いざシェオールへ
「よし! 全員乗ったな!」
「ああ」
「では行くぞ! 頼む!」
「では発車します!」
朝早くにも関わらず元気な声を上げたクレアは、俺が返事をすると御者に発車の声を掛けた。それに対して御者は心地良い返事をした。
マリアとミサキ、そしてアドラはまだ眠たいのか欠伸をし、ロンファンは物珍しそうに車窓を眺める。
無事退院し研修期間を終えた俺は、いよいよシェオールに帰る日が来た。
前日は色々と大変だったが、それでもやっと実家に帰れると思うと、朝の早さなど苦にならない。
体の方はまだ筋肉痛のような痛みはあるが、幸い怪我はなく、ただの過労で済んだようで入院も一日で終わり、あの日の夕方には退院できた。
研修の方もクエストに参加したことで残りの期間は免除となり、俺は晴れて準スタッフになる事もできた。
感覚的にはかなり長く感じたが、なんだかんだ言っても無事研修を終えることができ、かなり減ったが報酬も手に入れ、経験としては申し分ないのだろう。そしてヒー達にもお土産も買ったし、総合的には良い研修だった。
今日もまた天気が良く日差しが気持ち良い。それにまだ寝ている人が多い時間帯のお陰でひっそりとする街は、新鮮な空気を与えてくれる。そんな街道を、雀の挨拶を聞きながら馬車はカタカタ進む。
キリアとアリアは昨日、優雅に朝一の列車で帰ると言っていた。俺達も列車がシェオールに停まるならば間違いなくそっちを選んでいたが、残念ながら我が故郷シェオールに路線は無い。
列車が出来る前はシェオールもかなり賑わう町だったが、憎っき列車が開通してから貿易行路はそっちに取られてしまい、過疎化が進む一方だ。
まぁでも、こうして清々しい朝の景色を眺め、のんびりと旅を満喫できるのなら、列車なんてなんも羨ましくないけど……
バイオレットとラクリマは、俺が帰ると分かると店を貸し切り、お別れ会という食事会を開いてくれた。もちろん参加したのは一緒にパーティーを組んだメンバーだ。そして、嬉しい事にアニさんも最後だからという事で参加してくれた。
俺としてはまた除け者にされ寂しい食事になると思い、正直静かに休みたい本心があった。しかし今回は皆が俺を中心に盛り上がってくれた。
アニさんも仕事とは違う一面を見せてくれて、改めて好きになった。……そういう意味じゃないからね!
バイオレットとラクリマも、今度シェオールに仕事をしに行くと言っていて、クレア達にとっても良い交流関係が築けたようで何よりだ。
そんな一夜を過ごし、本来ならやっと帰れるという喜びと、ミズガルドを危機から救ったという思いから大手を振りたいところだが、昨日のお別れ会のせいで正直まだ眠い。何よりロンファンとアドラがシェオールでの住居にするため買ったというキャリッジの椅子があり得ないほど心地良い。六人はさすがに狭いが……それでも普通の馬車よりも断然良い。元気だったクレアもこの座席には勝てないようで、静かに車窓を眺めている。正に平和。
しかしクエストに関しては良い事ばかりでは無かった。俺は途中でクレアにやられて気を失い、半日以上寝ていて後で聞いたのだが、悪魔の被害は大きかった。
ミズガルド軍の兵士は二百名以上が負傷し、十九名が亡くなった。冒険者の方も十七名が負傷し、二人が亡くなった。学院の方でも二人が負傷したらしい。そして、ハンターは俺を入れて五名が負傷し、一名が亡くなった。
常に命懸けで戦う職業上、殉職は名誉であり誇らしい事だ。しかしそれは“誰か”に限定される。
今回殉職したハンターはゴーギャン隊の一人で、正直繋がりが無い為「そうなんだ」と頷くだけだったが、バイオレットの話を聞いてとても心が痛んだ。
殉職したハンターは、俺達が待機中に駆け寄って来た若いハンターだ。ロベルト・オッドという名前で、結婚したばかりだったらしく、まだBランクになったばかりだった。
彼の顔を見たときはSランクだと思ってしまった。それほど彼は俺にそう思わせるほどの才能を持っていた。それに、残された妻を思うと不憫でならない。
ハンター協会の規約上、クエスト中に死亡した場合、その者には報酬は支払われない。それはエネミーでも変わらない。
厳しいようだが、ハンターとはそういう職業だ。
他にも、今回の悪魔召喚の件でアドラが関与したとして嫌疑が掛けられ、一時は憲兵も動いたらしい。しかし召喚した魔導士は跡形も無く消滅し、証拠となる魔法陣があったグリッツ城内部は修復が必要なほどめちゃめちゃだった事から、懲罰は一切無かった。と、アニさんが教えてくれた。
それを聞いて胸を撫でおろしたが、「あれだけの力を持つアドラ君を怒らせると悪魔以上に大勢死ぬから、関わらないようにしたんじゃない? それに、アドラ君ってシェオールに行くんでしょ? だったらそのまま国外追放って事で、アルカナに押し付けたんじゃない?」というラクリマの話を聞いて不安が爆発した。
ラクリマって、喋らなければめっちゃモテるんだろうなぁ……容姿って性格と比例しないもんだね。
確かに圧倒的な力を持つアドラをシェオールに連れて行くのは大層不安だが、それでもその力をシェオールの為に貢献してくれれば、インペリアルという種族と相まって大きな利益をもたらしてくれるだろう。それに、アドラはやんちゃだが意外とご老人には敬意を持っているのか親切だ。高齢化の進むシェオールでは上手く馴染んでくれるかもしれない。
「あっ、師匠~」
「どうしたロンファン?」
「今日は天気が良いです~」
「そうだな」
「はい~」
住み慣れたミズガルドを離れる事にロンファンも不安を感じてはいないようで、門を出て広い高野が見えると嬉しそうに言う。
「なんか居たかロンファン?」
「牛がいます~!」
「そうか。良かったな」
子供のようにはしゃぐロンファンを見ていると、あっちについてからの面倒を見るのも大変だと思うが、今はこの時間を大切にしたい。
「ロンファン」
「はい~?」
「俺ちょっと寝るわ」
「はい~。分かりました~」
この平和な時間と平和な世界。俺はこの先ギルドスタッフとして生きていくのかもしれない。少なくとも生きていく以上、仕事をしていかなければならない。世の中には確かに楽をして稼げる職業もある。そう考えるとギルドスタッフは決していい仕事ではないかもしれない。それでも俺は今の仕事は最高だと思う。良い仕事に一番必要なのはお金や楽ではなく、人との繋がりだか……
「師匠~見て下さい~! 馬がいます~!」
えっ? 嘘でしょ? 今研修の最期を綺麗に締めようとしてんのに、普通声掛ける? それに今さっき俺寝るって言ったよね?
「そ、そうか……良かったな。ロンファン悪い、俺寝るから」
「はい~!」
え~……やっぱり仕事とは利益を生むことも大切だと思う。だが、それを生み出すのは人だ。仕事をしていれば嫌な上司もいる、嫌な客もいる、でもそれでも少なくともその仕事をしていなければ俺はもっと寂しい人生を送っていただろう。仕事はお金もくれるが、誰かとの繋がりもくれる。一人で寂しく生きるよりはずっと良い。なんて偉そうな事を言うが、俺も働かない人生の方が断然……
「師匠~」
う~ん……
「どうした、ロンファン?」
「おしっこしたいです~」
あっ、今日はもう締めるの辞めた!
最近ブックマークが増える度、「こんな小説にブクマ登録する人の気が知れない」と、リリアがどんどんアンチになっています。特に2は出番も無く、出てきてもヒーばかりがスポットを浴びる為、ひねくれています。そこで3ではメインで活躍してもらおうと考えていましたが、出だしで既に暴走が始まり、一旦書くのを止めました。しかしギルドスタッフの悪い所を遠慮なく言ってくれるので、感謝しています。ただ、気持ち悪いは止めて欲しいです。




