太郎お披露目
「なんだ、太郎も付いてくんのか?」
「当たり前だろ。あたしがいないと役所に登録できないじゃん」
「いや、役所に行くのは次の休みであって、これから行くのは学校なんだが……」
「じゃあ学校でもいいや」
「…………」
――とまぁ、朝になってこれから通学って時に、太郎が付いてくるって言い出したんだ。
会話の流れで察して欲しいが、恐らくは暇なんだろう。
「分かってるならいいだろ。ほら、早く行くぞ」
「行くぞ――ってお前、その普段着で校内に入るつもりか?」
「ダメなのか?」
「警備員に止められるだろ」
生徒でもないヤツは普通は入れない。
警備員に事情を説明した後じゃないとな。
「だったら説明すりゃいいじゃん。成の武神だってことをさ」
「それを証明するのにコネクト手帳が必要だって話だろう。次の休みまでおとなしく待っとけ」
「ええ~~~?」
困った顔してもダメだぞ? むしろ俺を困らせるな。
「う~ん……あ、そうだ!」
今度はなんだ?
「滅多に出ないとはいえ、魔物が湧く可能性があるじゃん? そうなるとあたしの力が必要じゃん? それに武神使いの犯罪者と遭遇するかもしれないじゃん? やっぱあたしが必要じゃん? 更に成に対して挑戦してくる武神使いが出てきそうじゃん? 絶対あたしが必要じゃん!」
「う~ん……」
そう言われると確かに不安だ。
魔物や犯罪者は除外するとして、他の武神使いが戦いを挑んでくる可能性はある。
特に昨日の一件で校内の有名人になっちまったからな。
「そうそう。それにさ、確か今日にも校長から表彰されるんだろ? そん時に何の武神か紹介してくれ――なんて言われたらどうする?」
ありそうだなぁ。でもって太郎がいなくて憑依できなきゃ全校生徒がシラケるまで想像できる。
「じゃあ付いてきてもいいが、警備員に許可されなくても駄々こねるなよ?」
「それはイヤ」
「おい……」
こんなんで時間食いたくないんだが……。
「なら太郎ちゃん、私の制服着てみる?」
「「(司)姉ちゃんの?」」
そういって自室から持ってきたのは、まさに俺が通っている学校の制服だった。
密かに俺の先輩でもあったんだな。
「多分着れると思うわ。太郎ちゃんって私より細身だから」
「サンキュー司姉ちゃん!」
姉ちゃんと入れ替わるように太郎が俺の部屋へと駆け込んでいった。
どうでもいいが、着替えるなら姉ちゃんの部屋にしてほしい。
夜寝るときも姉ちゃんの部屋で寝てるんだし。
あ、ちなみにだが、最初は俺の部屋で寝ようとしてたんだぞ? そしたら姉ちゃんが「恋人でもないのに一緒の部屋で寝るなんて許しません!」って言い出したんだ。
でもそれって恋人同士ならOKって意味だよな? 言葉のあやかもしれんが。
「ジャーーーン! どうよ?」
出てきたと思ったら目の前でクルリとターンを決める太郎。
うん、紛れもなく美少女です。ミニスカが目の保養をしてくれるのも高ポイントだ。
「だろう? よし、早く行こう!」
「――っておい、引っ張んなって」
「いってらっしゃーい」
――と、太郎に手を引かれるまま自宅を飛び出したわけだが、ここでもう一つの難関が待ち構えているとは思わなく……
「あ、おはよう幅滝くーん、ちょうど迎えに来たとこ……」
「ふぁ~ぁ。オッス幅滝――って、なんで成宮は固まってんだ?」
太郎と目が合い固まった成宮と、寝ぼけ眼を擦っている鮫島にバッタリと遭遇――というより、向こうから来た形だ。
「あ、ああ、おはよう二人と――」
「……幅滝君、そっちの人は誰?」
「え、え~とだな……」
こりゃ正直に言うしかないな。いずれはバレる事だし、今のうちに話しちまうか。
――に、しても成宮のやつ、なんだか怒ってるような気がしないでもないが……気のせいだよな?
「お、おお? おおお!? もしかしてこいつぁアレか? 隠れて付き合ってた彼女だってか!? かぁ~~朝から見せつけてくれるじゃねぇかーーーっ!」
「ちょっ、違っ!」
鮫島め、大声で叫んだと思ったら地団駄を始めやがった。
「……本当なの幅滝君?」
「いや、違うから!」
「じゃあなんで一緒に家から出てきたの?」
「し、仕方ないだろ? 武神に家は無いんだから、一緒に住む以外に選択肢はねぇって」
「ふ~~ん、ブシンねぇ……って」
「「武神!?」」
成宮と鮫島の声がハモる。この二人も実体化した武神を見たことはなかったんだろう。
姉ちゃんによると実体化の例は相当少ないらしいから、生涯のうちに生で見れる確率はたかが知れてるんだとか。
「二人にも紹介しとくぜ。俺の武神――完全燃焼の神だ」
「太郎っていうんだ、よろしくな!」
「は、はぁ……」
「お、おぅ……」
あ、急にトーンダウンした。
成宮は毒気を抜かれた顔をしてるし、鮫島に至っては頭にクエスチョンマークを浮かべてるくらいにして。
「え~と……一応確認するけれど、この人は幅滝君の武神であって、内緒で付き合ってる彼女じゃないのね?」
「おう」
「と、当然その……い、い、一緒のべべべ、ベッドに寝たりとかは――」
「「ない」」キッパリ
ハッキリと太郎に否定されるとイラッとくるものがあるが、ここは我慢しよう。
『ハッキリと否定したのは成も同じだろ? お互い様だ』
へいへい。
「「よかったぁ……」」
またしてもハモる成宮と鮫島。
いったい何がよかったのか。
「てっきり寝取られたと思ったけれど、私の勘違いだったみたい」
「俺としても先に彼女を作られちまったのかと思って、絶望しかけたぞ」
鮫島のは分かるがネトラレ? 成宮はいったい何を……いや、丸く収まりそうだし、蒸し返さないようにしよう。
そして何とか収まったところで――
「ところでさ、学校には何時までに行けばいいんだ? だいぶ時間経ったみたいだけど」
「「「あ!」」」
太郎の指摘でタイムリミットが迫っているのを思い出す。
今度こそヤベェ、このままじゃ完璧に遅刻しちまう!
「どどどどうしよう、クラス委員なのに遅刻したら、先生に叱られちゃう!」
「お、俺も、これ以上遅刻したら悪目立ちしちまう……」
「走れ、二人とも!」
こうなりゃ走る以外にない。
武神憑依できればあっという間に着くんだが、もしも誰かにチクられたら、そっちの方が厄介だ。
何せ私利私欲での武神憑依は法律で禁じられてて、下手すると停学処分――ドが過ぎると退学が待っている。
「ハァハァ……駅まで……着いたけど……」
「次の電車まで5分、学校まで10分、ちょうど今校門が閉まるから遅刻確定だ……」
魂が抜けたように二人がへたり込む。
鮫島はともかく、成宮はドンマイと言っとこう。
俺も他人事じゃないが、鮫島よりは――ん?
「なぁいいだろ? 考え直せって」
「しつこい人ね。アンタとの関係は終わったの。これ以上付きまとわないでくれない?」
反対側のホームで痴話喧嘩が発生してる。
朝の通勤時間に何やってんだか。
「このアマ、下手に出れば付け上がりやがってぇ!」
「ちょ、ちょっと痛いじゃない、放して――ヒィ!?」
おいおい男の全身から青白いオーラが出てやがる。
アレは武神を憑依させる時の光!
異常に気付いた周囲の人たちが一斉に距離を取りだした。
「あの野郎、無理やり女の人を連れてくつもりだ。――太郎!」
「あいよ!」
太郎も事情を察し、即座に憑依してきた。
「「幅滝(君)!?」」
「ちょいと一仕事してくるぜ」
武神使いが武神憑依で一般人に危害を加える――これは明らかに違法であり犯罪だ。
また、その行動を他の武神使いが黙認するのも違法なわけで、今の俺は私利私欲での憑依にはあたらない。
タンッ!
「――っと、そこまでだ未練がましい野郎!」
「誰だ! 俺が武神使いだと知ってて邪魔する気か!?」
「もちろんだ、俺も武神使いだからな」
ホームからホームへ飛び移り、男の前に立ち塞がる。
すると、すでに涙目になっている女性の手を離し、俺に怒りの矛先を向けてきた。
「ハッ、見たところまだ学徒じゃねぇか。ガキはお呼びじゃねぇんだ、これでも食らえ!」
シュルルルル――ガシッ!
「うん? 何だこのマジックベルトみたいなのは?」
「バカが、避けもせずにまんまと掛かりやがったな。お前の全身を拘束するそのベルトは、あらゆる対象を一定時間身動きできなくするんだ。今のお前は無抵抗なのさ!」
そう言って男は自信満々に殴りかかってくる。
――が、俺としてもそのまま殴られるつもりはない。
ガシッ!
「何!?」
「あらゆる対象を――だって?」
「バ、バカな、なぜ動ける!?」
男の拳を受け止めると、信じられないという顔を見せてきた。
武神使い同士の戦いは、神力と神の位が大きく関わってくる。
特に俺は神力の保有量が多く、契約している神も上位である事から、そこらの武神使いに遅れをとる事はあり得ない。
「なぜ動けるかって? んなもん、テメェより強いからに決まってんだろうが!」
ドゴッ!
「ブゲッ!?」
男の拳を受け止め空いた手で殴り飛ばすと、10メートルほど吹っ飛んで仰向けに倒れた。
『成、逃げられないように取り押さえろ』
「分かってらぁ――よっと!」
意識を失ってるのかピクリとも動かない男に向かい、気合いでベルトを引き剥がして飛びかかる。
武神使いは一般人よりも身体能力が高いため油断は禁物だ。
「このままおとなしく――」
「ハッ、甘ぇんだよ!」
シュルルルル――ガシッ!
「チッ、まだ意識があったか!」
男のベルトが腕に巻き付いたため、安全策で一旦距離をとる。
「舐めるなよ、俺が契約した武神は結束バンドの神だ。たかが一人の動きを封じるのは朝飯前だ」
「結束バンド……だからダサい繋ぎの上下なのか……」
「う、うるさい! 気にしてる事を言うな!」
気にしてるなら自分から振るなよ……。
「今度こそお前は動けな――」
「動けるぞ?」
ブチブチブチ!
「んな!?」
「残念だったな、テメェよりも俺の神力が上回ってたらしいぜ?」
「クッ!」
勝ち目がないと思ったらしく、身を翻して逃走を開始した。
「逃がすか――ファイヤーボール!」
シューーーーーーッ ボムッ!
「げふっ……」
「よっしゃ、観念しやがれ!」
追尾仕様のお陰で見事に命中。
そこへ鮫島が駆けつけ、男を取り押さえた。
「お手柄だね、幅滝君。コネクトアーミーには通報しといたから、すぐに来てくれるよ」
「お、サンキュー成宮」
「マジでお手柄だぜ。これで遅刻した理由ができたんだからな!」
なるほど、これを利用しない手はないな!
「喜べ成宮、遅刻したのはこの武神使いのせいにできるぞ」
「う、うん。いいの……かな?」
「「いいに決まってる」」
このあと学校に向かうのだが、新たな火種が撒かれていようとは……。