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 レシピ『健康野菜ジュース』は、比較的集めやすい食材で作れる初心者向けのアイテムだ。武芸コマンド時に一緒に使用すると、上昇率が二倍になるという優れもの。

 あまり知られていないが、勉学や流行に比べると、武芸のコマンドだけパラメーターの上昇率が悪い。

 俺はひそかに『運動が苦手なアリスたん萌え』と思っているのだが、同じだけの回数コマンドを選んでも、武芸だけ足りない、ということがままあるのだ。


(せっかくの武芸コマンドだし、どうせならちゃんとパラメーターを上げてもらいたい……!)


 もちろんパラメーターが上がれば、その分対象のキャラと親しくなる可能性もある。だが俺は頑張るアリスたんが大好きなので、それと奴らとを天秤にかけることは出来ない。

 ふん、と気合を入れなおした俺は、改めて校庭にいるアリスたんを捜した。白い肌を赤く上気させ、走るたびに右に左に揺れる金の尾。他の生徒の姿はない。


(神様……ありがとうございます……こんな素晴らしい光景を、俺一人に与えてくれるなんて……!)


 もしもこの世界にカメラがあったら、俺は1テラバイトのメモリーを一か月で使い切る自信がある。

 というか作れないのだろうか、カメラ。


 半ば本気で考え始めた俺だったが、それはさすがに犯罪かと首を振った。いや別に犯罪じゃなくても、アリスたんが嫌がることをするつもりはない。


「しかし、どうやって渡したらいいんだ……?」


 何とかしてこの『健康野菜ジュース』を渡したい。

 だがアリスたんから、圧倒的に嫌われているであろう俺は、姿を見ただけでも逃げられてしまうだろう。

 ……おまけに今更気づいたが、誰が嫌いな男からの手作りジュースを飲むというのか。普通に怖すぎるわ。


 あああ、と己の浅知恵にうなだれた俺は、よろよろと近くにあった木陰へと向かった。

 校庭からは見えない位置にあるため、こちらからも走るアリスたんの姿は拝めないが、情けない俺に与える罰としてはふさわしい。


(……やっぱり、無理だよな。今更どんなに取り繕っても、アリスたんはきっともう、俺のことなんて……)


 鼻の奥がつんとなり、俺は思わずぐすりとすすり上げた。すると目の前にあった幹の反対側から、何やら伸びをするような声が聞こえてくる。

 誰かいたのか、と慌てて澄ました表情を取り戻した俺は、こっそりと反対側にいる何者かを伺った。



 そこにいたのは、淡い茶色の髪の男だった。

 前髪が異常に長く、眉と目は隠れていて見えない。ただ下に続く鼻は高く筋が通っており、唇も薄く綺麗な形をしていた。一瞬、ギャルゲーの主人公みたいと思ったのは内緒にしておこう。


「ん、ああ、悪い。寝てた」

「い、いや、こちらこそ後から来てすまなかった」


 ふわああ、と大きく欠伸をする男を前に、俺ははっと目を見開いた。


(間違いない……こいつ攻略キャラの一人だ!)





 武芸キャラ枠――レオン。

 父親は王家の近衛兵団の団長、母親は女性初の護衛騎士という、まさに騎士界のサラブレッド。当然こいつ自身の剣の腕もすさまじく、一年の中では他に並び立つ者はいない。

 その優れた肉体を持つ反面、体力の消費効率が異常に悪いらしく、ゲーム中ではいつも寝ているキャラとしての印象が強い。また長い前髪に隠されているため、素顔を見ることが出来ないのだ。


(でもこいつ、たしかめちゃくちゃ格好いいんだよな……)


 レオンのファンはデスデスのイベントがあるたび、必ずポンパドールかオールバックで参戦するのが習わしになっていると聞く。

 それはひとえに、彼の『素顔発覚イベント』の衝撃がすごすぎたことが理由だろう。


 レオンルートでは、愛するアリスティアと共にあるべきか、騎士として主君を守るべきか、という自身の在り方について悩む、というシナリオで物語が進んでいく。

 ある時、苛烈ないじめによってアリスティアが命の危機にさらされた時、自らの心の素直になったレオンが、命を懸けて彼女を助け出すイベントが発生するのだ。


 そのイベントで初めて、彼はもっさりとした前髪をかき上げる。ようやく露わになった彼の素顔が、これがまた実に優れた容姿で、今まで「素顔はどんなだろう」と想像していたプレイヤーの予想の、遥か二段くらい上を飛んで行ってしまった。

 これが俗にいう――『俺は、貴女だけの騎士になります』事件である。


 ちなみにトゥルーエンドは、武芸パラメーターを限界値まで鍛えたアリスティアと、共に近衛兵団に所属し、二人背を合わせながら戦う戦友として、時には恋人としての人生を歩む『最愛で、最強の味方』である。





(そういやこいつ、しょっちゅう校庭やら校舎裏で寝てたな……)


 俺を前にしても、緊張一つせずふわわと背伸びしているレオンを見て、少しだけ毒気を抜かれた。

 ディートリヒやヘルムートという強力なライバルも見てきたが、こいつはまだアリスたんと出会ってもいない。


(レオンと会う条件は、武術大会で入賞することが条件……普通のプレイであれば、一年生の時点で入賞するのは相当厳しい)


 下種な計算をしながら、俺はにやりとほくそ笑んだ。

 秋に行われる武術大会。

 それに入賞することで、アリスたんは初めてレオンと知り合う。俗にいう『お前強いんだな、おもしれー女』効果である。だが入賞に必要な武芸パラメーターは非常に高く、一年目の大会ではほぼ不可能に近いのだ。


(つまりこいつは放っておいても大丈夫、なはず……)


 するとようやく覚醒したらしいレオンが、うん? と首を傾げたかと思うと、俺に向かって尋ねてきた。


「貴方は?」

「お、俺は二年のヴィルヘルムだ」

「ヴィルヘルム……」


 全く表情の読めないその顔のまま、レオンは何かを考えこんでいるようだった。やがて「ああ、」と短く呟くと、綺麗な形の唇を笑みに変える。


「貴方が噂の」

「う、噂? って……何の噂だ?」

「去年の武術大会で、一年ながら準優勝にまで上り詰めた怪物……と聞いていますが」


 聞いてない。聞いてないぞヴィルヘルム!


(えっ去年の大会で準優勝って……それほんとかよ!)


 デスデスの始まりは、アリスたんが入学した時点からなので、その一年前――ヴィルヘルムが一年だった頃のエピソードは、俺も何一つとして知らない。公式設定集にもなかったはずだ。

 俺はこっそり腹の中のヴィルヘルムに問いかける。

 だが返って来た言葉は、実にやる気のないものだった。


『あー……そういやそうだった気もするな』

(いやいやいや、すげーじゃん! っていうか今年はどうすんだよ!)

『は? 知らねーよ。お前がオレの体使ってんだから、勝手に何とかしろよ』


 俺の顔からさあっと血の気が引いた。

 確かにヴィルヘルムは元々の運動神経が良い。運動があまり得意ではない俺が動かしていても、人より力は強いし足だって速い。

 だが武術大会といえば、剣と剣での斬り合い。技術と経験の世界だ。剣道なんて、高校の選択体育以来なんですけど⁉


(去年準優勝とか……今年絶対注目されるやつじゃん……)


 ヴィルヘルムの奴、当日だけ主導権握り返してくれないかなーと淡い希望を抱いていた俺に、レオンは再び話しかけてきた。


 

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