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シェオールの英雄

 久しぶりの再会に、すっかり混沌と化した俺達が睨み合っていると、今度こそ先輩が来る足音が聞こえた。

 するとキリアは、何事も無かったようにアリアの横に整列し、すました顔で先輩を待ちだした。アリアドン引き!


 それでも今は先輩への挨拶が優先される俺達は、背筋を伸ばし近づく足音を待った。


 一体どんな先輩が来るのか、もしかしたらギルドマスターなのではと思うほど、コツコツと規則正しく刻まれる革靴の音が、ベテランスタッフの存在を物語っていた。

 そんな先輩が廊下の角から姿を現すと、顔も見ずに一斉に挨拶した。


「お早う御座います!」


 会心の出来だった。自分でも分かるほど、ヒーを完ぺきにトレース出来たのが分かった。

 そんな渾身のお辞儀に満足し顔を上げると、そこにいたのはアニさんだった。


「お早う御座います」


 アニさんは全員が顔を上げると、軽く会釈して挨拶した。


 流石はミズガルドギルドのオーダー。何気なくした会釈が見入ってしまうほど美しい。

 ヒーとは違う優雅さと、男性が出す勇ましさ。確かにヒーのお辞儀は会得するには申し分ない。しかし、アニさんのお辞儀を見てしまった以上、男としてはアニさんのようなお辞儀をしたい! 

 

 一体どれほどの時間と労力を掛け、何千何万回と繰り返してきたお辞儀なのだろう。

 一つ一つの動作が流れるように繋がり、刹那というタイミングで綺麗な姿勢を維持する。達人。そう言わざるを得ないお辞儀だった。


「皆さん、お早いですね? 流石はミズガルドギルドへ送り出されるだけの人材だけはありますね。私も、皆様方の手本となれるよう精進致しますので、本日からよろしくお願い致します」

「よろしくお願いします!」


 再び全員で挨拶すると、アニさんは牧師のような笑顔を見せた。

 動作、言葉遣い、表情、気構え。リリアが俺に、「今の貴方には丁度いい」と言っていたのは、アニさんの事を言っていたのだろう。


「始業まではまだ時間はありますので、もうしばらく御三方で交流を深めてもらい、円滑な関係を築いて下さい。私はミーティングがありますので、失礼します」


 そう言うと、アニさんは会釈しオフィスの中へと入って行った。


「き、緊張しますね? アニーさんって、絶対厳しいですよね?」


 俺達の不仲のせいで不穏な空気が流れていたが、アニさんの存在で一蹴され、アリアはそれを忘れたように言った。


「多分ね……うちの先輩も厳しいけど、アニーさんはもっと厳しいと思う」


 ヒーは昔からの馴染みだし、今は恋人だから怖いという感じは無い。それに比べアニさんには、底知れぬ厳しさを感じた。

 まぁ、ヒーの場合は厳しいというより、真面目と言う感じだが、そう考えるとリリアの方が怖いかもしれない。それでも幼馴染な分、アニさんには敵わないだろう……いや、やっぱり厳しさではリリアの方が上かもしれない。


「私、絶対怒られると思います。アニーさんって怒ったら……私、どうすればいいんですか?」


 俺の場合、これでも一応社会人としては経験もあり、年齢も大分いっているからアニさんもそれほど強くは言えないだろうけど、アリアのような“若造”には少し違うだろう。それに、年齢と異性という上では、アリアにとっては物凄い不安を感じて当たり前なのだろう。上手くサポートしてあげなければ、彼女はギルドスタッフどころか働く事に恐怖を抱き、仕事が嫌いになってしまう。

 才能ある若者がそうなるのは、人生の先輩としては心が痛む。


「気にするな。アニーさんほどのスタッフなら、アリアを潰すような事はしない。そんなクズが、ミズガルドのギルドオーダーになれるはずはないからな、安心しろ。それにもし何かあれば俺に言え、俺が抗議してやる」

「え? あ、はい! ありがとう御座いますキリアさん!」


 キリアの嫌いなところ。口は悪いのに何故か女性にモテる! 今まで体の正面をほとんどキリアには見せなかったアリアが、たったこれだけのセリフで完全に俺に背を向けた!


 ほとんどの生き物は、潜在的に心を許していない相手には体の正面を見せたがらない。

 これは防衛本能の一つで、心理的に不安を感じる相手には、無意識に斜に構える防御姿勢だ。

 この知識はハンター時代に学んだものでは無く、意外にも販売業の先輩に教えられた知識で、そういう相手には声を掛けず出来るだけ自由にさせ、逆に正面を向いて話す相手には思い切って売れと教えられた。

 実際正面を向いて話す相手は、購買意欲という自信があるため、落としやすかった。


 それをキリアは知ってか知らずか上手く利用し、女性の人気を得ていた。


 それならいくらでも俺だって出来るよ! でもね、キリアみたくカッコいいこと言って、いざアニさんにそれを言えって言われたら本当に言えるの? キリアなら言えちゃうんだよね~。そして何故か許されちゃうんだよね~。誰かアイツの目ん玉くりぬいてくれないかな~。


「キリアさんって、以前はなんのお仕事していたんですか?」


 ほらね。俺にはそんな事聞かなかったアリアなのに、キリア君にはもう興味津々。ズルくない!


「ハンターだ」

「そうなんですか! 凄いですね! じゃあ私よりギルドの事知ってるんですね! 色々教えて下さい!」

「あぁ」


 俺もハンターだったよ。それもAランクの。第一、アイツはライセンスランクも言ってないのに凄いって褒めるのおかしくない? もしかしたらEかもしれないんだよ? 俺が同じこと言っても、絶対「へぇ~、そうなんですか? ランクは?」って聞かれるよね? っていうか、先ずそれすら聞かれないよね? キリアん家、爆発しないかな。


「キリアさんは昨日、いつ来たんですか? 今朝は食堂にもいなかったし」

「俺はここには泊ってない。ミズガルドにも家があるから、そこから通っている」

「ええ! キリアさんって、お金持ちなんですね?」

「いや、俺が買ったわけじゃない。父の別荘だ」


 別荘!? 腐れ貴族め! 父親とは不仲だって言ってたのに、ちゃっかりそういう脛は齧るんだ? 


「そうなんですか!? キリアさんのお父さんって、なんのお仕事しているんですか?」

「アルカナで冒険者をしている」

「うわ~。お父さんは冒険者でキリアさんはハンターなんて、凄いですね!」

「そうでもないさ」


 そうでもあるよ! でもさアリアちゃん。もしかしたらお父さん、ただの汚い低ランク冒険者かもしれないよ? 別荘ったって、サワー地区のスラム街にある、ガラスが全部割れて、ドアなんて無い家かもしれないよ? 


「じゃあもしかして、キリアさんって魔法とか使えるんですか?」


 出た! 冒険者と言えば魔法、魔法剣。素人はそういうものが大好き。確かにミサキの魔法は凄かったけど、普通は殴った方が早い魔法ばかりだよ?


「まぁな。中級程度ならな」

「本当ですか!? 今度見せて下さい!」

「時間があったらな」

「はい! お願いします!」


 時間があったらな。カッコいいね~。クソみたいな魔法でも、使えればモテる時代なんて大嫌いだ! 俺だって、一瞬だけならポッと出せるよ。飴玉くらいの魔法。っていうか、交流を深めろってアニさん言ってたよね? 俺だけ交流浅いんだけど、なんで? ねぇアリアちゃん、俺にも聞いてよ? もうヒーの胸で泣きたいよ。


「あっ! そういえばリーパーさん」

「何?」


 やっと来た! 一体何を聞きたいの? 趣味、休日の過ごし方、それとも寝る時間?


「リーパーさんってシェオールから来たって言ってましたよね?」

「うん、そうだけど?」


 アリアは本当にしっかりしている。俺なんてアリアが来た場所なんて覚えてないのに、良く覚えてる。


「じゃあ、この間あった山亀襲来の時、ハンターと一緒に撃退した人、知ってるんですか?」

「え? ……まぁ……」


 ええ! 普通、「もしかしてあれ、リーパーさんの事ですか!」じゃないの? さっきキリアも撃退したみたいなこと言ってたよね? 


「本当ですか! その人ってAランクのハンターなのにギルドで働いて、スタッフになってまで町を守ってるんですよね!」

「あ……まぁ、そうだね……アイツは本当に凄い奴だよ……」


 もう開き直るしかないよね。シェオールには物凄いスタッフがいて、英雄と呼ばれて、おまけにヒーの恋人。俺はそんな英雄を羨む一見習いスタッフ。もうそれでいいよ!


「何を言っている。そいつがそのスタッフだ」

「えええ!? そうだったんですか! じゃあリーパーさんは、Aランクハンターなんですか?」


 キリアは余程俺が嫌いみたいだ。なんで言うのかな? これならまだ、その英雄のフリしてた方がマシだよ! 


「ま、まぁね……」

「リーパーさんて、本当は凄い人なんですね! 私その話聞いて、嘘だと思ってたんですよ?」


 本当は凄い人……くそったれ! そうです、私はどうせその程度の人間ですよ~。


「じゃあ私は、凄い人たちと研修受けるんですね! 帰ったら皆に自慢します!」

「あぁ……そう……」


 名声。それは偉業を達成した者が得る名誉。だが、そんなの無ければ俺なんてただのオヤジだよ! アリアもアリアだ! さっきまで散々キリアキリア言ってたのに、大した活躍もしていない山亀の事でコロッと態度を変えやがって、こんなんならまともな努力なんて馬鹿臭いよ!


 そんな世知辛い世間話をしていると就業時間が近づき、続々と先輩スタッフが出勤して来た。

 俺達は全ての先輩に、「お早う御座います!」と挨拶をしなければいけず、無駄口も減った。


 ――先輩たちの出勤の波も過ぎ去り、事務所独特のざわざわ感が出始めた頃、アニさんがオフィスから出て来た。


「そろそろ就業となります。朝礼時に自己紹介をしてもらいますので、心に留めておいて下さい」

「はい!」


 やっぱりこういうのはあるんだと思っていたけど、いざ言われると緊張する。


「お互い心持の良い関係は築けましたか?」

「はい! キリアさんとリーパーさんはとても優しくて、安心しました」

「そうですか。それは良かった」


 アリアにとってはどちらかと言えば、キリアがいるからだと思う。


「リーパーさんはどうですか?」

「はい。キリア、君とは昔からの知り合いなので、問題はありません。それに、アリアさんもとても話しやすいので大丈夫です」

「そうですか」


 アニさんは満足そうに笑顔を見せたが、建前です! この二人と研修受けんの、正直嫌なんですけど!


「キリアさんはどうですか?」

「はい。私はここに力を付ける為に研修に来たため、如何なる仲間とでも問題はありません。厳しいご指導お願い致します」


 カッコいいね~キリア君は。力を付ける為に来たから、如何なる仲間でも問題無い。馬鹿にしてんのか!


「分かりました。私も出来るだけ尽力致しますので、よろしくお願い致します」

「はい」

 

 なんでキリアは余計な事ばかり言うのかな? お前本当にアニさんに本気出させて良いの? 俺知ってるよ。アニさんはリリアとヒーを掛け合わせたようなタイプだから、本気出させたら半端ないよ。こういう人のいびりは殺す気でやって来るから、お前死ぬよ?


「ではオフィスに入り、朝礼までの時間、待機して下さい」


 そう言うとアニさんは事務所の扉を開き、俺達を招き入れた。


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