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ミズガルドギルドの朝礼

 開かれた扉の先は、これから始まる研修という名の戦場。そのくらいの雰囲気を醸し出していた。

 その空気にやられ、一瞬尻込みした俺とアリアとは違い、キリアは平然と先陣を切って入って行った。それを見て俺達も続いた。

 

 オフィスに足を踏み入れると、独特の匂いと先輩たちのこそこそ声。紙の音に椅子の軋む音。そして忙しさという緊張感が溢れていた。

 本部というだけあって、スタッフだけでもざっと二十人はいる。ただ、ギルドスタッフは女性が多い職場なだけに、男性の姿は思っていた以上に少なかった。

 

 アニさんは扉横に用意されていた椅子に座るよう指示し、傍らで俺達を護るように佇んでいた。

 

 流石の雰囲気に、俺やアリアはもちろん、キリアですら声を発する事は無かった。


 始業まで待つ間、先輩たちを見ていたが、ある者はコーヒーを飲んで寛ぎ、ある者は隣同士で会話し、またある者は書類を前にもう仕事を始めている。

 それを見て、ますます不安が増した。


 今まではリリアやヒーと一緒に行動し、常に守られているという安心感があった。だがここでは、それぞれがデスクを与えられ、各自の責任で仕事をしている。

 シェオールのギルドなら、いずれはリリア達の手伝いを出来るようにならなければと思っていたが、ここの先輩たちを見ていたら、ミズガルドのギルドでは働きたくない! と思ってしまった。


 だってここじゃあ、ミスしたら誰も助けてくれなさそうじゃん! 隣同士仲良く話しているけど、都会人らしい壁を感じるもん。なんかさっぱりしてるもん!


 不安爆発で憂鬱になっていると、町の鐘が鳴り、それと同時にギルド内でも鐘が鳴った。始業合図だ。


 ミズガルド、というか、大都会ともなれば時間を知らせる鐘がある。アルカナにも当然あり、朝一の鐘で仕事の始まり、昼の鐘で昼食、夜の鐘で終業の合図となっている。


 鐘の音と同時にマスタールームから髪を後ろで綺麗に束ねた女性スタッフと、ギルドの制服ではなく、紺色の高そうなスーツを着た男性が出て来た。

 女性の胸には金色のバッジが見え、職責スタッフだと分かった。スーツを着た男性は五十代くらいの年齢と、はっきり形の分かる鷲のマークの金色のバッチが左胸に見えたため、ギルドマスターだと分かった。


「それでは皆さん、朝礼を始めます! 起立して下さい!」


 出て来た女性スタッフがそう言うと、いよいよ研修初日の朝礼が始まった。


 

「本日から三名の新人研修生が勤務します。皆さん、先輩として研修生の手本となるよう心掛けて下さい! では、こちらに来られて、自己紹介をお願い致します」


 研修最初の試練、自己紹介。

 普通の生活を送る一般人なら、大勢の人の前で挨拶する事などほとんどない。その為耐性などあるはずも無く、嫌だ! 第一、自己紹介ならその時々に一緒に仕事をする人にすればいい。何故わざわざこんな大勢の前でしなけりゃならんのか……これも仕事だからか……


 大抵の人ならそう思うだろうし、実際俺も嫌だ! それなのにキリアときたら堂々と前に行き、さらにそこから一歩前に出て挨拶を始めた。


「私は、アルカナ第二支部より来ました、キリア・ラインハルトという者です。皆様先輩方を手本とし、ギルドスタッフとして恥じないよう精進したいと思います。どうぞよろしくお願い致します!」


 さすが貴族の子。人前での演説など朝飯前なのだろう、全く動じることなくやり遂げやがった。

 

 キリアの自己紹介が終わると、歓迎の意味か、何故だか拍手が起きた。


「では、次の方」

「は、はい!」


 アリアの為にも俺が先に行けばよかったのだが、並び順で次はアリアが挨拶する事になった。


「わ、私はカミラルから来ましたアリア・ラミラです本日からお世話になりますのでよろしくお願いします」


 チョー早口! 余程緊張していたのか、出来るだけ早く終わらせようとそうなってしまったのだろう。アリアの歳ならそれも仕方が無い。


 アリアがお辞儀をして自己紹介を終えると、再び拍手が起きた。

 それを聞いたアリアは、大きく息を吐いた。


「最後の方、お願いします」

「はい!」


 ついに俺の番が来た。アリアの手本となり、先輩方にも人生経験を積んだ人物だと教える為にも、ここは堂々と自己紹介をする。そして、キリアにも自己紹介はこうするんだと教えてやる。


「シェ、シェオールから来ました、リッ、リーパー・アルバインと言います。え~……きょ、今日からお世話になります。え~あの~……ど、どうぞ、よろしくお願い致します……」


 もっと何か言おうとしたが全然言葉が出ない! 仕方が無いから無理矢理お辞儀をして終わらせた。手に汗握るとは正にこの事だ!

 それでも優しい先輩方は、こんな俺にも温かい拍手を送ってくれた。


 そそくさと元の場所に戻ると、アニさんが優しい笑顔で頷いてくれた。赤っ恥だよ! 


「研修生は、ギルドオーダーのアニーが教育係を務めますので、皆様方は通常通り業務を続けて下さい。本日の連絡事項は以上です! ではマスター、お願いします」

 

 連絡事項が終わると、ギルドマスターの本日の挨拶が始まった。


「え~、皆さんお早う御座います」

 

 ギルドマスターがそう言うと、スタッフ全員が軽く頭を下げた。


「最近サワー地区で起きている事件なんですが、まだ犯人は捕まっていません。出勤、帰宅時、またギルドの外へ出るときは気を付けるようお願いします」


 大都会ともなれば、こういう事件は良くある。何が起きたかは分からないが、一応気を付けておこう。


「それと、最近夏風邪が流行っているようなので、風邪をひいている人は受付業務は避けて下さい。また、体調のすぐれない人がいたら、無理せず、早めに帰宅して下さい。以上」


 これだけ人がいる街なら、そりゃそうなるよね。俺も気を付けよう。


「では、本日はカナリアさんがスプレッシュコールをお願いします」

「はい」


 スプレッシュコールとは、頑張ろう! と声を掛ける担当の事で、言ってしまえば今日の発声練習の係りみたいなものだ。


 指名されたカナリアさんは、前まで出てきて声を出す。


「では皆さん、私に続いて下さい!」


 これ、当てられるのやだな。ミズガルドのギルドじゃ毎日こんな仰々しく朝礼してんの? 就職したのがシェオールのギルドで良かった。


「あ・い・う・え・お・あ・お」


 あれれ! シェオールのギルドと違う。てっきり挨拶とお辞儀だと思ったのに……


「あ・い・う・え・お・あ・お」

「あ・い・う・え・お・あ・お」

「あ・い・う・え・お・あ・お」

「あ・い・う・え・お・あ・お」


 何回やんの!?


「あ・い・う・え・お・あ・お」

「では、向かい合って下さい」


 一瞬、「では向かい合って下さいと」声を出しそうになったが、先輩方がお互いに向かい合ったのを見て、お辞儀の練習だとすぐに分かり、恥をかかずに済んだ。


「ではリーパーさんは、私と組みましょう。キリアさんとアリアさんは、お二人で行って下さい」


 えっ!? なんで俺? アニさんのすぐ横にキリアいるじゃん! もしかして俺、さっきの自己紹介で目付けられた? 

 まさかと思っていると、待ったなしで挨拶の練習が始まった。もうやるしかない!


「お早う御座います!」

「お早う御座います!」

「ようこそミズガルドギルドへ!」

「ようこそミズガルドギルドへ!」


 それにしても、アニさんのお辞儀は綺麗だ。良く見て勉強しよう。


「どのような御用件ですか?」

「どのような御用件ですか?」

「かしこまりました」

「かしこまりました」


 そこまで終わると、アニさんはカナリアさんの方を見て腕を構えた。どうやら練習は終わりらしい。

 俺もアニさんを真似て、腕を構えた。


「では、本日の業務を頑張ろう!」

「おう!」

 

 コールが終わると、それぞれが忙しなさそうに業務に入った。

 どうやらシェオールのギルドと違い、スタッフはスタッフだけのようで、併設されるホテルや店とは合同ではやらないようだ。

 これだけ大きなギルドなら、確かに全員を一斉に集めての朝礼となると場所が無い。それに、ミズガルドのギルドは受付とホテルだけは年中無休のため、合同にするのは難しいのだろう。


「それでは皆さん、研修室の方へ移動します。私について来て下さい」

「はい」


 朝礼が終わるとアニさんが言った。


 いよいよ研修が始まる。


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