先輩、僕の話が好きなんですね
「あ、先輩……」
十分前行動を心掛けて待ち合わせ場所の駅に着くと、悠里君は既に自分を待っていたのだった。なんか悪いな。いつも待たせて。
季節は秋である。彼が着ているのは、ゆったりシルエットのハイネックセーター。淡いベージュ色、編み目がざっくりした厚手のやつ。下は細身の黒いパンツ。スキニーじゃなくて、スリムストレート。足元には黒い革靴。靴先が丸めのやつ。
セーターの前の部分をパンツにタックインとかしているけど、こういった小技は身長のある彼だからこその芸当であり、平均身長ぴったりの自分がすればそれはまあ酷い結果になる。別に羨ましくなんてないけど。
「あのさ……」
「あ、あの……」
会話ができるほどの距離に近づくと、自分と悠里君は同時に口を開いた。今日の悠里君、どうも様子がおかしい。挙動不審というか、緊張しているように見える。彼が何を言いたいのかは知らないけれど、自分にも一つ、はっきりさせておきたい事があった。
「え、何?」
「いえ、先輩からどうぞ」
「いいの?」
「ええ」
「……いや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。変な事聞くかもだけどさ」
「なんです、もったいぶって」
自分だってちょっとどきどきしているのだ。深呼吸して落ち着いて、ここ最近ずっと気になっていたことを切り出した。
「たまたま、偶然、『ゆーりゆーり』っていう名前で小説投稿してない?」
自分のその質問に、悠里君の目はまん丸になった。
「……んなっ!」
それから顔は紅潮し、そして身体が強張った。そして頭を抱えた。
◇◇◇◇
彼が正気に戻るまで、数分の時間を要した。リアルバレ、それはキツイものがある。わかる、わかるよその気持ち。ジャンルがジャンルだしな。
正気に戻ってからも「先輩に知られてしまった、死にたい」なんて言っている。大丈夫、ダメージは君の方が大きいかも知れないけど、こっちだって知られたくないことを知られてしまったのだ。いっそポジティブに考えよう。お互いを高め合うWeb作家仲間だと。
「いやなんかごめん」
全てを知り、心ばかりのごめんを聞くと、悠里君は諦めの表情を見せた。
「いや、いいです……まさか先輩相手にアドバイスを乞うてたなんて……というか僕が書いた話、読んだんですね……」
「うん、でもそこはお互い様というか」
「そういうことにしましょう……」
そうして悠里君は、はあとため息をついて、続けた。
「でも、先輩、僕の話が好きなんですね。それは嬉しかったです」
そう言って、いつもの少年のような笑みを作ったのだった。
『ゆーりゆーり様の物語、自分は好きですよ』
アドバイスを送る際、そうメッセージを送ったのは確かに自分だった。
「……立ち話もなんですし、お店に入りましょう。お好み焼きですか?奢りますよ」
「いやだから奢りはいいって」
「まあまあ、口止め料と思って。行きましょう」
そうして歩き出したところで、偶然自分と彼の手が触れ合った。
悪い気は、あまりしなかった。
「そういえば悠里君も何か言いたいことがあったんじゃ」
自分のその問いに、悠里君はぽりぽりと頬を掻いた。
「ああ、ええと……なんと言いますか……せ、先輩……」
◇◇◇◇
後日、未完だった彼のボーイズラブ作品はハッピーエンドを迎えた。彼の小説の主人公が先輩に対して抱く感情は、はたして尊敬だったのか、好意と呼べるものだったのか。それは自分を含む読者しか知らないことである。
読んでくださり、ありがとうございました。