地球寒冷化、食料合成の実現
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地球寒冷化によって、露地栽培の食料生産では到底現在の人口を養えないということが明らかになってから、合成食料を生産する必要があることが判明した。牛馬やヤギなど草食動物は、草を食べて生きていけるが、これはセルロースを分解する機能を持っているからであるが、人間や多くの動物はそれができない。
だから、露地栽培のセルロースで主として構成されている茎や葉ではなく、澱粉などで主として構成されている穀物などが食料として必要になるわけである。実のところ現在の化学工学によれば、セルロースから澱粉への工業的な変換は可能である。しかし、当然複雑な工程と多大な熱が必要になる。
さらに、だれもセルロースから変換した澱粉を主成分とする食品です、といったものを食べたがらない。加えて、そうした生産物は特に安くもなく、そうした食品を実際に市場に流すには様々な法規制を越えなくてはならないだろうだから、わざわざ大きなコストの必要なそのような工場を作るものはいないのだ。
しかし、それしか手段がないということになれば話は別である。それに、日本が主になって開発した技術は基本的に原料として動植物を使ったものであって、石油や石炭を原料にすることは考えていないので、もう少し抵抗が少ないだろう。
寒冷化によって温度が下がるということは生物的な反応速度が遅くなるということであって、生産量が小さくなることになる。この場合、食物連鎖の頂点にたつ穀物、魚類、家畜の生産はずっと下がることになるので、結果としてそれらを食料としている連鎖の最頂点に位置する人間の食料が不足するという事態になる。
「さて、原料としては植物系がパルプを軸に竹やアルファルファの栽培、さらにこれは養殖だが、昆虫のイナゴの幼虫と成虫、海でオキアミといったところかな。牛や豚、羊などの家畜については余り肥育を減らしたくはないので、先ほど言った成長の早い養殖生物による合成で餌を作りたい」
国際機関である合成食料生産機構(CFPB)の技術研究所長の美輪明人が主要幹部を集めた会議の席で言った。CFPDは寒冷化が明らかになった時に、日本で設立された同名の機関が各国から研究者を集めて国際機関となったもので、本部と技術研究所は日本の名古屋近郊に置かれている。
今のところ世に広く伝播されているのは、紙の原料であるパルプを使って食料を生産するということで、そのこと自体は人々から受け入れられている。しかし当然、パルプのみを使って、人間に必要な栄養分が摂取できる食品ができる訳はないのだ。
理想的に近い食品を製造するためには、たんぱく質な様々なミネラルを比率よく、かつ吸収されやすい形で混合する必要がある。そのためには、当然において様々な材料を確保する必要があり、それは基本的には必要な栄養素をもっていてかつ成長の早いものということになる。美輪が挙げたのはその条件に当てはまるものである。
美輪の言葉に、CFPDのトップであるスーザン・ギリヤー理事長が口を挟む。彼女は茶髪太めの『女傑』という言葉がぴったりの人物である。
「皆さんの選択が、食料増産にあたっては科学的かつ技術的に最適なものであることは認めます。だけど、私達は少し政治的な配慮も必要です。つまり、現在世界で農業に従事している人々のうちの相当な数は、もはや農業によっては生計を立てられないということなります。
私達は、それらの人々の事も考慮する必要があるのです。ジョージ、Dr.ミワの言った通りの原料を使って、従来型の農業を出来るだけ残した形でどの程度余剰人員がでるのか、試算をを頼んでいたけれど結果を教えて?」
若手の企画部門のジョージ・ルブランがためらいがちに応えるが、あまり自信がなさそうだ。
「ええ、大体7千万人になります。いくら何でも多いのではないかと、いろんな計算をしたのですが多分堅いところでこの数値です。これは純粋に働き手のみを考えていますので、その家族を入れると大体2倍になります」
ルブランの答えにギリヤー理事長が応じる。
「ううん、そうだねえ。私の目検討もそんなところね。一方で、食料合成工場のパルプの分のみで言えば、その収集、粉砕までを入れて新たにできる働き口は3百万人だね。Dr.ミワの言ったさまざまなものの収集・加工・食品化などを入れて7百万人だ。ちょうど1/10だけど、新たに生まれるこの業種は農家にくらべると生産性が高いので家族人数を加えると3倍程度に考えていいだろうね。
でも、農業は工場で加工するのに比べれば、材料は肥料のみで、圧倒的に必要な設備やエネルギーは少ない。人件費が同等にかかった場合にはコストは3倍を超えるだろうから、人件費が少なくなるのは当然だろうよ。まあ口を挟んで時間を取らせたが、食料そのものの合成について、話をして欲しい」
「ええ、現状のところは製品の形態はいずれにせよ粉体になります。パン、麺他多くの食品は小麦粉や米粉から作られていますし、合成後の製品の形態としても最も製造が容易な形です。穀物として、そのままの形で食べられているのは種として米ですが、逆にコメを作れと言われてもなかなか難しいものがあります。
また、粉体であればあらゆる材料を容易に混合することも出来ますから、食品材料としては理想的ですし、そのまま食品工場に引き渡すことが可能です。いずれにせよ最終的には食品工場に引き渡しますが、パン、麺、シリアル類、菓子、ケーキなどのメーカーに試供品を提供して、彼らが求める品質を試行錯誤しているところです。だから、主力のセルロースから澱粉への変換工場に付属して様々な混合材の製造工場が必要になります。
それでコストですが、先ほど理事長も言っておられましたが、今のところの試算では、一応先進国の標準的な原価の概ね半分程度に収まる予定です。ただ、食品会社も基本的には合成食料は天然物より30%以上は安くして売り出す予定だということです」美輪の答えにギリヤー女史が応じる。
「ふーん、それはそうだね。現在の加工食品の多くは粉体から作られるからね。製造も容易だということなら言うことはない。コメ粒の合成は無理だというけれど、コメは基本的に温暖な地方で作られているので、それほど生産量は落ちないだろうから問題はないだろうね。
しかし、天然物の作物は現状より高くしないと成り立たない。今後も続けられる農家の収量はある程度は落ちるので価格でカバーしないとね。ある程度のところは合成物で利益を出して、相殺するしかないわね。ところで、あなた達の努力とは別に地球上では、食糧増産の努力も行われています。今日はそのあたりを包括的に紹介しておきましょう。
では、FAO(国連食糧農業機関)の技術部長のサミュエル・カリバ氏に説明してもらいましょう。お断りしておきますが、G7を出資者とする我々CFPBと国連の一機関であるFAOは別の母体ですが、世界の食糧事情と現地において最も状況を把握しているのはFAOということで、我々は今後も緊密に連携をとっていきます」
地球規模の災害になりうる地球寒冷化という事態に国連は対処できないとみて、G7が結集したわけであるが、G7メンバーもFAOのこれまでの努力と築いてきたものを認めてはいた。そこで、第3世界の代弁者になっていた前局長のカリ―・ヌベバを更迭して、キャシー・ドノパンを局長に任命している。
カリバの説明が始まった。
「お手元に資料にあるように、寒冷化によって南北緯度の40度を越える地方の露地栽培の農業はほぼ壊滅的になるでしょう。しかし、飼料さえ供給されるなら畜産業は存続できますが、もちろん放牧は不可能になります。
一方で漁業については極に近い水域での漁業は凍結によってできなくなる影響で、30%程度の低減が見込まれますが、栽培漁業によってその程度は補えると見込んでいます。つまりさっき挙げた地方が大部分を占める国々の食料を在来型の農業による収穫に頼ることができなくなります。
つまり、食料の自給を目指すなら、今日の主要議題になっている合成食料に頼るしかないでしょうが、その場合も不足する原料を輸入に頼ることになります。
そして、南北緯40度以下の地方においても相当程度の露地栽培の減産は避けられませんが、品種の選択によって大きな影響は避けられると思われます。しかし、大々的な品種の転換、作物の再選択が避けられないでしょう。また、懸念されるのは野菜や果物の栽培に対する影響でして、栽培する地方が南に移動することは避けられないでしょうし、人口密集地の野菜については相当部分を植物工場による栽培に頼ることになります。
一方で亜熱帯が温帯に、熱帯が亜熱帯になるわけですので、これらの地方では状況が一変します。つまり概念的に言うと亜熱帯は温帯に、熱帯は亜熱帯になりますので、温度のみならず降雨量も一変するでしょう。とりわけ亜熱帯地方の多くが現状ではステップ気候と呼ばれる地域で、降雨量が少ないために農耕には向かない地方でしたが、今後は様変わりする可能性があります。
また、これらのステップ気候の地方は、それなりに肥沃な土質である場合も多く、灌漑さえちゃんと行えば、農耕地にすることは十分可能です。一部に塩害が起きている地方もありますが、不十分な灌漑に起因する場合も多いのでこの場合も灌漑によって回復は可能です。
実は、これらの地方を中心に、10万㎢の膨大な面積に渡る灌漑計画を我がFAOで策定していますが、結局必要な資金が得られず頓挫しています。しかし、世界に飢餓が迫る今、これらの計画を実行すべきと思われますがいかがでしょう?
また、詳細な計画は出来ておりませんが、サハラ砂漠の周辺部など、まだまだ開発可能地域はアフリカ・南アメリカ大陸を中心に莫大に残っています。これらはいずれも長大な灌漑用の導水管が必要になる点で比較的コストがかかりますが、長期的に見れば十分ペイすると考えています。
そして、実施に当たってはあのジェフティアの方式を使えばよいのです。そうすれば、国によっては大量に発生する農業関係の失業者を吸収できるでしょう。そして、それらの人々が移り住むことによって、比較的開発が遅れているこれらの地方の文化・専業レベルが大いに上がるでしょう。
まさにジェフティアの建設の結果、とりわけ周辺諸国で起きたようにね」
この黒人でケニア出身のカリバの説明は極めて熱の入ったもので、彼のこの考えにかける意気込みが感じられた。
実際のところ、ジェフティア建設後、その成功を見て似たようなプロジェクトが様々に計画されたが、なかなか受け入れ側と、進出側の利害の調整がつかず、現状では滑り出したものはない。しかし、地球寒冷化という事態が起きた今であれば、調整はつくであろうが、それは受け入れ側に大いに有利になる方向であろう。
「うーん、なかなかカリバ局長の話は勇気つけられるものではある。しかし、実際に彼の言う方向で進めば、食料の合成システムは必要なくなるのではないかな?」
ギリヤー女史が少し意地の悪い顔をして言う。
「いえ、残念ながら私の言っているプロジェクトは多数の利害関係者の調整が必要であり、さらに建設に長い期間が必要です。さらに、今後寒冷化が進む場合には、すでに予想されているように、気候の急変、それに大規模な嵐や干ばつと豪雨が繰り返し起きます。
私が言ったような必要な施設の完成と、その実際の農産物を待っていると、多数の餓死者が出ることになるでしょう。そのために、食品合成の実施は是非とも必要でしょうし、また一旦そのような多大な投資を行った場合には簡単にその施設の廃棄も出来ないでしょう。
だから、私が言ったような現在の亜熱帯、熱帯の穀倉化は進んでいくと思いますが、食料合成とバランスを取りながらのものとなります。そして、世界の食料需要を満たすための戦いは、今後長い間続くと思います。
その際に極めて重要なのは、国の位置づけが急速に変わってくる中で、それぞれの国のエゴは捨てなくてはならないということです。現在、北に位置する国々は、広大な土地と豊かな資源を持っているためもあって、豊かな国々が多いことは事実です。そして、赤道に近い亜熱帯、熱帯の国々は比較的貧しい。
しかし、寒冷化の結果、北の国々の資源が豊かであることは余り変わらないとしても、その国土は気候という面では劣悪な状況に置かれることになります。このことのみを考えても、今後世界の人々がより密接に協力するべきだと思いませんか?」
その言葉に、美輪がおおいに賛同する。
「カリバ局長、その通りです。我々の開発した食料合成工場は、北半球の人口の多い国々で主として建設されるでしょう。それは、これらの国々が食料の生産を握っておきたいという、他に対する猜疑心の故です。
しかし、パルプはまあ、北の国々で生産できるでしょうが、様々な食品として添加しなくてはならない原料は生産効率の良い南の国々で生産されることになります。その生産そのものは、今そのプランテーションの建設や採取のシステム作りを実施し始めている段階です。
そして、その段階ではこれらのホスト国になる国々の全面的な協力を頂いております。先ほどカリバ局長の言われた、気候の激変について今はまだ小康状態ですが、来年には大荒れになって、農業にも大打撃をもたらすかも知れません。幸いに、地球の寒冷化という危機に当たって、他国の侵略しようという国はいません。
とは言え、実際のところ様々な摩擦が激化していることは事実です。確かに自国民の命がかかっているとして、自国の我を通そうとするのは解ります。しかし、我々はぎりぎりの綱渡りで、食料合成という前代未聞の巨大プロジェクトを実行しようとしているのです。
そこにおいて、どこかの部分、どこかの国が自分の意を通そうと我を張るだけで、全体の工程に大きな遅れが生じる可能性があります。そこのところを理解してもらいたいと思っています」
その言葉を苦笑いして、ギリヤー女史が聞いて口を挟む。
「Dr.ミワ、君の言うことは正しい。その通りだ。皆も知っての通り、我々は工程表をほぼ完成した。このプロジェクトには、世界の82国が直接関係している。それらの国々が精緻に自分の役割りを果たさないと工程通り進まないことは確かだが、その工程表によると、多少の余裕はある。だが、私は多分その余裕は今後起きる気象の悪化によって消し飛ぶと考えている。
工程通り進まないとどうなるかと言えば、飢えが起きその結果としての暴動だろう。そして多くのものが破壊され、その結果としてさらなる大規模な暴動だ。残念ながら人類は十分に賢くない」
ギリヤーは少し間をおいて出席者を見渡し、言葉を続ける。
「そのためには、人々に道理を知らしめなくてはならない。それは我々管理するものの責任だ。科学者・技術者の諸君は工程通り設計、建設、運転を行うべく100%の努力をして欲しい」




