村正と時雨
◇◇◇◇
「めんどくせぇなぁ」
窓辺で煙草を吹かし、沈みかけの太陽を目で追う。
煙草の火をけし、立て掛けた刀を手に取る。
脳裏に浮かぶ玲央の顔。
「木刀ねぇ…、あいつならいけっかな」
日も落ち、辺りは暗い。
村正は明かりも持たずに、ドーア村を後にした。
夜に、外に出歩くのはかなり危険である。
どんな魔物が襲ってくるかわからない。
クロア街へ向かう途中には、魔獣の森と呼ばれ人々に恐れられている森があり、
そのそばを通らなければならない。
村正がその道に差し掛かった時、森の中から明らかに視線を感じていた。
「ざっと20かぁ?」
村正の足が止まった。
左足を引き、右手を柄に添える。
村正は目を閉じ、呼吸を止める。
びゅうと風が空を切る。
「グルァァァァアア!!!」
森の中からたくさんの魔物が村正へ飛びかかる。
村正はまだ目を閉じたままだ。
【居合 風刃の舞】
風をまとった村正の刀が、魔獣を切り上げる。
竜巻のように舞い上がり、鈍い音を立て次々と地面へおちる。
刀をおさめ、魔獣の死体を眺める村正。
「高く売れそうなもんはねぇな」
何も取らずに先へと進んで行く。
辺りがうっすらと明るくなってきた。
村正の前には、クロア街の大きな門。
人気のない街の中、村正は歩く。
朝日はとどかず、少し肌寒い。
街の中を通り抜ける冷たい風にあおられるように、せかせかと奥へとすすんで行く。
足を止める村正。
目の前には、赤いレンガ造りの大きな建物。
背丈の2倍ほどありそうな入口は鉄でできた戸で固く閉じられている。
脇には、道具としては使えないであろう大きなハンマーが立て掛けられ、
その上には
-鍛冶屋 Heavy Rain-
と書かれた厚い看板が掛けられている。
村正は戸の隅へ座り、煙草に火をつける。
こうやってゆっくり座っていると、周りの音に意識が集中するのがわかる。
先ほどまでは認識すらしていなかった、
ちゅんちゅんという雀の鳴き声が、今は、はっきりと聞こえる。
さらに、煙草の燃える音までも、聞こえてくる。
いろいろな音に耳を傾けてみると意外と面白い。
3本目の煙草に火をつけながら、そう思った村正であった。
コツコツコツ…
中から足音が聞こえる。
鉄の扉が地響きとともに、ゆっくりと横へ開く。
半分ほど開いたところで止まり、中から時雨が煙草をふかしながら出てくる。
店の前にすわっている村正に気づき、驚く時雨。
「よぉ」
「うをぉっ!?村っち!?」
「なにしとん!ずっとここでまっとったん??」
「まぁな」
「普通に呼んでよ!」
時雨は申し訳なさそうに、村正を中へと引っ張った。
ーーーー
村正と時雨は親戚である。
両の母親が姉妹であり、家も近かった。
村正は14つも違う時雨の面倒を、いつも見ていた。
兄弟のいない村正にとって、時雨は実の妹のようだった。
時雨が5つになる頃、村正は剣技を磨くために家を出た。
そのころには、父の鍛冶師としての仕事に興味を持ち始めた時雨。
毎日のように仕事を手伝い、父からたくさんのことを学ぶ。
14の時には1人で仕事が任されるようになるほど
技術とセンスがずば抜けていた。
父親もこの街では優秀な鍛冶師であったが、口達者な時雨はお客さんを次々と呼び寄せる。
14の娘が鍛冶師をしている!しかも腕が立つ!
と、たちまち街で評判になり、かなり繁盛したそうだ。
その噂は、クロア王国の王の耳にも入り、
王国騎士団専属鍛冶屋として、街中にその名を轟かせる。
現在の騎士団の装備一式、Heavy Rainで作られたものだという。
そして20歳。
時雨は王より、
ー特兵団 Rain 団長ー
として名を受け、クロア街西部に膨大の土地を有した。
その全てを鍛冶場とし、生産量も増加。
他国との貿易にも大きく貢献した。
今やこの街で、彼女の名を知らぬ者はいないだろう。
ーーーー
髪を結び煎茶を入れ、灰皿を村正の前へと出す。
大きな柱に背を預け、茶をすする。
「こんな朝っぱらからどうしたん?」
「村っちが尋ねてくるなんて何年ぶりかね」
煙草を一息吸い、村正が話し出す。
「実は折り入って頼みたいことがある」
村正は、村での出来事を順序付けて全て話した。
「木刀かぁ、作ったことはないけどその子。興味あるな」
「その子の刀も見て見たい」
しばらく考えた後、
「まぁ、村っちの頼みや!断るわけにはいかんよね」
と村正の背中をバシバシと叩く。
「あたしにまかせといて!」
「明日までにはつくってやる」
そう言って肩をブンブンと回す時雨。
「鉄!司!話は聞いてたね!」
そう言うと、奥の大きな扉が勢いよく開いた。
中からガタイの良い、
何故か上半身裸の男2人が現れた。
「お任せ下さい!」
そう言うと、外へと物凄い勢いで走っていった。
しばらく唖然としていた村正だったが、
席をたち、時雨へ深深とお時期をした。
「面目ねぇ」
ドドドドドドッ!!
街が賑わい始めた昼前。
熊が襲いかかる様な足音が響き渡る。
「お待たせ致しやした!姉御!」
「王様から、万物の大木頂いて来やしたぜ!」
大柄な男達の肩には巨大な丸太。
「万物の大木…」
「あの古代樹か!?」
驚いて立ち上がる村正。
「おうよ!世界一硬いって言われてる木材だ!」
「夜までには仕上げるから、待っててくれ」
そう言うと3人は扉の奥へと消えていった。
万物の大木。
別名クロノスと呼ばれているその大樹は、
クロア王国から何千里も離れた妖精の森という場所に生えていうという。
なかなか手に入れることが出来ないため。
とても高価なものである。
「一体、いくらするんだよ…」
まじまじと財布を見つめる村正であった。
カラスの鳴き声が街に響く。
ちょうど日が沈んで見えなくなったようだ。
ただ1人椅子に腰掛け1点を見つめる村正。
ギギ…
大扉が微かに開き、奥の光が眩くこぼれる。
「待たせたな!やっと完成したぞ!」
時雨の手には、3つの木刀が握られていた。
「ごめんな。この木繊細すぎてさ」
「100本ほど作ったんだが…3本しか上手く作れなかった!」
扉の奥に見える割れた木刀の山。
「あんなに作ったのか…」
「大したことねえよ!」
笑いながら鼻の下を擦るその手は血だらけの包帯で包まれていた。
「時雨…かたじけない」
「1本はうちで貰うよ?なかなかお目にかかれないからね」
2本を布で包み、村正へ渡す。
「お代はいいからよ!早く玲央ってやつに持って行け!」
「今回はあたしからの奢りだ!楽しませてもらったからな!」
根っからの職人だな。と村正は思った。
「時雨、心から感謝する」
「面目ねぇ」
深々とお辞儀をする村正。
拳は軋むほど握られていた。