ジャンル分けのできない人って、救いようがない阿保だと思いませんか。
「遅いですよ、先輩」
街の駅前に十分遅れで到着した自分を見つけると、後輩君は不機嫌そうにそう洩らした。この青年、名を悠里君という。この街唯一の大学の経済学部に通う四年生。文芸部所属。部の会報には酒飲みエッセイを寄稿している。お酒苦手なのに。
細身で長身。イケメンではないけれど、どこか憎めないやさしい顔立ち。髪型のほうは、前髪はボリュームを残し、耳の周りと襟足は綺麗に整えられている。ジブリヘアーとでも言おうか。流行りなのかは分からないが、彼にはよく似合っている。
シンプルさを好む彼は淡いブルーのストレートジーンズに、ピンクと白の細かいストライプが入ったシャツを着ている。ボタンを外し、少しだけ開かれたシャツからはきれいな鎖骨が見え隠れしていて、自分などはついつい目がいってしまうのだった。ラコステの白のスニーカーとこれまた白のソックスは、見る者が見ればアクセントなのだろう。
十分の遅刻だということを見せつけるために、悠里君は右手首に巻いた腕時計を突き出した。時刻は十九時十分。まぎれもなく十分遅れだ。すまん。しかし彼の腕時計、どうも目立つというか。
「その腕時計」
「はい?」
「女物?」
「あー、確かそうでしたね。……似合いませんか?」
「いや、似合ってるけどさ」
「ふふ、ありがとうございます」
そう言って、彼は不機嫌顔を止めて嬉しそうに微笑んだ。その時計、CLUSEと刻印された、女性向けの、小さめの四角い腕時計だった。加えて右利きの彼がなんで右手首に腕時計してるんだという質問は意味をなさない。利き腕とかジェンダーとか、そういうのを知ってか知らずかまったく気にせず身に着けて、そしてそれが妙に似合っているのが悠里君という爽やかな男だった。
「でも、褒めて話を逸らさないでください。遅刻は遅刻ですよ」
「ごめんごめん、ちょっと書き物してたから」
心にもないゴメンを言う、自分の名前は翔理という。法学を学んでいて、悠里君と同じく文芸部に所属している。これまでに一浪一留しており二十四歳。ひねくれた性格も災いして大学の知り合いからは若干距離を置かれているが新しい友人を作ることは既に諦めた。
「しょうがないですね。でも翔理先輩も、今日も素敵ですね」
腕時計を褒められて嬉しかったのだろうか。さっきまで不機嫌そうな顔を見せていた悠里君は、自分を見てそう言ったのだった。無論、お世辞だ。自分の容姿は別段褒められたものではない。中肉中背、顔も普通と思いたい。そしてファッションセンスは「テロリスト」と言われるくらいには壊滅的。
見た目で個性を出してもしょうがないから、普通のワイドめなジーンズに、普通の黒い無地のTシャツを着ている。足元にはビルケンシュトックとかいうブランドのサンダル。何を隠そう、全部悠里君が選んでくれた物だった。
服を買うにも何をするにも、「まったく先輩には僕がついていないとまったく」と言いながら気さくに接してくれる悠里君は、大学での唯一の友人だった。ありがたいけれど、むしろなんでこいつが自分にかまうのか、はっきり言ってその理由は不明だった。
「悠里君お好みの、全身無個性マンですが」
お世辞だと分かってはいても、真っ直ぐに素敵ですなんて言われるとちょっと照れてしまう。照れ隠しのため、ちょっと皮肉っぽくそう答えた。しかし後輩君はというと自分の照れには気が付いていないようだった。それどころか畳み掛けてきた。
「ふふ、嬉しいです。先輩が僕の選んだ服を着てくれて」
「お前さ……」
その台詞を性別の異なる誰かに吐くことができれば、悠里君も自分と飲み会をする暇もないくらいには人生を楽しむことができるはずなのだけれど。どういうわけか彼は自分との酒の席は欠かさないのだった。そんな自分の思いを知ってか知らずか、悠里君はお腹のあたりをさすった。
「実は今日、何にも食べてなくて。ビールの前に胃に何か入れていいですか」
さっきまで悠里君が不機嫌そうに見えた理由は、自分の遅刻と空腹なのだろうか。それにしても一日何も食べてないなんて。一食でも外せばお腹がぐーぐー鳴り響く自分からすれば、それはちょっと理解しがたい。もう夜だぞ。どんな身体してるんだこいつ。憂鬱でケーキも食べられないお姫様か何かか。
それはそれとして、何か食べたいのは自分も同じだった。作品への感想にちょっとイラッとして、健康に良くない油の多いものを食べたい気分だった。
「……お好み焼き食べたいんだけど、いいかな?」
「いいですね!」
成人してからもう二年経っているはずの彼は、自分の提案に少年のような笑みを浮かべるのだった。自分はこの笑顔を見るのが好きだった。なんだかんだ、彼は可愛い後輩で、そして自分が唯一気を許せる友人だった。
◇◇◇◇
じゅーじゅーと音を立てるえび豚ミックス玉を綺麗に切り分け、ふーふーと冷ましながら口に運んでいく後輩君は、見ていてそれなりに可愛いものがある。彼はさっきから何か話をしているけれど、どうせ大したことではないだろうから気にせず無視して後輩君の動作を観察していると、視線に気づいた彼はお好み焼きを勧めてきた。
「先輩、おいしいですよ。食べますか」
どうやら食い意地がはっていると思われたらしい。一口サイズに切り分けたお好み焼きを自分に向けてくる。いやそれ、「あーん」のやつだろ。恥ずかしくてできるか。こっちは二十四の男だぞ。お前ももう二十二だろう。
「いや、いいです。自分にはシーフードミックスがありますので」
「そうですか……」
少しだけしゅんとした様子で、悠里君は「あーん」されることのなかったえび豚ミックスを自らの口に放り込み、他人よりも高めの喉仏をごくごくと動かしながらビールで流し込んだ。そしてゴンッとジョッキをテーブルに叩きつけて、言い放つのだった。
「それでですね、先輩。ジャンル分けができない人って、救いようのない阿呆だと思いませんか!」
……あ、ごめん、話聞いてなかった。
次話タイトル「異物を飲み込むことができるか、それは読者のキャパシティにかかっている」




