東京オリンピック
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2020年8月、東京オリンピックは予定通り開催された。斎田稔は、オリンピックは会場で見たかったが、待ち望んでできた長男の翔はまだ1歳であったので、会場にはとても行けず妻の涼子と共に観戦はテレビである。
今テレビには、400m男子リレーの予選が映されているが、土曜日のその日は稔の父の博、母の夏江と共に初孫の顔を見に来ている。60台前半の父はまだまだ元気で、ちょくちょく海外にも行っているが、今はアフリカでの長期の滞在からの一時帰国である。
「この男子400mは期待できるらしいな。サニブラウン、桐生、小池と9秒台ランナー3人に最近では多田も9秒台を出したというから、世界的に見ても最強の一角だろう」
博が画面を見ながら言うのに、稔が応じる。
「うーん、いいとこにはいくと思うけど、ちょっと金に届かないかな。やはりアメリカ、ジャマイカ辺りにはかなわんでしょう」
しかし、テレビではちょうど解説者が、その説明をしている。
「日本チームのメンバーは、持ちタイムでは出場している16チームの中で上位20人に入っています。平均タイムはトップとは言えないのですが、走り方、バトンタッチについては研究しつくしており、とりわけバトンタッチにおいては芸術的なまで磨かれています。
そのあたり、メンバーとしては明らかに日本より勝っている、アメリカとジャマイカは割とおおざっぱというか、それほど練習はされていないようですので、日本チームにも十分金メダルのチャンスはあります。その洗練された走りは、この予選第2組の走りで見えてくると思いますよ」
まさにその通りで、ピストルが鳴って第1走者の多田は前傾姿勢から、しなやかかつ豪快に動き出して加速する。60mあたりでトップスピードに達して、バトンタッチ位置までもがいてスピードを保ち、そのスピードのままで次の走者が加速するところで渡す。
次の走者はバトンを受け取った時点ではすでに加速を始めているので、自分のノルマの約100mを8秒後半で走りぬける。最終走者は必死でトップスピードから速度が落ちないように走り抜ける。ゴール!予選2組8チーム中1位である。37秒52、十分な記録だ。この組にはジャマイカも入っているが、エース2人は入っていないそのチームで日本に遅れること、0秒02の2位である。
「うーん、凄いね。滑らかだな。綺麗だ。これは期待できるぞ。それにしても、日本人が100m走で世界のトップを争えるなんてなあ」
父の博が感激して言うが、こういう場合稔はすこし反抗したくなる。
「たしかに予選で1位は凄いよ。でも全体では2位、1組のアメリカには勝っていないし、そのアメリカもエース温存だし、同じ組のジャマイカもそうだ」
「うん、そうだな。まあ、確かに個人の100mでは小池が3位に入って、1位アメリカ、2位ジャマイカだった。しかし、日本人の3位と言うのも凄いよ。むろん、その記録は世界記録には届かないけれど、以前は100mなどの剥き出しの力の勝負である勝負では日本人の体の構造からして、決して勝てないと言われていたんだ。
でも、100mは走り方などを詳しく分析研究して、ベストの状態を作り上げることで記録はもっと伸びるというんだな。実際に伸びたその成果が、どんどん生まれている9秒台のランナーだ。それと、心理的な壁を破ったというのが効いているらしいな」
「心理的な壁?」
「ああ、日本人には9秒台は無理だという意識があったようだな。それを桐生が破った途端に破る走者がどんどん生まれている。まだまだ、その壁を破りそうな候補は沢山いるらしい。まあ、それはそれとして、400mリレーなどは100m走よりまだ研究の余地があって、それを日本チームは実践したというな」
「というのは、どこか大学とかが協力しているとか?」
「ああ、鹿屋体育大学が協力しているらしい。それで、ベストの状態を設定してそれを元に猛練習をしたらしいぞ」
「なかなか、日本人らしい話だなあ」
稔は父の話を聞いて慨嘆するが、父の好きな話題に話を変える。
「それにしても、北朝鮮はなくならなかったね。中国軍は北を一旦は制圧したけれど、結局傀儡政権を作って引いちゃったな」
「ああ、メリットがないからな。北朝鮮と言えば人口は2500万くらいか。その人口が、中国の最も貧しい自治区より何倍も貧しい訳だ。まあ、世界最悪の治政で2世代以上を耐えてきた民族だから、それほど反抗的ではないだろうが、内国化して他と同等の扱いを要求されても困るということだな。
しかし、中国もなかなか全途多難だろうな。北朝鮮という国は極端に強圧的な姿勢で、平壌に住む連中が貴族でそれ以外が奴隷というような所謂貴族制じみた制度だ。しかも、漏れてくる情報からすれば、民に教育を施すと反抗的になるということで、その奴隷にあたる大多数の国民には碌な教育をしていないようだ。
つまり、農作業や、工場で監督の言うとおりには働けても、自分で考えて判断するという部分ができないということで、北の人々は極めて質の低い労働者であるということだ」
「うん、そういう話は聞くね。それで、中国は朝鮮半島を結局どうするんだろうな。アメリカは完全にではないけれど、軍は引いたし、戦略物資であるDRAMの生産を事実上韓国ではできなくさせてしまった。だから、世界一位のDRAMの生産者であったサムヨン電子は本社をアメリカに移したし、4位だったSKソニックスもシンガポールに移した。
もっとも、韓国でDRAMなどハイテク製品の生産ができなくなったのは、日本から必要な部品、資材が入らなくなったからなんだよね。日本としては、韓国の白政権がDRAMなんかの工場が止まって、あまりのインパクトの大きさに過去の戦略物資の貿易問題の不始末をしぶしぶ認めて、再発防止を約束したところで輸出を認めるつもりだった。
しかし、知っての通りアメリカがストップをかけたんだ。日本は北への密輸を疑ってはいたが、証拠は握ってはいなかった。それに、韓国のGDPの20%を握るハイテク産業を止めた場合には、それこそ韓国は事実上経済的には焼け野原になって、韓国人からの恨みはいつまでも消えないという思いもあった。
ところが、アメリカは行方不明だった日本発の戦略物質を北へ流した証拠を握っていた。それと、すでに中国とは北を潰す条件として韓国を売り渡すことで打ち合わせ済みだったから、ハイテク製品・部品を量産できるシステムを残すつもりはなかった」
そのように稔も半分ほど知っている話を父は説明する。
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その後も、父は説明を続けるが、稔のしてみればよく知っているな、どうせインターネットで仕入れたのだろうと感心して聞いたが概ね以下のような話であった。
アメリカは、だから韓国と日本との手打ちが決まろうというタイミングで、北への密輸とイランへの密輸を証拠付きでばらして、国連決議の重大違反として安全保障委員会に持ち出した。この証拠は、アメリカは日本にも知らせず温存していたのだ。
このため、日本と韓国との手打ちは、韓国がしてきた説明が全くの嘘ということが判明した上に、その違反が極めて悪質であることが判明したことから当然霧散した。
「まあ、こうなると現政権が変わるまでは、輸出許可は出せないな」
重要な情報を秘密にされたあげくアメリカに一方的にリークされ、あまり面白くはなかった日本の阿山首相はそう言ったと週刊誌に書かれたものだ。
このアメリカの発表の翌日、サムヨン電子、SKソニックスはその密輸に両者共に関わっていたが、政府に強制されたもので、最終的な行先は知らなかったと弁明している。そして、その発表に合わせてサムヨン電子はアメリカへ、SKソニックスはシンガポールに本社を移すことを発表した。
そのリークに韓国は沸き立ったが、それは12月14日、中国の北朝鮮侵攻の3日前のことであった。この件をばらされ、さらに金ボウクンのやけくそのミサイル発射に対応できなかったのだから、さすがの白シンパも庇いようがなかった。
さて、白は流石に自分を守るために中国軍を呼び込む決断ができず、大統領を退く決断をしたが、当然において韓国内はまさにカオスになっていた。その状態で、中国の人民解放軍が隣の北に戦力を送り込んでいるのだ。
それも当初のヘリ部隊によって、全ての政庁を押さえて占領体制を固めると、飛行場に次々に輸送機を下して燃料を始めとする機材を大量に持ち込むと同時に人員も送り込んだ。それに続いて、戦闘機を配備している。
この状態で、白は自ら政権を放り出して、しかもそれに先立って防衛を担う軍の組織も上層部にシンパの無能者を配置してズタズタにしてしまっているという行動をしているわけだ。
4機のJ31が38度線を越えて高高度で越境し、ソウル上空を通過、さらにプサンの上空で旋回して、帰り際にソウル上空3千mの上空を轟音と共に通過して、再度38度線を越えて去っていったのは、白が辞任することを発表した日の深夜であった。
ステルス戦闘機と言えども、韓国軍のレーダーでまったく検知できていない訳ではなかった。しかし、反応がごく小さかったことと、大領領の辞任、さらに北のミサイルによる被害などによる混乱を軍もそのまま引きずっていた。その状態で、その小さい反応を見つけた下士官兵が警戒すべきという報告を担当将校に上げたが、その将校は脅威を否定したのだ。
その結果、仮想敵国の戦闘機編隊が半島を縦断して、しかも首都上空は低空飛行で轟音を響かせて通過するという大失態を、嫌がおうにも国民が知ることになった。さすがに、韓国政府は中国政府に対して厳重な抗議を行ったが、中国は自分たちでなく、北朝鮮の軍が行ったことと関与を否定した。
この件は、客観的にみれば米軍が去って自分で守る以外にすべがなくなった韓国を、中国が脅しあげたということは国際社会として衆目の一致するところであった。日本とアメリカは、中国の仕業であると決めつけて強く非難したが、中国は無論とぼけ、日米ともに具体的な措置は講じなかった。
この報を受けて、韓国国民はパニックになった。白の数々の行為や言動によって事実上同盟国がなくなり、同志として持ち上げてきた北にはすでに背かれ、却って脅されていたところを、中国が北へ電撃的に侵攻して核武装を解除してしまった。
恐らくは、中国の行為はアメリカの同意のもとであろう。その間接的な証拠が、最初は日本をけしかけて、更には直接でしゃばってきて必要な材料を止めるという形で、韓国の誇りであったIT産業を壊滅に追いやろうとしている。そして、アメリカは中国に対して自分の国を売ったのだと、韓国のマスコミは絶望と共に書いている。
しかし、ポジティブな韓国人は「アメリカが逃げていくなら、中国と組めばいいのだ。この世紀は中国の世紀だ。却ってよかった」などと言っていたものだ。
しかし、アメリカの日本を始め同盟国と組んでの中国の締め付けは、2019年の時点ではまだ始まったばかりであり、その締め付けの元に中国の経済成長はほぼ止まってしまったのはその後の歴史が示す通りである。
韓国はその夜のショックで中国には全く敵わないのを骨の髄まで悟り、2年後に中国と安全保障条約を結んでいる。なお、米韓の安全保障条約は2020年、つまり今年の初頭解消されている。
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オリンピックについては、日本は開催国ということもあって、金メダル30個の目標を掲げた。この目標の達成は流石に無理であったが、22個を取って大健闘ではあった。それでも、その種目は金メダルは柔道、水泳、女子レスリングに、新しくできたバトミントン空手などが多かったが、燦然と輝いたのは男子400mリレーの金であった。
400m男子リレー決勝が行われたのは父といろいろ話をした翌日の日曜日であった。狭い稔のマンションに父母は泊められずいつも日帰りであるため今日はおらず、妻の涼子と息子の翔とでテレビ観戦である。ようやくよちよち歩き始めた長男の翔は、ソファに座った稔の膝に腰かけており、涼子はその横である。
予選2位の記録の日本には全国民からの期待が高まっており、日曜日ということもあってテレビの視聴率は40%を上回ったと後に報道された。予選を通過したチームは、予選2組の上位3位までと記録上で優位な2チームの合計8チームである。日本は予選2組目の1位で通過であり、予選1組目の予選1位はアメリカである。エース2人を温存しての予選記録1位はアメリカの層の厚さの現れである。
他にはジャマイカ、トリニダード・ドバコ、フランス、カナダ、ロシアの8チームである。日本はジャマイカには予選で勝ってはいるが、ジャマイカのエースを温存してでのことであり、当てにはならない。
解説者の立石が力説している。
「走者の100mの合計タイムで言えば、1位はアメリカ、2位はジャマイカ、3位でフランスで日本は4位です。しかし、その差はわずかなもので、多少のバトンタッチの乱れで逆転できるほどのものです。そのバトンタッチについて、日本チームはすでに芸術的なまでに洗練されていますし、4人全員を9秒台のランナーを揃えています。
だから、私は今回のオリンピックでは、日本チームが練習の成果を100%出せれば、十分金メダルのチャンスがあると思っているのですよ。頑張ってほしいと思います」
その後アナウンサーが引き取る。
「解説の立石さんの言うように、日本チーム強しの話は国民の皆さんに伝わっており、超満員の競技場の観客席の皆さんも、このテレビをご覧の皆さんも期待に胸を膨らませてごらんになっていると思います。
さあ、第一走者位置に着きました……。
スタート!日本の多田飛び出した、わずかにリード、どんどん加速する、トップスピードだ。ああ、ジェマイカ、イルリラ、スピードが落ちない、多田は3位だ、ああ4位だ、次走者の桐生にバトンタッチ、ああ1位だ、再度逆転しました。日本桐生また1位になったあ」…………「さあ、最終走者サニブラウンに第3走者の小池からバトンが渡る。アメリカが先頭、日本は3位だが、うまい。また先頭だ。サニブラウンのスピードが一番だ。アメリカとジャマイカを突き放す。1位だ、サニブラウン1位だ。しかし、アメリカ・ジャマイカが迫る、サニブラウン逃げる、逃げる!もう少し、もう少しだ。日本逃げろ!ああ、逃げ切りました。日本優勝、日本男子400m金メダルだ!37秒32、一位日本だ!」
会場は8万の大観衆による地響きのような歓声で沸く。
「さて、立石さん、言われた通り日本は理想的な走りをしたのじゃないですか?」
「ええ、その通りです。まさに理想的な走りを見せましたね。とりわけ、バトンタッチで、日本の次走者はいずれもトップのスピードでバトンを受け取っています。だから、前半でリードを広げ、やがて追いつかれますが、いずれも次走者がバトンタッチでトップに立ちました。
アンカーのサニブラウンの走りは見事でしたね。もがきぬいて、追いつかれないまま走りぬきました。いずれにせよ、チームワークの勝利でした。37秒32立派な成績ですね。あの4人は歴史を作りました」