ゆーりゆーり様の物語、自分は好きですよ。
ゆーりゆーり様は短編エッセイの他にも連載物のガールズラブ、ボーイズラブ作品を数点投稿している。そして、連載物の全てが未完。更新は滞っていた。
その中でもひときわ労力をかけている話が一つ。話数二十五話、文字数は五万字を超えている。それは書く人が書けばあっという間の文量なのだけれど、実は結構長い道のりだったりするのだ。そして肝心の内容は。
「いや面白いじゃん」
自分の正直な感想である。主人公はとある大学生。ひねくれ屋だけど実は優しい一面もある大学の先輩のことがだんだんと気になり始め、自分の感情に戸惑いながらもその先輩のことが好きなっていくボーイズラブ。
自分はこの手のジャンルに明るくないけれど、空気の読めない先輩に後輩の空回り、そんな大学生の日常がギャグタッチで描かれていて素直に面白い。
こんなに自然に書けているのになぜ終わりまで書かないのだろうか。自分の作品を読んで感想を書くくらいだから、時間はあるはず。プロットなしで書き始めて、その後の展開が思いつかなくなったというパターンだろうか。それとも読者がいないと書く気が出ないかまってちゃんタイプなのだろうか。それとも何か、他の理由があるのだろうか。
悠里君疑惑のこともあり、書き手本人のことが気になる自分は、探りも兼ねて感想を書き残すことにした。
『こんにちは。キャラクターが生き生きしていて面白いです。続きが楽しみです』
無視されることも覚悟の上だったけれど、意外と返答は早かった。
『感想ありがとうございます。更新が滞ってしまい、申し訳ないです。
実は今後の展開で悩んでいます。アドバイスなどいただけたら嬉しいです('◇')ゞ』
まさかの顔文字。そしてアドバイス歓迎。百合タグの件では意見は違えど、その返信にはつい助言を書きたくなる人懐っこさがあった。言葉通りに受け取っていいものだろうかとも悩んだけれど、やっぱり作者本人のことが気になる自分はアドバイスを書いてみる。
『今後の展開で悩まれているということですね。結末は決まっているのでしょうか。面白いことを書こうとか、無理に個性のある新しいことを書こうとか思わず、まずは結末を定めて、そこに向かってゆっくりと書かれるといいと思います。行き詰った時はご自分の体験や思い、他の作者様のいい点を参考にしてもいいのではないでしょうか』
自分の意見を正直に書いたところでなんだか偉そうだなと思い、一文を付け足した。
『偉そうですいません。あくまで自分の意見です。ゆーりゆーり様の物語、自分は好きですよ』
◇◇◇◇
「あ、先輩」
「お、悠里君」
その翌日。借りていた本を返すために大学の文芸部の部室に寄ると、悠里君が一人で長机に陣取りノート型PCとにらめっこをしている。彼が酔いつぶれ、そして悠里君ゆーりゆーり疑惑が浮上してから数日。彼に会うのはそれから初めてのことだった。
小説を書くことも、そもそも読むこともあまりしない彼が文芸部にいるのは珍しいことだった。何をしているのだろう。ゆーりゆーりとして物語の続きを考えていたのだろうか。どうなのだろうか。
「なんか機嫌良さそうに見えるけど」
「ふふ、わかりますか」
内心恐る恐る探りを入れてみると、悠里君は疑うことなくあっさり乗ってきた。
「僕、会報にはエッセイしか書かないじゃないですか」
「アルコールエッセイね。お酒あんまり飲めないのに」
「でも、物語もちょっと書けそうなんです。アドバイスをしてくれる人を見つけまして」
それ、もしかして、いやもしかしなくても自分のことだろうか。これはいい会話の流れ。そう思った自分は、悠里君のPCを覗こうと彼に歩み寄った。
「お、今書いてるの。じゃー見せて」
しかし悠里君はというと、一瞬でバタンとPCを閉じ、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、自分の肩をガシンと掴んだ。
「いやいやいや、無理です無理。人様に見せる物ではないといいますか先輩に読まれたら死ぬといいますか」
「え、今書いてたんじゃ」
「いや駄目です先輩には見せられません」
そう言って、悠里君は小説を読まれることを断固拒否するのだった。仮に自分の某小説投稿サイトでの活動がリアルバレしそうになったとしたら同じ反応をするだろうけれど、ごめんな。君がゆーりゆーり様だとしたら、君の話はもう読んでるし、アドバイスをしたのも自分だ。世界って狭いな。
悠里君の名誉のためにもそれ以上は追求はせず、借りていた本を部室に残して自分は帰宅することにした。
夜になって小説投稿サイトのユーザーページを開くと、お気に入りユーザー欄の「ゆーりゆーり」の隣にハートマークがついていた。どうやら相互のお気に入りユーザーになると名前の横にハートマークがつくらしい。ゆーりゆーり様が自分を受け入れてくれたことを、素直に嬉しく思った。
次話「この感情は、尊敬なのか、好意なのか」