巣立ち
「…さぁ、来いよ」
まだ日は高くない。
朝食を食べ終え、外で睨み合う2人。
村正に貰った長刀を持つ玲央。
まじり会う刃。いつものように得意な切り込みを入れる村正。
玲央は受け流し、体を捻れさせる。
その勢いで村正の頭へ刀を回す。
「ウッ…」
避けようと重心を下げる村正。だが予測していたかのように、玲央の左足が村正のわき腹へ入り込む。
思わず体制を崩す村正。
「あっ!初めて膝をついた!!!」
おいおい…刀が違うだけでこんなにも違うのかぁ?
「隙だらけだよっ」
気づくと足元に深く姿勢をとる玲央。
木刀を持った玲央の右手が村正の顎をえぐる。
左手をついて倒れ込む村正。右手の木刀の先は玲央に向いている。
「バケモンかよこらぁ…」
体制を立て直す村正。正面で構えていた木刀をゆっくりと下げる。
きょとんとした顔の玲央。だが直ぐに正面から近づき刀を振り上げる。
「構えなくていいの?」
「あぁ…こっちが俺のやり方だ」
誰にも聞こえないような声で呟く村正。
一瞬だった。
玲央の木刀は宙を舞い、村正の刃先が玲央の喉元へと向けられている。
思わず息を飲む玲央。
「…すごい」
その場で崩れ落ちる玲央。
その目はまだ空を見上げていた。
ハッと我に返る玲央。
「村正!今のはなに!?」
村正が刀を下げたのは隙を見せたのではない。
刀の構え方にはたくさんの種類がある。
だが、基本的な構えは3つ。
上段の構え。
中段の構え。
下段の構え。
簡単に言えば上段の構えはパワー型。下段の構えはスピード型。中段は両方を補うバランス型。
村正のは下段の構えを基本スタイルにしている。
パワーは無いものの、スピードを活かした闘いができる。
それが、疾風の村正と呼ばれる由縁だった。
「俺にはパワーがねぇからな、これがしっくり来るんだ」
「僕にも教えて!」
キラキラとした瞳で見つめる玲央。断ることはできなかった。村正は自分の知る剣術。戦法。構え。全て教えた。
上達の早い玲央は6ヶ月で自分のものにした。
周りで見ていたドーア村の村民たちは、いつしか玲央の元へと赴き、様々なことを教えた。
村正は玲央にくるめられ、自宅を改造し道場をひらいた。
誰もこねぇよ。と卑下していたが、3か月後には4人が入門。
さらに、道場の噂を聞きつけた街の人々が、次から次にドーア村へと移住。
またたく間に生徒は増えていった。
ドーア村の人口も増え、多くの人々が訪れるようになった。街からは馬車がひかれるようになり、
村と街の貿易も盛んになった。
村の人々は玲央のおかげだなと、心から感謝するようになった。
◇◇◇◇
9年の年月が過ぎ、すっかり大きくなった玲央。
背中に指していた刀は腰の後ろに。
村正から貰った木刀は、左の脇差へ。
「さぁ、どうぞ?」
脇差の木刀に右手を添える玲央の周りには
刀や、鎌。剣など構える7人の男たち。
その中には刀を右に下げ、重心を低く構えた村正の姿もあった。
それを取り囲む村の人々。
その中には貴虎としずえ。
そして、たくさんの子供たち。
沈黙が暫く続く。
玲央の右後ろから近づく斧を持った青年。
斧を豪快に振り回す。
玲央は刀を抜くことなく、背面に飛び斧の上を避ける。
着地しようとする玲央へ向け、それぞれが動く。
宙を舞う玲央。まず目に入ってきたのは、短刀を逆手に構えた2人。
2人に対応しようと、木刀を抜き身構える。
繰り出される短刀をうまくかわしながら、少しずつ後退する玲央。
そこへ、背後から再び斧の影が。
「やっべ!」
横目で斧をとらえたが避けることはできない。
いや、避けることに難はない。
しかし、前方の2人の身の危険を悟ったのだ。
玲央は飛んで、両足で前方の2人を蹴飛ばす。
勢いで宙返りしつつ、木刀を手放す玲央。
迫りくる斧を両の手で挟み込む。
何とか直撃は避けた玲央だが、左胸あたりに少し斧がくい込んだ。
白い袴にじわりとにじむ血。
「それはずるいでしょうよ」
地面を蹴り、挟んだ斧をはらう。
玲央の膝が相手の顎をとらえ、ザザザッと音を立て地面へ倒れこむ。
その間にも攻撃の手はやまない。
木刀を手に取る玲央。
猛攻をしのぎつつ、次々とダウンさせていく。
さすがに疲れを見せる玲央。木刀を地面へと突き刺し、肩で息をする。
しかし、玲央の目は瞬きすることなく前方の村正へと向けられている。
「やるじゃぁねえかぁ」
ニヤリと笑う村正。
「けっこう…しんどいけどね」
息を整える玲央。目線は下げられた刀へと向けられている。
玲央の右手はゆっくりと後ろの真剣へとのびる。
中指の先が柄頭へ触れた瞬間、村正は動いた。
玲央の目は少し大きく開き、眼光は落ちる。
3間ほど先にいた村正が、目前へと現れた。
玲央はとっさに後ろへとのけ反りながら飛んだ。
空を切る村正の刀。だが玲央の左肩をわずかにかすめる。
「いつみても早いや」
「へっ、そりゃどうも」
笑みを浮かべる2人、玲央は刀を抜き構える。
辺りに響く鈍い金属音。周りで見ていた村の人たちは次第に歓声をあげた。
「いいぞー!村正!」
「玲央お兄ちゃんがんばれー!!」
立ち上がった他の者たちは、武器を持ったままその場に立ちつくし、
2人の素早い攻防にみとれていた。とても手を出せる雰囲気ではなかった。
互角の戦いを繰り広げる玲央と村正。
どれくらいの時が流れたのだろうか、長い時間が過ぎたように感じた。
決着はついた。
村正が振り下ろした刀を鍔で受け止めぐるりとまわす。
村正の手から離れた刀が地面へ突き刺さる。
玲央の切先はただただ自分の足元へと向けられていた。
本来ならば、村正の喉元へと刀を向け、身動きできないようにするべきだろう。
だが、玲央はそれをしなかった。
また村正も、再び刀を手に取ろうとはしなかった。
互いに決着がついたと悟ったのだ。
「強くなりやがってぇ、こんちきしょお」
暖かい笑顔でそう言うと、右手を玲央へ向ける。
玲央は村正の手を取り、引っ張り起こす。
その光景に、周りからパチパチと徐々に拍手が送られる。
「玲央やったなー!」
「2人ともかっこよかったぞぉ!!」
「兄ちゃんすっげぇ!」
「ほら!魔法使えるやつはみんなの回復してやんな!」
村の年長であるおばばが声を上げる。
各々声をかける村の人々。
玲央は子どもたちにもみくちゃにされている。
なんてほのぼのとした光景だろうか。
遠くから見ていた貴虎としずえの目には、うっすらと涙を浮かべていた。
そして、その日は村総出で遅くまで宴が開かれたのだった。
村の北部の高台。辺りには明かり一つない。
そこには夜空を見上げる玲央の姿があった。何やら思いつめた表情をしているように見える。
右のこぶしをギュッと左手で包み込む。
「寝れんのかね」
玲央は驚いて振り向く。そこにはおばばの姿。
「今日はごくろうだったの」
無言のままの玲央。
「催しには勝ったが、ボロボロなのはお前さんだけじゃったわい」
「皆が怪我せぬように、最小限の力でたたかってくれてたのかのぅ」
しばらく間があき、玲央が口を開く。
「…そんなことないです。」
「確かに試合に勝ったのは僕です。だけど…」
「みんなは魔法を使ってこなかった。」
悲しそうな顔で、おばばのほうを振り向いた。
「みんなぼくに気をつかってくれていたんだと思います。」
そんなことはない。
そう思ったおばばだったが、口にすることはできなかった。
村の人たちは皆、玲央が無属性の魔法しか使えない。戦いでの魔法を使うことができないことをしっていた。
日常生活において、ちょっとした魔法はみんな使う。
だが玲央の前だと、魔法を使うものは多くなかった。
それは玲央も感じていた。少し悲しい気持ちではあるものの、しょうがない。そう思って生きてきたのだ。
『僕にできることは、このくらいですからね』
おばばの脳内へと、玲央の言葉が直接伝わってくる。
正式には"精神感応"というのだが、この世界では"波念"と呼ばれる無属性魔法の一種だ。
魔力量によって伝わる距離や人数がきまる。
無属性魔法の中では上位魔法ではあるが、玲央は使いこなしている。
「たいしたもんじゃよ」
さらに玲央は口を開く。
「もし魔法を使われていたら、僕は負けていたでしょうね」
空を見上げるおばば。
「つよく、なりたいです。強くなって王国のために戦いたい。」
「そしたらいつか、僕の両親が見つかるかもしれません。」
強くなる。強くなる。ひらすら強くなる。
玲央は決心していた。
村を出て自分を捨てた両親を探す。そしてこの刀の謎を解く。
刀の謎を解くのには、そう時間がかからなかった。
そしてこの刀が、のちに玲央の運命を変えるのである。
ーーーーーーーーーー
2日後。
村の中央広場には村中の人々が集まっていた。
玲央をまっているのだ。
玲央、貴虎、しずえの3人がゆっくり歩いてくる姿が、
広場からようやく見え始めた。
なにやら、楽しそうに話している。
村の子どもが おーい! と叫ぼうとしたのを母親が止めた。
「邪魔しちゃダメよ、ここで待ってようね」
そう微笑んだ。
3人の姿が見えてから10分程経っただろうか。
ようやく広場へと足を踏み入れた。
皆が玲央を取り囲む。
歩みを止め、何かを言おうとする玲央。
だが上手く喋ることが出来ずに口ごもる。
「え、えっと…その」
「世話になった!!!」
村正の突き刺さる声が玲央の言葉を遮った
周りにいた人々は一斉に村正の方を見る。
顔を真っ赤にしながら村正は続ける。
「玲央。俺はお前に逢えてよかった!」
「正直、お前がいなかったらつまんねぇ毎日を過ごしてたかもしれねぇ」
堪えていた涙が溢れ出す。
「俺だけじゃねぇ。皆お前んとこに集った仲間たちだ!」
「お前が俺たちを引き寄せてくれたんだ」
周りで見ていた村の人々も涙ぐむ。
すると、数人が飛び出し、村正の後ろへ整列する。
「お世話になりやしたぁ!」
圧巻だった。道場の皆が一斉に玲央に頭を下げる。
しばらく沈黙が流れたが、
「ありがとう!」「世話になった!」
と周りから感謝の言葉が浴びられた。
前が見えなかった。拭っても拭っても
じわじわと視界が遮られる。
玲央は苦しかった。世話になったのは僕の方なのに。
感謝すべきなのは僕のほうなのに。
顎を震わせながらも、必死で言葉を出そうとする玲央だが、なかなか喉が開かない。
しばらくして、怜央は駆け足で輪の中心から外へ出た。
振り返る玲央。
大きく息を吸い込んだ。
「ありがどう!ございましだああ!」
また、熱い涙が溢れ出す。
「行ってこい玲央。ぬかるなよ?」
貴虎と最後の挨拶を交わす。
「…たまには帰ってくるから!」
「おう!」
街へ向かう馬車に乗りゆっくりと離れていく。
丘の上で1人姿が見えなくなっても尚、玲央の姿を見つめる村正の姿があった。