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11「初恋」おひさま!

伝統と文化の街、倫敦。

 この物語は、倫敦のちいさなお屋敷を舞台にお届けする。

 9歳のちいさなメイドちゃんと、お年を召した奥様の、1年間の日常です。


 外はしんしん雪景色。大きなストーブパチパチと。

 2月の灰雲凍空に、小さくため息メイドちゃん。

「ほら、ちびメイドの分」

 熱いココアを渡すはピーター。

 自分のほうのマグを持ち。そっぽを向いて部屋の隅。

 スマホから目を離しませんが、メイドちゃんのお礼は聞こえています。

 メイドちゃんが見つめるは。

 お隣のベネットの旦那様。

 ピーターのお祖父様で、「静かなる隠居生活」を過ごされています。

 カーネルサンダースに似た紳士。ソファで紅茶を召し上がっています。

 熱いココアに勇気をもらい。

 メイドちゃんは悩みを切り出しました。

「これは僕のお友だちの、ある男の話なのですが」

 ベネットさんは紅茶を置きます。

「なるほど。どういった話だね」

 メイドちゃんはがんばります。

「悩みごとです。内緒にしてほしい悩みごとなのです」

 ベネットさんは、ほほうとおっしゃり。

「私が役に立つかはわからないが、とにかく聞いてみようじゃないか。その男はどんな男だね?」

 メイドちゃんは真摯に話します。

「はい。空手でオリンピックに出たことがあって、ダイヤモンド鉱山を持っていて、ハンサムなオックスフォードの学生なのですが」

 ちょっと盛りました。

「ベルギーの魔法にかけられてしまいました」

 ベネットさんは小さくクスリと笑い。

「ベルギーの魔法は初耳だ」

 説明を求めてこられます。

「はい。ベルギーの魔法とは、10歳になる前の男の子にかける魔法です。定期的にチョコレートボンボンを与えるのです。そうすることで男の子は魔法にかかり、恋に落ちてしまうのです。お年を召したベルギーのご婦人は、みんな使える魔法だそうです」

「ほほう。では、その男は罠にかけられたわけだね」

 メイドちゃん、あわててつけたします。

「でもでも、マダム・スワンは悪気があったわけじゃなくて。恋に落ちるの早い方がいいそうだからです。何かにつけていいそうです」

 ベネットさんは鷹揚にうなずきます。

「言われてみればそうかもしれない。それで、その男は恋に落ちたことを悩んでいるのかね?」

 マグカップを見つめます。ココアの水面が揺れています。

「いいえ。そうではありません。その男の愛する女性は、最近元気がないのです。

 でも、「あなたは心配しなくていいのよ」しかおっしゃらなくて。

 それで、その男は、その女性にプレゼントをあげたくなったのです。

 なぜならもうすぐバレンタインデーで……。

 ええと……その……、好きと伝えたいのと元気になってほしいのと、他にもいっぱいあるけど……。

 わからなくなってしまいました」

 ええい、一息に話します。

「でも、その女性と男は年の差が大きくて」

「どれくらい?」

 指折り確認、計算します。

「71歳も年下です」

 ベネットさんは、一瞬大きく目を見開きました。

 しかし、紅茶をゆっくり飲んで、先をうながされました。

「男はこんなに年下ですから、その女性よりお金もありません。

 喜んでいただけそうなものは、ぜんぶぜんぜん手が届きません。

 それでもプレゼントをあげたいのです。

 どんなプレゼントをしたらよいでしょう?」

「ダイヤモンドでよくね?」

 ピーターの言葉を聞き流し、ベネットさんはおっしゃいます。

「これは私の昔の友人の話なのだが」

 ゆっくり考えおっしゃいます。

「その男もベルギーの魔法にかけられたらしく、ある女性に恋をしてしまった。

 ラグビーの英国代表でダイヤモンド鉱山を持ち、ベルリンに請われて講義に行くほど頭脳明晰な男だったが……。

 根っからのブルーカラーでね。

 対して女性は名の知れた金持ちのお嬢様だった。

 君の友だちと同じく、プレゼントをあげるのに窮していたんだ」

「だからなんでダイヤモンドじゃダメなんだよ」

 ピーターの言葉はまた聞き流し、ベネットさんは語ります。

「困った男は書店に行った。

 そこで便箋を見つけたんだ。

 とても安っぽく、実際に安かった。

 だから、ありったけの思いがこめられた。

 男の手紙は受け取られ、紆余曲折の末結婚した。

 2人の人生はあまりに違い過ぎて、彼らはしょっちゅうけんかをした。

 それでも、2人はどちらとも、この結婚は失敗ではなかったと、一生理解し続けるだろう。

 ユーリ、君は読み書きはできるかい?」

 メイドちゃんは大きく顔をあげます。

「できます。えっと、イエス・ア・リトルくらいできるようになりました」

 ベネットさんはまたうなずきます。やさしい瞳でうなずきます。

「それでは、お友だちに伝えておあげ。

 君が一所懸命書いた手紙は、君の未来にも女性の未来にも、とてもとても大切なものになるってね」

 大きくうなずくメイドちゃん。

 お礼を言って飛び出します。

 倫敦男子の熱き血が、雪や寒さで止まりましょうや。

 クラシカルな黒いメイド服、雪をつっきり走ります。


next moonlight.

 2021/07/17

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次回更新は11月19日(金)! よろしくです!

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