五月十一日 その4
「一色、まだやっていたのか」
「人にものを押し付けておいてその言い草はあんまりですね。また天之川さんみたいにゴミを見るような目で睨んであげましょうか?」
「すまない、そういうのは求めてないんだ」
生徒会室の鍵を管理しているのは生徒会長である俺なので、毎日帰る前に戸締まりをする義務がある。面倒かと問われれば当然面倒ではあるが、これをしないと当直の先生の見回りに漏れ無くチェックされて翌日の生徒会の仕事量が倍になる。ちなみに実証済みだ。
「まあ今日の分の仕事は終わったんですけどね」
口だけ俺に返事してこちらに目もくれず、パソコンの画面に向かってひたすらキーボードを叩く一色。
「会長、あそこに置いてあるプリンターって使えましたっけ?」
暫く開いてすらいない戸棚を指さしながら一色が言う。確かそこには、パソコン周りの機材なんかが収納されていたはずだ。もっとも、俺が使う機会はない。使い道が分からないともいう。
「多分使えると思うが。確か、予備のインクもあったんじゃないか。何に使うんだ?」
「いやまあ、ちょっと」
言葉を濁す一色。何か調べ物でもしているのだろうか。またよからぬことをしていなければいいのだが。
「まあいいけど」
これでいて翌日分の仕事までやっているとなれば評価に値するが、流石にそれはないだろう。
「俺はそろそろ帰るが、お前はどうする?」
「私はもう少しやることがありますので。会長は先に帰っていてもいいですよ」
「鍵はどうする? 預けておいていいか?」
「いえ、大丈夫です。合鍵持ってるんで」
そう言って一色はポケットから銀色に光る真新しい鍵を取り出した。
「お前いつの間に」
「この間会長が寝ている間にポケットから少し拝借して型を取りました。会長のセキュリティはガバガバですね。そのうち空き巣にやられますよ?」
「それ犯罪だからな? そして俺は帰る」
「はいさようなら」
「俺の明日の分の仕事も終わらせてくれると嬉しいな」
「最初から私に丸投げしてるのに何言ってるんですか。というかさっきも似たようなこと言ってませんでした? 痴呆ですか?」
「お固いなあ」
やれやれと言いながら扉を開けて、外に出る。扉を閉める間際一色の方を見ると珍しくパソコンから顔を上げてこちらを見ていた。俺が手を振ると、思いっきり睨まれた。俺は一色の視線を遮るように扉を閉める。がらがらぱたん。
「明日も彩乃に睨んでもらえると嬉しいなぁ」
夜に突き落とされようとしている日の光で真っ赤に染まった空を見上げながら、俺は帰路につく。