1-2 現状確認
異世界に来て一日目の夜。
俺とイアは焚き火を囲みながら焼きたての肉を頬張っていた。
「確かに美味いが、塩コショウがあればもう少し美味くなるんだろうけどな‥」
「無いものは‥仕方ない‥」
「まぁな。こうして、生きて物が食べられるだけでも幸せだって実感したしな」
俺は腰に下げた剣を撫でながら今日の出来事を思い出した。
あれは昼頃のことだった。
「あれは‥アプルの実‥食べると‥美味しい‥」
そう言ってイアの指差した先には黄色い見た目がりんごの果物があった。
そういや元の世界でも黄色いりんごってあったなぁ。
手の届く範囲にアプルの実があったので、俺とイアの分の二個を収穫してかじる。
んー、ちょっと酸味は強いけどまんまりんごって感じのアプルの実は確かに美味い。
あ、そういえば‥
「この世界って、俺たちの世界で言うファンタジーの世界なのか?魔法とか獣人とか魔族とか居るような」
「その辺の説明‥するの忘れてた‥」
おいおい。
そうして呆れていると、イアが一瞬だけ光り輝き俺は目を伏せる。
光が収まるとそこにはスーツ姿のイアが居た。もちろんというのか眼鏡まで着用している。
「説明なら‥この姿‥」
なんでそんなテンプレみたいなこと知ってるんだこの女神様。
とりあえず西を目指して歩きながら俺はイア先生の説明を受けることにした。
「まずこの世界には‥大きく分けて‥3種類の人種が‥いる」
「3種類だけなのか?」
「正確にはもっと‥いる‥まずは‥基本を覚える」
イアの話し方だと日が暮れそうなので要約するとこういうことらしい。
この世界には大きく分けて人族、霊族、魔族の3種類が居る。
まずはファンタジーでお馴染みの魔族。
見た目は俗に言う悪魔と人が混じりあった容姿らしいのだが、天使なども魔族に入るらしい。
彼らは自然界に漂う「魔素」というエネルギーを扱うための「魔力」の保有量が多く、それらによって様々な事象を引き起こす「魔術」の扱いに優れている。
次に聞きなれない霊族。
こちらは人と動物を掛け合わせたような、所謂獣人が多いらしい。
彼らは自分の内側にある「霊素」というエネルギーを扱うための「霊力」の保有量が多く、腕力強化や治癒力活性化などの身体強化を促す「霊術」の扱いに長けている。
最後に人族だが、魔力や霊力の量は他の2種族の中間に位置する。
つまり
魔力量 魔族>人族>霊族
霊力量 霊族>人族>魔族
となるらしい。
身体能力は2種族より劣るらしいが、新しく何かを産み出すことに長け、文化や芸術といったものの多さは霊族、魔族を軽く上回るのだとか。
と、簡単に説明はしたが、これには個人差があるようだ。
「ちなみに、俺は何になるんだ?パッと見、魔族や霊族じゃないみたいだけど」
「ケータロは‥高位の人族‥ハイヒューマン‥」
ハイヒューマン?
「ハイヒューマンは‥魔力も‥霊力も‥多い人族‥私たちに近い」
「俺はどっちも魔族や霊族並みに力が使えるってことなのかな?というか、神様に近いんだ‥」
「肉体を作るのに‥私の一部‥使ったから‥それに‥魔力と霊力‥混ぜ合わせると‥神力が使える‥」
また新しいワードが増えましたが‥
「ケータロはまだ‥体と魂‥馴染んでない‥魔術も霊術も‥たぶん使えない‥」
「そうか。なら使えるようになったらやり方を教えてくれるか?」
「ビシバシ‥やる‥」
そんな約束をしてから数十分。
100m先に誰か倒れているのが見えた。
俺たちは急いで駆け寄ったが、その人物はかなり前に亡くなっていたようで、骨もかなり風化し、衣服や身に付けていた物だけが残されていた。
亡くなっていた人物は冒険者だったようで、遺体の側には鉄の剣とポーチ、麻袋が落ちていた。
ポーチには解体用と思われるナイフに火打ち石、水筒が入っていたので冒険者セットのようなものなのだろう。
俺は少し迷った後、剣とポーチを持っていくことしにた。
この先、何に襲われるか分からないことと、野宿することを考えればこれらの道具は必須だと考えたからだ。
身元が分かるものは無いかと探すと、胸の辺りにペンダントがあったので調べてみると名前のようなものが彫られていた。
町に着いたらこの名前を元に持ち主の家族を探してみようとペンダントを麻袋に入れ、冒険者の墓を作ってやる。
「あなたの道具、大切に使わせてもらいます」
俺は手を合わせてその場を後にした。
それからさらに時間は進み、俺たちは小休止していた。
「そろそろ日も傾いてくるか‥野営の準備しなきゃいけないな」
「もう少し先に‥洞穴が‥ある‥そこで一夜‥過ごす」
地図を見ていたイアの提案を聞いてそろそろ出発するかと腰をあげたときだった。
何かの気配がする。
段々と近づいてくる気配に俺は剣を構える。
草陰から出てきたのは体毛が緑色のウサギだった。
そのウサギからは明らかな殺気を感じられる。
「あのウサギ‥危険‥けど‥美味しい」
「え、食べるの?」
危険というのは気になるが、美味いなら仕留めてみよう。
改めて剣を構える。
緑ウサギが飛び掛かって来たのを左に避けてかわす。
すると通過した緑ウサギは目の前にあった木を蹴って戻ってきたかと思えば、ドロップキックの体勢で俺目掛けて飛んできた。
「うぉっ!」
俺は慌てて姿勢を低くして緑ウサギの攻撃を避ける。
外れた攻撃はそのまま大木にぶつかり‥へし折った。
「あれは確かに危険だな‥」
「でも‥美味しい‥」
うちの女神様はウサギ肉を御所望らしい。
それからは攻撃の当たらない緑ウサギと、慣れない剣で致命傷を与えられない俺との泥仕合になったのは今となっては笑い話だろう。
なんとか止めを刺し終えた俺はぐったりしていた。
「本気で疲れた‥気を抜いたら俺が挽き肉になるんだもの‥」
「さぁ‥血抜きをして‥解体‥」
「あ、それも俺がやるのね‥」
解体の仕方はイアが知っていたので教えてもらいながら処理をしていった。
こうして手に入れた肉を串焼きにして俺たちは晩御飯にしていた。
「私は眠らなくても‥大丈夫‥だから‥ゆっくり寝るといい‥」
「そうさせてもらうよ。お休み、イア」
「お休み‥ケータロ‥」
俺はあっという間に眠りについた。
辺りには虫の声と焚き火の音だけが響いていた。