2-14 女将との約束
「悪いな三人とも、少し遅れた。…エリア達、何か疲れてないか?」
「…ほっといて…」
訓練場から戻ってきた俺たちはひとっ風呂浴びて待ち合わせ場所に集まった。
先に風呂に入ってゆっくりしてたはずの女性陣が何故か疲れた雰囲気を醸し出しているのは気のせいではないだろう。何かあったのだろうか?
「またナンパにでもあったのか?」
「それは大丈夫。前と違って私たちもあしらい方とか心得てるし、今ならよっぽど私たちのこと知らない人じゃないとしてこないしね」
「またって、前にもナンパされたことあるのか?」
「冒険者なりたての時はよくありましたね。その度にクーリが守ってくれましたけど」
「確かに二人とも可愛いもんな」
その言葉でエリアは顔を真っ赤に、ソフィアもちょっと照れている。
「…私は?…」
「イアも可愛いよ」
「それ、会う人みんなに言ってるんじゃないでしょうね…」
「俺は人を褒めるときは嘘つかないって決めてるの。お世辞でも嬉しいって言う人居るけど、俺はお世辞で人のこと褒めないよ」
実際、うちの女性陣は可愛い娘達が揃っている。特に天使人やエルフ人、精霊は美形が多いらしい。
前世のファンタジー系小説でも美男美女が多い人種ではあるよな。
「なぁ、とりあえず席に座って飯にしようぜ。腹減って倒れそうだぜ」
「せやせや!」
うちの男性陣は色気より食い気のようだ。
俺たちは全員が座れる席へと行き、テーブルに置かれたメニューを眺める。
食べるものを決めた俺たちは看板娘に声をかけた。
「自己紹介がまだでしたよね。改めまして、私はターニャです!ご注文はお決まりですか?」
男性陣はエール、女性陣は果実ジュースを頼み、食べ物はそれぞれ選んだものを注文する。
女性陣はお酒を飲めないわけではないらしいのだが、この世界では家族同士や個室で女性しか居ない時ぐらいしか女性はお酒は飲まないらしい。
というのも、酔った状態の女性を襲う輩も多く、防衛意識が高いためなんだとか。
あと、天使人やエルフ人といった長命種族は外見は16歳までは人族と同じように育つが内臓系は人族よりも育つのが遅く、30歳近くでようやく人族の成人まで育つので、若いうちはエリア達のようにお酒を苦手とする人も多いらしい。
「それでは飲み物だけ先に持ってきますね、お姉様方♪」
「お姉様方?」
何やら上機嫌で厨房へ向かうターニャを見送りながらエリア達に聞いてみるが…
「「「……」」」
うん、これ以上聞かないでおこう。
それから運ばれてきた料理を皆で食べたのだが、どれも絶品と言える味の料理ばかりだった。
大満足の俺たちはお勘定を済ませたあと部屋に戻って休むことにした。
明日の朝食が7時からということなので、その少し前に集まることにして解散となる。
そして現在。
現在時刻は12時を過ぎていた。
何となく寝ては覚め寝ては覚めを繰り返し、寝付けていなかった。
「仕方ない。まだ居るか分からないけど、下に行って水を1杯もらってくるか」
俺は部屋をそっと出て一階の食堂へ。
厨房には灯りが付いていて、宿の女将らしき女性が調理器具などの片付けをしていた。
「おや、冒険者さん。どうしたんだい?」
「すみません、ちょっと寝付けなくて。お水を1杯貰えませんか?」
「ちょっと待ってな。ほら、どうぞ」
そう言って女将は水の入ったコップを差し出してくれる。
よく冷えた水で体に染み渡っていく感じがする。
そういや、どうやってこんな冷たい水が出てくるんだろ?
そんなことを思ってると、女将が俺に声をかけてきた。
「ねぇ、冒険者さん。あんたはケータロって名前で合ってるかい?」
「えぇ、そうですけど」
「良かった。宿泊名簿見たときにあんたの名前があったから、娘にどんな見た目の人か聞いておいて正解だったね」
「?自分に何か用事でも?」
残念ながら俺の方には心当たりがない。ここに入ったのだって偶然だし、女将がわざわざ娘に俺の容姿を確認するとか何か理由があるのだろうか。
すると彼女はポケットから指輪を一つ取り出して俺に見せる。
これって…
「あんたが旦那の遺品を届けてくれたんだろ?ありがとう。そのお礼が言いたかったのさ」
女将さんが取り出したのは俺がリアードの森で見つけた冒険者の遺品の指輪だった。
女将さんは近くの椅子に座り、俺にも座るように促す。
「これは『収納』の魔術が施された指輪でね。特定の人の魔力を入れてやらないと中のものを取り出せないようになっているのさ。だからこうしてやると…」
彼女が魔力を練って指輪に送ると魔術陣が現れ、そこからユリに似た赤い花が大量に出てきた。
「あの人はね、この花を摘みに森へ入って命を落としたのさ」
「えっと、この花は?」
「これはメリサという花でね。リアードの森の中間付近にしか咲いてない花なのさ。昔は今ほどモンスターも多くなくて、小さい子供でも気軽に採りに行けたんだけどねぇ」
「旦那さんは何故この花を摘みに?」
「今でもあの日のことは忘れないよ」
そう言って女将は過去を話し始める。
その日は娘のターニャがお腹に宿ったことを旦那に報告した。旦那は大喜びをして「お祝いをしよう」と言ったらしい。
何か欲しいものがないかと聞かれ、女将は自分の好きなメリサの花がいいと言ったそうだ。
旦那は女将と結婚するために数年前に冒険者を引退していたが、奥さんの頼みとあって仕舞っていた装備を身に付けて翌日にメリサの採取に出掛け、そしてそのまま帰らぬ人となった。
当時、旦那さんの捜索も3ヶ月近く行われたが、遺品の一つも見つけられなかったそうだ。
その時の調査でリアードの森には強力なモンスターが現れ始めたことが分かり、領主やギルドの許可なく立ち入りが出来なくなった。
「まさか18年も経って戻ってくるなんてね。あんたには感謝しかないよ。本当にありがとう」
「…いえ、自分にはお礼を言われる資格はありません」
「何故だい?」
「自分は、あなたの旦那さんが遺した剣のおかげで生き延びることが出来ました。でも、本来なら主と共に眠らせるべき剣を自分の都合で奪って使ってしまった。他の道具も生きるためと割りきり持ってきてしまった。だからお礼を言われる資格はないんです。旦那さんの道具を勝手に使ってしまい申し訳ありませんでした」
俺は椅子から立ち上がり深々とお辞儀をする。
その様子を女将は静かに見ていた。そして…
「そんなこと気にしてたのかい?変わった子だね」
そう言って彼女は笑った。
「怒らないんですか?」
「なぜ?旦那の使ってた剣があんたの命を救ってくれたんだろ?そしてそのあんたが街の危機も救った。聞いてるよ。あんた達が森に現れた塔を攻略してくれたんだってね。その攻略にうちの旦那の剣が活躍してたなんて誇らしいじゃないか」
「でも…」
「いいかい?今のご時世、食うに困るやつなんてたくさん居るんだ。生きるためだったら人殺しだってするやつも居るし、他人のものを奪うやつだっている。生きてる人間から奪ったのなら私だって怒るけど、あの人はとっくの昔に死んでるんだ」
「それはそうですけど…」
「それに聞いた話だと、あんたは指輪を私たち家族に届けようとしただけでなく、旦那の墓まで立ててくれたそうじゃないか。そんな優しい子を責めるだなんてしないよ」
「女将さん…ありがとうございます」
「何度も言ってるだろ、礼を言うのはこっちだよ」
そう言って女将は笑顔を見せる。
強いなぁ、女性って。
俺も愛する妻と娘を残して死んでしまったけど、こんな風に乗り越えてくれてるのだろうか。
「そういや、レッドモンキーの群れがもうすぐこの街を襲うんじゃないかって噂になってたね」
「えぇ。その中にボスらしき特異個体が居るらしくて、その討伐依頼を領主とギルドから受けてます」
「そうかい。ならこの子も連れていっておくれよ」
女将が取り出したのは、俺が使わせてもらっていた旦那さんの形見の剣だ。手渡され鞘から抜くと、研ぎに出したのか刃に曇りがなくなっている。
「これでこの街を守っておくれ。あの人が守れなかったものを。あの人が守りたかったものを」
「…はい!」
それから少し話したあと俺は自室に戻ることにした。
別れ際、俺は女将さんと一つお願い事をされた。
俺はそれを快く承諾して食堂を後にする。
さて、明日から頑張らなきゃ!
台風の影響で被害に遭われた方へお見舞申し上げます。
一日でも早くいつもの生活へ戻れることを切に願います。