橘 玲央
ーーここはドーア村、街からふた山ほど離れた小さい村だ。
村からさほど遠くない山の中にゆっくりと歩く1人の爺。
「えぇ、天気じゃのぅ…」
激しく照りつける日差しに目を向け目をすぼめる翁。
竹籠を背負い、中には山菜が半分ほど入っていた。
ドーア村の人々は、街に食料を買いに行くのが大変で
山や、川から食料を確保していた。
「はて、婆さんがまっとるわい」
家へと帰るべく山を降りる爺。
道すがら川に架かる石橋を渡る途中、なにかに気づく。
上流から流れてくる籠のようなもの。
ゆっくりと流れてくるそれを見つめる爺。
爺ははっきりと聴いた。微かに赤子の喚く声を。
「こ、こりゃあいかん!」
爺は竹籠を投げ、両の手の平を合わせる。
【土壁!】
そう唱えると、籠が流れるのを遮るように土の壁が
川の中から盛り上がる。
籠をひろいあげ、川辺へと下ろす。
籠の中には、布に包まれた赤子。
そして、赤子に強く握られた1本の刀。
「なんと…」
爺は迷うことなく竹籠のことなど忘れ、
赤子の入った籠を両手に抱え家へと持ち帰るのだった。
◇◇◇◇
「じいちゃん、ばぁちゃん。いってくるね!」
刀を手に握りしめ、家を飛び出る7歳の少年。
「玲央や、夕暮れまでにはかえってくるんよ」
洗濯物を干す玲央の祖母。橘 しずえ
川で捨てられた玲央を拾い、育てている。
水属性の魔法を使う。
「爺さんや、玲央も大きくなったねぇ」
「まだ7つじゃ…心配で寿命が縮みそうだよ」
橘 貴虎
玲央の名付け親。昔は名の知れた剣士らしい。
玲央が物心ついた頃から、剣術を教えている。
子どものいない2人は我が子のように玲央を育てた。
「しかし哀れじゃの。」
「何がです?」
「なんの属性魔法も使えんとは」
しずえはムッとした顔で貴虎の肩を叩く。
ーーーーーーーーーー
この世界には、魔法石と呼ばれる魔界から来たという原石がある。
この世界では属性を調べる方法として、古来より使われてきた。
魔法石を手に取り、額へと当てると
紫色の魔法石は属性の色へと変化する
火は赤。水は青。風は緑。雷は黄。土は茶。
玲央が3つの時、貴虎は属性を調べようとした。
だが、魔法石は無色透明の石へと変化した。
「こ、これは…」
見たことも無い光景に口を紡ぐ2人。
無属性の者はたまにいる。
だがこの国では落ちこぼれ、出来損ないとして
皆から軽蔑されるのだ。
そんなことも知らない玲央は眩しい笑顔で
野原であそんでいる。
ーーーーーーーーーー
やがて日が暮れる。
「帰ったよー!」
泥だらけで帰ってきた玲央の傍らには、イノシシが3頭。
「おやまぁ、取ってきたのかい?」
「へへへ」
得意げに笑う玲央の頭を撫でるしずえ。
優しく笑うその奥ではどこか悲しげに思えた。
玲央は攻撃魔法は使えないものの、抜群の剣術センスで
劇的な成長を遂げた。身の丈に合わない長刀。
貴虎は何度か刀を変えるように尋ねたが、玲央は
「これは俺の大事な刀だから!」
と笑顔を見せる。それもそうだろう。
玲央の生みの親を探す、唯一の手がかりなのだから。
ドーア村には、昔クロア王国 国王直属兵士だった者や、科学者、魔術師だったものが住んでいた。
玲央は時間があると、村のみんなの所へ赴き色々な知識をつけた。
玲央は覚えるのが早く、2,3回話を聞いて、見るだけで自分のものにしてしまった。
村1番の剣士である村正は、玲央に剣術を教えている。
彼も玲央と同じ刀使いであり、王国では"疾風の村正"といわれていたそうだ。
玲央は何度も彼の元へ刀を習いに通っていた。
「なんだぁ、また来たのかぁ?」
袴姿で髪を後ろで結び、煙草をふかしている。
「今日こそ勝つもんね!!!」
毎日のように闘いを挑む玲央に嫌気がさしていた村正だが、日に日に上達する玲央をみて興味が湧いた。
玲央との稽古が1日の楽しみと化していた。
真剣を使うわけにもいかず、村正の家にある木刀を使っていたが、ある日の稽古終わり、
玲央が村正に申し訳なさそうに頼んできた。
「ねぇ、村正?」
「あぁ?どうしたぁ」
「…僕の刀と同じ長さの木刀が欲しいんだ」
「そんなことかよ」
村正は呆れ顔でさっと流す。
確かに玲央には小さめの木刀を持たせた。
体格にあった刀を持たせるのが常識だ。
「おまえはこれでいいんだよ」
悲しげな背中で帰る玲央を、横目でみていた村正。
しばらく空に羽ばたくカラスを目で追う。
煙草の煙がまっすぐにのびている。
次の日。
玲央はいつものように村正の家へ。
「村正!村正!」
返事はない。
どうやら留守のようだ。
「どこいったんだろう」
「まぁ、いっか!じいちゃんにイノシシでも持って帰るか!」
時間を持て余した玲央は、森に向かった。
ーーーーーーーーーー
「面目ねぇ」
ドーア村からふた山越えた街。【クロア街】
クロア王国の城下町で、頭を下げる村正の姿があった。
ーーーーーーーーーー
「……ろ……起きろ玲央!」
玲央は貴虎の声で目が覚めた。
「なんだよじいちゃん」
瞼を擦りながら外へ出る玲央。
「わぁっ!?」
玄関の戸を開けると玲央の胸元に包みがとんできた。
思わずはっと受け止める玲央。
外には貴虎と、隣には村正。
玲央が包を開けるとそこには、2本の木刀。
なんだか照れくさそうな村正は、右手であたまをボリボリかきながら、
「ほら、あれだ。仕方ないから貰ってきたぞ」
大笑いする貴虎。
ばかもん!と言いながら村正の背中を叩く。
「一昨日わしに刀の寸法を聞いてきてのぉ、作ってもらったそうじゃ」
「えっ、僕が頼んだ日じゃんか!!」
玲央が頼んだ日の夜。村正は歩いて街へと赴き、知り合いの鍛冶屋に頼んだそうだ。
歩いて街へ行くには半日かかる。
村正は玲央のために、一睡もせず、玲央の刀と同じ長さの木刀を2本、特注した。
「今日は、稽古無しでいいかぁ?さすがに疲れたぜ」
めんどくさがり屋の村正がこんなことをするなんて誰も思っていなかった。
「…ありがとう」
玲央の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
梟の鳴き声が響く。
焚き火の明かりに揺れる玲央の姿。
木刀が風を斬る。
緩んだ口元。額を流れる汗。
「まだやってますねぇ」
「今日くらいは許したってくれ」
家の中から覗く貴虎としずえ。
楽しそうに刀を振る玲央。
何度かその姿を目に納めただけで
止めることはできなかった。
山の頂上付近から眩しい朝日が昇る。
「さぁてと…」
髪をとかし、後ろで結う。
湯を沸かし茶を入れる。
深く煙草を吸い込み、ふぅと勢い良く吐き出す。
目を閉じ、神経を研ぎ澄ましていた。
彼は待っているのだ。
おそらく、いや必ず来る。
「村正!!!!」
微かに聞こえる玲央の声。
「…るせぇなぁ」
笑みを浮かべ小さく呟く。
「朝っぱらからうるせぇぞ坊主!」
「飯は食ったかぁ?」
「まだ!!起きてからすぐ来ちゃった」
村正は2人分の朝食を作り、ソワソワする玲央をよそにゆっくりと箸をつつく。
いつからかホントの子どものように可愛がっていた。
どこか懐かしみを感じながら…。