畏怖
まんまと俺の策にハマったアドラは、遂に本気を出すと言い、剣を突き刺し空手で悪魔に歩み寄った。殺さないと言った以上、素手で倒すらしい。
本当にそんな事が可能なのかと思ったが、指を鳴らしながら歩くアドラの気配がまた変わり、まるで空気が重くなったように体全体に圧し掛かって来た。そこで初めてインペリアルが理外の存在だと認識した。
「0>e.0:#Zw-ygq`rbsiuZq.w`mb\dfdueto#ydyd\」
アドラが声を出すとさらに空気が重くなり、内臓までが圧迫され息苦しくなった。
「c$w`rt,c;f#lt`qe.0qdsdwm,p`vwe&$sjw`」f`;>ato&:e:ydqe」
悪魔にはこのくらいの威圧感は苦でもないようで、平然とアドラと会話をする。それだけ今の俺と悪魔には大きな差があった。
「#Zc;s,&0Zqot%Zwh;.kb>uodd9$t`b\pZwe$to」
「%%,myq`e#ljpy.0qdsdwmck&ato6no;.kuo,d`($”`yuwn’:`iuljr)
「n’:`/ dd」$m^yq`:s`&j%mt0Zwyu」
「9edd」$w`r</」
悪魔がそう言うと、何故かアドラは嬉しそうに笑った。
「q`\? &;kdd」$fxeb$q`\/」
「%%」
一体何を話しているのかは知らないが、返す悪魔も穏やかな声で微笑んだ。
「yd`’,thb`d\9」
「9\dh&,t`edjr」
いよいよ始まるのか悪魔は剣を大きく薙ぎ払い、左手に構えた。それを見たアドラは首を二度鳴らし、腰を落として構えた。
二人が構えるとまたさらに空気が重くなり、突然夜になったかのような静けさが襲い、音を立てては鳴らないと感じるほどの緊張感が流れた。しかしここで威圧感に耐えられなくなったのか、誰かが倒れるか何かしたのだろう、音を立てた。その瞬間、目を瞑ってしまうほどの衝撃波が体を襲った。
慌てて両腕でガードし、この後連続で襲い掛かるであろう衝撃に備えた。
もうアドラ達は人間如きがどうこうできるレベルの存在じゃない! もしアドラが負けるようなことがあれば、ミズガルドは滅ぶ!
そんな事を思いながら衝撃に備えていると、急に昼間に戻ったように明るくなった気がした。そして圧し掛かる空気が消えた。
一体何が起きたのかと恐る恐る見ると、既に決着していたようで、悪魔が落馬し倒れ込んでいる。
「&e,q`ed`9$”`t/」
アドラはそう言うと悪魔に近づいた。殺したくはないとは言っていたが、気が変わってとどめを刺すつもりなのかもしれない。と思ったのだが、悪魔に近づいたアドラは手を差し伸べた。それを受けて悪魔も手を握り返す。
「#lt`s$b`x`ejr.#uqk&t:`w`,swm^`yg」$iuljdq」
何!? 友情でも芽生えたの!? 実はあの悪魔って悪い奴じゃないんじゃないの!?
「c$t/ &j%jd`/q`u/」
アドラも嬉しそうに言い、悪魔を手助けするように立ち上がらせた。そして、何か話し合うと再び熱い握手をし、悪魔は馬に跨った。
「b`d`vjw`eqq`g,jbsi#lt`s$b`x`ejdq.:e’hs`&lqdf&esjxpweqq`gjr」
「c$t.0tZq」
「mduit#;f`ezw`m&」v`hq`xe.0qdf#uqi”hd`($djr」
「”hd`8$/ ……j#ee’,sith,jq#cv`ibe」
またアドラは何かおかしなことでも言ったのか、悪魔はフフっと笑うと、「ではまた」みたいなことを言い、黒い魔力に包まれ姿を消した。
悪魔が姿を消すと、こんなにも騒がしかったのかと思うほど、植物の営みが出す森の喧噪を感じた。どうやら悪魔は完全にこの地から去ったらしい。それを証明するようにアドラが戻って来た。
「どうだった師匠、俺の本気」
「えっ!」
ケロっと言うが、相当凄かった。凄すぎて全く見ることが出来なかった。しかしアドラにそんな事を言えば絶対悲しむ。これは決して俺が悪いわけではない。アホみたいに強いアドラが悪い。
「ああ凄かったよ。これからも精進しろよ」
「しょうじん?」
「努力すれって事」
「マジか! さすが師匠だな。俺全然師匠に勝てる気がしない」
どこが!? アドラの強さの基準って何なの!?
「それより早く帰ろうぜ? ロンファンだって待ってるし」
「えっ!」
切り替え早っ! こっちはまだ唖然としてんのに……まぁでも、もう悪魔もいない以上ここにいても仕方が無い。
「そうだな。そうするか!」
「ああ」
大分効果は薄れてきているようだが強化魔法もまだ切れていないようで、一度バイオレットたちの元へ戻り、この状態を元に戻してもらわなければならない。それも踏まえロンファンを迎えに行く事にした。だが、いざ帰ろうとしたとき誰かが俺達を呼び止めた。
「待て! どこへ行く!」
「え?」
声のした方向を向くと、馬に乗る指揮官らしき人物と目が合った。高そうな銀ピカの鎧に綺麗な赤いマントが際立つ。ただ、あまりにも綺麗すぎる格好に、こいつ絶対戦ってないなと思った。
そんな身なりのせいか、アドラも確認したが無視して歩き出した。そんなアドラを見て指揮官が叫ぶ。
「待て! 勝手に動くな!」
いや、気持ちも分かるけど、なんでアドラは平然と無視できんの?
「おいアドラ。少しくらい話聞こうぜ?」
「え? ……あぁ」
もう飽きちゃったのかな~アドラ? まだ子供だから仕方ないか。
俺としてもなんか面倒臭い相手だが、一応俺達も軍の指揮下にいる。かなりの単独行動をしてしまったが、結果的に悪魔を撃退した功績がある以上、口頭で咎められて終わりだろう。そう思って甘んじて説教を受ける事にした。
「貴殿らの名を名乗れ!」
「あぁ?」
「アドラ。一応あの人俺達より偉いから、そういう口の利き方やめろ」
「え? ……はいはい師匠」
確かにあの言い方には俺もイラッと来た。でもそれはダメ。
「リーパー・アルバインです! ……アド……こっちはアドラ・メデクです!」
礼儀としてアドラ自身に名乗らせなければならないのだが、今アドラに口を開かせると面倒だ。
「身元を証明する物はあるか!」
「いえ! 今は持っていません!」
そう返すと、彼は眉をひそめた。
「では聞く! 貴殿らの身元を証明できる人物は、今ここにいるか!」
「え? ああ、多分います!」
「なら呼べ!」
なら呼べ? あいつやっちゃっていい?
かなり口の利き方が出来ていない奴だが、それでも軍に逆らうと面倒な事になると思い、クレアか誰かいないか辺りを見回した。だが兵士だらけで、異彩を放つような騎士の姿は見えない。
「クレア! キリア! 誰かいないか!」
大声で叫ぶも姿を現さない。
「おい! マリア! ミサキ! 俺だよ俺! リーパーだ!」
しばらく待つが誰も返事をしない。もしかしたらもうかなり遠くまで逃げており、ここにはいないのではと思い、今度はバイオレットたちを探した。
「バイオレットさん~! ロンファン~! 誰かいないの!」
再び待つが、まだロンファン達もここには到着していないようで返事が無い。困った。
「あ、あの~……」
「どうした!」
「一緒に来た人たちは避難したみたいで、誰もいないみたいです」
そう言うと、彼は険しい表情を見せた。
「では私達に同行してもらおう!」
「えっ! なんでですか!?」
「貴殿らの身元が確認できない以上、仕方あるまい!」
おいマジか!? 軍に連行されたらしばらく拘束される! もう早く帰って風呂入りたいのに!
「ちょっと待って下さい! 俺はミズガルドのハンターギルドから要請を受けて来たんですよ! 調べて貰えればすぐに分かります!」
「こちらでそれは直ぐ調べられない! だからそれまで君たちを拘束させてもらう!」
「あぁ?」
これにはさすがにアドラが痺れを切らした。
「お前誰だよ? もう終わったんだから邪魔すんなよ。お前も俺と遊びたいのか?」
アドラにとってはちょっとした睨みのつもりなのだろうが、これに周りの兵士が一斉に反応し、武器を構えた。
「アドラ!」
先ほどのアドラの力を見れば当然かもしれないが、殺気など一切出していないのに過剰に反応し過ぎだ。それでも一気に緊張感が高まり、慌ててアドラを諭した。
「だってよ師匠、アイツが悪いじゃん」
「分かってるよ。それでも今は我慢しろ」
「……分かったよ」
アドラって素直だよね。今思うと、なんでこんなに俺の言う事聞くの?
「い、今のは冗談です! 俺達には戦う意思はありません!」
これ以上下手な事をすれば犯罪者として捕らえられかねない。そこで両手を上げ、戦意が無い事をアピールした。
「武器を降ろせ!」
「は、はい!」
俺が剣を放り投げてもアドラは全く応じる様子はなく、黙って睨んでいる。
「アドラ! 剣を捨てろ!」
「え?」
「いいから早くしろ!」
「なんだよ全く……」
捕縛だけはなんとしても免れたい俺の気迫に負け、アドラは渋々剣を放り投げた。
「両手を俺みたく上げろ!」
「えっ? なんで……」
「いいから早くしろ! このままじゃロンファンを迎えに行けなくなるぞ!」
「分かったよ!」
大きなため息は付いたが、ロンファンの名を出した事でアドラは観念して手を上げた。
「他に武器は持っていないだろうな!」
「は、はい! 持ってません!」
持っていようが持っていまいが、今の俺達なら素手でも十分彼らを倒せる。この辺りの茶番が彼をより無能に見せた。
「よし! では今から貴殿らを拘束する! 大人しくしていろ!」
「ええ! ちょっと待って下さい! 俺達は別に悪い事をしていません!」
「そういう事ではない! とにかく大人しくしろ!」
悪魔を撃退した功労者に対してのこの口の利き方に、さすがにイラっと来た。そんな気持ちが魔力に乗って現れたのか、突然兵士たちが後ずさりし、臨戦態勢を取った。
「動くな! 少しでも動けば攻撃する!」
どんだけ臆病なのか知らないけど、俺の睨み一つでビビり過ぎだ! こんなんでよくミズガルド守ってこれたよ!
そんな呑気な事を考えていても、彼らにとっては非常事態のようで、まさかの弓兵まで満を持した。
「どうすんだ師匠? アイツら攻撃してきたらやっていいのか?」
「駄目に決まってんだろ! もし攻撃されたら逃げるぞ!」
「逃げるってどこに? ロンファンはどうすんだよ?」
「ロンファンのとこに逃げんだよ! バイオレットさんたちと合流できればなんとかなる!」
一触即発の状況に最悪の事態も覚悟した。だが今の俺達なら逃げることくらいはできる。ラクリマとバイオレットと合流できれば俺達の身元も保証される。
手を上げて降伏姿勢を保つが、完全に怯えてしまった兵士たちは戦闘態勢に入ってしまった。
そんな中、突然大きな気配を感じた。




