対馬事変その後
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対馬におけるその出来事は、その日の早朝6時に宗方官房長官よりマスコミに発表された。
「本日午前5時00分韓国プサン付近から、短距離弾道ミサイルが2発日本の対馬に向けて発射されました。さらに同時刻、チェンジェ付近から巡航ミサイル4発が同様に対馬に向けて発射されました。
前者2発についてはいわゆるロフテッド軌道により一旦2000kmの高空に昇って高速で打ち込んでくるもので、後者4発は高度200m以下で大体秒速600mほどで飛んでくるものです。これらはいずれも、わが自衛隊のレーダーによってキャッチされ、撃墜されました。
さらにほぼそれに呼応したタイミングで、午前5時前後に対馬海峡を越えて10機の輸送機と、6機の護衛戦闘機が対馬に接近しました。それに対して自衛隊から引き返すように警告するも聞かず、同午前5時23分我が国の国境線を越えたので、これらを撃墜しました。
これらについては、我が国への宣戦布告のない戦争行為として、わが政府は韓国政府に向けて強く抗議します。韓国政府は、最近になって対馬が歴史的に韓国領などと、全く根拠のない主張を始めており、その主張に沿っての行動であるとわが政府は判断しております。
わが政府は、韓国内に対馬を自国領であるという韓国における主張が従来よりあったのは承知しています。しかし対馬は、日本固有の領土であり多くの日本国民が住むことは国民の皆さんが良く知る通りです。その論については韓国政府自身が長く無視してきましたが、これは政府自身がそれを噴飯物であることを承知してのことだとわが政府は判断しています。
一方で、政府自身が最近になってその論に迎合したという点を、我々は懸念してきたわけですが、戦争行為というような暴挙を実行するとは、近代における政府としては信じられない判断であると考えています。
この暴挙に対して、我が国としては戦火を広げる考えはありません。また、今回の例を見るまでもなく我が国は十分に強固に守られており、いかなる軍事行動に対しても対応できる体制を整えています。しかしながら、韓国政府が近代政府として自制を失って、なりふり構わず軍事行動を拡大するなら、我が国にも少なからず犠牲が生じるでしょう。
その場合は、残念ながら我が国も報復せざるを得ないでしょう。そしてその結果は、韓国の人々が長く苦しむ必要があるほどに重大な傷を負わせることになります。韓国政府の賢明な判断を期待するものです。
さらに、今回に事変において、韓国軍に少なからぬ犠牲が生じました。韓国政府の決断の結果として、無為に散っていった方々の冥福を祈るとともに、これ以上のそうした犠牲が生じないように祈念しております」
宗方長官は、この記者会見に先立って、首相の三嶋、副長官の石山、防衛大臣の鎌田、外務大臣の江藤、財務大臣の麻山など主要閣僚と話をしている。むろん事務方も黒子で同席している。
実際のところ、日本政府は、韓国のその日の軍事行動の予定はすでに掴んでおり、これらの閣僚は首相公邸に午前3時に集まっている。この情報は、韓国にも軍や政府の官僚に政府の極端な行動に懸念を持っているものもいて、それらのソースから得られたものである。そうした人々の思想は別にして、これらの情報提供にはそれなりの支払いが伴う点はお国柄である。
「この情報は、いろいろな他のソースの情報と比べても正しいと思います。そして、彼らの進攻の方法と規模が情報通りであれば、防衛には問題ありません。ただ短距離弾道弾については、上昇中に韓国の国境線を越えた時点で撃墜したいと思っています。
上昇中は速度も低く落としやすいのと、降ってくるものを撃墜はできますがその破片による被害が否定しきれません。また、有人機である空挺の乗った輸送機と、護衛戦闘機は引き返すように呼び掛けて、返事がなければ撃墜します。ただ、これは国境を越えてですね」
防衛大臣の鎌田が淡々と言う。
「ふーん、戦後初めて我が国の戦力が、防衛のためと言いながらも敵を殺すわけだな。願わくば、これが最初のきっかけだったとならないことだな」
財務大臣の麻山が静かに言ったのに、江藤外務大臣が返す。
「ええ、そうしないのが、我々の役割りです。しかし、韓国側の戦力も中国のミサイルの供与もあってそれなりだと思いますが、鎌田さんが自信を持って確実に撃墜できると言われるのは、やはりミサイルによる防衛システム構築は有効ですね。またこの攻撃手段は隊員の死傷を考えなくて良いのがありがたい」
「さて、ではこちらの思惑通りの結果になった時の、韓国への通告はどうしますかな。なにしろ、我が国に向けて戦争行為を仕掛けて来るわけですから、ただで済ませる訳にはいかないでしょう?」
宗方長官がその眠そうに見える目をさらに眠そうにして言う。そこに鎌田防衛大臣が口を挟む。
「すこし、申し上げたいことがあります。今回、総監部から上がって来た話ですが、今回の韓国の作戦は信じられないほど雑なもので、都合の良い予想を継ぎ合わせたものだと言います。つまり、ミサイル攻撃でレーダー基地を潰した後に空挺作戦ですよね。
確かに彼らは我々のミサイルの能力を知りませんから、レーダー基地を潰せると考えるのは理解できます。しかし、その後に海からの支援もなく空挺を降下させるなどは無謀の極みです。まあ、艦艇はミサイルの餌食ですから出せないのは当然ではありますがね。それに降りるところは山また山の対馬ですよ。
降りたところで戦力の集中など出来る訳もなく、ばらばらに孤立です。たぶん、飛行場を占領してすぐに空から戦力を運び入れるつもりでしょうが、自衛隊の陸上部隊の方が数は少なくても空挺より、兵器のは能力は上ですから、実際に飛行場の占領を無理でしょう。
要は私の言いたいのは、この作戦を立ててそれを採用した韓国の軍と政府は、恐るべき無能さを発揮しているということです。まあ、韓国軍というのは実質的に実戦経験がないから仕方がないのかもしれませんがね。だから、相手に交渉というか通達する時はそのことを考慮すべきということです。つまり、普通はこうするだろうという常識が通じない相手である可能性が高いわけです」
「うん、そうですね。そういう相手はやり難いこの上ないけれど、安全保障にかかわることですからね。ただ、これをエスカレートさせることは防ぐ必要があります。そうなると彼らにとってはもっと悲惨なことになりますが、我々にとっても被害が出ないとは限りませんし、感情的なしこりが長く残るようになります」この外務大臣の話に首相が考えながら応じる。
「はい、私も戦火を拡大するつもりは全くありません。100%の防衛戦闘で、相手に犠牲が出るのはやむを得ませんが、こちらに被害がないのなら、相手を非難してそれで終わらせましょう。でもそれはこちらに被害がないとしてでも話です。事故ででも何らかの被害が生じたら話は別ですよ。
そこで、考えを整理した方が良いと思うのは竹島のことです。彼らが対馬の軍事侵攻をするという考えに至ったのは、結局竹島の件では放置してきたことが大きな原因であると考えます。だから、このことが起きて尚竹島に関して放置するのは正直座りが悪いのですよ。アメリカから声を出してもらっているのにも関わらずですね」
「しかし、首相。竹島に手を出すと韓国国民が狂いますよ。軍事的に占領は簡単でしょうが、それこそ長く尾を引きますね」江藤外務大臣が言うが、麻山財務大臣が反論する。
「たしかにそうだな。あれは一種の宗教だな。慰安婦は少しその宗教観が弱まってきたけれど、彼らの言う独島はまさに宗教だ。しかし、メタンハイドレートの商業生産の目途が立ってきたいま、彼らが竹島の領有を根拠にその権利を言い立ててきた以上は、今までのように弱腰ではいかんよね」
「どうですか。韓国の竹島の守備隊を無傷で排除して、施設を破壊して韓国軍を寄せ付けないようにする。その状態で、所有権を国際裁判所で争うのです」鎌田防衛大臣が目を輝かせていう。
「ふーん、鎌田さん、それをできる?まあ、排除はできるとしても、その後寄せ付けないようにするのは難しいよ。その中で相手の艦船を撃沈して死傷者を出すのも避けたいよね」
麻山が身を乗り出して問うのに鎌田は短く答える。
「できます。この件は防衛省内部で相当揉んだのですよ」
「うん、良い手じゃないかな。日本も裁判に負けたら渡すということだから。少なくとも公正だ。まあ、法論的にはまず勝てる裁判になるらしいけど、相手はなにしろ寝技が得意ですからね。この点は外務省が総力を挙げて取り組んでください。よろしいですか、江藤さん?」
最後に首相がこの件には結論を出して江藤が応じる。
そこに時間が来て、防衛省から対馬の戦いが目論見通りになったことを知らされた。この闘いを日本側は『対馬事変』と呼ぶことがこの席で決まり、官房長官の発表内容が練り上げられ先の発表になったわけだ。
官房長官の発表は、もちろん日韓のみならず世界的な大ニュースになった。大抵の人々が出勤・登校などで出かける前の朝食時のテレビで、人々はあらゆる番組において特別ニュースで流されるこの話を聞いている。
「ええ!韓国がミサイルを打ち込んできた?何を考えているんだ、韓国はまったく」殆どの人の印象がその声に代表されていた。
あるモーニング番組でも、官房長官の発表の録画の後に、ベテランの司会者とコメンテーターの間でこの件が話されている。もちろん急なことで軍事専門家や韓国の専門家は出演していないが、韓国については、近年何かと話題が尽きないので出演者は皆ある程度のことは言えるようになっている。
「ええと、いま録画であったように政府が言う『対馬事変』が起きました。これは韓国軍が短距離弾道ミサイル2発と、巡航ミサイル4発を対馬の多分レーダー基地に向けて発射したということです。さらには、それとタイミングを合わせて多分空挺部隊が乗っていたと思われる輸送機と戦闘機が国境を越えたそうです。
そして、これらはことごとく自衛隊の放ったミサイルに撃墜されたということで、自衛隊には一切の被害はなく、民間にも破片等による被害は報告されていないということです」
平易な語り口で人気のある司会の笠間勝が、その穏やかな顔で口火を切ると、いつも口数の多い城間由衣という太めの中年の学者であるコメンテーターが続けて喋る。
「これは政府が『事変』と言っているけど、大変なことですよ。まあ、ミサイルに人は乗っていませんが、空挺部隊の乗っている輸送機と戦闘機は当然犠牲者が出たのですよね。多分何百人の人々を自衛隊がミサイルで殺したのですよ」
「あんた。殺したって、それはそうだけど。殺さなければ自衛隊員が殺されたわけでしょう。今言っていたでしょう?武装した飛行機が引き返せと警告されたのにも関わらず、国境を越えてきたわけですから正当防衛というものです。言ったら悪いけど自業自得ですよ」
西田悟という売れない喜劇役者が言うのに続いて、学者である三村誠司が言う。
「うーん。その言い方はちょっとひどいけれど。この事変を仕組んだのは結局韓国政府でしょう?この件で死んだ人たちは政府の思惑、欲、そして愚かさの犠牲になったわけだ。大体、竹島だったら少しは自分のものと言い張れる要素はあるけど、対馬には全くないでしょう?
現実に日本人と自覚している土着の人々が住んでいる訳だから、韓国がどんな理屈をつけたって無駄だよ。もし、韓国の侵攻が成功して対馬を占領しても、日本は絶対に彼等の領主権を認めないよね。それに世界が非難するよ。しかも、韓国軍と自衛隊にも必ず少なからず犠牲者が出るし、多分民間人にも出るよ。
世界中から非難ゴウゴウだよ。いくら韓国でもそれに耐えきれるかな。本当に愚かな試みだ。日本政府として宗方長官が話をしたけど、非難は全体に抑えた論調で、戦火拡大の防止を呼びかけたのは良かったと思いますよ」
「僕は、あれはと余りにとんでもない韓国側の行為に対して弱腰すぎると思うよ。普通は宣戦布告しなきゃならない行為だよ。それをいち早く『事変』ていう呼び名にしちゃうとか甘いよ。
僕は、日本が竹島で相手の不当な占領を黙認してきたのが、相手をつけ上らせて今日のこの事態になったのだと思いますよ。だから、報復として竹島を軍事的に奪還するべきだと思います」
西田が勢い込んで言うが、司会の笠間が懸念を示す。
「うーん。韓国の国民の竹島にかける思いは日本人の想像の埒外にあります。もしそれをやると恐らく感情のもつれというか、日本に対する憎しみは凄まじいものになって回復はしないでしょう」
「しかし、そう言ったら、いつまでもこの状態は続くでしょう?さらには、以前は漁業のみの話で利害関係は余り大きいものではなかったでしょうが、例のメタンハイドレートの資源の所有権の話も絡んでいますから、いまこの際にやるべきでしょう」
西田がさらに反論するが、後のネット社会では西田の意見に賛成する者が大部分で、西田は彼らから一時期は誉め讃えられる。
とは言え、全く被害なく相手を跳ね返した日本においては、それほど感情的な話にはならなかったが、現実に犠牲者が出た韓国においてはそういう訳にはいかなかった。
韓国政府は、この犠牲者が出たことをもって、日本政府と自衛隊を非難した。しかし、世界の軍事を知るものの常識としては日本の行為は当然のことであり、犠牲になった者達は気の毒ではあるが、愚かな作戦をたてた政府と軍の上層部を恨むべきと言うことで一致していた。
そのため、世界的な大きな話題にはなったが、日本を責める意見は出ずに韓国政府を責める論調一色であった。そうした動きとは別に、韓国の国民の多くは怒りその一部は狂乱して日本政府と自衛隊を非難した。
その現れとして、日本大使館の入ったビルに対して数千人の群衆が押し寄せ、日本への抗議を行ったが、多くのものがビルに向かって石や汚物を投げつけて、ビル全体の機能を失わせしめた。
だが、大使館はその危険を察知しており、少数の幹部を除いて日本人職員には帰国命令を出して、その朝の一便で日本に帰国させている。幹部職員は、守りの固い大使公邸へ泊まり込みということで対処している。邦人へは、韓国政府の対馬の領有主張以来、帰国の勧告と残るものはアラーム手段の確保を行っている。
当日朝にはアラームシステムを使って、邦人に大使館に近づかないように警告して直ちに信用ができる場所に隠れるように呼び掛けている。それでも、数人が殴打されたりしているが、重症のものは出なかった。しかし、大使館ビルへのデモというより襲撃は、それらの中から死者1名、重傷者3名を出して今更ながら韓国の国際的な信用を落とすことになった。




