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5「密命」Moonlight.

「そんなにあわてて帰国することなかったのに」

 ローザと男の髪は同比率で白くなっている。

 年齢差を考えるのなら、それは政治家の心労のせいやもしれず、政治家一族に課せられた遺伝やもしれず、毛染めをする余裕がないのやもしれなかった。

 それでもウィスキーを一気にあおらないのは、貴族の品がしみついているからに違いない。

「帰国しなければ、逃げたと大衆は感じるものだ。それがほんの2日でも」

「それはそうね」

 ローザは葉巻に火を点ける。男にもすすめる。

 男は手に取り、火を点けずに指に挟んだまま問う。

「それで、あの文書は本当にこの世から消えたのだろうな?」

 ローザは優雅に笑う。成り上がり者が上がりきった優雅さである。

「メールでそう言ったじゃない。それなのに、電話もせず夜中に押しかけてくるなんて」

 男はやっと葉巻を切る。

「若い女優じゃあるまいし、なんのスキャンダルにもならんさ。この世に『あなたの通帳は、うちのエプロンかいじゅうが食べちゃったわ』なんてメールが届いて、飛んで行かない人間がいるものか」

 葉巻の煙を大きく吸い込む。

 よい毒ね。と感想を述べる。愛好家は減り続けているが、葉巻には特有のよさがあるのだ。

「安心なさいな。あれはただの紙じゃない。ただの米を加工した完全消化可能の紙よ。印刷にも耐えうる耐久性。コピー不可能な特殊性。細かくして食品に混ぜてしまえば――たとえばショートブレッドとか――完全に胃袋に消えてしまう。知ってのお買い上げでしょう?」

 うん、うんと知っていたように男はうなずく。

「しかし、私には妻子があるんだ。あなたにもこの気持ちはわかるだろう。そのお年で孤児を引き取っているのだから」

 ローザは笑みを絶やさない。

「その妻子。家族ね。女というのはいくつでも女よ。忘れないことね」

 初めて男が笑みを浮かべる。

「それは忘れないさ。しかしだね、女はいくつでもと思っても、男はそうはいかない」

 笑いに声が混じる。

「そうかしら? 今、ハンサムな007が近づいていて、メロメロのようだけど」

 男も声を立てて笑う。

「MI6が何だって? 妻はもう40も半ばをすぎた母親だよ。それに、あれは身持ちの硬さがウリなんだ。あの鋼鉄の「お引き取りを」が通じない男はいないさ」

 ローザはマドラーで渦を作る。

「そっちじゃないわ」

 ついに男は呵々大笑する。

「じゃあ、君のおちびさんとノッティング・ヒル・カーニバルを見物してきた娘かね? あんな子ども、つけまわしたところで何も出ないよ。当たり前のことだ。まるで何も知らないんだから」

「それはそうでしょうね。……ユーリがお世話になったわ」

 本当の「これで食事をとらせてあげて。残りはお小遣いにしていいからね」と、ポンド札を握らせた相手を思い浮かべ、ローザは心から笑ってしまう。

「まったく焦らせてくれる。人が悪いな、あなたは。……まさか」

 やっと気づいたようだ。呵々大笑が消える。血の気も消える。

「母さんはもう78だぞ!?」

「私より2歳も若いわよ? あなた、母親にだけはなんでも打ち明けられるんだったわね」

 男がバタバタという走り方で帰っていく。

 ローザはのんびりと2杯目を水割りにする。「私より2歳しか若くないのね」

 小さくつぶやく。マドラーの渦が螺旋回転。

 感づく。

 音もなくグレッグ拳銃を取り出す

 寂。

 ちりりんともう片方の手でベルを鳴らす。

「やっぱりね」

 パジャマ姿のユーリが入ってくる。

 ぐすぐすと鼻を鳴らす間に、銃をソファー裏に滑り込ませる。

「どうしたのユーリ?」

「あのね、奥様。棺桶がね、ミイラの棺桶が追っかけてきたの。金色の棺桶がね」

 今度は、ローザが浮かべる笑みに邪気がない。

「怖い夢だったわね」

「うわああん、奥様あああ」

 抱きしめてやると、もうなにもかも安心しきってしまう。

 やさしい夢に還っていく。

 小さな体の重みとぬくもり。

 ささやくように問うてみる。

「ねえユーリ、私に彼氏ができたらおかしいと思う?」

 ユーリはほとんど寝ながら答える。

「彼氏は僕にしてください……」

 そのまま寝息を立て始めた。

 ローザはユーリをソファに寝かせ。ブランケットをかけてやり。

「ジェームズ・ボンドはまだ早いわ」

「後始末」の続きに取り掛かる。


 おしごと おしごと 奥様はおしごと

 メイドちゃんはちっちゃいから もうねんね

2020/12/18

喪中につき新年の挨拶を失礼いたします。今年もよろしくお願い申し上げます。

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