合わせたり、ドレスと礼装の色を揃えるパターンもあるそうだ。ディートリヒがさりげなくつけている指輪は、おそらくアリスたんの髪飾りと同じ色を意識してのことだろう。


(その髪飾り、俺が上げたんですけどぉー?)


 こんなことなら俺も何か合わせれば良かった、と後悔しつつ、それを顔に出すことなく冷静ぶったまま二人を見る。赤の貴公子と青の姫君の登場は、一気に会場の雰囲気を華やかなものにした。

 二人はそのままホールの一角へと移動し、先に来ていたヘルムートらと合流した。他に招待されている一年はいないらしく、同学年が集まるのは自然な流れ……と理解しつつも、俺は腕を組み、右手の人差し指をイライラと上下させた。


(くそ、あそこに行けたらどれほどいいか……)


 ゲームでは男同士の関わりはあまりなかった気がしたのだが、見る限りアリスティアを中心に、男性陣が和気あいあいと言葉を交わしている。あのディートリヒが微笑んでいる姿を見て、俺はいっそうのいら立ちを募らせた。


(誰かと恋愛状態になっていないから、逆に全員との好感度が上がっているのか? いずれにせよ、どいつとくっついてもおかしくないように見える……)


 やがて定刻となったのか、主宰の挨拶が始まった。

 熱心な歓待の言葉を紡いだ後、豪勢な楽団の紹介を続ける。着座していた人々が少しずつ立ち上がり始め、すべての演者が礼を終えると、宴の始まりを彩る旋律が流れ始めた。

 招待客たちはそれぞれ手を取り合い、一組また一組と中央へ足を進めた。ドレスの裾が翻り、赤や黄色の花が咲き誇るようにダンスホールが彩られていく。


 壁の花(男の場合は壁のシミというらしい)を決め込んでいた俺は、まるで夢の国に迷い込んだような、非日常の光景に少しだけ感動した。だがすこし遅れて輪に加わったカップルを見て、一気に現実に引き戻される。


(ディ、ディートリヒ……やはりお前か……)


 先輩方があらかた踊りに加わった後、最後に舞い込んだのはディートリヒとアリスたんのペアだった。アリスたんは慣れないダンスに苦戦しているようだったが、ディートリヒの自然なリードもあり、少しずつ姿勢を正している。

 時折何か会話を交わし、くすりと笑みを浮かべる二人を、俺は魂の抜けた顔で見つめていた。だがある最悪の可能性に気づき、ぞくりと背筋を凍らせる。


(こ、これってもしかして……舞踏会イベになったりするのか……?)


 本来は三年で発生するはずの舞踏会イベント。

 好感度の最も高い異性とダンスを踊ることが出来、美麗なスチルも表示される。パラメーターやドレスの入手が必須なため、一年生の時点で発生させるのは相当難しいはずだ。

 だがこの世界のアリスたんには、俺という強火担がついている。パラメーターもドレスも整っているのであれば、この時点で起きても不思議ではない。


 優雅なステップを踏んでいた二人だったが、やがて曲が終わりを迎えた。すると今度はユリウスがアリスたんの手を取ってホール中央へと歩み出る。目を剥く俺をよそに、今度は少し速いテンポの舞踏曲が流れ始めた。


(あ、あいつも……だと……?)


 先日の化粧イベントから急接近したのだろうか。ユリウスがアリスたんに何かを囁いており、それに対してアリスたんは頬を赤らめている。その気になればゲームのセリフを思い出して一人アテレコすることも出来るが、虚しすぎるからやりたくない。

 ユリウスが終わるとヘルムート、次いでレオンと、結局アリスたんは攻略対象全員とダンスを共にした。果たして誰との舞踏会イベントなのか? もしかして一年の時点だから、イベントとは関係ないのか? と俺は頭の中がない交ぜになる。


(……というか、俺は踊らなくていいのか……? 一度くらい、アリスたんを誘ってみてもいいような……)


 だが俺はその考えをすぐに否定した。


(いやだめだ! 俺嫌われてた! それに多分追い返されるやつだこれ!)


 実は舞踏会イベントには、ヴィルヘルムが登場するシーンもある。しかしそれはアリスたんが二年生の時に開催される舞踏会で、ヴィルヘルムは三年生。

 初めての舞踏会に心躍らせるアリスたんの前に、マルガレーテと共に現れ、色々と辛辣な言葉を吐くという『ザ・クソ雑魚悪役』という出番だ。


 酷い言葉に傷つき反論出来ないアリスたんの元に、好感度の一番高いキャラが駆け付け、さりげなく彼女を助け出してくれる、というサブイベントのための前振り要員(自分で言いながら悲しくなってきた)なわけで、おそらくあの鉄壁一年ズガードの元に殴り込みに行ったところで、四人の騎士たちから返り討ちに合うのが関の山だ。


(仕方ない……またこいつが変なことを言い出しても困るし、今日は近寄らずに見守るだけにしよう……)


 こいつ、と俺は自分の中にいるヴィルヘルムの意識を探った。

 マルガレーテの時と同様、元婚約者が他の男と踊っている姿を見ても、一切言葉を発しない。てっきりゲームの中のように嫌味の一つでも吐くかと思っていたのだが、凪いだ海面のように静まり返っている。


 式も中盤なのか、会場に飲み物のワゴンが運ばれてきた。

 演奏も一時中断され、生徒たちは喉を潤わせつつ、雑談タイムに移行している。遠巻きに見えるアリスたんも、男たちから足の細いグラスを手渡されており、和やかな雰囲気で休憩していた。

 もはや重曹でも落ちないレベルのシミと化していた俺にも、気を遣ってウェイターが飲み物を持って来てくれた。琥珀色の液体を嚥下しながら、俺はぼんやりと考える。


 こうしたパーティーでは、権力の弱い貴族たちがご機嫌取りに来るイメージだったのだが、どうやら傍目から見た俺はかなり怖い――いや迫力があるらしい。全身から発している憤懣を恐れてか、距離を置かれているのがはっきりと分かった。

 正直なところ、アリスたんのドレス姿を網膜と海馬に焼き付けるので忙しいので、周囲に構う必要が無いのはありがたい。


(……ん?)


 度数の低い発泡酒を飲みながら、俺は視線を移動させた。アリスたんのいる位置から少し壁に近いところにマルガレーテがいた。一緒にいるのはいつもの取り巻きではなく、少し家柄の低い子女たちだ。

 何やら話をしていたかと思うと、マルガレーテはすぐに輪から離れ、先ほどの雛鳥よろしく慣れた友達のいる集まりに戻っていく。残された子女たちの様子が少しおかしいと感じた俺は、壁についていた背を離すと、足を彼女たちの方に進めた。そのうちの一人に問いかける。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

旦那様、心の声がだだ漏れです!
【書籍化&コミカライズ】

極悪非道な「氷の皇帝」と政略結婚! きつい言葉とは裏腹に、心の声は超甘々!?
心の読めるお姫様と、見た目は怖いのに内心では溺愛してくる皇帝陛下のお話です。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ