8「闘魂」おひさま!
今回は1話完結です。
伝統と文化の街、倫敦。
この物語は、倫敦のちいさなお屋敷を舞台にお届けする。
9歳のちいさなメイドちゃんと、お年を召した奥様の、1年間の日常です。
街は枯れ葉に覆われて。景色は薄茶で風冷涼。
11月の秋空に、響く拳の雄々しさよ。
「てい! やあ! とう!」
世界にとどろく英国の、倫敦男子のメイドちゃん。
スカートひらりと風に舞い。日課の鍛錬。突きに蹴り。
齢9つメイドちゃん。1人修行に励みます。
「ふう……」
うっすらかいた汗をエプロンで拭き、2階の窓を見上げます。
今日も客人は見えません。
残念至極。
すぐに気を取り直し。
じょうろを握って洗面所へ。
お水を注いで戻ります。わんわんちゃんもついてきます。
「ウィックさん、今日も悪いのかなあ」
朝食のトーストを置いてきましたが……。
今日もドアの前に手つかずのまま。
心配です。
ウィックさんは療養のために、お屋敷にいらしている方です。
今月最初の日曜日、小さな荷物で来られました。
顔色が悪くて目は落ちくぼみ、ガイコツみたいにガリガリの男性です。
「ようこそいらっしゃいました」
お行儀よく挨拶いたしましたが。
黙ってふらふら、2階の空き部屋に行ってしまいました。
「彼はアルフレッド・ウィック。昔のお友だちよ」
むかしのおともだち。
メイドちゃんはちょっと考えて。
「奥様の恋人ですか?」
奥様はめずらしく慌てられ。
「病気で老けて見えるだけよ。彼の方が40歳も年下なのよ」
説明なさると落ち着かれ。
「わるいことほど覚えが早いんだから」
ちょっとぼやいて。
「昔は空手の世界チャンピオンだったの」
ご紹介。
メイドちゃん、むーとおつむを傾けます。
一所懸命思い出そうとします。
「知らない……」
やっぱりぜんぜん知りません。
その瞬間、ドタドタドタッと音がして。
「ウィックさん!」
ウィックさんが階段を転がり落ちました。
「だいじょうぶ!?」
駆け寄るメイドちゃんを鋭く睨み。
「知らねえだと! 俺を知らねえだと!」
起き上がれぬまま怒鳴ります。
メイドちゃん、怖くて泣きかけます。
メイドちゃんを抱き寄せて、奥様は上ゆく鋭い一声。
「おやめ! ウィック、この子はたったの9歳なのよ!」
しん、と静まりました。
ウィックさんは目を伏せました。
「そうか……。9歳か……」
奥様はきびしくおっしゃいます。
「9歳よ」
のろのろ起き上がったウィックさん。
「そうだな……。知らなくて当たり前だよな……」
ほんのちょっぴり、笑ってみせました。
「悪かったな、嬢ちゃん」
「僕は男の子です」
笑った顔は、なぜだかとってもかわいそう。
「そうかそうか。じゃあ坊主、玄関に植木鉢を置いといたんだけどよ。あれの世話を頼めるか?」
「はい。おまかせください」
なぜだかもっとかわいそう。
メイドちゃんは鉢植えに水をやります。
芽は出ていません。まだ土だけです。
水をかけたらおまじない。
「おっきくなあれ。おっきくなあれ」
バンザイしながらジャンプします。
わんわんちゃんも、首を上げ下げ。
11月の毎日です。
今日の寒さはひとしおです。
明日から12月ですもの。
毎度日課の鍛錬開始。
ウィックさんは今日もお部屋です。
実はメイドちゃん、かわいそうながらも怖かったので。
奥様に、昔のウィックさんを見せていただきました。
タブレットに映る昔の試合。
しなやかな体から飛び散る汗。
無音なのに聞こえる風切り音。
無敵の男、アルフレッド・ウィック!
「かっこいいー!」
これぞまさしく男道。
拳で魅せる闘魂よ。
メイドちゃんはウィックさんのファンとなり。
こうして日々の鍛錬を――。
にゃおん。
「あ、ダメー!」
なんと登場にゃんにゃんちゃん。
巨体の宿敵、鉢植えをちょいちょいつつきます。
「ダメ、ダメ、ダメー!」
まだ芽が出ていないのです。ウィックさんがまかせてくれたのです。大事な大事な鉢植えです。
怒髪衝天のメイドちゃん。
今こそ、鍛えた技を見せん!
「てい!」
空中に突きを放ちます。
「やあ!」
空中に蹴りを放ちます。
「とう!」
とどめの一突きを宙に撃ちます。
怖じ気づいたるにゃんにゃんちゃん、ゆっくりと毛づくろいをして。
あくびをしながら逃げ去りました。
「……」
祝! 初勝利!
春から泣かされ続けた日々が、ついにむくわれました!
「やったー!」
躍り上がるメイドちゃん。
クラシカルなメイド服をなびかせて、勝利の余韻に酔いしれます。
「やったー! やったよおー! 勝ったよおー!」
「やったな、坊主」
いつの間にやらウィックさん。
痩せ衰えた空手家は、ふらふらと壁にすがりつつ。
メイドちゃんの頭をぽんと撫で。
「やったな、坊主」
とまたほめました。
メイドちゃんてれてれ。
てれてれてれ。
ウィックさんは、少し離れます。
す、と一礼します。
構え、拳で突きを撃ち。
「だめだこりゃ」
と、笑いました。
確かにだめです。弱々しいです。
震えながらの突きでした。
ウィックさんはしゃがみます。
メイドちゃんと視線を合わせます。
「鉢植え、大事にしてくれてありがとな」
メイドちゃん、こくんとうなずきます。
「でもな坊主。これがあると、俺はいつまでもかっこよくなれねえんだ」
笑顔はやっぱりかわいそう。
「せっかく大事にしてくれたけど、これ、壊させてくれねえか」
メイドちゃんは黙ってじっとして。
時間をかけてうなずきました。
「ごめんな」
持ち上げられた鉢植えは、くるくるくるくる落下して。
がちゃんと粉々になりました。
さっきは承諾したことですが。
「奥様あああ! ウィックさんが鉢植え割っちゃったああああ!」
大泣き始めるメイドちゃん。奥様の元へ走っていきます。
1人残られたウィックさん。
鉢植えの土をかき分けて。
ビニール袋を取り出して。
中身を空に撒きました。
わるいくすりは風に消え。
ウィックさんはお屋敷を発ちました。
おしごと おしごと
こんやはおやすみ
メイドちゃんがいっしょにねてるから
2021/04/28
次回更新は7月16日(金)!
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