胸を張れる人生
照りつける日差し。高い雲。虫は歌い、植物は我先へと背丈を伸ばす。畑のあちこちでは向日葵が咲き、街行く人々の頭には麦わら帽子が多くなった。
四季の中で最も活気がある八月がやって来た。
「なぁヒー?」
「はい」
「どこ行きたい?」
「私はリーパーが行きたい所なら、何処でも良いです」
いよいよ冒険者ギルドの建設が始まり、町としても活気づいてきた今日この頃。そんな勢いが味方したのか、ここひと月ほどで二人ものスタッフが増えた。そのお陰もあり、初めてヒーと休日がぶつかり、初デートをすることになったのだが……
「じゃあ私は~……ギルドが良いです~!」
「じゃあ俺もそれで」
これはもう分かり切っていたことだが、当然のようにロンファンとアドラが付いてきた。女性なら普通はこの状況を快くは思わないと思うのだが、ヒーは全く気にする様子も無い。
二人はキャリッジを停める場所が無く、仕方なく家の敷地内に置き生活していた。色々と面倒が起きると思っていたが、意外と両親にも兄にも敬意を払い、父と母も娘が欲しかったらしく、特にロンファンを可愛がり、トラブルが起きることなく、二人は今ではほぼ家族の一員になっていた。
「あのな~。今日は俺達デートなの! 分かる?」
「分かります~」
全然ロンファンは分かっていない。二人はデートは何か知っているようだが、ただ知っているだけのようだ。それに、ヒーも何処へ行こうとも言わず、正直参った。
「なぁヒー?」
「はい」
「何か欲しい物とか無いのか?」
「そうですね……」
「私は~、ふかふかの~、師匠の枕が~欲しいです~」
「悪いロンファン。今はヒーに聞いてるから」
「はい~」
俺ロンファンとデートしてるわけじゃないよね? それにふかふかの俺の枕って何? 俺から枕奪う気なの?
「なんでもいいんだぞヒー。デートなんだから遠慮すんな」
そう言うと、ヒーは口をモゴモゴさせて照れる。今までヒーは何人かと付き合ったことがあるとリリアは言っていたが、デートや彼女等のワードを出すと明らかにヒーは照れる。
「じゃあ私は~」
「ロンファン。今はヒーちゃんに聞いてるの」
「あっ~! すみませ~ん」
私服のヒー。私服の俺。そしてギルド以外でこうして一緒にいるという感覚が本当に初々しい。正に初デートと呼ぶには相応しいのだが、何かが違う。
「なぁヒー。なんでもいいから言って。折角の初デートなんだから、ヒーが楽しく無きゃ意味無いだろ?」
「わ、分かりました。……では、冒険者ギルドを見に行きましょう」
冒険者ギルド!? まだ骨組みくらいしか出来てないよ? それにハンターギルドの向かいだよ?
よりにもよって真向かいに建設が決まった冒険者ギルドは、ドワーフまで雇って着工した。ドワーフは腕が良く、昼夜問わず働くため引っ張り蛸の種族だが、設計通りにはなかなか作らず、サービスで余計なものまで作る。それでも異常に早く竣工するため、建築予算三百万掛けた町としては早く冒険者ギルドを稼働させ、元を取りたいのだろう。まぁそれが仇になり、既に俺から見ても不必要な池のような物まで掘り出してるけど……
「何か気になる事でもあったの?」
「い、いえ。私は職人の仕事を見るのが好きです」
「へ、へぇ~、そうなんだ……」
ヒーは小さい頃、蟻や蜂が巣を作るのをじっと見ていた。そして何か発見があると嬉しそうにリリアに教えていた。どうやらそれは今も変わっていないらしい。
「じゃあギルドに行くか」
「はい」
「じゃあ私達は~、先に行ってます~!」
そう言いロンファンが走り出すと、アドラは小さなため息を付いて追いかけだした。二人はシェオールに来てから常に一緒に行動しているらしく、母によればロンファンがふらっと遊びに出るときは、アドラが何気なくついて行くらしい。アドラにとってロンファンは世話の掛かる妹なのだろう。
しかしこれでやっと二人っきりになれた俺達はデートらしくなった。そう思うとなんか照れくさい。だが逆にそう思うと、手を繋ぎたくなった。
「な、なぁヒー?」
「はい」
「そ、その~……てっ、手……」
「ようリーパー。ヒーとデート中か?」
折角二人きりになれたと思ったのに、ここでまさかのクレア達に見つかってしまった。
「おはようございますクレア、マリア、ミサキ」
「おはようヒーさん」
「おはようございます」
「おはようヒー。デートか?」
「はい」
ヒーは全くこういうのは気にしないようだ。そして、クレアもこういうのは気にしないようだ。っていうか、アイツ何回聞くんだよ!
「そうか。どこへ行くんだ?」
えっ? それも聞くの? クレアって恋人いた事無いの?
「冒険……」
「ちょっとクレア、デート中なんだから邪魔したら駄目だよ」
「そうですよ。少しは遠慮しましょう」
「そ、そうだな。すまんなヒー」
「いえ」
クレアより、マリアとミサキの方がずっと恋愛マナー知ってるってどういう事?
「そういうわけだから、早くギルドに行こう?」
「そうです。早くしなければ獲物が逃げてしまいます!」
「あぁそうだった。そういうわけだから、私達は行くよ。邪魔して悪かったなヒー」
マリアってほんと良い子だよ。ハンターにしておくのが勿体ない!
「いえ。私達もこれから冒険者ギルドの見学に向かうので、そこまで一緒に行きましょう」
ヒー! なんでそうなるの!? もしかしてヒーも恋愛ベタ?
「そうか! なら一緒に行こう!」
そこは、「いや、やはり邪魔しては悪い」じゃないの! なんで一緒に行く気してんだよ!
結局五人でギルドを目指す事となり、初デートは台無しだ。それでもマリアとミサキが気を使い、俺達から少し離れて歩いてくれた。それなのに!
「おうリーパー。お前モテモテだな」
声を掛けて来たのはゴンザレスとサイモンだった。てめぇら人のデート邪魔してないでさっさとハント行けよ!
「ゴンザレス。折角両手に花なのに、邪魔しては悪いですよ」
「両手に花? 四人もいたら両手じゃ持ちきれないだろ? どれ、俺が二つ持ってやる」
腐れオヤジハンターどもめ! 花は一つだけだよ! 持ってきたきゃ残りの泥棒三人連れて行け!
そんなこんなで結局大人数でギルドに向かう羽目になった。って、あれ? これなんのパーティ―?
それでもギルドに着くとガヤ共はいなくなり、やっと二人っきりになれた。ただ、目の前でトンカントンカン五月蠅いせいで、全くデート感は無い。
これではさすがのヒーも直ぐに移動しようと言うだろうと思っていると、まるでサーカスの動物でも見るように柵まで近づき、俺を呼んだ。
「リーパー見て下さい! ああやって梁を持ち上げて据え付けるんですよ!」
「へ、へぇ~……」
全っ然興味ない! おっさん達が滑車を使い、息を合わせて梁を持ち上げているがどうでもいい! 何が面白いの!?
「おお! あのノコ捌き見て下さい! あの硬い木材がまるでチーズのように切れていきます!」
「す、すごいね……」
大人しいヒーが、まるでリリアのようにはしゃぐ。ツボは全く分からないが、その姿が愛らしい。
「あっちの掘削作業も素晴らしいです! ただ穴を掘っているように見えますが、実は掘削は、スコップを扱う者の技術が高ければ高いほど速く掘れるんです! 彼はもう人力の域を超えています!」
いやあれ、絶対必要ない作業だから……
「あれを見て下さいリーパー! ネコです! 知っていましたか、手押し車の一輪車は土方などではネコと呼ぶんですよ!」
「うん、知ってた。俺、元大工だから……」
ああくそっ! 全く良い雰囲気にならない! これなら二人で読書でもしていた方がまだマシだ!
そこでせめてデートらしくするため、手を繋ぐことにした。というか、手を繋でいないとヒーが勝手に中に入りそうだ。
「ヒー」
「はい! 何ですか?」
「手を繋ごう」
建築現場に興奮していたヒーだったが、そう言うと一瞬目を丸くして、突然恥ずかしそうに照れ始めた。そして小さな声で、「お願いします」と手を出した。
握り返した手はとても小さく、先ほどのはしゃぐ姿と合わせてヒーがとても幼く見えた。
「危ないからここで見ような?」
「はい……」
建築現場の前というとてもデートとは言えない場所だが、こうして手を繋いでいると俺には関係無かった。
青い空、夏の太陽、そしてヒー。これだけあれば十分だ。それに、俺にはギルドという……はっ!
幸せに浸り振り返ると、ギルドの窓からこそこそこちらを見るクレア達に気付いた。
「どうしましたリーパー?」
「えっ! いや、なんでも無い……」
ヒーが俺の異変に気付き目線の先を追ったが、この辺りはさすがはハンター。見事に姿を隠した。お腐れハンター共め!
「リーパー。ではギルドで食事でもしながら眺めましょう。私の我儘に付き合わせてしまって申し訳ありません」
「えっ! いやそういうわけじゃないよ。別に俺は嫌なわけじゃないよ」
ギルドを見る俺を見て、ヒーは退屈してしまっていると勘違いしているようで、まさかの提案をして来た。
「本当ですか?」
「ああほんと」
「では、私はリーパーと一緒に食事をしながら見学したいので、一緒にギルドで食事をしましょう」
ええ! それは多分優しさなのだろうが、今はあそこには入りたくない!
「え、でも……」
「どうしました? ……あっ!」
ヒーは俺が手を繋ぎギルドに入る事を躊躇っていると勘違いし、慌てて手を放した。
「す、すみません……私はリーパーには相応しくないようです……」
えええ! そんなに!?
急に悲しそうな顔をしたヒーを見て、ヒーは本当に俺の事が好きなのだと分かった。
ヒーにとって俺に嫌われることは大変辛く、悲しい事なのだろう。しかしそれは、俺がまだヒーの事を妹だと思っていて、恋人として認めていないという表れでもある。
確かに付き合ったきっかけは不純な物からだったかもしれない。それでもヒーにとってはとても大切な事だ。
そう思うと、俺ももっと真剣にヒーと向き合うべきだと理解した。
「ヒー!」
「は、はい」
「ギルドで飯食おうか。俺もヒーと一緒にあそこで飯食って、建築の事知りたい。だから色々教えてくれ」
「ぇ、でも……」
少し強引過ぎたかもしれない。そのせいでヒーは驚いている。だけど今はこれくらいが丁度良い。
「ほら行くぞ」
「ぁ……」
突然の行動に戸惑うヒーだったが、構わず手を握り、声を掛けた。
「嫌か?」
「……ぃぇ」
驚いているのか恥ずかしいのか分からないが、返事が超小っちゃい。
仕事も恋愛もなんでもそうだが、胸を張って生きられないのならどこにいようが同じ。それは自分に自信が無いのではなく、自分のして来た行いそのものに自信が無いのと同じだ。少なくとも俺の人生は誇れるようなものでは無いのかもしれない。だが、生きて来たこの人生だけは胸を張れる。
「ヒー。胸を張って」
「え?」
「俺はヒーと付き合っている事に胸を張れる。だからヒーも堂々と手を繋いでくれ」
そう言うとヒーは照れくさそうに微笑んだ。
「はい」
俺の暮らす世界には沢山の職業がある。大工、農家、漁師、魔道士、冒険者、ハンター……
これは例え違う世界でも、栄えた文明のある世界では同じ事が言えると思う。俺はこの世界でいくつもの職業に就き沢山の事を学び、そして失っていった。
しかし今日、また一つ新しい喜びを得た。それはこれからも続くギルドスタッフとしての人生に大きな力を与え、活力となる。
「じゃあ行こうか。アイツらに俺達のイチャイチャぶりを見せつけてやろうぜ」
「はい」
シェオールギルドは、本日も営業中である。
ご愛読ありがとう御座いました。続編の3は忘れた頃に投稿すると思います。




