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四月十日


『あの、そこの人がまな板に乗せられた魚みたいな目でこっちを見てきてすごく気持ち悪いんですけど』


 一人の少女がそう言った瞬間、全校生徒の目が俺に向けられた。

 そのおびただしい数の視線のど真ん中で、俺は壇上の彼女をじっと見る。



 それは入学式の最中のことだった。式が行われている体育館の壇上に登った一人の生徒。その歳の少女にしては落ち着いた声で、新入生代表の挨拶を読み上げ始める。

『新入生代表、天之川あまのがわ 彩乃あやの

 声量があるわけではないが、よく通る声。

 彩乃と名乗ったその少女が言葉を口にする度、体育館に漂う退屈な空気は外へ外へと追いやられ、やがて窒息させられてしまうような気さえして俺はその声の主に目をやる。

 同じ様に感じた生徒は多く居たようで、少しずつだが確実に、壇上にその場の視線が集まっていく。

 が、突然、彼女はその声を止める。

 新入生の間でざわめきが起きる。

 困ったように顔を見合わせる教師。誰も動こうとはしない。

 彼女の表情は変わらない。緊張で続きを読むことができなくなってしまった、というわけではなさそうだ。

 暫くの間。やがて、痺れを切らしたかのように、放送部員らしい二年生が駆け寄る。少し身長差のある彼女の横で身をかがめ、どうかしましたかと尋ねる。が、彼女はやはり表情は変えずに、マイクを持っていない方の手をゆっくりと上げ、――今しがた挨拶を読み終えたばかりの生徒会長の方をまっすぐ指差し、言う。

『あの、そこの人がまな板に乗せられた魚みたいな目でこっちを見てきてすごく気持ち悪いんですけど』

 首から上にどくどくと血が上る感触。無意識に足の指をぐっと握りこむ。が、すぐにそんなことはどうでもよくなった。

 今、俺に向けられている視線の中の一つ。

 運命なのかもしれない。ついに俺は見つけたのだ。

 彼女は死んでから数日経った魚を見るような目でこちらを見る。

 俺から見えるその目は、とても、

 とても、とても、とても、

 とても、とても、

 とても、



 とても、じっとりしていた。


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