居ないはずの人
「ん? 私の顔に何か付いてる?」
「い、いや、そうじゃなくて……」
まずい……この人との関係が分からん。
家政婦にしては馴れ馴れしい気がするし、お袋とは全くの別人だ。そもそもお袋より遥かに若いし。
ご近所の世話焼きお姉さんか? いや、合鍵を渡してるって事だから、もっと親しい人物な気がする。
「そんな事言って、また摘まみ食いする気でしょ? おとなしく部屋で待ってなさい」
「あ、ちょ――」
強引にリビングから追い出されてしまった。
仕方ないから部屋に行くけど、いったいあの人は誰なんだ?
『前の世界には居なかったのか?』
居たら目を点にしてまで驚いてないさ。
『しゃーない。あたしに任せろ』
こうなったら太郎だけが頼りだ。今さら鮫島や成宮には聞けないしな。
『なぁ成、この人お前のお姉さんらしいんだが本当に知らないのか?』
……え?
『お前の記憶によると、幅滝司っていう名前らしいんだけど?』
「お、おい、その名前は!」
つい声に出しちまった。
確かに俺には姉ちゃんがいた――そう、いたんだ。
俺が小学校に上がる前に事故で死んだはずであって、生きているのはおかしい。
『なるほどな。つまりこの世界だと事故で死ななかったという世界線なわけだ』
それ以外にないよなぁ……。
「はぁ……」
『なんだ? 嬉しくないのか?』
嬉しくないわけがない。二度と口を聞けないと思ってた姉ちゃんが生きてるんだからな。
たださ、どう会話したらいいか分かんねぇんだよ。
『んなもん普通でよくね? それにあの姉ちゃん、なにやら風格を感じさせるものがあったし下手したら元ヤンじゃね?』
だから悩んでんだろぉぉぉ!
感動のあまり抱きついたらボッコボコにされそうだし、姉ちゃん生きてる――とか言った日にゃ「はぁ? なに、アンタ私に死ねっつってんの? ちょいと物置まで面貸しな!」とか言われそうだし!
『ああ、そっち方面の悩みな』
取りあえずは普通に会話するけどさ、なるべくボロが出ないようにフォロー頼むぜ。
★★★★★
「ご馳走さま」
「はい、お粗末さま」
いろいろと身構えてたが、学校の出来事を話したくらいで特に問題が起こることもなく夕飯を終えた。
今は再び自室に戻ってのんびりとしている。
『姉弟仲は悪くないらしいから、普通に接してれば問題なさそうだな』
ま、取りあえずはな。
けどまだまだ世界観が掴めない部分もあるし、そっちを知る必要がありそうだ。
『それな。――あ、そうだ! 成、精神を集中させて神力を放出してくれ』
何をするんだ?
『いいからいいから♪ ほら、早くやってみ』
催促されるままに精神を集中させ、身体の外へと誘導するように、神力を高めていく。
やがて10分くらい経過したところで周囲に変化が訪れた。
「え……室内で霧が? それにこのシルエットはいったい……」
なぜか霧が出始めた室内。いったい何が始まるんだという期待と不安を抱える俺の目の前に、黒っぽいシルエットが浮かび上がった。
「よぉし、いいぞ、その調子だ」
などと太郎は言っているが――って!
「太郎の声がする!?」
「ったり前だろ? あたしが実体化したんだからな」
「じ、じゃあこのシルエットは!」
「フッフッフッーーゥ、見て驚け人間よ。これがあたしの真の姿だ!」
霧が晴れるのと同時に露になる太郎の姿。
ジーンズのホットパンツに黒い革ジャンを羽織り、スラッとした細身のポニーテールの美少女がそこにいた。
もしも長身で童顔じゃなかったら美女と言えただろう。
ちなみに髪の色は意外にも蒼だな。
「どうよ? あたしの姿を見た感想は?」
「…………」
うん、なんというか、マジで言葉が出てこねぇ。でもって、これまでの言動を改めたいと思った。
自称美少女にろくなヤツがいないと思った俺を叱ってやりたい。
太郎は美少女、これ間違いない。
「お? ようやくあたしが美少女だって認めたな? うんうん、もっと言ってもいいぞ!」
でもなぁ、やっぱ言動が乱暴なのがマイナスだよなぁ。
「……は?」
それにさぁ、気に入らない事を言ったら天罰みたいなのを食らわせるとか、これ職権乱用っつぅか神権乱用? だと思うんだよなぁ。
「おい……」
だいたいさ、美少女なのはいいとして、赤いTシャツに隠されている胸。
凹凸を感じさせないところは貧乳としか思えない。
「…………」
どうせならもっと希望を持たせるような膨らみがあっても――
バッチーーーン!
「いってぇぇぇぇぇぇ!」
頬が破裂するかと思った!
「ビンタで破裂するわけないだろ! それに神を貧乳扱いするたぁいい度胸だ」
「だってホントの事だろうが。それとも俺に嘘つけってのか?」
「だからって、わざわざ口に出す必要はなかっただろ! このデリカシーゼロ野郎め!」
「どうせ口に出さなくたって心を読むんだから一緒だろ!」
「考えるな、無心でいろ!」
「無茶言うな!」
あ~くそ、忘れようとしても太郎が意識させてくるから忘れられん。
「あたしのせいにすんな!」
「いーや、お前のせいだ!」
「お前のせいだ!」
「だからお前のせいだ!」
「あたしのせい!」
「そう、太郎のせい」
「だからあたしの――あれ?」
フッ、バカめ、まんまと引っ掛かりやがったぜ。
神と言えど口喧嘩のレベルなら俺でも勝機があったな。
「もう怒った。こうなりゃ実力行使だ!」
「イデデデデ! ら、らりひあらる」
「成の口の悪さを矯正してやるんだ、ありがたく思え」
だからってコイツ、俺に馬乗りになってまでやるかよ!
しかもベッドの上でとか、端から見たら絶対勘違いされる。
ガチャ!
「ちょっと成、何をさっきからバタバタと騒いでるの? 近所迷惑だから――」
「「あ……」」
さて、ここで問題です。
神とは言え見知らぬ女の子を自室に連れ込み、ベッドの上でドッタンバッタンと騒いでた場合、姉ちゃんはどのような反応を見せるでしょう?
答えは……この後すぐ♪
「成、話があります」
「あ、はい……」
「そっちの貴女も。いいですね?」
「はい……」
姉ちゃんのマジな威圧に、さすがの太郎もおとなしく正座する。
もちろん俺も一緒に正座する羽目になったのは言うまでもない。
「……で、こっちの女の子は誰なの? まぁ私に内緒で連れ込むくらいだから、彼女で間違いないんでしょうけど」
「「いえ、違います」」
「もぅ、今さら隠さなくてもいいじゃない」
「「隠してません」」
「息もピッタリだし」
「「気のせいです」」
ヤバイ、完全に勘違いされてらっしゃる。
しかも表情が真剣なものからニヤニヤとした小悪魔っぽいものになってきてるし、とことん追及する気だな?
『おいヤバイぞ。成の記憶だとこの姉ちゃん、あることないこと言いふらす癖があるって出てやがる』
マジで!?
「あ~それにしてもついに成にも彼女か~。年齢=いない歴が止まって良かったわねぇ」
「大きなお世話だ! それにコイツとはそんなんじゃ――」
「またまたぁ、私に内緒で部屋に連れ込んで何するつもりだったの? ん?」
さて、どうしよう。一向に誤解が解ける気配がない。
いっそのこと肯定してみるか? でもそうなったら取り返しがつかなくなりそうだな。
『こりゃ完全にお手上げだ。正直に話した方がいい。あたしも協力するからさ』
だな。それに武神を隠しとく必要もないし、面倒な事になる前に説明しとこう。
「違うんだってば姉ちゃん。コイツは実体化した武神なんだ」
「またまたぁ、そんな事――って武神? 今武神て言った!?」
「うん、間違いないよ。あたしは成と契約した武神。だから彼女ってわけじゃ……」
「…………」
あ、姉ちゃんが固まった。
奇しくも高遠先生と似たような反応を見せると、間もなくして目の焦点が合う。
「え~と……ちょっと待ってね、今整理するから」
やや混乱が見られるものの、額に手をあてて順番にまとめだした。
「この子は成が契約した武神で間違いないのよね?」
「うん」
「でも昨日までは契約した素振りなんて見せてなかったじゃない?」
「そりゃ契約したのは今日だからな」
「…………」
おっと、またショートフリーズを起こしたようだが、すぐに復活した。
「あ、あ~、そ、そうなのね、うん。じゃあこれはいいとして、武神が実体化できるのは上位神だけってのは知ってる?」
「それは知らなかった」
「いや、あたしはちゃんと上位の武神だって言ったぞ?」
……あ~、そういや言ったような気もしないではないな。
「なるほどなるほど。察するに、よく分からないけど契約しちゃえ~みないな感じで契約したと……」
「うん、ま~そんな感じかな? 俺は誘われた側だけども」
「あたしと波長が合う人間を探してたんだ。そしたら偶然にも成を見つけてさ」
「ふむふむ……なるほどねぇ……」
何やら姉ちゃんが腕組みをして考え込んだぞ? 何かマズイことでもあったか?
「……姉ちゃん?」
「ん? ああ、ゴメンゴメン! 別に問題があるわけじゃないから。ただね、武神と契約した場合は役所に届け出ないといけないから忘れないで」
マジか! 面倒な世界だなぁ……。
「そうしないとコネクトプレートを発行してもらえないからね」
「コネクトプレート?」
「……アンタ、学校で習ったじゃない。武神使いであると国から認められた者に発行されるプレートよ。いわゆる身分証だから、絶対に忘れないこと。いいわね?」
「お、おぅ、分かった」
面倒だが次の休日にでも役所に出向くか。
「あ、ところでこの子の名前は何ていうの?」
「ああ、名前なら太郎にしたぞ」
「……た……ろう?」
「あ、あれ? 姉ちゃん?」
おかしい。何やら全身がワナワナと振るえているぞ――と思った次の瞬間!
「こんな可愛い子に男の子の名前を付けるなんて、何考えてんの!」
「ヒィィ!?」
はい、見事に姉ちゃんのカミナリが落ちました。
傍らの太郎はザマァみろとか言ってるし、今日は山あり谷ありだな……。