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五月十一日 その3


「あれ~、会長さんも学食で晩ご飯ですか~?」

 なんということだろう。俺が学食に行くと、いつも座っている指定席には先客がいた。漆巴守、そして彩乃だ。身につけている白いエプロンと三角巾は学校に置いてあるものだろうか。二人とも背が低いせいで、小学校の給食当番と言われてもあまり違和感はない。

「家庭科室から漂ってくる匂いを嗅いでいたら無性にカレーが食べたくなってな」

「そうなんですか~。カレ~、美味しいですもんね~」

 漆巴守の間延びした喋り方のせいでカレーがカレーでない別の料理のように聞こえるが、間違いなく漆巴守の言う『カレ~』は『カレー』だ。実際、彼女の右手には今学食のCurry用の大きなスプーンが握られている。

「二人とも、調理実習でカレーを食べてきたんじゃないのか? 食べ比べでもするのか?」

「嫌ですね~、そんなに食べたら太っちゃいますもんね~」

「……そうね」

 俯いたまま一言だけ呟くように言う彩乃。手元にはカレーうどんの大きめの鉢が置かれている。俺が先程生徒会室を出る前に一色にしたように手を振ると、彩乃は隣の席の人がすすったカレーうどんの汁がシャツに飛んでかかった時のような目でこちらを睨んできた。ぞくぞくする。かわいい。

「出来上がる直前に家庭科の先生が味見に来ていたので得点は無事に頂けたんですが、お皿に盛り付ける直前にカレ~の鍋をひっくり返してしまって、大惨事だったんですよ~」

「ごめんね卯美々ちゃん、私が手を滑らせなければ……」

「気にしないで~、私が彩乃ちゃんの後ろにぼ~っと立っていたのも悪いんですし~」

 なるほど、そういうわけで彩乃はあまり元気が無いらしい。それにしても彩乃はそこのところそつなくこなしそうなイメージなのに、意外とドジっ気があるのだろうか。エプロン姿で尻もちをついて目を潤ませている彩乃を想像する。かわいい。

「もともと今日の調理実習のカレ~を晩ご飯にする予定だったので、こうして学食でカレ~を頂いてるんですよ~」

「なるほど、ちなみに俺はお前たちの作るカレーの匂いに誘われて」

「それはさっき聞きました。痴呆ですか?」

 そう言って彩乃はポケットに手を伸ばしおなじみの業務用ドライバー……を取り出そうとするが、その手はすかっすかっと空を切る。彩乃はドライバーをブレザーのポケットに入れているので、エプロン姿の今は手元にない。

「……ちっ」

「彩乃、舌打ちは口で言うものじゃないぞ。俺はそんなお前も可愛いと思うけどな」

「……ドライバーじゃなくても刺すことはできますよ?」

 そう言って彩乃は学食のテーブルに見を乗り上げて、向かいに座る俺に向かってカレーうどんの箸をつきつけようとする。

「おおっと」

 箸を持った手首を掴んで受け止める。が、よく見るとその手に握られている箸は一本。

「ぐさ~。スキありです~」

「うおおぉ!?」

 背後に殺気を感じたと思うと、次の瞬間には既に俺は背中に箸を突き立てられていた。漆巴守だ。

「会長さん、背中がスキだらけですよ~」

「刺してから言っても遅いだろそれ! と言うかカレーはシミになるからあまり歓迎できる状況ではないのだが」

「大丈夫ですよ~、ちゃんと彩乃ちゃんが最後に舐めるのを確認してますから、先っぽだけならカレーは付いてないはずですよ~」

「なるほど、それなら俺のシャツは無事だな。むしろごちそうさま。お代わりはあるか?」

「はい~、お箸は二本で一膳ですからね~」

「卯美々ちゃん、私怒るよ」

「あら~、ごめんね、ちょっと調子に乗っちゃった~」

 漆巴守は俺に刺していた一本の箸を彩乃に返す。

「……会長もそろそろ手離してもらえませんか?」

「ああ、すまんな、白くてすべすべだったからつい見とれてしまった」

 俺はしぶしぶ手を離す。できればもっと触っていたかった。すりすり。

「会長、食べ終わったらちょっと待っててください」

「お、何だ? デートのお誘いか? それとも愛の告白か? 俺はお前みたいな可愛い女の子ならいつでもウェル……」

「後でドライバーを持ってきますので、さっきみたいに刺されるのとグリップ部分で殴られるのとどっちがいいか選んでおいて下さい」

「なんだ? 俺は決して焦らしてるわけではないぞ。焦らされるのは嫌いじゃないが。なんなら今すぐでもいいぞ? さあ俺に告白……」

「刺すのと殴るのと両方に決定しました本当におめでとうございます」

「そんな殺生なー」

 ふと彩乃の隣を見ると、漆巴守は半笑いで俺と彩乃のやりとりを眺めながらもぐもぐとカレーを食べ始めていた。

「むむむ……」

 彩乃も俺と同じようにそんな彼女を見たのか、ぞぞぞぞぞぞぞと音を立ててカレーうどんをすすり始める。香辛料の香りが俺の鼻にも伝わってくる。

「俺も食うか……」

 座っていた椅子を下げて立ち上がる。彩乃と漆巴守は微塵も気にする素振りを見せずに麺をすすり、米を咀嚼する。俺はてくてくてくと食券自販機の前まで行き、ポケットから財布を取り出し、財布から小銭を取り出し、自販機の小銭入れ口にちゃりんちゃりんちゃりんちゃりん、カレーライス、カレーうどん、カレーラーメン、カレーそばの中から……ん、カレーそば……? ……まあいい、その中からカレーうどんのボタンを押し、うぃいいんがっちゃんがっちゃん、「カレーうどん」と印字された食券が出てくるのを待って受け取り、じゃりんじゃりり、お釣りの小銭数枚を財布に戻し、てくてくてくてくてく……とカウンターの方に歩いて学食のおばちゃんに食券を差し出しながら、

「カレーうどんひとつ下さい」

「あら、もうラストオーダー過ぎてるわよ?」

 まじかよ、と壊れていない側の時計に目をやると、確かにラストオーダーの午後六時を数分過ぎていた。

仕方ない、と思い一度出した食券を引っ込め、とぼとぼとぼと元いた席の方に戻る。よっこらせと腰を下ろし、ふぅ、と一息つき、彩乃の方に向かって食券を差し出す。

「なあ彩乃、その食べかけのカレーうどん、言い値で俺に売ってくれないか」

 彩乃はぞぞぞともう一口うどんをすすってから、じっとりとした目で俺を見ながら言う。

「馬鹿なんですか?」


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