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五月十二日 その1


「なあ彩乃、生徒会に入らないか?」

 朝。一年生のフロアの廊下。

 いつもより早めに登校して待ち構えていた俺は、教室に入ろうとした彩乃を呼び止める。

 彩乃は駅前でチラシを受け取ったらうさんくさい宗教団体の広告だった時のような目で俺のことを見る。ぞくりとする。

 暫し、そのままの状態で固まる。俺の頭の上から足先まで一瞥する彩乃。俺も同じようにして、俺のことを見る彩乃のじっとりとした目を堪能する。よく見ると、昨日よりも少し目元が暗い気がする。寝不足なのだろうか。彼女の健康のことを考えるとしっかりと睡眠を取ってほしいところではあるが、これもまた少し不機嫌な様に見えなくもなく、彼女のじっとりとした目が好きな俺としてはいかんともし難い。とはいえ、どちらにしても可愛いのには変わりない。

 十秒ほど見つめ合った後、彩乃が口を開く。

「お断りします」

 そう言って、こちらに背を向けてそそくさと立ち去ろうとする。

「まてまてまてーい」

 呼び止める俺。

「なんですか。卯美々ちゃんが待ってるので早く教室に入りたいんですけど」

「まあそう言わずに。話だけでも」

「怪しい宗教団体の勧誘みたいですね。なんとかの会とか言うところに昔両親が入っていて一度痛い目を見たので騙されませんよ」

「俺が今誘っているのはなんと生徒会だ。なんとかの会とは断じて違うぞ」

「名前が微妙に似ているので嫌です」

「それは流石に言いがかりだろ」

 生徒会に微妙に名前が似ている宗教団体というのも微妙に気になるではあるが。

「そもそも。私の希望云々以前に、今の生徒会に私が入ったら定員オーバーでしょう」

「知ってたのか」

 そう、ここ桜ヶ丘高校の生徒会は、会長、副会長、書記が各学年から一人ずつで構成されるのが通例となっている。俺の上の代もそうだった。そのまた上の代もそうだった。さらにその一つ上は知らない。

「だが、通例はあくまで通例だ。そんな校則はないし、拘束力はない」

 俺渾身の校則と拘束をかけた高度なギャグ。

「それもしかしてギャグですか?」

 しめた、と俺は思う。

「??……何のことだ?」

「……何でもないです、私の勘違いでした。続けて下さい」

 スーパーに置いてある試食の柿が渋柿だった時のような顔をする彩乃。かわいい。

「まあ、仮に校則に書いてあったとしても守る気はないんだけどな」

「この学校の生徒会ちゃんと機能してるんですか?」

「大丈夫だ問題ない、なんせこの俺が会長のポストに就いているんだからな」

「それが一番の不安要素なんですけど」

「まあそうキリキリしなさんなって。はい深呼吸してー、すってー、はいてー」

「頭のネジ緩んでるんじゃないですか? キリキリ締めてあげましょうか?」

 鞄からドライバーを取り出す彩乃。

「おおっと大丈夫だ、緩んでない緩んでない」

「そんな遠慮しなくてもいいんですよ? 頭がゆる……ネジが緩んでいるのは当人が一番気づきにくいものなんですよ。早めに首……じゃなくてネジを締めておかないと取り返しがすかなくなります。さあ」

「もういい、俺が悪かった」

「分かればいいんです」

 彩乃は鞄にドライバーをしま――

「ということで彩乃、生徒会に入らないか?」

「おくすり出しておきますね」

 ――うと見せかけて右手でグリップを掴み直し、間合いを詰めたかと思うと俺の首筋に突き立てる。ぐりぐりぐりぐり。

「やめろ、ささってるささってる」

「お注射も刺しておきましょうか?」

「刺してから言うとかとんだヤブ医者だな!」

 ドライバーを握る手に力が込められる。きりきりきりきり。いたい。

「いいから聞けって。漆巴守が生徒会の書記なのは知ってるだろ? 生徒会室の鍵は生徒会の役員なら自由に開けれる。つまり、お前が入れば既に役員になっている漆巴守と生徒会室でいちゃいちゃし放題だ。悪い話ではないだろ」

「……確かに、それは一理ありますね」

 一理あるのか。

 彩乃がドライバーを突きつける手が少し緩まる。が、刺さっているものは刺さっているので昨日のように無理に振りほどくことはできない。

「でも、それって会長もいるんですよね? あと副会長の一色さんも」

「それはな。これでも会長だし、なりに仕事もある」

「仕事してるんですか?」

「もちろんだ。会長だからな」

「例えばどんな仕事ですか?」

「各位への書類の作成とかだな」

「それ副会長がやってるって聞きましたけど」

「どうしてお前がそれを知っている」

「副会長から直接聞きました」

「いつ?」

「昨日の晩、L○NEで」

「いつのまに連絡先交換したんだ」

「一昨日の放課後、会長と別れた後です」

 俺は勢いよく壁を叩く。ばあん、と気持ちのいい音がして微妙に壁が揺れる。あんにゃろうあの後帰ってなかったのか。

「羨ましいな俺にも教えろ」

「いいですよ」

「まじで」

 彩乃は制服のブレザーのポケットから林檎のマークがプリントされたスマホを取り出し、左手で軽く操作してから画面を俺に向けて突き出す。

「はいどうぞ」

「やったぜ」

 俺も同じようにスマホを取り出し、某トークアプリを立ち上げる。彩乃のスマホの画面を見ながら間違えないようにIDを入力していく。

「よしできた」

 完了ボタンを投下すると、『天之川彩乃』と表示される。何の捻りもなく本名をそのままトークアプリで使っているあたり、彼女らしいと言えば彼女らしい。

「もういいですか?」

「ああ。それにしても、こんなにあっさりとお前が連絡先教えてくれるとも思わなかったな」

「ここで断ったら私が感じ悪い人みたいになるじゃないですか。それに、」

 ピロン、と彩乃のスマホから効果音が鳴り、

「あれ……?」

 俺のスマホの画面から彩乃の名前が消える。

「ブロックするのにも一度会長の方から登録してもらう方が楽ですしね」

「今のお前、すげえ感じ悪いぞ」

「そんなに褒めないでください」

 その時、俺を彩乃が話している前よりも一つ奥の教室から叫び声が聞こえる。

「ふええぇぇぇえ、もうこんな時間~!? 彩乃ちゃん、早く宿題写さないと授業始まっちゃうよ~!!」

 あまりの唐突さに周りを歩いている生徒の目線がそちらに集まる。教室の後ろの扉から顔を覗かせながらそう言ったのは……、漆巴守だ。

「はいはい……今行くからそんな大きな声出さないで……」

「だってだって~」

 バンバンと扉を叩く漆巴守。その小柄な体型と相まって、駄々をこねる子供のようにしか見えない。

「お前、結構成績良かったりするのか」

「いいえ全然。いつも卯美々ちゃんに宿題を教えてもらってます」

 ちょっとよくわからない。

「というわけなんで会長、私呼ばれてますのでこれで。もう会うこともないでしょう」

「ひどいなあ。でもこれって明日になったらブロック解除してくれてるっていう焦らしプレイなんだよな?」

「安心してください、副会長の方はブロックしてないんで、生徒会に用があるならそちらに連絡入れますから」

「それってもしかして遠回しに俺へのブロック解除しないって言ってる?」

「遠回しでも何でもなく解除するつもりはありませんよ」

 彩乃はそう言ってじっとりした目で俺を見る。かわいい。目の保養……

「……くそう、教室に入ってしまった。残念、もう少し見ていたかったのに」

「声に出てますよ、会長」

「そう言って右手を空手チョップのような形にして俺の背中ぐさぐさと刺してくるのは、一色錦。早口言葉のような名前のそいつは、ここ桜ヶ丘学園生徒会の副会長だ。因みに俺は会長なので、俺のほうが偉い」

「ぶつぶつ独り言言う癖何とかした方がいいと思いますよ? 内容が非常に不愉快なのを差し引いても気持ち悪いです」

「ああすまんすまん、癖でな」

「治す気なさそうですね」

「まあな」

「治して下さい」

「善処しよう」

「そのうち補導されますよ?」

「考えすぎだろ」

「私が警察なら音速で探し出して補導します」

「お前は警察じゃないだろ?」

「そういえばそうですね」

 ふう、と二人して一息つく。気がつけば、こちらをじろじろと見ている一年生がたくさんいることに気がつく。一昨日とだいたい同じだが、一年生のフロアで騒ぐ二年と三年というのはいかにも不自然な絵面だ。

「……で、どうして会長がここにいるんですか?」

「俺は彩乃を生徒会に勧誘しようと思ってだな。お前は?」

「会長を探してたんですけど見つからなくて、まさかと思いながらここに来てみたらビンゴでした」

「いつから居たんだ?」

「怪しい宗教団体の勧誘のあたりからですかね」

「ほぼ最初からじゃねーか!!」

「そうなんです、もう少し早ければ間に合っていたかもしれないですが……手遅れでした」

 はあ、とあからさまにため息をつく一色。こちらから聞いてくるのを待ち構えているかのようにも見える。

「…………」

 一色の書いた筋書きに乗るのも癪なので、少しの間黙る。

 ……じれったくなったのか、一色が話し始める。

「……結論から言うと、彼女にはあまり近づかない方がいいです」

「彼女? 漆巴守のことか?」

「天之川、彩乃さんです」

 深妙な趣で言う一色。メガネの底が鈍く光る。今日は最初からかけている。

「どういうことだ?」

 俺が聞くと、一色は辺りを見回す。先程漆巴守も言っていたことだが始業間近なので先程よりは人は少ない。が、それでもいるにはいる。

「場所を変えましょう」

「ここでは話しにくいことなのか?」

「まあ。今から生徒会室に来てもらえますか」

「授業は?」

「サボります。一時間くらい休んでも何も変わらないでしょう」

「でも俺は仮にも生徒会長なんだし、あまり堂々とそういうことをする訳にはだな」

「大丈夫です、入学式の一件で会長の信用は底をついています。国政だったら政権交代です」


『すごく気持ち悪いんですけど』


 壇上の上にいる俺に彩乃から向けられた言葉と視線。

 思い出しては、ぞくりとする。

「……なあ、もう一度聞くが、そんなに急ぐ話なのか? 俺、普通に放課後は生徒会室行くぞ」

「今話しておかないと会長次の休み時間にでもまた天之川さんを探しに来るんでしょ?」

「否定はしない」

「ほらやっぱり」

「でも、どうしてそんなに俺と彩乃を会わせたくないんだ?」

「それを今から話すんです。さあ、行きますよ」

「………………………」

「どうしたんですか?」

 俺が足踏みしていると、一色が振り返って急かしてくる。

「なに躊躇ってるんですか、会長、生徒会入る前は出席日数ギリギリまで授業サボってたでしょう」

「……ああもう、行きゃいいんだろ行きゃ……と言うか、なんでお前がそれ知ってるんだ? 俺が一年の時だから、お前はまだ入学してすらないだろ」

「さあ、なんででしょうね」

 一色はどんどん先に歩いて行く。俺はその背中を追いかける。

 まだ何も言っていないはずのその後ろ姿に、俺は何故か不安を感じた。


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