0-3 死から生
「誘拐犯のアジトはここか!」
そう言って勢いよく倉庫の扉を開いたのは同級生の刑事である追川 進一だ。
彼は子供の頃からずっと刑事になって人を守りたいと言っており、ヒーローに憧れていた俺とは話す機会が多かった。
そんな彼には銀行に電話を掛けたあとで連絡をしていたのだ。
犯人たちに「警察には連絡するな」とは一言も言われていなかったのだから問題あるまい。
進一の登場から5分もしないで犯人たちは進一が連れてきた刑事やお巡りさんたちに捕らえられた
「くそ!卑怯だぞ!」
大の男が数人で女の子を誘拐したのだからそんなことを言われる筋合いはないだろう。
今は仲間が他にいないか奥の部屋を探している。
そちらは本職に任せて俺は腰に抱きついたままの紗奈に声をかける。
「紗奈、大丈夫か?」
「うん。絶対お父さんが助けに来てくれると思ってたから怖くても泣かなかった」
そう言うと服の裾を掴みながら抱きついてくる。
「最終的に助けたのはお父さんじゃなくて進一おじさんだけどな」
「はっはっはっ!いいじゃないか慧太郎。紗奈ちゃんにとってはお前さんがヒーローなんだからな!」
その言葉に少しくすぐったさを覚えるが、いい加減バシバシと人の背中を叩くのを止めて欲しい。
本気で痛いわ!
俺たちは一旦倉庫の外に出ることになった。
いつまでもあんな辛気くさいところに居ては気が滅入ってしまう。
「追川刑事!奥の部屋を捜索しましたが、他に捕まっていた子供は居ませんでした!また、外に逃亡した形跡もなく、犯人グループはここに居る6人だけのようです。」
進一の後輩らしき若い刑事さんが、詳細を伝えてくる。
だが、その内容に違和感を覚える
6人?
「ちょっと待ってくれ。俺が入ってきたとき、中に居たのは全部で7人だったはずだ。」
先程、捕まった犯人グループは警官たちに連行されていった。
その中で居なかったのは・・
「‥!紗奈を連れてきたやつが居な・・」
ドスッ‥
言葉を言いきる前に背中に何かが突き刺さる。
振り向くとそこには件の男が俺に向かってナイフを深々と刺していた。
「お、お前が悪いんだ!警察なんて呼ばなければ、皆が捕まることなんてなかったんだ!死ね!死ね!」
そう言いながら何度も俺の背中にナイフが突き刺さる。
突然のことで固まっていた進一たちもようやく我に返り男を取り押さえるが、俺は大量の血を流しながらその場に倒れ込んだ。
「お父さん!」
紗奈が悲痛な声をあげる。
俺の血で濡れることも構わず、必死に呼び掛けてくれている。
体に力を入れるが、出血が多く思うように動かない。
「おい、慧太郎!しっかりしろ!今救急車を呼んだからもう少しだけ気をしっかり持っていろ!」
進一が応急手当で止血をしてくれているが、感覚でわかる。
俺は死ぬ‥と。
だから精一杯の力を込めて紗奈の頭にやって撫でる。
「嫌だよ!死なないでよ、お父さん!」
紗奈の泣き叫ぶ声を最後に、俺の意識は闇へと沈んでいった。
・
・
・
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コッチ‥
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
沈んでいったはずの意識が戻ってくる。
体の感覚は無く、地面に立っている感じもしない。
そういえば俺は死んだんだったな。
そういえば、中学のクラスメートで変わったこと言ってたやつが居たなぁ。
「水無月、輪廻転生って知ってるかい?」
「死んだ人間が生まれ変わって現世に戻ってくることだが、どうして前世のことを覚えていないんだと思う?」
「それはね、長い時間をかけて忘れてしまうからさ」
「魂の記憶容量はそれほど多くはない。だから脳という記憶媒体に保存できない情報を一時保管して、そこから自分を形成する情報を厳選して魂にインストールするんだ。」
「だが、結局は長い時間をかけることで劣化してしまう。それが、転生しても前世の記憶がない原因なのさ」
あいつの言うことが正しければ、俺はこれからこの何も無い空間で大事なことを徐々に忘れていくのだろうか。
霞に紗奈、親や友達、そして俺自身のことも‥
コッチ‥
まただ。
誰かが俺を呼んでいる。
方向という概念の無い空間で、俺は声がする方へ向かう。
どのくらい移動したのだろう。
遠く離れた所から温かい雰囲気を感じる。
さらに近づくとまたあの声が聞こえてきた。
アリガトウ‥コタエテクレテ
そこには女神と呼ぶに相応しい美しい女性が居た。
アナタニ‥オネガイガ‥アル
お願い?
ワタシノ‥セカイヲ‥スクッテ‥
私の世界?いや、そもそも救ってくれと言われたって世界を救うには何をどうしたら良いんだ。
イマノセカイ‥ホウカイテマエ
ソノゲンイン‥サグッテ
つまり、女神様もどうしたらいいかわからないのか‥
それなのに、俺なんかにどうにかできるのだろうか。
ダイジョウブ‥アナタダカラ
俺だから?それってどういう‥
モウジカン‥アトハ‥マカセタ
いやいや!任せられても困るんですけど!
せめて、何か役立ちそうな能力とかくださいよ!
ファイト‥
欲しいのは応援じゃねー!
心の叫びが引き金となったのか、突如浮遊感を抱いたかと思ったのも束の間。
真っ黒だった世界が白一色になり、今度は下へ真っ逆さま。
果てしない落下に、俺はいつしか意識を手放していた。
次回から本編入ります!