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 ともあれそんなユリウスなので、一年生の女子寮を歩いていてもあまり不自然ではなかった。のんきに歩いている彼の動向を、俺は息を詰めて見守る。

 だが運の悪いことに、先ほど俺が置いたプレゼントの山に気づかれてしまった。


『いや、誰でも気づくだろあんだけありゃ』


 ヴィルヘルムのツッコミに応じる余裕もなく、俺は早く通り過ぎてくれ、とハラハラした面持ちで祈り続けた。

 しかし俺の圧を感じていないのか、ユリウスは不思議そうな顔で、しげしげと詰まれたプレゼントの塔を見つめている。


(頼む、早くどこかに行ってくれ!)


 するとタイミングの悪いことに、部屋のドアがカチャリと開き、中からアリスたんが顔をのぞかせた。あまりのことに俺は言葉を失い、突然廊下で出会った二人も揃って目を丸くしている。


「うわ、びっくりした!」

「す、すみませんユリウスさん! まさか人がいるとは思わず……」

「いいよ。おれもぼーっとしてたし」


 にこ、と微笑むユリウスはモテ男ならではの余裕に溢れていた。アリスたんもほっとしたのか、改めて「次からは気を付けます」と頭を下げている。

 だが顔を上げた後、自分の部屋の前に積まれていたプレゼントの山に気づき、こちらも同じく首を傾げた。


「あの、これは一体……」

「君へのプレゼント、だね」


 そう言うとユリウスは、俺が急いで書いたカードを抜き取ると、ほい、とアリスたんへ手渡した。一方の俺はユリウス早くどっか行け、と念じるばかりだ。


(くっ……! これ下手したら、ユリウスが用意したみたいに思われないか⁉)


 思えばヘルムートの時もレオンの時も、俺は敵に塩を送りまくっている気がする。もちろんアリスたんのためになるのであれば、俺の存在など伝わらなくても全然かまわないのだが、トンビに油あげを攫われているようで少し複雑だ。

 俺の心配は現実のものとなり、アリスたんはカードに目を落とした後、慌ててユリウスを見上げた。


「も、もしかしてこれ、ユリウスさんが⁉」

(ああーッ!)


 だがユリウスはいや? と軽く首を振った。


「おれがここに来た時にはもう積まれてたから、他の誰かじゃないかな」

(ユリウスーーー! お前良い奴だなーーー!)


 あまりのやかましさに、きっと耳を両手でふさいでいるであろう内なるヴィルヘルムをよそに、俺は乙女ゲームの神とユリウスに感謝した。

 良かった。正直な奴で本当に良かった。


(俺、お前のこと、モテていけ好かない奴だと思っていたけど改めるよ……この世界から戻れたら、一番にトゥルーエンドクリアしてやるからな……)


 ユリウスからではない、と分かったアリスたんは怪訝な表情を浮かべながら、一番上にあった箱を手に取り紐解いた。

 中には大粒のタンザナイトをあしらった髪飾りが入っており、アリスティアは開けた時よりも慎重に、そろそろと蓋を戻す。そしてゆっくりとユリウスの方を振り返った。


「……あの」

「うん?」

「なんか、すごい、高価(たか)そうなものが入っているんですが……」


 どれどれ、とユリウスも中身を確認する。御曹司の彼からすれば見慣れた価格帯のものだったのか、へえーと感心するように頷いた。


「ほんとだ。すごい。本物だね」


 こっちも見ていいかい、とアリスティアに了承をとり、ユリウスはもう一つプレゼントを開封する。現れたのは白地に金の装飾が施された、豪奢な化粧道具だった。蓋を開けてブラシを手に取るユリウスはどこか楽しそうだ。

 その一方でアリスティアは、一番大きな箱を開けていた。だが中から現れた立派なドレスを前に一人顔を青くする。


「ユ、ユリウスさん……どうしましょう……」

「うん? 何が?」

「私、何かやばい犯罪に巻き込まれているのかもしれません……」


 ユリウスが思わず、ぶは、と吐き出した。必死に笑いをこらえながら、零れそうな涙を拭っている。


「ど、……どうしてそう思うの……?」

「だってどう考えてもおかしいですよ! こんな高そうなものばかり、送り主の名前も書かれていなかったですし……もしや私を、危険な荷物の運び屋に仕立てようとしているのでは……⁉」


 でなれば呪いのアイテムか、それとも……とアリスティアは一人でぶつぶつと呟く。ユリウスは反対側を向いたまま、必死に口と腹を押さえていたが、ようやく波が過ぎ去ったのか、潤んだ目元のまま震える声で告げた。


「た、多分、大丈夫だと思うよ……?」

「そうでしょうか……」

「この包装紙は、国が認可したブランドにしか与えられないものだ。怪しい品物じゃない。それに君は初めてかもしれないが、この学園では異性へ贈り物をするのは、至極当たり前の行動なんだよ」


 まあ、ちょっと多すぎる気はするけど、とユリウスは苦笑した。


「名前が無いのは困ったものだけど、好意として受け取っても問題はないと思うな」


 それを聞いたアリスティアは、まだ少し戸惑っているようだった。だがユリウスの微笑みを見て納得したのか、「分かりました……」と笑みを返す。


「でも、あの……」

「うん?」

「私……こんな立派なお化粧品、触ったことが無くて」

「なんだ。それならおれが教えてあげるけど?」


 えっ、と目を丸くするアリスティアに、ユリウスは得意げに化粧箱を抱きかかえた。


「おれ、女の子を可愛くすることにはちょっと自信があるんだよね」

「ほ、本当ですか⁉」

「うん。何なら今から教えてあげようか?」

「お、お願いします!」


 じゃあさっそく、と言いながら二人はアリスティアの自室へと入っていった。






『……おい……大丈夫かよ……』

「……」


 さすがのヴィルヘルムも心配したのか、窺うような声を上げた。一方の俺は廊下に膝をついたまま、orzの状態で固まっていた。

 ちなみに最近の子はこの記号の意味が分からないらしい。ジェネレーションまでもが俺の心を傷つける。


(ユリウス……前言撤回だ……俺の気が済むまで卒業式で振ってやるよ……!)


 油揚げどころか月夜に釜を抜かれた。

 おそらくあれは、ユリウスを攻略していると大抵発生する『初めてのお化粧』。街で化粧品を前に悩んでいたアリスたんをユリウスが発見し、プレゼントだと言って代わりに買ってくれる。使い方が分からないと委縮するアリスたんに『教えてあげるよ』と言って、化粧を施してくれるというイベントだ。

 ここでユリウスはアリスたんが磨けば光る原石であると知り、秘めた可能性にぞくぞくするのが恋の始まりであると言われている(抜粋:公式設定集より)。


(俺は……俺はまた……自らの手でアリスたんを狼たちの手に……!)


 俺はどんよりとした四つん這いの姿勢で泣き続けた。

 一年生の女子が通りかからなくて、本当に良かった。


 



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