お勉強
紀元前から人類を度々脅かしていると言われている魔物。
理由は不明ながらも人類の敵である事は変わらず、古代の人間たちも神との契約を経て武神使いとして魔物を駆逐し、武勇の元に名を轟かせたのだという。
ある専門家は魔物が進化したのが動植物であり人間であると説くが、その全容はいまだ明らかにはなっておらず、現在も研究が進められている最中である。
では判明している事実で正しいのは次のうちどれか?
①生命体に対しては、動植物関係なく敵対心を持って襲ってくる。
②魔物同士で争う事もある。
③スタンピードを事前に察知できるシステムは、魔物の神経回路を元に構築された。
④魔物が発生しているのは日本だけ
「う~ん……①か③って気がするが……」
強いて選ぶなら……よし!
「答えは③だ!」
「は~いざんね~ん♪ 正解は④以外でしたっと!」
茶化しすように高遠先生の声が教室に響く。
何をしてるのかというと、無断で授業をサボった事により補習を受ける羽目になったんだ。
つまりアレだよ、番長と闘ってたら午後の授業にまで食い込んじまったのさ。しかもよりによって高遠先生の体育だったという……。
まぁ家庭科の補習を受けてる番長よりはマシかもしれんが。
「問題をよく読みなさいって。なにも答えは1つだけとは書いてないでしょ?」
「はいはい、引っかけですかそうですか」
これ、問題考えた奴って絶対ひねくれてるよな? もっとまともな人間に作ってもらいたいと切に願う。
「そもそも何で補習が筆記なんです? サボったのは体育でしょ」
「な~に? 今さら言い訳でもするの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ああ……キミはあたしの事がキライだったなのね。千夏悲しいなぁ……チラ」
体育系の年上姉さんによる可愛いキャラほどキツイものはな――
ビシッ!
「いだっ!」
「今、失礼な事を考えただろ?」
「考えてませんって!」
「そもそもね、体育の補習をしたところでキミを喜ばすだけなんだから、それだと意味がないでしょ」
「つまり嫌がらせ――」
ビシッ!
「いでっ! 二度もぶった! 父親にもぶたれた事は――」
「……あるだろ?」
「はい、あります」
「それにデコピンしただけなのを大袈裟に言うんじゃないよ、ったく……」
でも痛いものは痛い。
密かに神力を込てたんじゃないかってくらいに。
「ところでだ。話は変わるけど、キミは水泳に興味は――」
「ないです」キッパリ
「いや、なにも即答することはないでしょ。せっかく勧誘されてんだから、少しは考える素振りを見せないと。それに今なら水泳部顧問である千夏先生が付いてきちゃうぞ(ハートマーク)」
だから体育系姉さんによる可愛いアピールは逆効果だと――
ズビシッ!
「イデッ! 今度は水平チョップ!?」
「キミね、顔に出てるよ? あたしだって女なんだから、あからさまに嫌そうな顔されるとショックなんだけど。これでも一部の男子には注目されてるんだけどなぁ……チラ」
そりゃ若くて巨乳で割と美人な部類なら野郎の目を引くでしょうよ。
おまけに武神憑依したらスク水姿になるってのも要因かもな。
あとさっきからチラチラとわざとらしい。
『ケッ、見ろよあの忌々しい脂肪の塊を。あれで間抜けな男子を何人も手玉に取ってきたんだぜ? ったくとんでもねぇ先公だぜ』
――と訴えてくるのは、俺に憑依中の太郎。巨乳に対しては容赦ないな……。
先生は先生で敵を作ってるとは気付かず、胸元を強調してくるし……。
「はぁ……今はまだ部活の勧誘は始まってないでしょ? それを教師自らとか――」
「バレなきゃいいのよそんなの」
ひっでぇ不良教師だ!
「ま、強制はしないけど、キミの強さに興味があるのは本当だよ? たぶん生徒会からは絶対勧誘されるだろうねぇ」
「それは宝蔵院からも聞いてますよ」
少なくとも生徒会に入るのは御免だ。
風紀の乱れとかに煩そうだし、俺に対して見本となれとか言ってくるに違いない。
「あたし個人としては水泳部に入んないなら生徒会に入ってくれるとありがたいかな?」
「なんでです? 生徒会とか、高遠先生とは一番無縁でしょ?」
「言ってくれるねキミ……。確かに無縁だけどもさ」
認めるんかい……。
「けどね、町内の見回りとかは主に生徒会が請け負っているんだよ。だから武神使いを一番必要としてるのは生徒会なんだ」
聞くところによると、先日のスタンピードも生徒会が主体となって対処したらしい。
学校に残留する班と町内の見回りを行う班とに分かれて行動し、その結果20人近くの一般人を救助したんだとか。
その時の感謝状は生徒会室に堂々と掲げられてたりする――らしい。
「でも堅苦しいのは嫌なんで、たぶん断ると思います」
「ハハッ! 分かりやすい性格だねキミも。ま、あたしもキミの立場なら断ってるかな、放課後くらい自由に遊びたかったし」
「でしょう?」
「けどねぇ、やっぱりキミみたいに強い存在は放っては置けな――」
揺れて揺れて今ここ~ろ~が♪
「――っとゴメン、あたしのスマホだ――もしもし?」
いや、仕事中にスマホ携帯してるとか……。
『おい成、この先公を庇うつもりはないが、武神使いなら緊急連絡用のツールは所持してるもんだぞ?』
そうなのか? すまん、高遠先生。とことん不真面目な先生だというレッテルを貼るところだった。
「分かった、すぐ向かう!」
苦虫を噛み潰したような顔でスマホを切る高遠先生。何かあったっぽいな。
「悪いが幅滝、これで補習は終了だ」
「何があったんです?」
「うちの生徒がダンジョンに潜ったまま帰って来ないらしい」
「ダンジョン!」
ダンジョンというのは魔物の巣とも言われていて、頻繁に魔物が湧きやすい場所だと思えばいい。
一般人は立入禁止で、コネクト手帳を持つ武神使いのみ入る事ができるんだ。
特に自己鍛練の場として活用する武神使いが多いんだとか。
「命に関わるから強制はできないが、キミも協力してくれるとありがたい」
まるで祈るように俺の顔を見てきた。
そんな顔をされちゃあ断れないな。いや、最初から受けるつもりだったけども。
「もちろん協力しますよ。早く助けに行きましょう」
「うん、ありがとう!」
先生の車で約10分ほどの距離を走ったところで、町外れの工場地帯へと着く。
数年前にダンジョンが出現してから辺り一帯が封鎖されていて、中央にある廃工場をグルリと塀で囲っているのは、その廃工場がダンジョンだからだろう。
「コネクト手帳を提示してください」
「あ、はい!」
入口にいたコネクトアーミーに身分証の提示を求められた。
あ、やべぇ、先生は持ってるけど俺はまだ持ってねぇ!
「キミの手帳も提示してもらえるかな?」
「そ、それがですね、まだ契約したばかりで手帳を持ってないんですよ」
「う~ん……それだとここを通せないなぁ。まずは役所で手続きを――」
やっぱりか。無理やり通ると逮捕だろうし、どうしたものか……
「すいません、うちの生徒が戻らないって聞いて駆けつけたんです。彼にも捜索を手伝ってもらいたくて……」
「ああ、延滞帰還者が通う学校の先生でしたか。ですが法律で決められてる以上、手帳の提示は絶対です。それを無視するわけには……」
「そこを何とか!」
困り顔のコネクトアーミーに高遠先生が泣きつく。
おれとしても何とかしたいが……
「どうした、何かトラブルか?」
「あ、諸星さん。実は――」
入口付近のプレハブから別の人が出てきた。
この青年もコネクトアーミーなんだろうが、どこかで見たような……
「なるほどな。事情は分かったが、やはり――ん? キミとはどこかで……ああ、思い出した! スタンピードでボス級を単独撃破した高校生だったね」
「あ、俺も思い出した。ボス級倒したあとに駆けつけてくれたコネクトアーミーの!」
この諸星さんって人はスタンピード発生時に魔物を駆除して回ってた人で、ボス級であるチャージングウルフを倒したのを誉めてくれた人でもある。
「分かった、キミの実力なら問題ないだろう。この場は僕が責任を負うから、早く救助に向かうんだ」
「「ありがとう御座います!」」
話が分かる人で良かった。
俺と高遠先生は軽く頭を下げ、魔物の気配が漂うダンジョンへと突入した。