終戦
「待て!」
緊張状態の中、突然感じた大きな気配のする方向から女性の大きな声が上がった。
「お前たちはこれより王室騎士団の指揮下に入った! 武装を解除しろ!」
声のした方向を見ると、兵士たちが道を開け、そこから金色の鎧を着た騎士を筆頭に、数十名の騎士が姿を現した。
騎士たちの顔は兜で隠れ見えないが、個々が鉄のような威圧感を出し、金色の鎧に身を包む騎士に関しては、先ほどの悪魔を凌駕する威圧を感じる。
王室騎士とは、簡単に言うと王直轄の騎士団だ。選りすぐりの先鋭の集まりで、一人一人がクラウンを張れるほどの実力を持っているらしい。しかしそのほとんどは機密事項の為、誰がその騎士団に所属しているのかさえ分からない。当然俺も知っているのはそれくらいで、とにかく馬鹿強い組織らしい。
さすがに王室騎士には逆らえず、俺達に怯えている兵士たちは素直に武装を解除した。
「私は王室騎士団ローズの団長、ネストと言うものだ。部下の非礼を詫びよう」
金色の鎧の騎士が団長らしく、頭を下げないものの詫びを口にした。
ネスト? 声は完全に女性なのに……あっ! そういう事か。恐らく偽名だ。さすが秘密の組織。
「ただ、アドラ・メデク殿の身元は確認したが、君に関しては情報が無い。申し訳ないがもう一度名乗っては貰えないか?」
「え? あ、はい……」
情報が無い? もしかしてギルドはまだ俺の資料を提出してないの? それは酷くない!?
それでも名乗らないわけにもいかず、素直に答える事にした。
「リーパー・アルバインです! ミズガルド本部に確認して貰えば分かります」
ただ素直に、正直に答えた。それなのにまさかの答えが返って来た。
「君、正直に答えたまえ。嘘を付くと為にならんぞ?」
「えっ! ちょっと待って下さい! 俺は本当にリーパー・アルバインです!」
どういう事!? 俺なんか悪いこと言った!?
「君。リーパー・アルバインは人間だ。君はインペリアルだろ?」
えっ? 誰がインペリアルだって? 何言ってんのあの人?
「い、いえ! 俺は人間です!」
「嘘を付くな! 君は自分の姿を鏡で見た事はないのか!」
ギルドスタッフになってからは毎日のように見てるよ! って言うか俺のどこ……あっ!
「こ、これは違います! この髪はボトム何とかって言う魔法のせいです!」
今の俺髪真っ白! それにアドラと揃えたような赤い服! どんだけ間が悪いんだよ!
「ボトムアップか?」
「そう! それです!」
信じてよ! それによく考えて! なんでわざわざ俺の名を語るの? あんな凡人のフリしたって得なんてないよ!
「君、良い事を教えてやろう。人間はボトムアップ程度では鬼神化などしない」
きしんか? ……木進化! これ木進化って言う状態なの!? って言うか実際俺してるし!
「で、でも! 俺は本当に人間です! ラクリマって言うハンターと、バイオレットって言う二人のハンターが、ハーモ何とかって言う魔法を使ってしたんです!」
「…………」
この時初めて、自分の名前を覚えない性格を呪った。ここで正確な情報を伝えられれば、相手の不信感を煽る事は無かった。
「では聞く! その二人は何処にいる!」
「あ、そ、それはその~……多分まだ森の中です。探してもらえれば分かります!」
よほど俺の言うことに信用が置けなかったのか、ネストは後ろの騎士に耳打ちした。それを受けた騎士は、頷くと後方へ姿を消した。恐らく二人を探しに行ったのだろう。
「君はボトムアップしたと言ったな!」
「え、ええ、そうです!」
「ならそれを解け!」
「あっ……無理です! 俺は魔法を使えません!」
「…………」
あぁこれはもう無理だ……どうしよう……
全く話にならない俺に、遂にネストは黙り込んでしまった。だがバイオレット達に確認を取るまで俺達を足止めしたいのか、さっきの指揮官と同じ質問をして来た。
「では、この場に君がリーパー・アルバインだと証明できる人物はいるか!」
「……い」
「私がいます!」
このピンチに救世主が現れた。その人物は金色の鎧を纏う王室騎士団長より異彩を放つ鎧を纏い、赤いマントを靡かせて現れた。そうクレアだ!
「クレア!」
どうやら神は……いや、俺の神はもう汚物と一緒に下水に流れた。そんな哀れな俺を救いに来たのは、見た目は悪魔だが、女神のようなクレア様だ!
颯爽と現れたクレアの横には、マリアとミサキ、そしてキリアの姿もあった。クレア達もこの騒ぎを聞きつけ、引き返して来たのだろう。俺は良き友を持った。
「私はクレア・シャルパンティエという者です! ハンター協会のAランクライセンスを持っています」
王室騎士団を前にしても堂々と挨拶するクレアに、感動を覚えた。クレアは普段はクソだが、いざというときは頼りになる奴だとは思っていた。やはりクレアは良い女だ!
クレアが来ればもう一安心。そう思っていたのだが、ここでミサキまで名乗り始めた。
「わ、私はフウラ・ミサキという者です! 私もAランクライセンスを持っています!」
クレアだけでも十分なのだが、まぁAランクハンターが二人も俺の身元を証明してくれればなお良い。と思っていたのだが、二人は名乗り上げるとそのままネストの元へ向かい、握手を求め始めた。
あいつらはただ単に有名人が好きなだけだ! ただ握手したいだけじゃん! 腐ってんなあの二人!
握手を求められたネストは快く手を握り挨拶を始める。その間俺とアドラはほったらかし! 誰のお陰で悪魔撃退できたと思ってんだよ!
それでも信用のおける二人に加え、貴族のキリアまでいる事で話は滞りなく進んだようで、ネストから警戒心が解けたのか重々しい気配が消えた。
「すまなかったリーパー君! 君の身元は保証された! 君たちの安全は私が約束しよう! あとはゆっくり休んでくれ!」
「えっ? はい……ありがとう御座います……」
全然スッキリしない! 拘束されることは無くなったが、なんか釈然としない。全部あの二人のせい。
「兵士全員に告ぐ! 負傷者を救護し、終戦処理をしろ!」
「はっ!」
なんかもう勝手に話は終わったようで、ネストはそう全軍に告げると、兵士たちはザッという大きな音を立て敬礼し、終戦処理を始めた。
「リーパーさん~!」
やっと緊張状態が解け自由に動き回れるようになると、マリアが真っ先に俺達の元へやって来た。ちなみにクレアとミサキとキリアは、まだネストと話をしている。キリアは貴族だから納得するが、他の二人はただ単に王室騎士団と話がしたいだけ。あの二人は有名人なら誰でも良いらしい。
「おうマリア! 怪我はなかったか?」
「うん! それよりリーパーさん?」
「うん?」
「リーパーさんってホントは凄い人だったんだね?」
「え?」
「だってリーパーさんが鬼神化できるなんて知らなかったもん!」
全然俺には分からない。だって凄いのは木進化した俺ではなく、木に進化させたラクリマとバイオレットだから。
「そ、そうかな……」
まぁでも、子供の夢は壊したくないから言わないけど。
「うん!」
マリアの羨望の眼差しが痛い!
「なぁ師匠」
「どうしたアドラ」
「もう行っていいんだろ?」
「え? あぁ」
「じゃあ早くロンファンを迎えに行こうぜ。俺腹減った」
それを聞いた瞬間、いつもの日常に戻った気がした。
「そうだな。じゃあクレア達と一緒に、ロンファンを迎えに行こうか」
「ああ」
大仕事を終えやっと解放された俺達は、ロンファンを迎えに行く事が出来た。ただその際、ネストからクレア達を引き離すのには苦労した。




