本物と偽物
辺り一面に倒れる兵士たちの死臭。黒く焼け焦げた臭い。誰かの一部から放たれる血臭。それに加え掘りあげられた土の芳しい匂い。
激戦区の戦場になり果てた平原に、コロシアムの観客のように俺達と悪魔を囲む兵士たちが佇む。
この輪の中から出るときには、必ずどちらかが肉体を失ったときだけ。そんな死と隣り合わせの状況でも、今の俺には堪らない雰囲気だった。
楽しい。世の中にこんなに興奮するような遊びがあったのか。今すぐにでも始めたい!
アドラにそっぽを向き、こちらを観察するように見つめる悪魔にすぐにでも飛び掛かりたいのだが、先ほどアドラが親密そうに話をしていたこともあるため、先ずはアドラに確認を取る事にした。
「アドラ! お前こいつと本当に戦って良いのか!」
「えっ?」
もしかしたらアドラの友達かもしれない。仮にそうだとしても俺は止めるつもりはなかったし、もしアドラが嫌だと言ってくれれば、ここからは俺一人で楽しめる。
「ああ! 別に問題無いぞ! あっ、でも、ちょっとだけ挨拶していい?」
「……ああ!」
挨拶? ……あっそうか! 俺としたことかこれから殺す相手に挨拶するのを忘れていた。さすがアドラ、こういう事には慣れている。
俺が許可を出すと、アドラはまたあの不思議な言葉で会話を始めた。
「~e! 0:#Zw&j%sqqt$bsidq.d`7yf`-mZwgwh;qki0>eu」
「e%tjejpy」.qq`,md0qdkato6ns/o;jdqo,p`v0t`qei&bdeqq`:jpyt?」
「0t`qe? ##rt$s<? w`m&;,m$dd9$e>to,&j%t`dd9$q&pqou」
アドラがそう言うと、悪魔は俺を見た。
「0tljdq,」_byw`&$:eqdjd9$」
「&Z:~。Cyd`’qkdm$p`. 師匠!」
話が付いたのか、アドラが呼ぶ。
「どうした?」
「オッケーだって! どっちから行く?」
アドラは本当に良い弟子だ。てっきり二人同時に戦うと言うのかと思ったが、この提案は嬉しい。ただその前に、一つだけ悪魔に伝えておいてもらいたい事がある。
「アドラ! 俺の名前教えたか!」
「えっ? いや、なんで?」
「折角俺に殺されるんだ、名前くらい教えておいてやれ!」
「ふぅ~! イカすね師匠! 分かった!」
もう早くやりたくてうずうずしているが、これくらいは大人として礼儀を通したい。
俺のノリに感激したアドラは、早速悪魔に語りかけた。
「u#」
「fe,s`$djdq/」
「&;kdd」$d)$d)$tedsh.l-f>-……なぁ師匠!」
「どうした?」
「師匠の名前、なんて言うんだ?」
マジかこいつ! なんで師匠の名前知らないの!?
「お前マジで言ってんのか!」
「えっ? まぁ……あっ! 思い出した! 師匠! やっぱりいいわ!」
良かった~。マジで知らないのかとビビった。危うく泣きそうになるところだった。
「l-f>-#>f`eyZwe$yq`.b;to&j%6b\rodeto,9\dhq`Zw」
アドラは正確に俺の名前を伝えたようで、それを聞いた悪魔は礼儀正しくお辞儀した。
悪魔って皆が思うよりめっちゃ良い人! こっちが恐縮するわ!
悪魔のまさかの行動に、「あっどうも」と慌ててこちらもお辞儀をした。
「よし! じゃあ師匠やろう! どっちから行く!」
アドラも早く戦いたいのだろう、肩を揺らしファイティングポーズを取った。しかし! ここは俺からだ!
「俺から行く! アドラは見てろ!」
「え~! そりゃずるいわ!」
「俺の本気見たいんだろ? だったら俺からだろ!」
「一発入れるか貰うかしたら交代な!」
「しかたねぇ~な! その代わり俺からだかんな!」
「オッケ~!」
一発で終わるかもしれないが、ここは譲れない。
「んじゃ。合図してくれ!」
分かったと頷いたアドラは、ポケットから一枚の銀貨を取り出した。
「jr`fdd」$toeh.bkbeyt`&aqod)-qe}q`]
「0tljdq.ezw`ms`$c`」
律儀にも悪魔に合図の説明でもしているのか、アドラが言うと悪魔は頷いた。
「よし! じゃあ行くぞ師匠!」
「いつでもどうぞ」
そう返すとアドラはニヤリと笑い、銀貨を親指で弾いた。その瞬間俺の中で集中力が増し、音が消えキラキラ輝くコインがゆっくり見えた。
作戦など全く考えていないが、ただ今は早く戦いたい。そんな気持ちが、落ちるコインに合わせて上体を低くさせた。
そして、コインの端が地に着くと同時に全力で悪魔目掛け走った。
今回は前傾姿勢でのスタートだったのが功を奏したのか、今までにないくらい体がスピードに乗った。これには勢い余って悪魔の周りを二周ほどする羽目になるが、そのお陰で完全に虚をつくことができ、馬に跨る悪魔の左側からのアタックに成功した。と思った矢先、このスピードでも俺の姿を捉えていたのか、飛び掛かる直前に悪魔が剣を構え薙ぎ払う動作を整えたのが分かった。
ヤバイ! これは喰らったら死ぬ!
本能がそう叫び、背筋が凍り付くような感覚がした。それと同時に悪魔に飛び掛かる角度を咄嗟に変え、背丈の高い馬の脚の間を潜る事にした。
これにはさすがの悪魔も反応できず、剣は虚しく俺の頭の上ギリギリを通過した。
このぞくぞく感にさらに高揚した俺は、馬を潜るとすぐに左足を踏ん張り、その勢いで反対を向く悪魔に飛び掛かった。
これは当たる!
確信を持ってそう感じると、体の中から快楽が噴き出すような感覚がし、頬が緩む。だがしかし、戦々恐々の代名詞とまで言われるほどの悪魔。そんな状態でも空の右手で迎撃を狙ってきた。
この動きにはさすがに対処できず、そのまま攻撃を続行したが、体の大きさが災いし、ほぼ同時に手を伸ばしたのだがあちらの攻撃の方が先に当たってしまった。
殴られた瞬間星が飛び、自分でもどうなっているのか分からないくらい体がきりもみしながら吹き飛ばされ、崖にぶつかった。これにはさっきの衝突が勉強になったのか、ぶつかった瞬間すぐに崖だと分かった。
「お~痛っ。悪魔って……!」
殴られた頬を摩るとぬるっとし、手のひらを確認すると真っ赤になっている。
何何何!? 何この血の量!?
痛みと釣り合わないほどビックリする血の量に、何度も唇の周りを触り確認した。
顎はちゃんとある! だけどお口の中が洪水!
これヤバくない!? なんでこんなに血が出てるの!? とプチパニックを起こしていると、黒い何かが飛んでくるのが見え、これも避けなきゃヤバイと感じ一旦アドラの横に退避する事にした。
「おう師匠。交代……」
上手く着地出来た俺に、アドラが嬉しそうにそこまで言うと、大きな爆音が響いた。慌てて振り返ると、さっきまで俺のいた崖が大変な事になっている。そして一撃目の斬撃の跡だろうか、悪魔の横の地面も抉れて凄い事になっている。
悪魔って強過ぎじゃね? あれは反則でしょ!
そう感じざるを得ない力を前にしても、アドラは平然と言う。
「よし! 師匠一発貰ったから、次は俺の番ね」
あれだけの力を見せつけられてさらに楽しくなってきたのに、ここで交代? でも約束した以上は守らなければアドラが可哀想。
「分かっ……ペッ! 次ペッ! ペッ!」
「汚ねぇな師匠」
汚いと言われても、吐いても吐いても血が沸き出てきて気持ち悪い。
「仕方ねぇだ……ペッ!」
「師匠。血無くなって死ぬんじゃねぇのか?」
「!!」
それは困る! 大切な血液は体に還元しよう。
「じゃあ、行ってくる」
「ん~」
まぁアドラも直ぐに殴られて戻ってくるだろうから、今のうちに口の中を止血しておこう。と安易に考えていたのだが、てくてく歩いて行き、突然飛び掛かったアドラに度肝を抜かれた。
アドラが走り出した瞬間、爆発したようにケリ足の土が舞い上がり、それに驚く間もなく透明な衝撃波に襲われ、小石の雨が飛んできた。
何何!? アドラ何したの!?
何が起きたのか確認しようとしても、次々爆音と衝撃波が襲い、小石が飛んでくる。そんな状況でも悪魔からは目を離せず指の隙間から確認すると、もう俺がどうこうできる状態じゃなかった。
先ず、アドラの姿がはっきり見えない! 馬上の悪魔の周りを高速で動き回る残像を捉えるのがやっと。次に、そんなスピードで動くアドラの攻撃を、悪魔が多分剣で防いでいる! そして最後に、そのぶつかり合いで起きる衝撃波が尋常じゃない! ここにいてもお腹が痛くなってきた!
赤いジャケットと白い髪が目立ち、高速で動いていてもなんとかアドラを捉える事は出来る。しかしその速さについて行き、火花を上げて防御する悪魔の剣は全く見えない。
あっ俺、よくさっきの攻撃で死ななかった。絶対悪魔手加減したよね。
もうなんと言うか、その~……とにかくどえらい事になっている二者の戦いに、一気に血の気が引いた。すると、一瞬体がふわっとし突然顎が痛み出し、急に重くなった。
まさか! もうズボンアップが切れた!? ヤバイ逃げなきゃ!
後どれくらい効果が持つのか分からず、とにかく逃げようと試みた。しかし残念ながらアドラ達が出す衝撃波のせいで、身動き一つとれない。
やっべぇ調子こいた! ここにいたら殺される!
今頃後悔しても後の祭り。今はただ縮こまって衝撃波に耐えるのが精いっぱい。そんな中、やっとインターバルが出来たのか、アドラが戻って来た。
「はい師匠。俺は一発入れたから交代」
うぇえええ! 交代!? っていうかアドラあれに一発入れたの!? 凄くね!?
「どうした師匠? もうやらねぇのか?」
もうやらねぇ! というか、もうやりたくねぇ! 早く病院行って口の中直してもらいたいよ! あっ! そうだ!
「ア、アドラ。ペッ!」
「何?」
「ペッ! お前、まだ全然ほん……ペッ! 全然本気出してないだろ?」
「え? そ、そうだけど……」
よし! これならいける!
「ペッ! じゃあ、お前の本気……ペッ! 本気見してみろ」
「えっ!」
「え、じゃねぇよ。ペッ! お前が本気出さないなら、もう俺は戦わない」
「ええ! で、でもよ。そしたらすぐ終わっちまうぜ?」
あぁ本当に本気じゃなかったんだ……アドラってヤバイね。
「いいんだよ。……ペッ! 教えたろ? 敬意を持って戦えって」
「あ……うん……」
「ペッ! アイツはもともとお前の相手だろ?」
「ああ」
「じゃあ俺に敬意を見せてみろ! ……ペッ!」
ん? 何? 俺に敬意見せてどうすんの? 落ち着け俺!
「分かったよ。だけど殺しはしないからな」
良かった~アドラも馬鹿で。何? って聞き返されたらどうしようかと思った。
「ああ。それで構わない。……ペッ! ただし! ちゃんとお家に帰るようにしてやるんだぞ」
ん? お家に帰るようにしてやる? どうした俺! 落ち着け!
「あぁ。帰れるだけの力は残してやるよ。アイツだって参れば帰るだろうから」
ふぅ~! 馬鹿師弟万歳!
「それと師匠」
「なんだ?」
「さっきから汚ねぇから。唾吐くの止めてくんない?」
「え? ……ペッ! ごめん……」
アドラって意外と上品だよね?
前回の続きですが、十年無駄にしたという話を、今度はリリアにしてみました。すると、「今頃気付いたのですか? 全く貴方はめでたい人ですね。まぁでも、人間は無駄に生きているという自覚の無い生き物ですから、仕方がありません。ちなみに私は無駄に生きた事は一度もありません」とのことです。しかしリリア自体が私の分身ですから、九割は無駄から出来ています。やはりリリアは最強です。




